表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇宮女官は思ったよりも忙しいけれど、割と楽しくやってます!  作者: 大橋和代


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/69

第三十八話「貴人のお買い物」

第三十八話「貴人のお買い物」


 余計な時間と手間は掛かったけれど、竜の皮は無事に王城へと預けることが出来た。


「緊急事態だ。セルベク、貴官は軍務府のヴェルン参謀を呼んでくれ」

「た、直ちに!」

「ロデルは宮内府に戻り、コートメル上席宮務官に事態を報告せよ」

「了解!」


 流石に二度目はないというか、ナイトーフェ政務官が官僚達に厳しい態度で指示を出し、呼びつけた騎士や王宮侍従にまで、書類と荷を確認させている。


 たぶんだけど……多くの人の目に触れさせて、竜の皮が『消える』ことを防ごうとしているようだった。


「レナーティア殿、確認を」

「はい」


 クロンタイト代表とともに、最後の書類チェックを済ませると、四色の竜の皮は王城の中へと運ばれていった。




 ▽▽▽




 四色の竜の皮は、クレメリナ様からヴァリホーラ国王陛下に贈られる品だ。


 だから、国王陛下の手に渡った後、陛下ご自身が誰かに下げ渡されたりするのは、全く問題ない。


 誰かに貰ったプレゼントを別の誰かに贈るなんて、そこだけ聞くとあんまり良くない印象になるけれど、そうじゃなかった。


 王侯貴族の場合に限っては、元の贈り主の名や贈られた時の状況も、後々伝承や由来となって箔が付くから歓迎される。


 だけど、その手前で名義が書き換わったり行方不明になったりするのは、ちょっといただけなかった。


 そりゃあ、前世の現代社会でだって、偉い地位についている賢そうな人が、贈収賄や業務上横領で捕まったってニュースを聞く機会は、呆れるほど多かったように思う。


 だから、王位を狙える位置にあるような貴族や商会が、後ろ盾のない第一王女の贈り物を横取りしようとすることについては、とやかく言わない。


 悪いことをした人は、捕まる。


 その当たり前が出来てないけど、片や国外に於いてさえ王女暗殺未遂という横暴が行われ、片や隣国と戦争の一歩手前という、内憂外患を絵に描いたような状態じゃ、無理もないのかなとも思う。


 私の内心は、複雑だ。


 どうして、私の狩った竜の皮が横領されかけたのに黙ってなきゃいけないのかという、(いきどお)り。


 今騒ぎを起こすと、巡り巡って損をするのは私であり、名代として私を指名したクレメリナ様だという事が分かっている、悔しさ。


 どうにか冷静さが保てているのは、一行にリュードさんがいて、大きなストッパーになっているからだ。


 それに、もしかしたらクレメリナ様は……。


 生まれ変わった私と違い、正真正銘十二歳の女の子が、こんな仕打ちに耐えながら暮らしてきたのかなと思い至って、愕然とした。


 言うまでもなく、感情を爆発させて帝国の方針を踏みにじり、皇子殿下を騒ぎに巻き込んだりすれば、家族に迷惑を掛けるどころか、物理的に私の首が飛びかねない。


 でも。


 ……でもね。


 なんで、『私』が狩った竜の皮を持って行こうとするの!


 そりゃ、夏休みの狩りの延長で私にも毎年のことだから、苦労って程の苦労はなかったけど、流石に怒っていいと思う。


 もちろん、軽く狩ってるように見えても、命の危険だってないわけじゃない。


 ベイル達にも体を張らせているし、費用だってリュードさんたちが絶句する金額だ。


 それを書類一つで持っていこうとするとか、はい、そうですか、なんて許せるわけがなかった。


 騒動は水際でくい止めたし、何かを償わせるってわけじゃないけど、一言ぐらいは文句を言いたい。




 ……私は、決めた。


 帝国に帰ったら、全力でクレメリナ様を支援する。


 そして、絶対に王位を継いでいただいて、犯人を突き止めるところまでは持っていく。


 絶対に、だ。




 ▽▽▽




 クロンタイト代表とナイトーフェ政務官は、『後始末』の相談でそのまま王城の一室に向かうそうで、私は一足先に涼風宮へと帰された。


 政務官殿のお顔は随分と強ばっていたけれど、それも当然で、国賓の機嫌を損ねるような出来事が『起きかけた』のは間違いない。

 フラゴガルダの面目は、クロンタイト代表の機転で何とか保たれたってだけなのだ。


 私の方は……気疲れもないわけじゃないけれど、反撃は帝国に帰ってからと決めたお陰で、少しは腹立たしい気分も収まっている。


 まずは、女官のお仕事をきっちりこなすこと、他の全ては、帰国してからだ。


「え、女官服でいいんですか、先輩!?」

「クレッテン書記官殿からは、そのようにお伺いしているわ。お店に出入りしたのが何処の誰なのか、よく見せる必要があるんですって」

「うへえ……」


 今日は竜皮の移送以外、大きな予定は入っていなかったけれど、頼まれた『お出掛け』は明日で、その準備をしていると、もう夕方になっている。


 なかなか手の込んだ十二種の貝の煮込みと鯛の香草焼きの夕食後、ようやく王城から戻られたクロンタイト代表と、軽い打ち合わせをした。


「ナイトーフェ政務官殿は中道、あるいは国王派と言えるが、今回はそれが裏目に出てしまったのだろうね。何も知らされないまま、危うく左遷で済めばましという事態に巻き込まれたわけだ」


 国王陛下が自国の官僚にさえ警告が出来ない理由は、政務関連のポストの殆どを、二大商会の派閥が押さえてしまっているからだ。


 ついでに言えば、警告を発したとしても、ナイトーフェ政務官は中級から下級に属する実務担当の官吏で、彼のいる現場まで届かなかった。


「さて、明日の予定だが、立ち寄って貰いたい店は、『フラゴ(かい)の奇跡』と『海鷲の贈り物』、ともに奢侈品(しゃしひん)を扱う大きな店だ。ポーリエ皇女殿下のお輿入れに必要な品を買い付けて貰いたいんだが、実際に使用される物でね、予算もこちらで用意している」


 お店の名前が、あからさまに『フラゴの光』商会と『海鷲の翼』商会、それぞれの傘下っぽくて、気分が萎えてくる。


 予算も両店均等に割り振られていて、『帝国』はフラゴガルダの内紛には口出ししないと、態度で示しているようだった。




 ▽▽▽




「セレン、留守番ばかりでごめんね」

「いえ、大丈夫です、任せて下さい! いってらっしゃいませ、レナーティア様!」


 滞在六日目、朝それなりに早い時間にはもう、私は馬車に揺られ、海側の商業区に向かっていた。


 午前中に『フラゴ海の奇跡』、お昼の軽食を挟んで午後に『海鷲の贈り物』と、順番は先に第二王女派のお店に行くことが決まっている。

 既に涼風宮から先触れが出ていて、私が到着する頃にはお店側も準備を整えているそうで、至れり尽くせりだ。


 部屋付き侍女頭のベレーザさんとも相談の上、お昼を食べるのは両派と無関係な『クレッサの灯台』になった。


 今更だけど、公務は両派のどちらかに天秤を傾けないよう、そして、クレメリナ様の気配が見え隠れしないよう、ものすごく気を遣って予定が立てられている。


 半分以上はクロンタイト代表の指示通りだけど、その意図を教えられてからは、女官組内部でも気を遣うようにしていた。


「間もなく到着です、『レナーティア様』」

「ありがとう、『騎士リュード』」


 一軒目、『フラゴ海の奇跡』に到着すると、揃いの白いお仕着せを身につけた店員さんが三十人近く並んでいて、私を出迎えてくれた。


「ようこそ『フラゴ海の奇跡』へ、女官様! ご到着をお待ち申し上げておりました!」

「本日はよろしくお願いいたします、ご店主殿」


 正真正銘、下にも置かぬ歓待振りで、表面上はともかく、私の内心は落ち着かない。


 上等の貴賓室に案内されると、特上のお茶菓子が振る舞われ、商談が始まった。


「店主殿、概要は先日伝えた通りだが……」

「はっ、全てつつがなく。婚礼のご衣装を飾る真珠とのことで、選りすぐりの最高級品をご用意致しております」


 無論、貴人が自分で交渉するのは、はしたない行為とされていた。商談は全部、クレッテン書記官に丸投げである。


 私のお仕事は、運ばれてくる見本の真珠を見て満足げに微笑みを返し、お店の対応を褒めることだ。


 これはこれで、割と気を遣うけどね!


 商談は、前もってまとめられていたようで、青に黒、薔薇色、白系でも特に珍重される月虹(げっこう)真珠が、数グロス単位で取り引きされた。


 もちろん、商談が終わったからと、すぐには帰れない。


 これも貴人のお買い物のお約束の一つなんだけど、あまりに早くお店を出ると、お客を満足させられなかったことになってしまうのだ。


「真珠というものは、とても奥が深いのですね」 

「はい、女官様。日々真珠に触れる我らも、未だに学ぶことが多うございます」


 適度に雑談というか、宝飾品の話をしていて、ふと気付く。


 私はさりげなく真珠の事を聞き込み、まだこちらでは養殖真珠が存在しないことを確認した。




 お昼前、『フラゴ海の奇跡』を辞して、市街でも屈指の高級宿だという『クレッサの灯台』で、ようやく一息つく。


 流石に庶民向けの軽食堂ってわけには行かなくて、言うなれば、高級ホテルのランチを予約したって感じかな。


「それにしても真珠だけで一千アルムの取引、すごいですよね……」

「午後の『海鷲の贈り物』では、海絹(うみぎぬ)を同じ金額分購入いたします」


 海絹は、お蚕さんから作られる絹とは違い、海絹草(うみぎぬそう)という海草から作られる超高級の布だ。

 手触りもすべすべで光沢も美しいけど、魔法耐性があって、ドレスや礼服の他に、金属鎧の裏地や魔術師のローブにも使われていた。


 各店舗での買い物は、竜狩り三週間の予算と同額、日本円ならおそらく数億円に匹敵する。

 涼風宮への納品時、外交団の担当者から支払われると聞いていた。


 もちろん、比べる対象が間違ってるかもしれないけれど、ポーリエ皇女殿下には結婚もご公務であり、これもお仕事の一環だ。


 世界に冠たる大帝国の皇女殿下が質素なお輿入れをしてしまうと、帝国が斜陽しつつあるなんて疑われ、割と冗談抜きで外交上の問題になる。


 前世を思い出せば、日本政府が公表する政府(O)開発(D)援助(A)とか人道支援は、もっと桁が大きかった。


 それに近い役割をするお金だと思えば、高すぎるってこともないのかなあ……。


 私があれこれ考えても、仕方がないけどね。


 食後、次の『海鷲の贈り物』に向かうまで少し時間があるというので、キリーナ先輩が気を利かせて、テーブルをリュードさんと二人きりにしてくれた。


 ここ数日は公務優先で、ほとんどお話しできていなかったから、とても貴重な時間だ。


「そう言えばポーリエ皇女殿下は、リュードさんから見て姪子さんになる方なんですよね?」

「うん。同い年だから、ほとんど兄妹みたいなものかな。お淑やかな外見は義姉上から貰ったんだろうけど、やんちゃなところは間違いなく兄上譲りだよ」

「ふふっ」


 ほんの少しの短い時間だったけれど、気分はとても晴れた気がする。


 リュードさんの柔らかい笑顔は、それだけで私を元気にしてくれた。


「リュードさん」

「レナ?」

「次は、お仕事抜きで遊びに来たいと思うんです」

「ああ、それはいいね!」


 この調子で、午後も無事に乗り切りたい。


 明後日にはもう、本番のヴァリホーラ王生誕四十周年記念園遊会が待っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ