第二十九話「オーグ・ファルム号」
第二十九話「オーグ・ファルム号」
昼過ぎ、宿でのんびりしていると、伝令の衛兵さんが駆け込んできて、私達を乗せていくオーグ・ファルム号入港の報せが届いた。
「じゃあ、頼んできます!」
「よろしくね!」
セレンは箱馬車をつかまえに、帳場へと向かった。
小さな仕事も進んで取り組む彼女に、私はものすごく助けられている。
「あの子、いい子ね」
「はい」
キリーナ先輩もセレンを気に入ったようで、あれこれお世話……というか、楽しそうに構いつけていた。
女学院時代の自分を思いだして、ちょっと懐かしい。もちろん、私もセレンを構っている。
「お待たせしました!」
「はい、ご苦労様」
まずは挨拶と予定の確認だけを行うので、同行者もキリーナ先輩と騎士マッセン、騎士リュードに限った。
出航は明後日だし、荷馬車四輌分の大荷物じゃ、荷役の都合を聞いてからでないと向こうも困るだろう。
船旅は初めてなので、楽しみ半分、不安半分だった。
豪華客船みたいな優雅な旅は無理だろうけど、大航海時代みたいな帆船に乗れるのは嬉しい。
でも船酔いは嫌だし、壊血病になったらどうしようかとか、海賊に襲われたくないなあとか、余計なことまで考えてしまう。
「オーグ・ファルム号なら、あの見張り塔の正面、八号の桟橋です」
港に到着すれば、流石は軍艦、中央の一番いい桟橋を使っていた。
遠目に見えてきたそれは、三本マストですらりとした細身の船体を、僅かに揺らして泊まっている。帆船に付き物の砲門――こちらでは、大砲ではなく魔法杖の発射口なので『杖門』と呼ぶ――もあるけれど、今はほとんどが閉じられていた。
でも、周囲の商船に埋もれるぐらいで、思ったほど大きくない。
「……意外に小さいんですね」
「艦隊を幾つも並べて戦うような大海戦なら、本国艦隊のでかい奴がどーんと出張ってきますがね。連絡や哨戒にゃ、あのぐらいが便利なんですよ」
「なるほど……」
「商船は一度の航海で運べる積み荷が多いほど、運航費がお得になりますからな、国をまたぐような交易だと、大きい物が好まれます。逆に足早の小型船で急ぎの荷を引き受け、割り増し料金で稼ぐ船長もおりますので、軍も商人も、目的と予算に応じて、というところです」
騎士マッセンの解説に頷きつつ、馬車が近づくのに任せて桟橋を……。
「あれ?」
「どうかしました、レナーティア様?」
「いや、その、周囲の商船が大きすぎるだけで、この船も結構大きいなと……大きかったんですね」
「まあ、中型ってところですな」
うん、前言撤回。
近づけば、オーグ・ファルム号も十分大きかった。
マストがしゅっと伸びた船首から、二階建てになった船尾楼まで、優に五十メートル以上ある。
「ふふ、なんか……いいなあ」
桟橋の根本で馬車を降り、のんびり船を目指す。
天気は快晴、夏の日差しはきついけど、潮風のにおいもいいアクセントだ。
波間に浮かんでるカモメもいれば、帆柱の間を飛ぶアジサシもいて、港の景色は見てるだけで楽しい。
船に近づくと、水兵さんが走ってきた。
不審者ってわけじゃないけど、向こうもお仕事だからね。
例の如く誰何と確認のやり取りが行われ、すぐに木製のタラップまで丁寧に案内される。
船へと招き入れられて、あれこれ見る間もなくそのまま船尾楼の上、露天指揮所へと通された。
「帝国海軍本国艦隊、第二十一戦隊所属、巡航艦オーグ・ファルム号艦長、アジス・ファル・フラートであります」
「皇宮内宮、柏葉宮付きの筆頭女官レナーティアと申します。フラゴガルダまで、よろしくお願いいたします」
おお、なんだか如何にもな歴戦の艦長さんって感じで、渋い、渋すぎる!
手には火のついてないパイプもあって、色々と完璧だった。
でもそれは後回しだ。
私達六人の乗客はともかく、船に乗せて貰う竜の皮四頭分は、結構な量になる。
「ほう、王女殿下の贈り物は竜皮でありますか」
「はい。補給があるとお伺いしたので、今日と明日、どちらの方がご都合がいいのかなと、お伺いに来たんです」
「お気遣い、ありがたく。ですが、その量ならばいつでもお受け出来ますぞ。片道二週間の航海とは申せども、途中には寄港地もあり、食料や水樽を満載という状態ではありませんからな」
オーグ・ファルム号は中型の軍艦だけど、正規の乗組員二百人を乗せた上で、ワイン樽換算で一千樽ほどの荷物が積めるそうで……。
普通の馬車一輌分の荷物はワイン樽六つで計算するから、私の心配は、全くの杞憂になってしまった。
もちろん、船は馬車よりずっと大きいけれど、どんな船が来るかも知らなかったし、礼儀の問題もある。
お断りされなかっただけでも、よしとしておこう。……運賃も無料だし。
ついでに、というと失礼になるけど、外交団に挨拶をしようと思ったら、ここにはいないという。
「男爵閣下ならば、庁舎に用があるからと、早速陸に上がられました」
「あ、入れ違いになってしまいましたか」
それは残念。
とりあえず、荷物は今日中に搬入させて貰えるようお願いをして、一旦宿へと戻ることにした。
宿で傭兵達に荷役を頼み、折り返しで再び港に向かう。
オーグ・ファルム号に近づけば、桟橋に水兵さんが整列していて、点呼中だった。
今日と明日は半舷休息――半分づつの交替で、お休みが貰えるそうだ。
とりあえず、荷役に支障はないそうなので、荷馬車の覆いを取り去って、竜の皮と頭を甲板に運ぶ。
周囲から、大きな感嘆のため息が聞こえた。
「甲板、準備完了!」
「行きます! 【浮遊】【強化】……。【強化】。……【魔手】」
「そのまま、そのまま、そのまま、少し右……。よし、板材を差し込め!」
クレーンよりは手早い魔法の荷役作業だけど、魔法使いが大勢いる大きな港、あるいは大きな船にしか恩恵がなかった。
他のお仕事と同じく、能力の高い魔法使いは引く手あまたで給金も高くなる。小さな船じゃ、雇ってもペイしきれないわけだ。
「板材よし!」
「位置、問題なし!」
「了解! 女官殿、どうぞ!」
「下ろします!」
無事に竜皮四頭分をオーグ・ファルム号に乗せ換えると、アジス艦長に荷物預かりのサインを貰う。
これで傭兵達も一段落、無事に護衛兼運搬のお仕事から開放された。
私達は『海神の守護』亭にもう一泊して、翌日はオーグ・ファルム号で船中泊だ。
風と潮の具合から、出航が明後日の日の出前になってしまったので、これは仕方がない。
「ほんとにお疲れさま、ガバン。帰りは直帰? それとも、どこかに寄るの?」
「空荷の馬車が四輌もあって、これを遊ばせておく手はねえ。ちょいと市場の様子見て、それ次第だな」
まだ日も高いので、卸商が店を連ねる商業区に向かうらしい。
ガバンは自慢げに、ファルトート商人組合の印章指輪を見せびらかした。
「知らなかったよ、ガバンが商売もやってたなんて……」
「『黒の槍』の装備や食料の調達は、俺の仕事だぜ」
傭兵が兼業で商人をやっちゃいけないってことはないし、その逆もまたしかりだ。自身が護衛を兼ねた武装商人も、たまにいる。
……竜の皮を遠方まで売りに出してたのはベイルだと思ってたけど、ガバンだったのかもね。
「ねえガバン、手間賃払うから、私もお願いしてもいい?」
「大旦那様への土産か? もちろんいいぜ」
ファルトートでは手に入りにくい舶来の品々を買い込むというガバンに、オウギュ貝かムールリア貝を一樽、お爺様お婆様へのお土産にして欲しいと頼んでおいた。
ガバン達はその日の内に宿を引き払ってしまったけれど、今夜は歓楽街に行くそうなので、気を遣わせて申し訳ないというか……まあ、うん、引き留めにくい。
「お嬢、またな!」
「セレン、しっかりやれよ!」
次の竜狩りはいつになるかわからないけれど、また行けるといいなと思いつつ、私は往来に紛れていく馬車の列を見送った。




