挿話その三「学院の情景」
挿話その三「学院の情景」
「生徒会室にて行われた抽選の結果、一年風組の活動は、お菓子の販売に決まりました」
ぱちぱちぱち。
教壇に立った級長のエフィが、皆の顔を見回す。
「お菓子屋さんかあ……」
「私達でも作れるかな?」
「無理ではないでしょうけど、レシピがあれば出来るとも限らないわ」
学院では秋に、教会への奉仕活動という行事があった。
九月に入学した新一年生が最初に迎える一大イベントで、教会の聖堂に出向いて神劇や聖歌の披露、模擬店などの催しを通し、寄付を募る活動を行う。
同時に、企画立案、折衝、実行、その全てが生徒のみで行われ、経営の実際を体験させる機会でもあるけれど……学外で行う文化祭に近いかな。
私も子供の頃に連れていって貰ったことがあるけれど、お祭り的な側面の方が大きいかもね。
「日取りは十月の終わり、農神の祝祭日。今年の開催場所は西北大聖堂よ。とても大きな聖堂だけど、それは気にしなくていいわ。私達一年生は、初参加なんだもの」
もちろん、学院にようやく慣れたかどうかという一年生には、荷が重い。……ってわけじゃないのが面白い。
ここは、貴族層なら家庭教師にみっちりと教え込まれ、あるいは庶民なら教会付属の初等学校で成績優秀だった人が、難関と言われる試験をくぐり抜けてくる場所だ。
学院の通り名『才媛の園』は、伊達じゃなかった。
私が受かったのは、お母様を初めとする教師陣の教え方がよかったことと、前世の知識と言う名の『貯金』、そして望外の幸運のお陰である。
……幸運と言い切ってしまうのはどうかと思うけれど、論述の試験が架空の地方領を題材にした設問で、実家の領地を思い出しつつ答えられたのがとても大きい。
「それで、三年分の資料も貰ってきたんだけど……これは後回しでいいか。うん、先に中心になる人物を決めよう。この中で、お菓子作ったことある人は?」
エフィから『ほら、手を挙げて』という感じで視線を送られ、私は仕方なく、手を挙げた。
入学以来、四六時中一緒に過ごしてきたルームメイトは、私がそこそこ上手にお菓子を作れると、知っている。
「レナの他は? 料理できる人!」
「料理はするけど、あたしが作ると田舎料理になっちゃう!」
「だよねえ。わたしも同じく」
趣味でお菓子を作るのは、意外と敷居が高い。貴族的ってこともないけれど、どうしてもお金が掛かる。
材料費も高いけれど、厨房の設備に余裕がないと、ご家庭で気軽に、ってわけにはいかなかった。
「私も下町料理は出来るけど、お菓子はちょっと……。でも、教えて貰えるなら、頑張るわ」
「わたくしも!」
「よし、レナが製菓部長ね。今日の話し合いをよく聞いて、作るお菓子を選ぶのが最初のお仕事よ」
「りょ、了解……」
エフィはたぶん、出し物がお菓子の販売に決まってから、私の指名を考えていたんだろうな。
ほんとに、予定通り! って顔してる。
「よろしい。次に販売部長、これは実家がご商売をされてる人に頼みたいんだけど……」
「じゃあ、あたしかな」
「はい、クーティナが販売部長。みんな、いいかな?」
「異議なし!」
王族から庶民まで、クラスメートの出身がばらけている事を逆手に取り、エフィは適材適所に配置していった。
こちらでは、種族や身分差、そして家業も、能力のうちに数えられる。
特に家業は比較的重視されることが多く、子供の方でも親の職業について詳しい。
たとえば壇上のエフィなら、実家は領地を持たない官位貴族でお父上は地方領の代官、それを見て育ったせいか、人を差配するのにも慣れていた。一年風組自慢の級長だ。
そのあたりも含め、現代社会とは違うんだなあと、入学以来、改めて色々と思い知らされている私だった。
「さて、レナ。作るお菓子は決まったかしら?」
「うん。やっぱり、定番の焼き菓子が無難じゃないかなあ」
「その心は?」
「えっと……調理が極端に難しくないこと、数日とは言え日持ちすること、お客様にも味の想像がしやすいこと、前日までに調理を終えられること、そのお陰で当日はお店番に余裕があること……」
「ん、合格」
とりあえず、試作を兼ねてお料理教室をすることが決まった。
材料の手配は……クーティナさんのところは大きなお店だけど、馬具の専門店だから畑違いになるね。
先日、親友達にパウンドケーキを振る舞った時と同じく、キリーナ先輩の実家を頼らせて貰おう。
▽▽▽
私が入学先を帝立ゼフィリア女学院に決めたきっかけは、些細な理由だった。
その時の私は、学院に通う歳には早かったけれど、お母様と雑談をしていて将来の話になり、その名を聞いたように覚えている。
「才媛の園として有名だけど、それよりも……制服が可愛いのよ!」
幼い頃、家族旅行中に帝都で見たゼフィリアの制服が、とても羨ましかったと力説される。
「ゼフィリアはね、入学の年限が決まっていないの。制服を見るついでに、受験してみたらどうかしら?」
制服にこだわりはないけれど、私はこちらの女学院というものに興味が出てしまった。
その年の七月、受験に挑み……。
「え、合格!?」
「レナ、おめでとう! 本当にすごいわ! 今日はお祝いしましょう!」
夏の竜狩りから帰ってみれば、合格通知が届いていた。
いつもは冷静なお母様が、狂喜乱舞である。
駄目で元々、進学については、十五歳になってから改めて考えればいいやと思っていたんだけど……。
「ま、いいか」
受かってしまったからには、通って悪いと言うこともないだろう。
授業料と寮費は結構高かったけど、竜狩りの直後で懐が暖かい時だったから、即金で納めた。
九月に入り、私は八十名の同級生とともに、無事に入学を迎えた。
「新入生の諸君、入学おめでとう。諸君らは本日より、帝立ゼフィリア女学院の生徒となった。この学院にて、良き学びと出会い、良き友と出会い、そして、良き自分と出会えるよう、願っている」
お母様の言葉通り、ゼフィリアの制服は私の目から見ても可愛かった。
紺碧の青い制服は、金糸銀糸で縁取られたプリンセスラインのワンピースに、上掛けとなる同色のジャケットが基本で、各々の長さや形が好みに合わせ選べる。
たとえば、今壇上で挨拶している新入生総代の生徒は、ジャケットもスカートもかなり長めで、とても大人っぽい雰囲気だった。顔立ちにも似合ってるので、同じ制服がとても素敵に見える。
私のお隣、普通の椅子の上にお人形サイズの小さな椅子を置き、そこに腰掛けている小さな妖精族の生徒なら、羽根の邪魔にならないようワンピースの背中には大きなスリットが空いていたし、上掛けもボレロのように短い。学院公認の超絶改造制服だ。
制服の美しい青は帝室の定める禁色であり、滅多なことでは使われない。
帝立の学院では、ゼフィリアの他に三校だけが許されていた他、近衛騎士の制服の色としても知られている。
私は少し悩んでから、スカートは膝下丈、ジャケットは少し大きめを指定していた。まだまだ顔立ちが幼いので、このぐらいが一番似合ってしまう。
でも……他の生徒達も割と大胆なアレンジで、私ももう少し、はっちゃけてよかったかもしれない。
成長して背が伸びたら、その時にもう一度考えよう。
「おじゃましまーす!」
「こんにちは!」
「はーい!」
式の後、彼女たちとは学院の寮ですぐ、再会した。
「初めまして。魔人族のハイデ氏族出身、エフィルマ・ファル・ハイデガルクトよ。よろしくね、同級生さん」
「初めまして、レナーティア・エレ・ファルトートです! ……えっと、人間族、です」
「ほんとに? ……小さすぎない?」
「十二歳です」
「よく受かったわね!? それから……」
「ミューリだよ。ミューリイルフラーテス・ティア・ヨトート、ご覧の通り、妖精族です!」
「ティアって……え、殿下!?」
うちの部屋は、隔離部屋か何かなんだろうか?
新入生総代に王族、ついでに学院最年少……。目立つ生徒は集めておけって感じなのかと、一瞬思ってしまった。
「あなた達、新入生は講堂に集合している時間よ! ……生徒会長の挨拶、聞いてなかったの?」
「……あ」
「しまった!」
「はあ……。後で反省文ね」
巡回に来た先輩――キリーナ先輩に追い立てられ、慌てて講堂に向かう。
「急ぐわよ!」
「う、うん!」
「待って、制服が……」
「肩に乗って!」
「ありがと!」
新入生総代で、大人っぽいエフィ。
妖精族のお姫様、お気楽ミューリ。
私達は運のいいことに……あるいは、寮室の割り振りと同様の理由で、同じクラスになった。
入学して半月もすると、学院生活にも慣れてくる。
「エフィもミューリもさ、礼法の授業、成績いいよねえ……」
彼女たちがルームメイトから親友になるまで、そう時間は掛からなかった。
そう言えば、ここまで親しい友達はこっちじゃ初めてだなあなんて、二人の横顔を見る。
「小さい頃から二十年、ずっとやらされてた」
「わたしの所は礼を受ける側だから、とっても厳しかったのよお……」
二人はもちろん年上で、エフィが二十八歳でミューリが二十二歳、人間族に換算して大体十五歳前後になるのかな。
もちろん、私が年下であることには変わりない。
今年なら私の十二歳を最年少として、上はエルフ族の二百十一歳まで幅広かった。一応は人間族換算で十五から二十歳頃が望ましいとされているけれど、上限も特に決まっていない。
数が多くて成長と老いが分かり易い人間族は、あらゆる基準にされていた。
人間族と比べて寿命が長いか短いかはともかく、幼少期が長い種族もあれば、青年期壮年期が長い種族もいる。……妖精族なんて、繭で過ごす期間もあるから、完全な比較は出来なかった。
その上で、中身は個人差なんてものの影響も大きいから、同じ新入生だけ見回しても、種族の違いに加えて見かけは大人から子供まで、結構なカオス具合だ。
生まれ変わってしばらくは相応の驚きを抱いていたけれど、うちの屋敷も働き手は人間族じゃない人の方が多かったし、今はもう、種族の違いなんて気にならなくなっていた。
犬耳が可愛いとか、尻尾がうらやましいとか、エルフ族は美人さんが多いなあとか、その程度だ。
私は一応、人間族である。但し、厳密に言えばご先祖様には竜人族や精霊族もいるし、母方のひいお婆様は魔人族だった。
「でも、レナだって魔法はすごいじゃない」
「……えっと、お母様が魔法の先生だから、頑張ったの」
「ふうん、そうなんだ。レナの魔法って、魔力の流れがすごく素直で綺麗なのよねえ」
「いっぱい練習したからね。……ふふ、エフィやミューリの礼法と一緒だよ」
流石に竜狩りのことまでは話せないし、魔法の授業も周囲の様子を見ながら小出しにしつつ、加減している。
代わりに、礼法や歴史、地理学の授業は予習復習が欠かせなかった。……全部の授業を平均すると、なんとか中の上ぐらいには食いついていけてると思いたいところだ。
前世の繰り越し預金というか、下地になる知識や経験がなかったら、苦労も三倍四倍になってたに違いない。
おさぼりしてたわけじゃないんだけど、魔法と剣術に力を入れすぎていた弊害が、今になって吹き出してきた部分も否めなかった。
「さ、次の授業も頑張ろうか」
「三人揃って苦手な、帝国古語の授業だもんね」
「うん!」
もちろん、才媛の園の異称に相応しく、授業のレベルはかなり高い。
礼法の先生は皇帝陛下が子供の頃に礼法指南役をされていた方だし、地理の授業では当地出身の政務官僚や、外国ならば大使や外交官が呼ばれ、生の話を聞くことが出来た。
他の学院との差まで考えると、ゼフィリアは確かに破格の扱いだと思える。
ただ……授業料は確かに高いけど、帝室のゼフィリアに対するお金と手間の掛け方が、それに見合わないほどハイレベルなのだ。
その秘密のからくりを知ったのは卒業後、かなり後になってからのことだったけど、帝国の先見と深慮遠謀、そして気の長さには、とても驚かされた私だった。
▽▽▽
「えーっと、まず、担当ごとに別れて下さい」
試食の結果、クッキーを二種類用意することになった。
「砂糖班は、ガチガチに固められたお砂糖の塊を、砂糖ばさみでとにかく細かく砕き、石臼で粉の砂糖を作って下さい」
大量の砂糖は高くついたけど、生徒会から下りてきた予算に加え、エフィ、ミューリ、私など、貴族層出身の数名が負担している。
これもある意味適材適所であり、貴族の義務ってことになるのかな。お金持ちが寄付をするという考え方は不自然じゃないし、社会奉仕の一環とされていた。
「卵班には、卵を卵黄と卵白に分けて貰います。殻が混じると売り物になりませんので、横着せずに小皿を使いましょう」
「……もしも、卵黄が割れてしまったら?」
「無駄にはしないけど、別にしておいてくれると、助かるかな」
「はーい!」
一つはオーソドックスなプレーンのクッキーで、味は普通だけど比較的失敗も少ないという、料理初心者が多いうちクラスにぴったりのお品だ。
「小麦粉班は、必ず二回ふるって下さい」
「二回?」
「うん。食感、ほんとに変わるから。お菓子を作るのって、魔法薬学と同じぐらい繊細なの」
「分かったわ」
もう一つは、余ってしまう卵白を使ったラングドシャ風のクッキーにした。
同じく卵白を使うメレンゲクッキーと迷ったけれど、こっちだとオーブンをプレーンクッキーとほぼ同じ温度で使うことが出来る。
……手間は出来る限り、少ない方がいい。
バニラエッセンスは手に入らなかったけれど、抹茶ラングドシャを思い出して、石臼で挽いた紅茶を風味付けに使った。
「泡立て班は一番大変ですが、砂糖班と同じく身体強化魔法を掛けますから、安心して下さい。もちろん、順番で他の班と交替します」
「おお、流石は風組の魔法屋さん!」
丁寧に作業内容を繰り返し、見本を見せ、相談に乗っていく。
私はクラスメートの期待に応えるべく、生まれ変わる前の文化祭を懐かしく思い出しながら、厨房を走り回った。
奉仕活動の当日は、あっと言う間にやってきた。
ほぼ雲一つない快晴に、みんなの顔も明るい。
「いらっしゃいませー!」
「お買い上げ、ありがとうございます!」
帝都西北大聖堂の前庭は、結構な広さなんだけど、結構な数のお客さんが来場していた。
私達のお菓子屋さんだけでなく、一年火組の古着屋さんや二年水組の聖符屋――幸運のお札屋さん、四年生が共同で運営するオープンカフェもある。
屋外に組まれたステージの上では、神劇までの場つなぎに、三年生のクレッタ先輩が魔法で水芸を披露して、子供達から拍手喝采を貰っていた。
「様子はどう?」
「お疲れさま、エフィ!」
「いい感じだと思うよ!」
生徒会のお手伝いでお店のシフトから外れていたエフィも、お昼には戻ってきた。
宣伝部長のミューリも、特製衣装の女神様で私の肩に降りてくる。
妖精族の彼女は、上空を飛んでも危なくない。私達の『歩く』と、彼女の『飛ぶ』は、ほぼ同じ意味になる。
「ね、レナ」
「どうしたの、ミューリ?」
「ちょっとだけ、考えてたんだけどね……」
「うん」
「この間のケーキ、美味しかったのに……あれは作らなかったの?」
「奉仕活動で売るほど作ろうとすると、学院の厨房じゃケーキの型が足りなかったのよ」
「そっか……」
代わりに、卵黄が割れた卵で打ち上げパーティー用のケーキを用意してるからと告げれば、ミューリの目が輝いた。
「クレンナベリーの蒸留酒を塗って、厨房で預かって貰ってるの。ふふ、特別製だよ」
「クレンナベリー! 甘いのは最高よ!」
ミューリはその場で三回転した。
彼女は小さい体には似合わないほど、よく食べる。
「さて、レナのケーキは後のお楽しみにして、と。私にもエプロン貸して!」
「うん、お願い!」
「わたし、もう一回りしてくる!」
「いってらっしゃーい!」
クッキーの袋は、残り三分の一ってところかな。
混雑する人並みの上をくるくるとかわいらしく飛ぶミューリを見送り、エフィの背中をぽんと叩く。
「あのね。……エフィが食べたいって言ってた、レモンの砂糖漬け入りのケーキも作ってあるよ」
「流石は親友!」
さて、やる気倍増の親友達に負けないよう、私も頑張ろう!
「いらっしゃいませー!」
高い高い秋空の下、私達は声を上げ、笑顔を振りまき、祝祭の日を盛り上げた。
へとへとになったけど、打ち上げでみんなと食べたケーキは、とてもいい思い出になった。




