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皇宮女官は思ったよりも忙しいけれど、割と楽しくやってます!  作者: 大橋和代


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第二十四話「狩り場」

第二十四話「狩り場」


 下見組の集めた情報を検討した結果、一回目の狩り場は西の岩場に決まった。


 竜狩りも今年で六回目、殆どルーチンワークに近い。


「位置はこれぐらいでいい?」

「おう、ばっちりだ」


 まずは狩り組の全員で移動して、餌にする豚を繋ぎ止める位置と大型魔法杖の設置場所を決めてから、隠れ場所を作り上げる。


 その後、本隊は魔法で風をねじ曲げて空気のトンネルを作り、豚の臭いを山脈の断崖――竜の住処のあちこちへと流し込みつつ、じっと待機していた。


 これが優に数リーグ――十数キロメートルって距離になるんだけど、魔法で遠見をして指示する役、空気のトンネルを作る役、トンネルをねじ曲げる役、トンネルに風を送り込む役……複数人で魔法を組まないと、とてもじゃないけど扱いきれなかった。


 初回の狩りの時、作戦を聞いた私は、ベイルにしては下手な冗談だと笑った。

 そんなに遠くまで届く魔法はお母様から教わったことがないし、実際のところ、十キロどころか一キロ先でも難しいだろう。……と思っていた。


 だけど、傭兵団の練兵場でベイルから必要な魔法語の組み合わせを教わり、遠距離魔法の極意と魔力節約のコツを習って空気のトンネルを作ると、目標にした教会の尖塔の上にある旗は見事、風の向きと逆にたなびいた。


 お陰でしばらくは、魔法使いの言う冗談が本当か嘘か、本気で分からなくなった私である。


 それら昔話は横に置いて、これを半刻……だいたい一時間に一回ぐらい、少しづつ場所をずらしながら繰り返すと、竜が釣れる。


 風のトンネルの魔法はベイルの思いつきだけど、高難度で知られる多人数同時詠唱『じゃない』のがミソだ。


 私は一番重要な空気のトンネルを作るけど、長さの調節と維持だけに専念できるから、割に負担は少ない。


 他の傭兵魔術師達も、分業することで一つの魔法だけに集中出来た。

 既に発現している『作られたトンネル』に対して、曲げるだの風を送るだのと別の魔法を追加していくだけなので、同時詠唱のような複雑な訓練や精密なコントロールはいらないのだ。


「……セレン、大丈夫?」


 獣避けの膏薬の臭いに顔を顰めつつ、後ろのセレンを振り返る。


「は、はひ……」


 彼女もこの臭いには閉口しているけれど、弱音は吐かなかった。


 古参連中から狩りのことは聞かされていただろうし、『ベイルの娘』って名前はそれなりに重い。

 それに応えようという必死さは、十分に伝わってくる。


 後は……余裕の持ち方と使い方を教えてあげられればいいんだけど、それは私も学んでいる最中だった。


「気分が悪いならさ、寝ころんでてもいいよ。……竜が来たら、嫌でも起きるだろうし」

「だ、大丈夫です!」


 この膏薬、臭いから獣が避けるってのも間違いじゃないけれど、臭気が人の発する体臭を上書きするだけでなく、生き物に特有の気配――命の息吹を完全に消してくれた。


 もちろん、騒いだりしたら別だけど、隠れて静かにしていれば、魔獣だけでなく竜にも気付かれない。


 原料には、『精霊の嘆き』や『聖なる腐敗物』なんていう、高価な上にどことなく怪しげな名前の魔法薬が必要で、調合も半日ぐらい煮詰めたりしなきゃいけなくてとても面倒だった。

 おまけに、狼人族や虎人族には悪影響が出てしまう。自慢の鼻が利かないだけじゃ済まなくて、身体に力が入らなくなるらしい。


 それでもなお、この膏薬を私達が使っているのは、竜狩りには間違いなく効果的だったからだ。


「竜が引っかかるまでは、ずっとこんな感じかな。緊張しすぎず、気を抜きすぎず……難しいよね」

「……お嬢でも、難しいんですか?」

「ベイルほど上手じゃないなあって、自分でも思うよ」


 リュードさん達は私とセレンのいる場所に近い岩場の陰で、引っこ抜いてきた灌木を隠れ蓑にしている。

 ベイルやガバンら、観測手の数人は既に四方へと散り、見張り場所の確保に向かっていた。




 待ち時間の退屈は、最大の敵。


 ……とはいうものの、狙って臭いを送ってるから、何もしないよりはずっと高い確率でドラゴンは『釣れる』。


 待っていた魔導伝話が来たのは、三回目の風を送った直後――狩り場を用意して、三時間ほど経ってからだった。


『こちら南西! 青が見えた! 一頭!』

「『了解! 青一頭!』。みんな、南西から青一頭!」

「おう! 対水種戦用意! 気合い入れやがれ!!」


 腰袋から水の対立属性、地の魔結晶を取り出して、大型杖の術式変換部にはめ込み、ちらりとセレンを振り返る。


 表情を見る限り大丈夫そうだけど、一応はね。


「セレンは狩りを見て流れを理解するのがお仕事だけど……最初だし、もしも恐かったら、目をつむって耳を塞いでていいわ。私が許すよ!」

「は、はい!」


 リュードさんには頷くだけにして、魔導伝話に集中する。


『結構でけえぞ! 大の中ってところだ!』

「『ん、了解』。さて……」


 これこの時こそ一世一代の大勝負、なんて気負っちゃいけないと、自分に言い聞かせる。


 竜狩りはいつものこと、落ち着いてやれば、どうってことのない『日常』だ。


「【待機】、【起動】【魔晶石】、【岩槍】【倍力】【倍力】、【鋭化】【圧縮】【圧縮】、【加速】【誘導】【追従】……」

『もうちょい、もうちょい……来るぞ、一本杉抜けた! ……よし!』

「【解放】!」


 うはっ、どんぴしゃ!

 ほとんど誘導いらない!


 魔力で強化して鋭く尖らせた岩の槍は、水竜の喉を見事に突き抜けた。


 苦悶の唸りが、くぐもっている。


 実はこれも喉元を狙う理由の一つで、他の竜を呼び寄せる大きな咆吼も上げられなくなった。ついでに危険なブレスも潰せるので、一石二鳥だ。


「おら、突っ込め!」

「おっしゃあ!」


 どすんと落ちたドラゴンに、傭兵達がとどめを刺す……というよりは、そのまま解体に入るのを確認して、近場の岩の上に飛び上がる。


 見張りも兼ねてるけど、なんだかんだで、私は休憩を多めに取るようにシフトが組まれていた。

 その方が全体の安全に繋がって、皆にも余裕が出来るとまで言われては、断りにくい。


「【氷結】! こっちの血抜きは終わったぞ!」

「おう!」

「そっとやれ、背の皮にゃ傷を付けんなよ!」


 二階建ての家くらいもある大きな身体なので、皮を剥ぐのも一苦労だ。


 でも魔法があるお陰で、十人ほどがかかりきりになれば、一時間も掛からない。……もしかすると、機械を使う前世の現代日本より、魔法の方が融通がきくのかもね。


「ダフォース、そっちを持ち上げてくれ」

「はいよ。……【浮遊】【倍力】」


 見る間に皮、爪、肝、骨、尾、血などの部位に分けられ、手引きの荷車に載せられていく。

 皮だけは半分に切るわけにもいかず、いつも荷車二つに中くらいの丸太を渡し、魔法も使って無理矢理運んでいた。


『南、異常なし!』

『東、後続なし! ……お見事、お嬢』

「『了解、ありがと』」


 周囲を確認し、野獣や魔獣の類の気配がないことを確かめれば……そうだ。


「セレン、どうだった?」

「あ、えっと……す、すごかったです! ほんとに一撃なんですね!」


 怖がったりしてないし、大丈夫そうかな。

 流石ベイルの娘さん、本番に強いわ。


「ありがと。そうだ、解体も近くで見ておいた方がいいかも。竜とは限らなくても、セレンも魔獣狩りの部隊を率いる可能性はあるでしょ?」

「はい、行ってきます!」


 邪魔にならないようにねと注意を付け加えて見送り、リュードさん達に小さく手を振る。


「ふふ、大丈夫だったでしょう!」

「あ、ああ、うん……」

「ほんとにこの人数で狩れるんですね……」


 随分ほっとした様子だけど、まあ、しょうがないか。

 でもこれで、私が問題なく竜を狩れると理解して貰えたはずだ。……たぶん。


「お嬢、火ぃ頼むわ!」

「はーい!」


 素材の回収が終われば、次の狩りに備えての証拠隠滅だ。

 肉片や飛び散った血を焼き捨て、例の膏薬を魔法水で薄めたものを撒いて痕跡を消しておく。


 ちなみにドラゴンは、お肉も食べらないことはない。

 でも、持ち帰ってもあまりいいお値段がつかないので、その場で焼却していた。


 味は……無理に表現するなら、筋っぽい上に臭みまで酷く、食後に胃もたれ確実な脂っぽさと妙にぬろっとした感触が口に残る大味な鶏肉、って感じかな。

 私も一度ぐらいは話の種にって食べたことがあるけど、二回目はいらない。


 セレンやリュードさん達に聞いてみると、興味はあるようで、ひと塊だけ野営地に持ち帰ることにした。


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