第三十三話「下準備」
第三十三話「下準備」
フラゴガルダは帝都やファルトートよりも北に位置していて、この時期でも過ごしやすい。
迎賓館である涼風宮は、その名の通り風も気持ちよく吹いてくれる。
「レナーティア様、本日の予定を確認させていただきます」
朝食後、キリーナ先輩の主導で、朝礼っぽい打ち合わせが行われた。
秘書モードで場を仕切っている先輩は、寮長時代の面影を思い出して懐かしい。
「午前中は駐在大使閣下との打ち合わせ、午後は国王陛下のお使者が参られます」
皇宮では内装部清掃班の侍女だった先輩だけど、やっぱり何でも出来るっぽい人だなあと、その横顔を眺める。
応用力と洞察力は、ほんとに全然敵わないのだ。
私が引き抜かなければ、そのうちと言わず、どこかの部署でまとめ役になってたと思う。
朝食後、それほど待つこともなく大使閣下の来訪が告げられたけれど、呼び出しは掛からなかった。
贈り物を預かってきただけの私はともかく、クロンタイト代表と駐在大使閣下の打ち合わせはとても重要だ。
私に聞かせなくていい話……じゃないな、私に『聞かせてはいけない』お話も、多いと思う。もちろん、国家機密とかには触れたくないので、待たされていても全く文句はない。
「行ってらっしゃいませ、レナーティア様」
「セレン、お留守番よろしくね」
「はいっ!」
小一時間ほどで書記官氏が頃合いですと呼びに来てくれたので、キリーナ先輩と騎士シェイラを左右に、第一の応接室である主サロンに向かった。
お決まりの挨拶を交わして、末席に加えて貰う。
「お待たせいたしましたな、女官殿。涼風宮はフラゴガルダでも屈指の迎賓離宮と評されておりますが、居心地は如何でしたかな?」
「はい、とても素晴らしく思いました」
繋げられたテーブルを見れば、結構な大人数で会議されていたようだけど、茶杯の数から想像して、官僚や大使館員の半分ほどは既に退出しているようだった。
残っている人は、個々に打ち合わせたり書面を交わしたりで、忙しそうである。
出席者は帝国人のみ、つまりは身内同士なわけで、堅苦しい雰囲気ではなかったけれど、内容は少々重かった。
「女官殿、早速だが……」
「よろしくお願いいたします、大使閣下」
前置きなしに、情報が伝えられる。
「まず、ここは国王陛下の持ち物で、第二王女派と第三王女派、両派閥の影響はほぼない」
「はい」
「帝国に内紛を気取られたくないという思惑もあるだろうが、素直に国王陛下のご厚意と、受け取ってよいだろう」
どちらかに取り込まれる、なんて事態だけは、避けられるってことでいいのかな?
「うむ。次に第二王女派と第三王女派の対立についてだが……実に見事と言うべきか、巧妙に隠されていた。王女様方は三姉妹仲良しという表看板には、ほぼ偽りがない」
「と、申されますと?」
「ご当人同士は、『それほど』不仲ではないな。会話もあれば、笑顔も交わされている。ご母堂たるご側室様お二人の確執は以前より知られていたが、本国からの注意喚起がなければ、見過ごしていただろう」
流石の帝国も、無限に諜報員がいるわけじゃない。
フラゴガルダは帝国と敵対していないし、関係も密接にして良好だ。ついでに、皇帝陛下と国王陛下が仲良しの隣国だと戦争になる可能性も低いので、諜報関連の重要度はランクが落とされる。
「大使殿に伺ったが、フラゴガルダも帝国を引っかけようとしたわけでなく、内紛を外に出さぬようしていただけでね」
「故に、余計見誤った部分もあろうな。……第一王女が帝国で毒殺未遂に遭ったと知らされた時、何処の国の話だと、耳を疑ったわ」
今回の場合は、内紛が巧妙に隠されていたことと、多少不穏な動きはあったものの、波風が立ちつつあるカレントへの対応であろうと判定されたお陰で、帝国はその内情を知らずにきたわけだ。
そこで、私の取るべき態度なんだけど……。
「第一王女の名代という立場は、形式的なものとした方が良いだろうね」
「うむ。『帝国から命を受けて』派遣された女官、そのように振る舞う方が効果的だろう。……第一王女の支援を決めたのであれば、尚のことだ」
「は!?」
「ハーネリ殿からは、そのように聞いているよ」
なんで!? ……と、思う間もなく、ネタばらし。
うーん、『ハーネリ』様は、魔法の言葉じゃないんだけどなあ。
「まあ、それだけではないのだが、そちらは我らの領分だ。任せて欲しい」
「外交に類することだからね、君がフラゴガルダにとって『普通の』お客様であれば、一番問題が少なく済む。……間違っても、第一王女を助けた、などと口にしないように」
「は、はいっ!」
うん、目立つのは竜の皮、私は添え物。
つまり、船で考えた通りでいいわけだ。
後は私がしっかりしていれば、この公務は問題なく終えられそうだけど……。
「特に、『フラゴの光』商会と繋がっている第二王女との茶会には、気を付けた方が良いだろうね。話は皇宮内で止められているはずだが、事件の概要ぐらいはこちらにも伝わっていると見ていい。少なくとも、ガミロート伯爵の失敗と捕縛は、こちらが報せずとも知っていて当然だ」
「この度の生誕祭、何事もなければよいのだが……」
「……ですな」
お二人のため息が、やけに重く聞こえてしまった。
午後になって国王陛下の使者殿が来られたけれど、お茶会や夜会の予定を調整すると、すぐに帰ってしまわれた。
元々私は、本番の生誕祭――王城で催される生誕四十周年記念園遊会以外、絶対に外せない用事がない。
申し入れられた内容には無理がなかったし、先にフラゴガルダ側で大方の予定がまとめられていた。
後は、実務担当者として同席したキリーナ先輩と外交団のクレッテン書記官に確認を取り、私が頷いておしまいである。
「えーっと、明日の午後は第二王女アジュメリナ殿下のお茶会、明後日が第三王女ソラメリナ殿下のお茶会と、夜は王妃陛下の私的なお茶のお誘い……」
贈り物の移送はその次の日、合間には外交団からの報告会や、帝国側の懇親会も予定されていた。
時間の区分は大まかに午前、午後、夜の三つ、そのどれかに予定か、予定の為の準備が入っている。
「でも、これぐらいで済ませて貰えて、よかったかも……」
「クロンタイト代表と比べても、仕方ないわよ」
「……そうなんですけどね」
セレンが涼風宮の侍女付き添いの元で買ってきてくれたお茶請けのクッキーを摘みつつ、予定表を眺める。
ダブルブッキングはないはずだけど、移動時間は十分に取れていても、準備に必要な時間が足りなかったりすると困るから、再チェックだ。
「レナ、馬車の手配はまとめたわ。確かめて頂戴」
「はい、ありがとうございます。こっちも確認をお願いします」
明日からが本番だけど、久々に女学院時代の『大きな猫のかぶりもの』も用意しておこう。
黙って立っていれば男爵令嬢に見えなくもないのだから、制服を着ていれば、皇宮女官にだって見えるはず。
……まあ、冗談はさておき、本当に大人しく、そしてつつがなく王女様方とのお茶会を乗り越えないと、その後が大変になってしまうからね。
その日は出された夕食も、作法の授業を思い出しつつ『優雅かつ清楚に』味わい、私はしっかりと気持ちを切り替えた。




