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皇宮女官は思ったよりも忙しいけれど、割と楽しくやってます!  作者: 大橋和代


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第二十一話「『黒の槍』傭兵団」

第二十一話「『黒の槍』傭兵団」


 高い城壁に囲まれた『黒の槍』傭兵団の本部は、周囲の牧歌的な建物から明らかに浮いていた。

 商店街の外れに石造りの城塞がでーんと建っているわけで、違和感甚だしい。


「この砦、『生きて』ますね」

「時々は盗賊砦に扮して、討伐の訓練をするぐらいには本格的なんですよ」

「へえ……」


 この傭兵団本部、何かあった時に街の人が逃げ込む為の避難所も兼ねていて、敷地も広ければ建物も大きかった。不必要に部屋数が多い寮や休憩所に早変わりする屋内練兵場、ファルトート家から管理を任されている武器庫や食料庫も備わっている。


 落とし戸付きの門の横、詰め所を覗き込めば、片目を眼帯で隠した人相の悪い中年が、一瞬、胡散臭そうにこっちを睨んだ後、私を見つけて笑顔で右手を挙げた。


 彼はいつもの竜狩りのメンバーで、こう見えて手練れの魔法使いである。


「こんにちは、ガバン」

「おう、お嬢! 元気だったか? ……って聞くまでもねえか」

「ええ、もちろんよ。ベイルはいる?」

「今なら新人の面接で練兵場だな。しっかし、お嬢」

「なに?」


 ガバンは私を上から下まで見て、もう一度面白そうに笑顔を見せた。


「お嬢でなけりゃ、『……近衛の騎士様連れたあ、穏やかじゃありませんな。何用で?』ぐらいは言うところだぜ」

「私だって、突然うちに近衛騎士や皇宮の女官が来たら、びっくりすると思うよ」

「ハン、そりゃそうだ!」


 また後でねーと手を振って、勝手知ったる本部に入って行く。


「なあ、身元の確認とか、しなくていいのか?」

「……旦那、近衛騎士なんていう誤魔化しのきかねえナリで、しかもお嬢の連れてきた客人を疑えって方が無理ってもんですぜ」

「ああ、そりゃ、まあ……そうか」


 騎士マッセンは心配そうだったけど、近衛騎士を騙ったりすれば、それだけで重罪に決まっている。


 当然、領主の娘の私だって、『黒の槍』傭兵団に嘘をついていいことなんて一つもない。そんなこと、する気もないけど。


 小さいながらも領地――地域の権力を握ってるファルトート家と、田舎ながらに武力を誇示して食べている『黒の槍』傭兵団は、お互いがそれぞれに協力することで、利益を得ていた。


 うちの家と『黒の槍』は、仲良しではあるけれど、もちろん、それだけじゃ示しがつかない。


 ついでに、荒くれ者揃いが相場の傭兵達が団長ベイルの元、ファルトートとその近隣で『お行儀良く』衛兵仕事をしているのは、それだけの見返りがあるからだ。


「あ、こっちです」

「へえ……。中も立派ですねえ」

「こりゃすげえ」

「お爺様が若い頃、当時の団長と一緒に設計したそうです」


 近隣領主との長期契約で安定した利益が得られるという切り札は、うちとの信用を元に、五十年近くかけて育てられたものだった。そう簡単には得られない。


 流しの傭兵の暮らしなんて、そりゃあもう酷いものだと聞いている。

 特に収入が不安定な点は、補いが付かなかった。


 大きな戦争なんて、いつもあるわけがない。

 実入りの大きい魔物狩りは、水準以上の実力が要求される。


 だからこそ、試験も、採用後の規律も厳しい――面倒くさいことが分かってるのに、『黒の槍』に人が集まるんだろう。


「よし、次!」

「おう!」


 やたらと壁の分厚い練兵場に向かえば、ゴーレムを操るベイルと、それに立ち向かう傭兵の姿があった。


 手加減はしてるんだろうけど、結構ハイレベルな動きで受験者を翻弄している。


「いいぞ、合格だ! 次!」

「よっしゃあ!」


 私達に気付いたベイルに手を振ると、彼は近衛騎士を従えた風な私にちょっと驚いた様子を見せてから、にやりと笑った。私も笑顔を返し、邪魔にならないよう壁際で佇む。


「なかなかの手練れですね」

「ベイルは『黒の槍』を継ぐ前、帝国軍で魔術中隊を率いていたそうですよ」

「そりゃすごい」


 待つことしばし、ベイルが副団長のガットに後を任せ、こちらにやってきた。

 喜びを隠せない者に肩を落として悔しがる者、合格者と不合格者に分けられた傭兵達が、それぞれ練兵場を追い出される。 


「悪いな、待たせたお嬢」

「平気よ。いつも突然で、こっちこそごめんね」

「そりゃ構わねえが……皇宮の、それも女官たあ恐れ入ったな。思わず背筋が伸びて敬礼しそうになったぜ」

「ふふ、褒めても何も出ないわよ……って、今なら出せるかな。はい、お土産」

「すまねえな、みんな喜ぶ。……っと、ご挨拶が遅れました、騎士様方。『黒の槍』傭兵団第四代団長、ベイル・マシューデであります! 退役前は東ナーデル軍管区ゲルンドフ連隊に所属しておりました!」

「近衛騎士団第三中隊、騎士マッセンだ。計三名、世話になる!」


 リュードさん達を紹介して、団長の執務室へと向かう。

 あ、私も挨拶した方がいいかな。


「えっと……皇宮内宮、柏葉宮付き筆頭女官、レナーティア・エレ・ファルトートです。『黒の槍』傭兵団には、噂に違わぬ働きぶりを期待しております」

「……あん?」

「そういえば、ベイルにきちんと挨拶するの、初めてだなあって」

「そりゃあ……今更過ぎるだろう。昨日今日の付き合いでなし」


 砦に入ってから口調を砕けた私にお連れさん達が驚いていたけれど、ベイル達は小さい頃から可愛がってくれている近所のおじさんポジションなので、仕方がない。


 皇宮への仕官は祝われたけれど、ベイルはとても残念そうだった。


「こっちに戻って貰えれば、最高だったんだがな……」

「ごめんね、ベイル。私にも色々あるのよ。『黒の槍』はどう? 忙しい?」

「ファルトート周辺はいつも通り、何も問題ないが、西のブロードットで盗賊団が出た」

「へえ……」


 このファルトートからだと、数十リーグは西のお話だ。

 でもブロードットはカレント王国と国境を接する地方で、最近聞いたフラゴガルダ絡みのきな臭い話をつい思い出してしまう。


「被害は?」

「規模の割に被害は軽微。領主衆の動きが早かった。……っと、遠慮せず入って下せえ、騎士様方」

「失礼する」

「お、お邪魔します」


 久しぶりに見るベイルの執務室は綺麗に片づいていて、去年はなかった応接セットが揃っていた。


 前は執務机の他には、書類棚と壁に掛けられた団旗ぐらいしかなかったんだけど、それなり以上に儲かってるのかしらね。

 昔は並品の矢でさえ、渋い顔でケチってたような覚えもあるけど……。


 それどころか。


「父さん!」


 騎士シェイラが閉めたばかりの扉が、大きくバンと開く。


「ガットおじさんが上等の方のお茶持ってけって、何人分? って、あっ!?」


 エプロンを翻して飛び込んできたのは、十二、三に見える勝ち気そうな赤毛の女の子だった。


 私達を見つけて気まずい顔になり、取り繕うように直立不動でベイルに向き直る。


「あ、えっと、ご、五名様でよろしゅうございますか?」

「……セレン、お客人の前だ。説教は後にしてやる」

「はい、父さん! じゃなくて団長!」


 ベイルは表情を消し、ばたばたと出ていった娘さんらしい女の子に小さくため息を向けた。


「……すまん」

「ベイルにあんな大きい娘さんがいたなんて、知らなかったよ」

「嫁さんの親父は、ジェリトート領で牧場やっててな、普段はそっちで暮らしてる」

「へえ……」

「この通り、親ががさつだからな、どうにもいけねえ。いっそどこかの女学院にでも放り込んだ方がいいかと、悩んでるところだ」

「あら、いいんじゃない? 楽しかったわよ、寮生活も」


 でも、本気で通わせるつもりなら今のうちから準備が必要よと、ベイルに笑顔を向ければ、難しそうな顔で悩みだした。


「それはともかく、今年も竜狩りの依頼、頼めるかしら?」

「おう、そりゃ俺達もそのつもりはしてたが……近衛の騎士さん方もかい?」

「私の『護衛』だもの、同行して貰うわ。ただ、狩人の数には含めないでね」

「そういことなら、まあ」


 あんた方も大変だなと、ベイルが可哀想なものを見る目で近衛騎士に向けてため息を吐く。

 騎士マッセンも肩をすくめ、それに応じた。


 まあね、竜狩りに関しては、私も多少はっちゃけてると思ってるので、このぐらいの揶揄はしょうがない。……リュードさんはもう気にしていないようで、目を見交わすと小さく微笑んで頷いてくれた。


「ところで、お嬢」

「なーに?」

「この騎士さん方には、何処まで狩りの話をした?」

「全部」

「……ははっ、全部か!」


 ベイルが面白そうな顔でこっちを見て、大きく笑う。


「くっせえ魔獣避けのことも、大型魔法杖のことも……野営地のことも?」

「ええ、もちろんよ」

「なら、今日のうちに予定が詰められるな!」


 ベイルは執務机の引き出しの鍵を開け、二重底の奥から地図を取り出してテーブルに広げた。


 私には見慣れた帝国領域外の地図には、竜狩りのポイントだけでなく、貴重な薬草の群落や聖印石の採取地、鉱脈の位置等が記されている。


 苦労もあったけれど、毎年少しずつ書き足していった、『私達』のお宝だ。……全部じゃないけどね。


 これだけでも一財産というか、いくら地域密着型で地元に詳しくても、田舎の傭兵団には不釣り合いなレベルの秘密に、リュードさん達も目を見開いている。


「ベイル殿、これは一体!?」

「うちの切り札だ。お嬢が連れてきたあんた方だからこそお見せするが、流石に他言無用を願いますぜ」

「お、おう……」


 ……下手すると、お金のある貴族どころか帝政府が食いついて、魔物の討伐と開拓に乗り出しかねない内容だからね。


「ベイル、大体はいつも通りでいいんだけど、お願いが幾つかあるのよ」

「おう、どんと来い!」


 打ち合わせの中身そのものは、私もベイルもそれほど悩まなくていい。


 期間と規模が決まれば、後は毎年のことだし、手配する物品や人員も自然に決まる。


 今回なら、期間は本狩り三週間の予備が一週間、規模は例年通りの二十人少々に追加の近衛騎士が三人。


 傭兵達の雇用料金は領地の警備よりはぐぐっとお高く設定されていて、平団員の傭兵なら一日あたり銀貨一枚で一アルゲン、魔法使いなどの技能持ちなら三アルゲン、団長のベイルを指名しようものなら一日十二アルゲンと、強気な料金設定になっている。


 狩りとは言っても相手はドラゴン、『戦争』と同じ扱いでも納得せざるを得ない。


 これだけで一日およそ三アルム、金貨三枚もかかるんだけど……ただ、ベイルに関しちゃ、正直なところこれでも安いと思う。

 彼はハイレベルな魔法も使えて、その上数百人規模の傭兵の指揮と運用まで出来てしまう人材なのだ。


 もちろん、竜を狩るための大型魔法杖が消費する高価な魔結晶――これがなんと一発二十アルム!!――や全員の食費、馬車の飼い葉等も含めた雑費、それから港まで竜皮を運ぶ大型の荷馬車が御者込みで二輌とその護衛、それが全部、雇い主である私の負担になるわけで……。


「俺達の雇い賃が百三十九アルム、港までの荷馬車とその護衛が十八アルム、装備代が魔結晶と雑費込みで……九百五十アルムってところか」

「はあ……。この時だけは、魔結晶を恨みたくなるわね」

「あれの値段だけは、戦神にも誤魔化しようがないからな」


 魔結晶は『黒の槍』が装備在庫として預かってくれていて、使わなければ代金も後付で戻ってくるけれど、出し惜しみもできない。


 それでも顔馴染みのよしみで割り引きをしてくれたのか、仮の見積もりは合計一千アルムと書かれている。二割の成功報酬も見込んでのことだけど、かなりのサービスだった。


「い、一千アルム!?」

「……竜狩りって、そんなにお金が掛かるんですね」

「文字通り、桁違いだな」


 目の前でやり取りされる金額に目を回していた騎士シェイラ達は、セレンが運んできたお茶を気付け薬代わりにしたようだった。


 日本円に換算しても無意味だけど、金貨十枚、十アルムもあれば、庶民一家なら十分に一年暮らせる。……一千アルムなら、数億円ぐらいになるのかな?


 もちろん、中型以上が数頭狩れたなら、贈り物の一頭分を除けても赤字にならない予定だけどね!




 清書された見積書と契約書にサインをして、私もお茶をいただきながら、うーんと伸びをした。


 傭兵達の準備や荷馬車の手配に丸一日、出発は明後日だ。


 お屋敷に戻る馬車を用意して貰う間、近況を交わすついでにのんびりとさせて貰う。


「それにしても、ブロードットで盗賊かあ……」

「気になることでもあるのか?」

「戦争にまではならない、とは思うけどね」


 ちょっとだけ、『海の方で』揉める可能性があるかもと、言葉を濁してベイルを見上げれば、やれやれと肩をすくめてみせた。


「カレントと……フラゴガルダか?」

「え、なんで!? ベイル、なんか知ってるの?」


 政治の話をするようになるなんざ、お嬢も大人になったのかねえ、などと失礼なことを口にしつつも、ベイルは丁寧に説明してくれた。


「前の戦から五年、艦隊主力も再建されて、頃合いと言やあ頃合いだ。それにフラゴガルダ征服は、カレント王の悲願だからな」

「え!?」

「目障りなんだろうさ。国土と人口で勝っていても海運は押され気味、おまけに最近じゃあ海戦でも負け続きだ。先に仕掛けたのはカレントの方だが、いい加減頭に来てる……ってな」


 そりゃあ戦争のお話なら、田舎暮らしでもそこは傭兵団長、事情にも詳しいか……。


「まあ、この近所にまで影響が出るとは考えにくい。お嬢が心配することじゃねえよ」

「いやそれがね……」


 今お世話しているお方がフラゴガルダの一の姫様だと伝えれば、ベイルはあっちゃあと額を押さえた。


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[気になる点] 「そういことなら、まあ」 『う』が抜けているのが気になりました
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