第三十四話「第二王女アジュメリナ」
第三十四話「第二王女アジュメリナ」
さあ、お仕事お仕事。
打ち合わせで一日潰したフラゴガルダ滞在三日目、お昼過ぎに上等の馬車がお迎えに来た。今日の私達は、王城へと向かう。
「いってらっしゃいませ、レナーティア様」
「ええ、留守をお願いね、セレン」
初っ端の行事は、『フラゴの光』と関わりのある第二王女アジュメリナ殿下のお茶会で、多少は緊張している。
大きな丘を利用して建てられたフラゴガルダの王宮は、市中からでもよく見えた。
灰白色の石組みは帝国の皇宮ともまた違う荘厳さを見せているけれど、建築様式の違いのお陰で、随分と明るい雰囲気だ。
主城は特に目立つ姿で、見せるための柱っていうのかな、ギリシャのパルテノン神殿じゃないけれど、正面入口を飾り、同時にバルコニーを支える四本の柱がすごく目立っていた。
「レナーティア様、馬車を固めるフラゴガルダ側の護衛騎士が、挨拶に参っております」
「ありがとう、騎士マッセン」
もちろん、いつもは砕けた態度の騎士マッセンもお仕事モードだ。
セレンには、小さく合図して見送り位置まで下がらせる。
彼女だけはお留守番になっちゃたけど、涼風宮に誰もいないと伝言を預かるのにも困るのだ。
伝言ぐらいなら、部屋付きの侍女達にお任せしていい気もするけれど、礼儀の問題なので仕方がない。
女官組の本部も、私の留守中に限っては外交団と一組にして扱って戴けるそうで、『誰かがいる』ことが重要だった。
ついでに、セレンもよく頑張ってくれているけれど、旅行中の詰め込みじゃ、他国の王宮訪問に耐え得るレベルの複雑な作法を教えきれるはずがない。
うちの担当だという外交団のクレッテン書記官にも、セレンのことはよくよくお願いしておいた。
さて、お迎えに来たフラゴガルダの騎士に対面すれば……。
「自分は王宮騎士団所属、騎士ジェルクであります! 帝国皇宮女官レナーティア様の護衛任務を仰せつかりました!」
「ありがとうございます、騎士ジェルク。帝国宮内府所属、皇宮内宮柏葉宮付き筆頭女官、レナーティアと申します。道中、よろしくお願いいたします」
護衛と言うより、半分監視かなあなんて埒もないことを考えつつ、馬車に乗り込む。
招かれざる客人ってこともないと思うけど、第一王女と繋がりがある『かもしれない』私に余計なことをされたくないって気持ちは、十分伝わってきたよ。
予定通りの行動と、問題を起こさない分別だけが、求められてるんだろうなあ。
ちなみに騎士シェイラは御者席で警戒、騎士マッセンとリュードさんは馬車後部の張り出しに立って護衛、車内には私とキリーナ先輩だけだ。
「はあ……」
それらは少し、横に置いて。
王城に向かうのが必要以上の憂鬱になってしまったのは、外交団から与えられた事前情報に、碌でもない内容を見つけたからだ。
クレメリナ様に前もって聞いておけば、もう少し心の準備が出来たかもしれない。
あるいは外交団の移動予定が当初のままで、一週間も早まらなければ、お茶会その物を回避できた可能性もある。
後になってクロンタイト代表に、当日まで私という『第一王女殿下の名代』として派遣された『帝国の高官』を退屈させないように、王国も大層気を遣っているのだと聞かされ、頭を抱えた私である。
もちろん私も、お客さんが来たら同じように気を遣うと思うので、文句も言えない。
……『貴人の無聊を慰める』行為の、悪い例かもしれないね。
「レナ、心配事?」
「ええ、まあ……」
心配は心配だけど、半分ぐらいは私の事じゃない。
「キリーナ先輩は、王女様方のお年について、どう思われますか?」
第二王女のアジュメリナ殿下、御歳七歳。
第三王女ソラメリナ殿下に至っては、まだ五歳だった。
「そうねえ……。お年は動かしようのないものだけど、この状況はもう少し、何とかならないかと思うわね」
「はい……」
何を話せばいいのかどうか以前に、傀儡がほぼ確定で気が滅入る。
……って言うか、そんな歳の子供を旗頭にして勢力争いをするとか、駄目すぎだ。
そりゃ、長年の対立とか、派閥の生き残りを賭けてるとか、色々あるんだろうけど。
「……はぁ」
ますます、気が滅入ってきたよ。
王城に入った馬車は、つづら折れになった巻き道を、ゆっくりと進んでいった。
主城から東に少し外れた離宮が、本日の目的地、第二王女殿下のお住まいと聞いている。
「……あれが、そうでしょうか?」
「でしょうね」
石壁の向こうに現れた建物は柏葉宮より大きく、独立したお城のような造りだった。回廊のある城壁の上には巡回の騎士がいて、矢狭間のついた小塔まで四方に配置されている。
お堀と跳ね橋こそなかったけれど、門にはベイルの傭兵砦と同じ様な落とし戸まであった。……随分と厳重だ。
もしかしたら、これも内紛の現れで、本当にお姫様を守るためのお城なのかもしれないと気付く。
車寄せで降りれば丁寧に迎えられ、型どおりのやり取りの後、やたらと折れ曲がった廊下を歩いた。
……中も割と、警備が多い。
「遠路お疲れでございましょう。しばし、こちらでおくつろぎ下さいませ」
「お心遣いに感謝いたします」
控えの間となる豪華な応接室に案内されて、身だしなみを調え心の準備をする。……させられる。
この時点で一度、お茶もお菓子も出てくるけれど、公式の招待客が貴人を訪ねる時の慣例のようなものだ。
お茶席の寄付き――待合所に近いような、そうでないような……。ああでも、意味合いはかなり異なるかな。
お客様を気遣うという名目を掲げてワンクッション置くことで、双方、準備不足を補える可能性を高めてあるとも言えた。
今の私はお客様の立場だ。涼風宮を出発する前に、気分以外の全ての準備を整えている。
でも、待ち受ける女官や侍女の側にしてみれば、この時間は本当に必要だろうなあと思えてきたよ。
「レナーティア様、お時間のようです」
「ええ」
しばらくすると、離宮の侍女とキリーナ先輩が僅かにやり取りをして、お呼びが掛かった『ことになった』。
露払いが騎士マッセン、キリーナ先輩を従えて左右を騎士シェイラとリュードさんに固められ、再び廊下を折れ曲がりながら、上階の応接室へと案内される。
なんだか仰々しいけど、これもお仕事だ、うん。
次の間で騎士達と別れ、キリーナ先輩だけを伴って入室する。
向かった先の正式な応接室は、柏葉宮のそれより立派だった。
緊張を飲み込み、大人用の椅子で足を揃えているお姫様の前で跪く。
「お初にお目もじ仕ります。帝国宮内府所属、皇宮内宮柏葉宮付き筆頭女官、レナーティアと申します。本日はお招きに預かり、まこと光栄の至りと存じます」
「よきかな。わたくしは、フラゴガルダ王国第二王女、アジュメリナ・ゼルテ・ティア・フラゴナリアスと申します」
殿下は、本当に七歳ぐらいで……こういう情報こそ外れて欲しいのにと、余計なことを考えつつ、お付きの侍女殿に促されるまま、席に着く。
クレメリナ様とは髪色が異なるので、見た目はかなり違うけれど、目元はそっくりだね。
何ていうか……至って普通のお姫様である。
アジュメリナ殿下の第一印象は、悪くなかった。
少なくとも、ガミロート家にクレメリナ様暗殺を指示したのは背後の黒幕で、このお姫様は無関係なんだろうなあと、思うことが出来そうだ。
「殿下、本日のお客様は帝国のお方でいらっしゃいます。普段は聞けぬ遠き地のお話をお尋ねになられては如何でしょうか?」
「そうですわね。……レナーティア殿、帝都は、どのようなところなのですか?」
「はい、殿下。内陸の大河の畔にあって、たくさんの人々が暮らしております」
これも型どおり、なのかなあ……。
侍女殿がまるで司会者のように促すまま、質問が重ねられていく。
「女学院というのは、素敵な場所なのですね!」
「はい、今の私がありますのは、学院のお陰です。たくさんのことをしっかりと、そして、楽しく学ぶことが出来ました」
私は政治色を排した楽しそうな話題を選び、無難に答えていった。




