第二十五話「予定変更」
第二十五話「予定変更」
狩りを開始して二十日、例年にない当たり年だった去年ほどじゃないけど、成果は順調に得られていた。
「魔法の仕掛けに見張りに解体、輸送……お嬢だけでなく、俺達だって慣れてきたってところだろう」
「最初の頃とか、竜を何処から切っていいかなんて、誰も知らなかったもんね」
「あれはあれで、懐かしいがな」
炎種が四頭に水種が三頭、土と風が各一頭で、合計九頭。
おまけでワイバーンが九頭、巨大な岩山鷲が一羽狩れている。竜ほどじゃないけれど、ワイバーンの皮も岩山鷲の羽根もそこそこいいお値段で売れるから、みんなも笑顔だ。
二十日間にしては上々の戦果で、赤字が出ないことはこの時点で確定していたから、私も気分が乗っている。
「どうですか、騎士リュード?」
「解体の方は、かなり慣れましたよ。竜の動きの癖は……まだ自分でも頼りないけれど、少しだけ、つかみかけてきたような気がします」
この数日は、リュードさん達も狩りや解体に参加していた。
そりゃあ元から近衛騎士なんていうエリート集団の一員だし、三人とも戦場を経験済みで、魔物への対処だって素人じゃない。毎日現場を見ていれば、
いくら竜が相手でも慣れてくる。
セレンもだけど、緊急離脱の合図――竜が二頭連れで向かってくるとか、神竜クラスの想定外が来たとか――をしっかり守って貰えるなら、後はなんとでもなるし、その準備も一応はしていた。
「さあ、今日も一丁、ガツンと行くか!」
「お嬢、頼むぜ!」
「はーい!」
そんな感じで調子よく、新たにもう二頭の竜を狩って意気揚々と引き上げれば、この森の奥にある野営地には珍しく、来訪者が現れた。
「お嬢、すぐに来てくれ!」
「なーに、ベイル? ……って、ジヌイカーラ!?」
「しばらく振りです、レナお嬢様」
お客さんは、本邸執事のジヌイカーラだった。
領都からは四日の距離、いくらエルフの別名が『森の民』でも強行軍だったろうに、いつもの執事服で涼しい顔をしている。
場所や予定は伝えてあるし、彼は『黒の槍』傭兵団とも懇意だけど……。
「帝都よりお手紙が届きましたもので……お急ぎかどうかの判断が付かず、お持ちいたしました」
「手紙!? ありがとう、すぐに見るわ!」
「はい、レナお嬢様。こちらです」
エルフの里謹製、蔓編みの肩掛け鞄から、手紙とやらが丁寧に取り出される。
送り主を見れば、留守をお任せしているキリーナ先輩だった。
向こうで何かあったのかと心配になって、すぐに開ける。
「……あらら」
お手紙の中身は、旅程変更のお知らせだった。
私と竜の皮を乗せていく予定の軍船が、外交団の都合で一週間ほど早めに出航することになったので、それに間に合うよう港に到着して欲しいと書かれている。
一週間なら、許容範囲だった。
予備日は惜しいけど、港への移動日になってしまったね。
万が一間に合わない場合も、私の都合で予定を変更したわけじゃないのでお咎めはない。でも旅費が自弁になってしまうし、軍船の方が何かと安心だ。
ついでにキリーナ先輩も、どうにか都合をつけて同行してくれるらしい。
これは……ものすごく助かるっ!
筆頭女官不在の柏葉宮事務室も、クレメリナ様が滞在されている双竜宮紫雲の間と連携を取りながら、離宮の再始動に向けて順調に動き出しているという。
現在は交替でヤニーアさんを補佐しつつ、帝都内に手紙をお届けしたり、買い物を手伝ったりしているそうだ。
「……帝都内?」
クレメリナ様のお味方が、帝都に到着したってことなのかな?
予定の変更はともかく、事故や事件が起きたわけでなくてよかったよ。
ほっとして肩の力を抜く。
手紙の最後には、クレメリナ様がメッセージを添えてくださっていた。
『レナの旅路の無事を祈っています。お父様お母様にもよろしく』
はい、クレメリナ様。
お陰様で、私は元気一杯、成果も十分誇れます。
クレメリナ様の一言が嬉しかったので、献上する竜の皮は増やしておくことにした。
「ではレナお嬢様、わたくしはこれにて。ご無事のお帰りをお待ちしております」
「ありがとう。ジヌイカーラも気を付けてね」
ジヌイカーラは私の書いた返事――藁紙の走り書きを手にすると、一泊せずにそのまま帰ってしまった。
なんと、森を駆け抜けるエルフの秘術があれば、今日中に領内へと戻れるそうだ。
私には精霊術なんて使えないので、ちょっと羨ましい。
返事の方は、流石にそのまま走り書きだけを帝都に送る勇気はなかったので、清書をお願いして走り書きも同封して欲しいと頼んでおいた。
多少は読みやすくなるだろうし、狩り場が帝国領域外の野営地ってことは先に伝えてあるから、大きな誤解や失礼にはならない……と思いたい。
一応、『お探しのものは、無事手に入りそうです。在庫から選ぶことになりました』と、追記しておいた。当然、『竜の皮は良いものを選びます』なんて書くようなへまはしない。
どこかの誰かに見られると、言い訳がきかないもんね。
翌日、追加でもう一頭の竜を狩ると、私達は先に引き上げ準備をはじめた。
野営地の後かたづけはお任せになるけれど、これはいつものことで、料金にも入っている。
「まあ、しばらくはお預けだが……暇になったらまた、一声掛けてくれると嬉しい」
「もちろんよ」
三週間で十二頭の戦果は、去年の十六頭には負けるけど、期間を考えれば十分すぎる。
「そうだ、ベイル。申し訳ないけれど、一頭分は別に買い切りで、王都屋敷に送って貰える?」
「そりゃ構わねえよ。港に送るのとは、別ってことだな?」
「うん。こっちはゆっくりでいいし、種類も指定なしでいいわ」
「はいよ」
追加料金がその場で計算され、戦果から引き算される。
私の『わがまま』もあったので、今回受け取る金額は概算で千八百アルム前後と、戦果の割に少なかった。
去年なんて、余裕で一万アルムオーバーだったからね。
もちろんのこと、そんなに差が出た理由はごくごく簡単、狩った獲物を献上品や買い切りにしたからなんだけど……。
「あー、お嬢。こっちも一つ、わがままを聞いて貰えねえか?」
「なーに?」
「仕事絡みだってのは重々承知してるが、セレンにフラゴガルダを見せて貰いてえんだ。海を渡った先の異国なんて、そうそう行き来できるもんじゃねえし……ぶっちゃけ、いい機会だなと思った」
「……正直ねえ」
「今更だ、お嬢に嘘なんてつけるもんか」
まあいいかと思ってしまったのは、ベイルの人徳なのか、それとも私の甘いところなのか……。
でも、この申し出はありがたい。買い物ぐらいは、普段なら自分で行けばいいけど、フラゴガルダに着いてからだとセレンの存在がとても助かると思う。
私は彼女の同行を、前向きに認めることにした。
「一応、フラゴガルダには知り合いが居るから、お嬢の仕事中はそいつん家に放り込んどいてくれりゃ、邪魔にはならねえと思う」
「実家から誰か……付き人っていうかメイドを連れていくつもりはしてたから、セレンが引き受けてくれるなら助かるかな。それから、帰りは帝都経由になっちゃうけど、大丈夫?」
「ああ、お嬢の予定を乱すつもりはねえ」
じゃあ、そういうことで。
セレンを呼ぶと、彼女はかなり驚いていたけど、フラゴガルダや帝都には行ってみたいと、はっきり口にした。
「でも、付き人って、何をすればいいんですか?」
「……ごめん。私もよく分かってないかも」
上役について回って、鞄持ちとか小間使いを兼ねつつ仕事を学ぶ……ってあたりなんだろうけど、王女殿下の御用を承って仕事中の皇宮女官が一人で出歩くのはまずいっていう、表向きを誤魔化す理由の方が大きかった。
「お辞儀とか歩き方とか、少しぐらいは私でも教えてあげられるし、いざとなったら護衛見習いなので作法の仕込みがまだ済んでおりません。……って言い訳で乗り切ろうか」
「……え?」
大丈夫、大丈夫と、その場は勢いで誤魔化した。
港に着いたら、こっそりキリーナ先輩に聞いてみようっと。




