第三十二話「フラゴガルダ到着」
第三十二話「フラゴガルダ到着」
カレンティアスを後にしたオーグ・ファルム号は島伝いに航海を続け、大きなトラブルに遭うこともなく、フラゴガルダの領海に入った。
カレントの北端クリーケ島でも『補給』を行ったけど、これも予定通りなのかな。
その後はフラゴガルダの南の玄関口にあたるガルデアに寄港、水先案内の海軍士官もつけて貰って万全の状態だ。
「レナ」
「リュードさん。……あ、どうぞ」
「うん、ありがとう」
船縁にもたれ、大小の島影を眺めていると、リュードさんが来てくれた。
半分譲って、肩が触れ合う距離で海を見る。
明日には目的地の王都フラゴリアに到着の予定で、下船の準備はもう整えていた。
今は半日休憩――船中での休憩になってしまうけど、クロンタイト代表からも上陸前に一度、緊張を解いた方がいいと、言葉を貰っていた。
「僕もフラゴガルダは初めてだけど、外国への訪問なら、子供の頃に幾度か連れて行かれたことがある。頼りないかもしれないけれど、出来る限りレナの力になるよ」
「はい、ありがとうございます」
私達一行は上陸してすぐに忙しくなるわけじゃないけれど、出歩くのも予定ならお茶会も予定、常にフラゴガルダの人が世話についてくれるそうだ。
つまり、『クレメリナ様の贈り物』を持ってきた私は……上陸すると気を抜いて過ごせなくなる可能性も、なくはない。
竜の皮とそれに付随する問題については、もう悩まないことにしていた。
『気にしすぎだよ、レナ』
『リュードさん?』
『影響が大きすぎるなら、クロンタイト代表が黙ってるはずがない。どうしようもなくなったら……二人で兄上に頭を下げよう』
『……はい!』
気持ちの切り替え、ってだけでもないけど、大事な一言を、何のてらいもなく口にしてくれるリュードさんには、私を動かす力があった。
……確かに、あれだけ細かい指示を出してくださるクロンタイト代表からも、竜の皮をについて特別な指示はない。
本当に帝国の外交方針への悪影響があるなら、黙ってるような人じゃないだろうし、一言伝えてくれれば済むことだ。
もちろん、私を『上手く使う』ことはありそう……っていうか、幾つかのお願いをされていた。
時々でいいので官僚を一人、私達の一行に加えて欲しいとか、日時と場所を指定するので観光に出て貰いたいとか、如何にも裏で動きますよって雰囲気で……よく考えなくてもスパイだな、たぶん。
当然、素人の私に複雑な行動は無理だし、普通に過ごせばいいそうだけど、ちょっと、緊張はある。
そこは外交団側も、折り込み済みだった。
▽▽▽
フラゴガルダの王都フラゴリアは、ザルフェンと変わらないほど大きな港を抱えていた。
王国各地から運び込まれた海産加工品が集積され、世界中へと旅立っていく。代わりに、麦とか鉄製品とかを輸入してるんだったかな?
若干うろ覚えになってきている地理学の授業を思い返しつつ、荷物を確かめる。
オーグ・ファルム号は、大型の商船で賑わう大桟橋から外れた軍港の区画で、錨を降ろした。
「レナーティア様、お迎えが参りました」
「ありがとう、キリーナ」
今からは、お仕事モードに切り替えだ。
しずしずと歩いて、騎士リュード達を従えつつ、甲板に上がる。
待っていたのは、服装からしてお役人のようだ。
こちらと同じく、数人を従えている。
「フラゴガルダ王国へようこそ! 自分は王国外務府所属の政務官ジンク・ナイトーフェであります! この度、ご一行のお世話を担当させていただくことになりました。よろしくお願いいたします」
「お迎えありがとうございます、ナイトーフェ殿。私は帝国外務府所属、フラゴガルダ派遣親善外交団代表者、ヘムード・エレ・クロンタイトです」
「帝国宮内府所属、皇宮内宮柏葉宮付き筆頭女官、レナーティアと申します。クレメリナ・レール・ティア・フラゴナリアス第一王女殿下の名代として、フラゴガルダ王国を訪問させていただくことになりました。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
大がかりになってしまう荷役など、実務の打ち合わせは後ほどということで、迎えの馬車には私達訪問客の他、手荷物の類だけが積み込まれた。
「これ、かなりいい馬車ですよねえ……」
「王女殿下の名代ですから、気を遣って貰ったのかも……」
お迎えの馬車は八人乗りの四頭立てで、このクラスの超高級馬車は、流石に私も初めてだ。
車で言うなら、庶民にはほぼ縁のないリムジンになるのかな。
もちろん、お客様のお迎えと仕事の移動じゃ差があるのは分かるけどね。
……ちょっとだけ、緊張感がプラスされた。
幸いにして、今日のところは宿舎に直行、予定も入っていない。
お陰で少しは気も休まるし、時間もまだお昼で、想定されるお茶会やご挨拶の前準備――シミュレーションも出来そうだ。
天候と風で変わりすぎる船の到着予定は、数日の余裕をもたせるのが常だし、ご挨拶やお茶会なども、翌日以降に改めて調整してから行われることになっていた。
オーグ・ファルム号とはしばらくお別れだけど、帰りも乗せて貰うので、二週間ほどは停泊したままになる。
カレントの領内で休憩できなかった分、しっかり帆を休めて欲しい。
「レナーティア様、ここは大事なところですわ!」
「先ぱ……キリーナ?」
くすりと微笑んだキリーナ先輩が、柔らかく笑いかけてくれた。
緊張は、しっかりとばれていたようで……。
「柏葉宮にお迎えするお客様と今のレナーティア様は、丁度お立場が逆になっています。また、予定も詰まりすぎておりませんから、よく学ばせていただきましょう」
「あ!」
これはキリーナ先輩に大感謝だ。
もちろん、この旅の機会を与えて下さったクレメリナ様にも。
女官として離宮を預かった経験は全くない私だけど、お迎えするお客様の気持ちと行動を知ろうとするなら、本当にこれ以上ないチャンスだ。
滞在その物も、もちろん大事なお仕事だけど、学ぶ事に繋がったこの幸運、活かさない手はない。
私は頭を切り換えて、馬車の内装を見入ることからはじめた。
お客様をお迎えに行く馬車の手配も離宮の担当で、第一印象の大事さに気付かされたのだ。
私達一行が馬車を降りたのは、貴族街の中程と思しき場所の、かなり大きな邸宅だった。
「こちらがご一行様にご滞在いただきます『涼風宮』であります!」
もちろん、ホールでは侍女侍従が並んでのお迎えがあり、それぞれの部屋に案内される。
部屋割りは、私達が女性組と男性組で二部屋、そして男性ばかりの外交団に四部屋が割り当てられた。
「部屋付き侍女頭のベレーザと申します。何なりとお申し付け下さいませ」
「レナーティア様付きの侍女、キリーナと申します。ベレーザ様、早速ですが……」
「はい。ではまず、控えの間のご案内をさせていただきます。どうぞ」
……私も二人に混じって、滞在中の打ち合わせや、必要な手配の相談に加わりたいところなんだけど、テーブルにお茶が置かれると、その場から動けなくなってしまった。
「……」
当たり前だけど、主賓の私は歓待される側で、給仕や食事、移動の手配など、『裏方の相談』に加わってはいけない。
それは分かってるんだけど、せっかく実地で学ぶチャンスが目の前にあるというのに、自分で動けないもどかしさが……ああ、もう!
おまけに騎士シェイラは警備の打ち合わせ、セレンはキリーナ先輩の指示でクローゼットに荷を広げていて、ここにはいない。
「……むう」
せめて話し相手でもいればいいんだけど……『貴人の無聊を慰める相手』って、本当に必要なんだなと、心から理解させられてしまったよ。




