第二十七話「港湾都市ザルフェン」
第二十七話「港湾都市ザルフェン」
ファルトートを起点に旅をする場合、海のある西へ行くにも帝都のある東に行くにも、一度はアルターグ地方の中心地、北にあるジェリトートに向かうのが常だった。
目的地に近い西北向きの道もあるけど、ジェリトートには帝国が直接管理する主要道が通じている。宿屋も市場も充実してるし、道も太くて馬車も走りやすかった。
それ以上に重要なのが、街道衛兵隊の巡回だ。
すれ違う馬車の数が段違いで、こっちの道の方が安全だと、商売や旅に疎い私でさえ分かってしまう。
地方街道を二日で走破、帝都と西部を結ぶ西の大街道に出て、馬車を別の預かり所に預けなくていい隊商向けの宿を梯子すること六日。
「よっしゃザルフェンが見えたぞ! 最後まで気ぃ抜くな!」
「アクエーク、先行して!」
「うっす!」
私にも随分と久しぶりの海が、低い丘を越えたその向こうに見えてきた。
私達一行が到着したザルフェンは、沿海州とも呼ばれる西部ジナーク地方の要衝だ。
南方諸国との交易拠点で、帝国でも有数の大きな港がある。大型船が毎日のように入出港し、それを目当てに商人が集まった。
ここでキリーナ先輩や外交団と落ち合い、軍艦に乗せて貰う手はずになっていた。
「ようやくですねえ」
「皇宮を出てひと月になりますもんね」
市門には、馬車の列が出来ている。
様子を見に行ったアクエークの指示で、少しだけ短い方の列に並ぶことが出来た。
「おーい、隊商はあっちの列に並んでくれ! 入市税の担当者は向こうにしかいない!」
「ああ、こいつは商品じゃねえんだ! 誰か、お嬢を呼んできてくれ」
「はいよ! お嬢!」
「聞こえてるよ」
私は書類ばさみを持って、馬車のドアを開けた。
皇宮女官が公務で名乗る場合に、荷馬車の御者台では体裁が悪いと気づき、昨日泊まった街で御者付きの箱馬車を借りている。……まあ、うん、必要経費だ。しょうがない。
もちろん、リュードさん達も続いて降りた。
「失礼いたしました! 職責により、誰何させていただきます!」
衛兵さんは、降りてきた私達が皇宮女官と近衛騎士だとすぐに気付き、姿勢を正して見事な敬礼を施した。
さすが大都市、訓練もよく行き届いている。
「皇宮内宮、柏葉宮付きの筆頭女官レナーティアと申します。積み荷は竜皮、フラゴガルダ国王ヴァリホーラ陛下への贈り物でございます」
「近衛騎士団第三中隊所属、騎士マッセン以下三名、レナーティア様の護衛任務にて同行している」
「はっ! 申告ありがとうございます! ザルフェンにようこそ!」
書類はもちろん確認が取られたけれど、衛兵隊本部への案内までつけてくれる念の入れように驚いた。
荷馬車の列とは一旦ここで別れ、宿を探しに向かって貰う。
「セレン、そっちはよろしくね!」
「はい、レナーティア様!」
荷馬車にも案内の衛兵さんがついてくれたので、セレンとガバンに対応を任せ、私達は再び箱馬車に乗り込んだ。
都市の内部には馬車が対面通行出来る広い道があって、帝都と同じく大都会の空気に満ちている。
ただ、雰囲気は随分と違うようで……雑然とした活気とでも言えばいいのかな、いかにもこの街は商売で食べてますっていう感じだった。
「はあ……。対応が丁寧すぎて、逆に落ち着かないですねえ」
「……もしかしてと思っちゃいましたが、レナーティア様には自覚がおありでない?」
「騎士マッセン?」
やれやれと肩をすくめた騎士マッセンが、リュードさんと顔を見合わせる。騎士シェイラも、少し苦笑い気味だ。
「レナーティア様、平の女官でも、皇宮勤めなら大概は近衛騎士と同等に扱われます。ましてや、内宮の宮付き筆頭女官なら、格の上じゃ近衛の中隊長とか帝国軍の連隊長と大して変わりありませんぜ……」
「え、そんなに!?」
「そんなに、ですよ、レナ様」
「だからって、ふんぞり返れなんて言う気はありませんが、多少は『下々』の対応にも慣れて下さいや。……でねえと、リュードが将来苦労するってもんで」
「ちょ、騎士マッセン!?」
騎士マッセンは、半ば茶化すようにリュードさんでオチをつけたけれど、本当は大事なことなのかもしれない。
貴族について回る身分と特権や義務はともかく、官職の上下や職掌に自覚が足りていないのは本当のことだし、気付かずに横紙破りをすると、周囲にも迷惑が掛かる。……今後はより一層、気を付けたいと思う。
そうこうする内に、馬車は市街を通り抜け、いかにも港らしい倉庫街の近くで停車した。
目的地らしい建物は石造りの三階建てで、歩哨は立ててあるけど、それほど物々しい雰囲気でもない。
「こちらがザルフェン衛兵隊の本部です」
「ご案内ありがとうございます」
下車をすると同時に、衛兵さんが走って行く。
幾つか指示とやり取りがあって、申し訳ないような早さで隊長さんがすっ飛んできた。
「ザルフェン衛兵隊、隊長のミューク・エレ・オスラムであります! 女官殿のご来訪は、連絡を受けております!」
ザルフェン港は大きいけれど、帝国海軍の施設は小規模だった。
東の丘を超えた向こう側に、これまた大きい軍港が別にあり、主要な施設はそちらにある。衛兵隊の本部は、そちらも含めた軍関係の連絡事務所も兼ねていた。
私達を乗せていく軍艦『オーグ・ファルム』号は明日入港の予定で、まだ来ていないそうだ。
帝都の北、大河の河口からやってくるオーグ・ファルム号は、補給に一日使うので出航は明々後日と聞かされる。これは予定通りかな。キリーナ先輩のお手紙じゃ、明後日が同乗の期限になってたし。
でも先輩のことは、流石に分からなかった。一番ありそうなのは同じく帝都を出る外交団に同行ってところなんだけど……こっちは保留だね。
とりあえず、別行動しているセレンが宿を押さえてくれているはずだから、今日のところはゆっくりしたい。
久々の魚料理も、お楽しみの一つだった。
「へえ、いい感じのお宿ね」
「レナーティア様が、奮発してもいいって言ってくれたからですよ。ガバンもちょっと腰が引けてました」
「護衛任務でこんな立派なお宿って……」
警備隊本部まで迎えに来てくれたアクエークの先導で到着した今日のお宿は、目抜き通りのど真ん中にある高級宿、『海神の守護』亭である。
私達女性三人は同じ部屋、リュードさんと騎士マッセンで一部屋、傭兵達は遠慮したのか、従者用の大部屋を幾つか借りていた。
もちろん、高級宿も単なる贅沢ってわけじゃない。
借りた箱馬車と同じく、女官としての体裁を整える意味と同時に、こういう大きな都市じゃ馬車と荷物の管理をしっかりしてくれる宿でないと私も困るのだ。警備がお仕事の傭兵達も、人が多いと泥棒も目立たないってよく言ってる。
おまけに、いい宿は料理も手が込んでる食材も上等だ。傭兵達への労いと、セレンの『船出』の祝いも兼ねていた。
昨日までは隊商のフリをして、それほど大きな宿は使わなかったけど、これは警備上の欺瞞、トラブルを避ける為だ。
もちろん、荷馬車には交替で寝ずの番をつけて貰ってたし、旅行というより行軍に近かったからね、今日のところはみんなにものんびり休んで欲しい。
「でも、今夜の食事が楽しみだわ」
「はいっ!」
「ですねえ!」
あと、個人的には魚料理。
新鮮な海の幸を使った海鮮料理は帝都でも食べられるけれど、高級品の部類だった。
専業で雇われた魔法使いが魚を氷漬けにして、時折呪文を掛け直しつつ、街道を馬車で駆け抜け、あるいは帝都の脇を流れるラプの大河を川船で遡ってやってくるからね。こればかりはしょうがない。
お陰で内陸の帝都じゃ、海魚の価格は海際の数倍か、それ以上になった。
もちろん大河があるってことは、そこで獲れる川魚も売られている。
だから、それほど深刻な問題じゃないんだけど、やっぱり海のお魚は多種多様な上に美味しいわけで……。
お父様の大好きな干し貝や、カチカチに干されたニシン、タラの塩干し――乾物や塩蔵品なら、庶民でも手が出るお値段なので、そちらも人気は高かった。
「じゃあ、いってきます!」
「またあとでね、セレン!」
「はーい。しっかり楽しんでおいで」
「ありがとうございます!」
残念ながら、セレンはガバン達傭兵が泊まる大部屋へと行ってしまったけれど、出発日が街に戻った翌日で、せっかくの旅立ちなのに壮行会なんてしてあげられなかったもんね。
「さて、夕食までのんびりしましょうか、騎士シェイラ」
「はい、レナ様」
明日からは船旅になるけれど、今も旅の途中で移動の用意は調ってるし、今日は特にやることもない。
早速、部屋付きのメイドさんにお茶を頼み、騎士シェイラと雑談に興じていると、メイドさんは何故かすぐに戻ってきてしまった。
「失礼いたします。レナーティア様にお目に掛かりたいと、お客様がいらっしゃっています」
「……お客さん?」
思わず騎士シェイラと顔を見合わせる。
もちろん、ザルフェンに知り合いはいないけど……あ、予定の変更があったりしたら、警備隊から連絡が来ることはあり得るよね。
「はい。皇宮の侍女キリーナと名乗られました」
「えっ!?」
落ち合う約束はしてたけど、これは予想外だ。
でも、早く会えてよかったよ!
「すぐ通して下さい!」
「はい、畏まりました」
手紙と旅路、どちらがどう早いかは状況次第なんだけど……キリーナ先輩、外交団と一緒に来なかったのかな?
「失礼いたします。お客様をご案内いたしました」
「お久しぶりです、レナーティア様。ご無事なお姿を見て、安心いたしました」
待つほどのこともなく、メイドさんに案内された先輩がやってきた。




