第三十一話「悩み多き船中」
第三十一話「悩み多き船中」
航海五日目。
オーグ・ファルム号はカレントの首都カレンティアスに入港したけれど、船から下りることが出来なかった。
港の担当者と艦長さんが命令書をやり取りして、水の樽と食料の木箱を積み込むとおしまいである。この間、一刻とかかっていない。
それになんだか、水兵さんもピリピリとした雰囲気だったような……。
「不思議に思われましたかな?」
あららーと、小さくなってゆく港を眺めていたら、フラート艦長とクロンタイト代表が話し掛けてくれた。
「カレントに用があるならば別ですが、本艦は与えられた命令通りカレンティアスに寄港、つつがなく補給を終え出航した。……表向きは、そのようになっております」
「えーっと……?」
「レナーティア殿にはお知らせするべきか、少し迷いましたが……まあ、中年親父達のお節介だとお思い下さい」
お二人の表情で、世間話の体ながら、大事なお話になるらしいと分かったので姿勢を正す。
私には全く分からなかったけれど、オーグ・ファルム号は補給という用事にかこつけた『示威行動』を行ったそうだ。
素速い補給作業が出来る軍艦は練度が高い証、帝国は油断していないぞ、というわけである。
「海軍にも、陛下のご機嫌がよろしくないという話は伝わっております」
王女殿下毒殺未遂事件にカレントが関係しているのは知っているのだと、帝国は態度で示したのですと、フラート艦長はため息をついた。
「場所が近いだけに航路が混乱するのは当然として、帝国の近海で海戦などされると、非常に迷惑でしてな」
「五年前の戦でも、逃げ込んできた船で国境近くの港は満杯、フラゴガルダ商船の一網打尽を狙ってカレントの艦隊が帝国の港の近くで待ち受ける、などという事態まで起きております」
「うわあ……」
五年前、カレントがフラゴガルダに宣戦布告をした時、帝国はどちらにも肩入れしなかった。
皇帝陛下とクレメリナ様のお父上、フラゴガルダのヴァリホーラ王は仲がいい。
その上で……たとえ戦争をふっかけてきたのがカレントで、心情的にはフラゴガルダ寄りでも、それだけで帝国が参戦の判断を下すわけには行かなかった。
交易が乱れて商人が迷惑を蒙るだけでなく、緊張が続けば周辺の地域でも争いが起きやすくなるからね。何カ国も巻き込むような大戦争は帝国としても困るし、自分から口火を切るわけにはいかない。
「小官も幾度か、遠方のフィラスやルイジアへと外交文書を運ぶ任務を頂戴いたしましたな」
帝国は停戦の仲介ならいつでも引き受けると宣言した上で、自国近海で戦闘が行われたりしないよう、厳しく監視し続けた。
そんな中やってきたカレント艦隊は、もちろんフラゴガルダの商船を引き渡せと猛抗議したけれど、フラゴガルダに近い別の帝国港にはカレントの商船も逃げ込んでいる。
「その自国商船の行く末を無視してさえ戦果を得て、一気に戦の趨勢を決めてしまいたいカレント、なるべく早く両国の戦争を終わらせ、余所の国にまで戦火を拡大したくない帝国。……落としどころが無い話し合いは、実に厄介でしたな」
両者の主張は、当然のように平行線を辿った。
その睨み合いがどうにか不発に終わった理由は、ヴァリホーラ王が海戦でカレントの艦隊主力を圧倒、カレント側が逃げた商船を捕らえるどころじゃなくなってしまったからだ。
「伝え聞くところ、ヴァリホーラ陛下は島の影や海流を巧みに利用して、戦を有利に運ばれたそうです」
二倍の軍艦を擁したカレント艦隊をさんざんに打ち破ったフラゴガルダは停戦を迫り、三年間の相互不可侵条約を結ばせて賠償金をもぎ取った。
それが五年前のことで、条約の期限はもう切れている。
現状、カレントは艦隊の再建を終えつつあり、フラゴガルダは第一王女が命からがら国を逃げ出す程度には内紛の一歩手前で、帝国は東方で起きた魔物侵攻への対処で忙しい。
おまけに、帝国以外の近隣諸国はカレントよりも軍事力が小さい、とくれば……。
「最短で数ヶ月、遅くとも二年以内の開戦は必至と、海軍は見ております」
「帝政府も同様ですな。無論、恫喝による強引な戦争回避は悪手、外交による緊張緩和も、ほぼ無意味に成り下がりました。……それでも続けざるを得ないのが、政治の複雑たるところですが」
……あれ?
軍事力を見せつける海軍と、戦争を止めようとする帝政府って……。
「……あの、海軍と帝政府のやってること、矛盾してませんか?」
「ふむ。各々の行動は、確かに矛盾しておりますな」
「ええ、まったく」
お二人は顔を見合わせてから、にやりと笑った。
「おかしいとお思いになられたのなら、それが正解なのです」
「帝国の動きには一貫性がない、これは不可解だぞ、もしや、何か裏があるのではと……カレントも思うでしょうな」
……それで戦争をやめてくれるなら楽なんだけど、そこまで単純なものでもないそうで。
僅かでも開戦時期を遅らせる事が出来たなら、帝国としては十分な成果が得られたことになるという。
「レナーティア殿に何某かの協力して戴きたい、というものではありませんが……」
「まあ、そのような事情もあるのだと、お含み下さい」
「は、はあ……」
うん。
正直なところ、よく分からない。
……分からないけど、クレメリナ様を困らせるような事態は、私としてもあんまり嬉しくなかった。
▽▽▽
甲板で気持ちのいい風に吹かれる気分でもなくなってしまい、私は布仕切りの小部屋に戻った。
難しいお話は専門家にお任せするとしても、迷惑だけは掛けないようにと、お二人から聞かされたことをうちのみんなに伝えておく。
「そんなわけで……献上品の竜の皮を増やしたのは良くなかったかもって、ちょっと思ったりしてるんです。ものすごく、今更ですけど」
クレメリナ様への援護射撃は、もちろん私の勝手だ。
でも、悪く言うなら、隣国の次期女王選定に横から口を出そうとしているわけで、とても褒められたものじゃない。
同時に、そのことが帝国を困らせるのはいただけないと、思い至ってしまった。
今から贈り物を減らすわけにもいかないし、元の資金は二百アルムで、皮一枚でも過剰すぎるけれど……。
「レナさん」
「はい、騎士リュード?」
「クロンタイト代表から伝えられた『現地では、大人しく慎ましやかに行動なさい』という言葉、もしかすると大事なことなのかもしれませんね」
ハーネリ様のお言葉が、今になってその重みを増してしまった。
流石はもう一人のお母様みたいなお方、なんでもお見通しのようである。
「レナーティア様が出所について黙りを決め込まれるなら、ほぼ影響はないと思いますがね。向こうが勝手に誤解する分には、いいんじゃないですかい?」
「ああ、『帝国に』クレメリナ王女殿下の後援者がいると誤解させるんですね、マッセン先輩」
「そういうこった。……まあ、あれだけ立派な品です、こっちから言わねえなら、レナーティア様以外の誰かを勝手に思い浮かべてくれるでしょうよ」
「レナ様の他に……誰なんですか、騎士マッセン?」
「誰だっていいっていうか、実在する必要もねえな」
それは、確かに。
騎士マッセンの言うように、代理人に徹するなら私は悪目立ちすることなく、お仕事を終えられる。竜の皮の出所も、私達が黙っていればいいだけだ。
外交団にもオーグ・ファルム号にも、それぞれ役目があって、私がその領分を荒らすことはもちろんよくない。
私はクレメリナ様の名代、つまりは代理なのだから、目立つのは『竜の皮』に任せて、おまけというか、添え物であればいいのかな。
でも、クレメリナ様を応援したい気持ちに嘘はないし、超絶に自分勝手な解釈をするなら、皇帝陛下直々に『これからも、よくしてやってくれ』とのお言葉を貰っていた。
お墨付きを頂戴してるんだぞって、開き直るぐらいの方がいいのかなとも思う。
そんな話も付け加えると、皆さんには大いに呆れられた。




