第三十五話「王家の人々」
第三十五話「王家の人々」
第二王女アジュメリナ殿下とのお茶会は、無事に終わらせた。……と思う。
あちらの侍女殿のコントロールが完璧すぎて、何も出来なかったとも言えるけど、問題を起こしたくなかったのはこちらも同じで、双方に及第点ってところかな。
涼風宮に戻り、セレンから訪問客も連絡事項もなく、留守中に問題は起きなかったと聞かされ、ほっと一息つく。
「はあ……。良かったのやら、良くなかったのやら、ですよ」
「初の大仕事で及第点なら、それは誇っていいことよ」
「ありがとうございます、先輩」
これでいいのかなあと思いつつも、だからと、他に何かが出来たはずもなく。
遅くに戻ってこられたクロンタイト代表からも、その調子で頼むと言葉を掛けられ、初の外交は終了した。
「きしさま、どうしてもいかれるのですか?」
「『はい、お姫様。私は国のため民のため、悪い魔物を退治して参ります!』」
翌日、第三王女ソラメリナ殿下とのお茶会は、何故かお人形でごっこ遊びをすることになって慌てた。
相手が五歳のお姫様であればこそ、ご希望に配慮したわけだし、そのあたりも含めて印象は悪くなかったと思う。
ただ、ここでも私に対するお付きの侍女殿の対応は、アジュメリナ殿下のところと似たような感じだった。
場所が主城から西南に外れた離宮ってことぐらいかな、違ったのは。
まあ、うん。
気にしてもしょうがないか。
幸いにして、クレメリナ様のことも、アジュメリナ殿下のことも、聞かれることはなかった。
「さて、こちらが本命、っと」
一度、王城から退去して涼風宮に戻り、王妃陛下とのお茶会に備える。
少し早い夕食代わりの軽食を用意して貰い、今度はザルフェンで仕立てた訪問着に着替えた。
「ほら、背筋伸ばして」
「はーい」
深いグリーンのロングドレスは大人っぽい……大人っぽすぎるけれど、礼を失していないと言う最低限の仕事だけはしてくれるだろう。
鏡に映った自分を見て、服に着られてるなあと思ってしまったのは、年相応よりも幼い私の顔立ちのせいであって、決してドレスが仕事放棄してるわけじゃない。
そのロングドレスに合わせる肩掛けも、帝国東方の特産、その手触りで有名なクレンシェート織りの特上品だ。
仕上げに、青真珠のネックレスとイヤリングを身につける。
「キリーナ様、お迎えの馬車が到着しました!」
「こちらも調ったところよ! セレン、騎士様達にも、出発をお知らせして!」
「畏まりました!」
……この訪問着セット、〆て三十五アルムと、竜便よりもお高くついていた。一生物の財産だと思って、今後も大事に使おうと思う。
十年か二十年もあれば、似合うようになるはずだ。
夕暮れに少し早い時間、私は王城の奥、窓のない応接室に通されていた。
双竜宮で言うなら、私が立ち入りを許されない帝室のプライベートスペースになる。
出入りのチェックは双竜宮よりも緩かったけれど、他国の王城だという緊張は、また別種のものに思えた。
「お初にお目に掛かりますわね。フェリアリアと申します」
フェリアリア王妃陛下はクレメリナ様の御生母で、やはりというか、お顔立ちがよく似ていらっしゃる。
少し気に掛かったのは、王妃陛下の傍らには杖――魔法杖ではない、歩くときに身体を支える杖があって、お顔の色もあまりよろしくない、ということだった。
「クレメリナが命を落とさずに済んだことは……内密ながら、伺っています。ありがとう、レナーティア殿。貴女のお陰です」
「恐縮で御座います。クレメリナ殿下がご無事で何よりでした」
ご無事が伝わっていて、私のことまでご存じなら……包み隠さず全部お話しさせていただいた方がいいかな。
二人で協力して一芝居打ったことや、レナのケーキを味わって貰った時の様子など、言葉だけは選びつつ、皇宮でのクレメリナ様との関わりをお伝えする。
もちろん、皇帝陛下と対面された時のことも。
「……あの子は、決めてしまったのですね」
物憂げな表情で、王妃陛下はため息を一つ、こぼされた。
私はクレメリナ様の凛とした決意を肯定的に受け止めたけれど、母親なら……それはもう、心配だろうなと思う。
「はい。ですが、クレメリナ殿下には多くのお味方もおられます。私と柏葉宮の侍女達や、ヤニーア殿だけでなく、国許のお味方も、帝都に入られたようでした」
私は書類鞄から、竜狩りの最中に貰った手紙を取り出した。
「私宛の手紙ですが、クレメリナ様より追伸を頂戴しておりましたので、お見せする機会でもあればと、持ち込んでおりました。中身は旅程の変更に関する連絡でございますので、ご覧いただいて大丈夫です」
「まあ!」
期待と不安の入り交じった表情で、王妃陛下は手紙を開かれた。
読み進められたその最後、追伸のあたりで視線が止まる。
「あの……その手紙は、置いていきますので……」
「……ありがとう、レナーティア殿」
宮内府の印が押された公用の手紙であれば、広い意味では公文書になってしまうのでお渡しできないけれど、中身は業務連絡兼用の私信だ。
竜を狩りに行くという裏の事情も鑑みて、キリーナ先輩が気を利かせてくれたというか、なんというか、結果的には正解になっている。
「ふふ、少し、安心いたしました。他にも、あの子の事、聞かせて下さいますか?」
「はい、王妃陛下」
何をお話ししようかと、脳裏にあれこれ思い浮かべた時、こんこんこんこんと、四回のノックが聞こえた。
「ご歓談中失礼いたします、フェリアリア様」
「何かあったの、ジェリーサ?」
入ってきたのは、私をここまで連れてきてくれた中年の侍女殿だ。
何故か、大変にお困りのご様子である。
「あの、その……国王陛下が、いらっしゃっています。女官レナーティア殿の護衛である帝国の騎士殿も、ご一緒なのですが……」
「何かあったのかしら? ジェリーサ、すぐにお通しして」
「はい、畏まりました」
何事か分からず、王妃陛下と私も、困った顔でお見合いしてしまった。
「騒がせてごめんなさいね」
「いえ、大丈夫でございます」
「悪いことでなければ、いいのだけれど……」
一刻を争う緊急事態なら、ジェリーサ殿ももっと大慌てで駆け込んでくるはずだ。
でも、うちの騎士様が国王陛下と一緒にやってくるというのも、どこか変なわけで……。
身構える間もなく足音が聞こえてきたので、私は王妃陛下に会釈して立ち上がった。
「失礼するよ、フェリアリア」
ちらりと国王陛下を確認して、作法通りに跪く。
予想よりも、小柄なお方だ。
今は平服に近いお姿で、略冠すら頭には戴いておられなかった。
「あなた、何かありましたの?」
「うむ。廊下で面白い物を見つけた」
思わず声を漏らしそうになる。
そ、そんな理由で……?
今回の訪問は表向き『私的なお茶会』なので、『たまたま、国王陛下が王妃陛下の元にいらっしゃる』可能性はゼロじゃないと、吹き込まれていた。
但し、クロンタイト代表は既に国王陛下と面会されていたし、私の場合は外交面での重要度はかなり低い。
それが、面白い物を見つけたからなんて……いや、まあ、不敬だし、皆まで言うまい。
「遠慮はしなくていいぞ」
「……失礼します」
あ。
声聞いて、『面白い』の理由が分かったわ。
「……え、リュード君!?」
「ご無沙汰しております、フェリアリア様」
「まあ! 大きくなったわね! 騎士の姿ということは、修業の最中なのかしら?」
大変失礼なことを考えて申し訳ありませんでした、国王陛下。
そりゃあ自国の王城の奥深くに、親友の弟が近衛騎士の格好で立っていたら、面白いに決まってますよね……。
リュードさんは若干気まずそうな顔で、私に小さく頷いてから、ため息をついた。




