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皇宮女官は思ったよりも忙しいけれど、割と楽しくやってます!  作者: 大橋和代


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第三話「出仕と任官」

第三話「出仕と任官」


「職責により誰何させていただきます!」

「レナーティア・エレ・ファルトートと申します。こちらの書類を御確認願います」

「はっ、お預かりいたします」


 順番が来て、駆け寄ってきた衛兵さんに書類ばさみを差し出し、右手中指の家紋付き指輪を示す。指輪は魔法の発動体の予備も兼ねていた。


 書類は昨日ハーネリ様が用意された推薦状と、持ち込む私物の一覧表、お父様の書かれた認め状がセットになっている。

 魔法杖や指輪『など』の魔法道具は、流石にしっかりと確認が取られた。


 この、『など』という部分が曲者で、湿気避けの魔法が掛けられた書物や、髪通りをよくする風の魔法を付与した櫛さえチェックされる。……そんな高級な櫛は持っていないから、代わりに魔法でちょいちょいっとやるけどね。


「ご協力感謝します、問題ありません!」

「ありがとうございます」


 パリの凱旋門ほどじゃないけれど、それに近い大きさの外城門をくぐり抜ければ、そこはもう皇宮の中だ。


 皇宮は外宮、中宮、内宮の三層構造で、内宮でさえ中に小さな街が一つ入るほどの面積を誇る。


 幼い頃お父様に連れられ、職場訪問を兼ねて、外宮の見学をさせて貰った覚えがあった。


 あの時はすごい無駄だなあと思ったりもしたけれど、立派な見かけもこけ威しじゃない。皇宮も『戦う為のお城』で、外宮には各騎士団の本部や軍務府などの軍事施設が集中していた。


 他国との戦争はともかく、竜種の魔物は高速で群を為して飛んでくることもあり……過去には帝都近郊にまでその翼が届いたことが本当にあって、今なお軍施設の増改築が続けられているらしい。


 中城門でも外城門と同じように誰何を受け、馬車は進んだ。


 中宮には、帝政府のお役所や皇城『光晶宮(こうしょうきゅう)』――謁見の間や陛下の執務室などのある最重要施設――が、連山のように建ち並んでいる。


 舞踏会で一度だけ来たことのある光晶宮を懐かしみつつ、小さくため息をつく。


 ここから先は初めてだけど、見るもの全てが珍しい、って感じでもなかった。

 お役所はどこも雰囲気が似通っていて、変わり映えがしないのだ。前世と世界が違うはずの皇宮でさえそうなのだから、推して知るべし、である。


 こちらは政治の中枢で、私にはほぼ縁がない。


 今後はどうかわからないけれど、たぶん、用事はないはずだ。


 お役所を横目に、大きな通りをぐるりと巡った馬車は、ようやく内城門へと到着した。

 今度は下車を指示される。


 内宮は皇帝陛下とそのご家族のお住まいで、衛兵の代わりに近衛騎士が守っていた。


「ファルトート男爵令嬢レナーティア殿……。ふむ、これだな」


 訪問者リストのような帳面がめくられ、騎士様が頷く。


「用度長のところなら……ああ、ヘリオラ! 君のお客様だ!」


 若い侍女がやってきて、私を引き取ってくれた。


「ありがとうございます、騎士ルッフェン。ご案内いたします、レナーティア様」

「お願いします」


 案内役を付けられ、そのまま中へ。

 荷物は従僕の男性がやってきて、一緒に運んでくれた。


 内奥に鎮座する一際豪華な宮殿――双竜宮(そうりゅうきゅう)を横目に、城門脇の大きな建物、宮内府の庁舎へと足を踏み入れる。


 大騒ぎってわけでもないけれど、すれ違う侍女や侍従はぴりぴりとしていて、やたら忙しそうだ。


 私も含めた皇宮勤めの女官や侍女、もちろん男性側の侍従と従僕も、所属は宮内府になった。


「こちらです」

「はい」


 三階右手の用度室は、電話とパソコンがないのが不思議なくらい、あまりにも『事務所』という雰囲気に満ちていた。

 ちょっとだけ、OL時代が懐かしくなる。


 用度長執務室は、その奥にあった。


「失礼いたします、レナーティア様をご案内いたしました」

「ご苦労様、ヘリオラ。下がっていいわ。レナ、待っていたのよ!」

「はい、よろしくお願いいたします、ハーネリ様、いえ、マルダート夫人」

「宮内府ではハーネリで通っているから、いつもと同じでいいわ。……さて」


 態度を改められたハーネリ様が、席を立って眼前に来られた。


 私も姿勢を正し、一礼して応じる。


「ファルトート男爵令嬢、レナーティア・エレ・ファルトート」

「はい!」

「人事諸令に則り、宮内卿代理を受命致したるハーネリ・エレ・マルダートが達する。本日ただいまを(もっ)て皇宮女官に任じ、柏葉宮(はくようきゅう)付きを命ずる」

「謹んで、お受けいたします」


 こうして無事、『女官レナーティア』が誕生した。……なんて感慨は、ほとんどない。

 ハーネリ様は、本当にお忙しいようだった。もう次のお客様がお待ちである。


「これ、任官状と任命書ね。早速で悪いけど、出仕の準備をして、柏葉宮に行って頂戴な。女官長様や離宮監様へのご挨拶は、後日でいいわ」

「はい、ハーネリ様」


 簡略化されすぎた任官式の後、そのまま用度長執務室を追い出され、被服を扱う部署で着せ替え人形のように採寸された。

 

 お着替えも数人の侍女の手であっと言う間に終わってしまい、姿見の前に立てば……見かけだけは立派な皇宮女官が出来上がる。


「レナーティア様、髪はいかがしましょうか?」

「皆さんと同じように、頭の上でまとめて下さい」

「畏まりました」


 ちょっとだけお胸がすかすかしてる気がするけれど、出来合いのお仕着せでは仕方がなかった。

 これでも前世よりはかなり大きく育っていたから、文句は言いにくい。


 ただ、こちらの標準よりは若干、そう若干……小さいかもしれない、ということも、女学院でしっかり学ばされていた。


 ぼんっ、きゅっ、ぼんっ、のお母様には届かなくても、可能な限りたわわに実って欲しいと願いつつ、それらは横に置いて鏡の中の自分を改めて見つめる。


 身長、この一、二年でかなり伸びたけど、もうちょっと欲しい。


 体重、親友からはもっと食べなさいとよく言われた。


 お母様譲りの金髪だけは大事に伸ばしていて、今はアップにまとめられているけれど、背伸びした子供にも見えて自分でもがっかりする。もう少し、なんとかこう……大人っぽい見かけになりたいところだ。


 ただ、お風呂上がりに見る限り、スタイルそのものは悪くないんだよね。……自分で言うことじゃないけどさ!


 それらはともかく……与えられたお仕着せは、見かけ、少しばかり飾りの多いヴィクトリアンタイプなメイド服である。白いブラウスに侍女職よりもやや深い濃紺のロングスカートが基本で、フリルや袖飾り、ブローチによって、役職や所属先を表すらしい。

 ハーネリ様のような上級の女官になると、ロングドレス仕様の特注品が選べるそうだ。


 でも、そこまで長続きするかどうかは、私にも分からない。


 たとえ、本気で一意専心精励忠勤、懸命にお勤めを果たしていたとしても、結婚退職は可能性が高かった。

 仕事が出来る女官や侍女は、貰い手もつきやすいそうで……というか、むしろそうありたい。


 ただ、こればかりは、正に神のみぞ知るってところだった。


「レナーティア様、宮内府庶務部の侍女、ウェーラと申します。ここからは、私がご案内いたします」

「ええ、よろしく、ウェーラ」


 ウェーラさんは私よりも年上だが、侍女職である。

 私の口調も、横柄ということもないけれど、これは仕方がない。私が(へりくだ)りすぎては、ウェーラさんだけでなく、私に推薦状を書いたハーネリ様にまで迷惑が掛かってしまうのだ。


 この身分制度の親戚のような官職制度も善し悪しだとは思うけれど、女官も侍女も、単なる宮仕えじゃない。


 要は、軍隊と同じなのだ。


 皇帝陛下を頂点として、貴族は老若男女全てが軍人と看做された。

 貴族には数々の特権があって、その分責任も義務も伴うけれど、そこはもうこの十六年でなんとなく身に着いていた。


 官職に就く者もまたしかり、緊急時には、その序列に組み入れられる。


 特権と引き替えの、崇高な義務だった。

 魔物が住むこの世界では、それが本当に必要とされているのだ。


 ……ほんとに崇高か? と思うことも多いけれど、少なくとも民を置きざりにして魔物から逃げ出すような貴族は、厳しい処罰を受けるし評判も地に堕ちる。


 そして官職制度に則れば、私は女官で士官の扱い、侍女は兵隊さんに準じるとされていた。


「こちらです」


 いつの間にか私の荷物を持った従僕も後ろにいたが、会釈だけしてそのまま任せ、宮内府を出て内宮の奥へと向かった。


 私のお勤めする柏葉宮は、内宮の内側にある。


 皇帝陛下のお住まいである双竜宮と同じ内宮の中に離宮……離れた宮殿というのもおかしな話だけど、きちんと理由はあった。


 例えば、成人を迎えた皇子殿下や皇女殿下に大人の証として下賜されたり、外国からの賓客に宿泊施設として提供されたりとか。

 他にも夜会や晩餐会などの催事に使われることもあるけれど、うちは高々男爵家なので、ご招待をされたことがない。


「こちらがレナーティア様の職場となります、柏葉(はくよう)宮でございます」

「ありがとう、ウェーラ。……綺麗ね」


 柏葉宮は、落ち着いた邸宅風の離宮だった。

 当然、小さいながらも前庭つきで、本館についた両翼も相当に大きい。具体的には、うちの帝都屋敷の四倍ぐらいはあるんじゃないかな……。


 離宮の門を守る近衛騎士に会釈して、近づく。


「失礼ながら職責により――レナさん!?」

「え、従士リュード!?」


 二人居た騎士の一人は、あの時、光晶宮で一緒にダンスを踊った従士リュードだった。


 思わずぽかんと、お見合いしてしまう。


 おおぅ、初日から何という幸運!


 これは神様に感謝しないと、本気でバチが当たりそうだ。


「……失礼いたしました、『騎士』リュード。叙任されたのですね、おめでとうございます!」

「ありがとうございます、レナさん。レナさんは、女官に?」

「はい、今日から、です」

「それはおめでとうございます!」


 一年ぶりぐらいかな、亜麻色の髪は少し伸び、顔立ちが精悍になってる。

 近衛騎士の青い制服を身につけた彼は、とても大人びて見えた。


「レナさん、少し背が伸びました?」

「えっと、そうかもしれません」


 ……でも、たった一年で、見習いの従士から近衛騎士になるなんて、ほんとにすごい。


 選抜試験は推薦されれば受けられるけれど、推薦を得るだけでも大したもの。その上、現役の騎士が本気で技を競う試験など、簡単に合格できるはずがなかった。


「おい、リュード。旧交を温めるのもいいが、仕事しろ」

「あ。……し、失礼いたしました!」

「ごめんなさい!」


 先輩騎士さんの呆れ顔に、それもそうだと騎士リュードと目を見交わして頷き合い、改めて書類ばさみを確認して貰う。


「柏葉宮の警備は、我ら近衛騎士団第三中隊の管轄になります」

「はい、よろしくお願いします」

「また、任務中は自分達も女官殿の指揮下となりますので、必要があればご遠慮なく用務をお申し付け下さい」

「え……?」


 ちょっと待って欲しい。


 ハーネリ様の口振りから平の女官だと思っていたし、そこはその通りなんだろうけど、近衛騎士の上に立つとか、聞いてないんですが……?


「大丈夫ですよ、レナさん。すぐに慣れますって」

「は、はあ……」


 口調を戻した騎士リュードの笑顔に頷きつつも……。


 もちろん、本当に必要なら遠慮はしてられないだろうけど、今後が少々心配になってきた私だった。


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