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皇宮女官は思ったよりも忙しいけれど、割と楽しくやってます!  作者: 大橋和代


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第二十話「ファルトート領」

第二十話「ファルトート領」


 実家に泊まった翌日、挨拶もそこそこに朝一番で迎えに来た馬車へと乗り込み、『天空の風』商会へと向かう。


 時間があるなら、久しぶりにお父様から稽古を付けて貰いたかったけれど、今日はほんとに強行軍の予定だった。


「レナ『さん』、今日はご領地に直行なんですよね?」

「はい、『騎士』リュード。竜便なら、どこでも降りてくれますから」


 今は全員お仕事モードで、もちろんリュードさんも私も、気を引き締めている。


 そりゃあ、昨日の今日だし、甘えたい気分もあった。

 でも一緒に油断も呼び込みそうだし、気恥ずかしさにもまだ慣れない。


 だからこの出張中、休憩時間以外は『女官とその護衛』って関係は崩さないと二人で決めて、騎士マッセンと騎士シェイラにも宣言していた。


「お客様、間もなく到着です」

「御者さん、中にそのまま通されると思いますので、係の指示に従って下さい」

「畏まりました」


 門衛さんに予約証明を見せれば、すぐに確認が取られ、こちらですと、御者席に乗り込んだ案内係の人が指示を出した。


「やっぱり近くで見ると大きいですねえ」

「背中にちっこい箱馬車乗せるのと変わりねえからな……」


 連れて行かれた発着場は、大小各種のドラゴンがのそりと寝そべっていたり、ぎゅわっと一声上げて飛び立って行ったりと、早朝から忙しい様子である。


「タランス! ご予約のお客様だ!」

「了解! サルフェ、伏せな!」


 私達の乗る座席付きのドラゴンは風種のようで、体色は薄い青、ピンと背筋を伸ばして待機しているせいで、背中の客室が縦になっていてランドセルでも背負っているかのように見える。


 竜使いさんの合図でドラゴンがぺたんと伏せれば、係の人が取り付いて梯子が架けられ、荷物が先に載せられた。


「本日お客様方をお運びいたします竜使い、タランスと申します。これなるは当商会自慢の美竜にして風乗りの巧者、サルフェ号でございます。お客様方、どうぞ!」

「さあ、乗っちゃいましょう!」


 客席は四つ、向かい合わせではなく、全席が進行方向へと向いている。

 私は行き先の指示を出す関係で、前の席に座った。


「あの、レナ様。……これで自分を縛るんですか?」

「そうです。緩いと解けて放り出されますから、面倒くさくても、割としっかり目の方がいいですよ」

「は、はい」


 もちろん飛行中は安全索(あんぜんさく)――シートベルトのご先祖様だろう帆綱で、床のフックを使って椅子に身体を固定する。


 特に発着時は、遊園地の絶叫マシーン並に、ぐわん! がしゃん! と揺れ動くからね。


「それでは、よい旅を」

「ええ、ありがとうございます」


 係の人がそれぞれの安全索を確かめると、客室の扉が閉じられた。


 今の私の気分は、ジェットコースターの出発直前である。……乗ってるのは観覧車のゴンドラだけどね。


「それでは皆様、出発でございます!」


 ぐるるる……。


「きゃっ!?」


 竜が背を伸ばすと、客室は背中側が地面になる。

 ばさりと大きな音がして、急激な浮遊感が身体を駆けた。


 ぎゅわお!


 ドラゴンは、翼の力だけで浮いてるわけじゃない。たかだか数メートルの翼で二階建ての家ほどもある巨体が飛べるはずもなく、加速にも飛行にも魔力を併用していた。


「大丈夫ですか、騎士シェイラ?」

「え、ええ……」


 浮遊感が途切れると、今度は不安定な加速が始まる。身体が椅子に押しつけられ、あるいは前のめりになり、大きく左右に揺れた。


 窓の外には帝都の全景と、その傍らを流れるラプの大河が目に入る。


 竜は大きな円を描きつつ、時々がくんと大揺れを挟んで上昇していった。いい風を捕まえるまではこの調子だ。


「け、結構きついですね……」

「高速馬車の二週間分を、一日で飛んじゃいますからねえ」


 竜便については、すごく高い、すごく早い、とんでもなく荒っぽい、これに尽きた。


 小型便なら更に吹きさらしの鞍に乗るわけで、料金を考えれば、もうちょっと飛行機っぽく優雅な空の旅を味わいたいと思う。


 けれど、楽しいのは高い空から見える景色だけで、他は全く以て今一今二だ。


 もちろん、高速馬車で二週間の旅を半日少々に縮めてくれるのだから、その他については目をつぶることにしていた。




 ▽▽▽




 帝都から見て遙か西、アルターグ地方は、貿易の盛んな西の沿海州と帝都を繋ぐ大街道から外れている。


 正確な地図は軍事機密なので、私も近隣の領地以外はよく知らない。でも私にとっては、程良く田舎で居心地のいい場所だった。


 幾度かの往復と馬車便での感触からすれば、帝都からアルターグ地方の南東端ファルトート領までの距離は凡そ百二十リーグ少々――約五百キロメートルというあたりになる。


 東の端は山岳部で、南は魔物の住む森が広がっていて、そちらは私の『狩り場』となっていた。


 私達を乗せた竜便は一度休憩に降りたけれど、空には道がないお陰で、小高い丘も大きな湖も飛び越えて、領地に直行してくれる。


 昼過ぎにはもう、見慣れたファルトート領が見えてきた。


「お疲れさまでした! またのご利用を!」

「はい、ご苦労様です!」


 竜便の着地地点はうちの領都のすぐ近く、だだっ広い休耕地にした。


「【浮遊】、っと」


 私はトランクを浮かせ、三人も背負い袋を担いだ。


 荒れ放題というか、適度に雑草が生えるまで休耕地は放置されるので、歩きにくくてしょうがない。

 代わりに竜がどすんと降りても、迷惑にはならなかった。


 ともかく、こちらですと馬車も通れる領道に出て、少し皺になってしまった裾をアイロン魔法――蒸気と熱風を使う無駄に高度な呪文でさっと伸ばし、皆さんに一礼する。


「ふふ、ようこそファルトート領の領都、ファルトートへ!」


 地方領の小さな見栄であり、紹介するときのお約束だ。


 もちろん、名前こそ領都だけど人口は約八百人、王都の一街区にも満たない田舎町である。


「うちの実家を思い出します……」

「騎士シェイラは地方の出身か?」

「はい。実家は農家で、西北のガイトールの近くなんです。騎士マッセンは?」

「うちは代々の馬屋だ。東のケッセルス管区の山手だな。リュードは王都だったか?」

「ええ、まあ」


 大きな声じゃ言えませんが、リュードさんのご実家は近衛の勤務地です。……なんちゃって。


 お給金は帝室から出ているし、みんなの憧れで超エリート、押しも押されもしない華やかな存在だけど、ある意味、彼が『自宅警備員』だと気付いた私は、横を向いて笑みを隠した。


「おーい!」


 雑談を交わしつつ街の方へ歩き出すと、二人組がどたどたと走ってきた。


 おじさんと若者で鎧は皮の半鎧、左腕の青い腕章がよく目立つ。うちの家が領内の警備を任せている衛兵――傭兵達だ。


「こっちに竜が降りたのを見て走ってきたんだが……っと、失礼しやした、あれは騎士様方ですかい?」

「俺達は、ファルトート衛兵隊の者です!」


 二人組は騎士の三人を見て、少々困った顔をしながらも、姿勢を正して敬礼した。


 近衛騎士が竜で飛んでくるなど、何か大きな事件でもあったのか!?


 ……ってなるぐらいには、田舎なのである。


「騒がせてごめんなさい。それから、ご苦労様。……あなた達は、『黒の槍』傭兵団よね?」

「へい、よくご存じで」


 残念ながら二人とも知り合いじゃなかったけれど、若者の方は何となく見覚えがある。竜狩りに同行したことはない。でも、本部で見たかも……?


「えっと、そっちの君、確か……思い出した! ハイネンが面倒見てた新人さん? お隣のフラッテン出身だったっけ?」

「は、はい!?」


 練兵場の隅っこに武器を並べて、盾の練習も取り入れるかどうか相談してたような覚えがある。

 二人が顔を見合わせた。


「自分は確かにフラッテンの生まれで、ハイネン隊長の教え子ですが……どなたですか?」

「あ、ごめんなさい。私はレナーティア・エレ・ファルトート。『黒の槍』傭兵団には、いつもお世話になってるわ」


 おじさんが、あっと声を上げる。


「もしかして、アガトの大旦那のお孫さん……『お嬢』、でらっしゃいますか?」

「そうよ。里帰り兼用ね」


 アガトの大旦那こと、アガト・エレ・ファルトートは、領地を預かる前男爵にして、うちのお爺様だ。衛兵が知らないはずがない。


 二人ともそれで納得してくれたようで、改めて敬礼が施される。


「お帰りなさいませ、レナーティアお嬢様!」

「ただいま、ありがとう」


 流石に勝手知ったる地元なので案内はいらないし、私には不相応なほど立派な護衛もいる。任務に戻るよう告げて、そのまま領都の中心部に向かった。


「彼らが例の傭兵団ですか?」

「ええ。本部はここファルトートに置かれていて、長期契約で領内の警備をお願いしてるんです。近隣の領地でも衛兵仕事に雇われてますから、近場の荒事は大抵彼らに持ち込まれます」


 支部も複数の領地に置かれているから、盗賊団がやってきた、なんて場合の連携はとてもいい。領主衆も、ご近所さんってことで仲良しだけどね。


 領都に入れば、寂れてるってわけでもないけれど、人影はまばらだった。……日暮れにはまだ少し早く、男衆も仕事中なら奥さん方も内職に精を出す時間だ。


「お帰りなさい、レナ様!」

「ただいま!」


 穀物商のジンネおじさんや代書屋のアッテルお爺ちゃんら、見かけた顔見知りに手を振りつつ、まずは大通りの真ん中、ただの二階建ての民家にしか見えない庁舎の戸を叩く。


「はい、何用で……って、レナーティア様!?」

「久しぶりね、ザタク」

「はい、お久しぶりです! お帰りなさい! おーい、クマラ! レナーティア様がお帰りだぞ!」

「え、レナーティア様が!?」


 ザタクは領都ファルトートの代官で、クマラはその奥さん兼代官秘書だ。


 代官というと、どうにも時代劇の悪代官をイメージしがちだけど、ザタクは生まれも育ちもファルトートで、どちらかと言えば町内会長や世話役さんって感じだった。


「はい、お土産。すぐ森に入るから、あんまり街にはいられないけど、よろしくね」

「おお、いつもありがとうございます」


 女学院を無事に卒業したこと、皇宮に就職したことを伝え、街の様子などを聞く。


 今年は天候も安定していて麦は豊作、領内も平穏その物らしい。


「今夜はお屋敷に? うちの荷馬車でよければ、すぐにお送りしますが……」

「大丈夫。ベイルにお願いするわ。お仕事の話もあるし」

「そうでしたな。お気をつけて」

「帰りにはまた、お顔を見せてくださいまし」

「ありがと、ザタク、クマラ」


 ザタク達には、何かとお世話になっている。

 今回の狩りでも、馬車の手配とか食糧の都合とか……『黒の槍』傭兵団を通して、って形になるけれど、多分忙しくしてしまうに違いない。


 もっとも、領民の皆からは『お嬢様のお陰で、いいお小遣い稼ぎが出来る』と認識されているようで、ザタク達だけでなくお爺様お婆様も笑顔である。


「さあ、次は『黒の槍』傭兵団の本部です」


 私は大通りの北の端っこ、領内で一番大きな建物を指さした。



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