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皇宮女官は思ったよりも忙しいけれど、割と楽しくやってます!  作者: 大橋和代


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第十七話「旅立ちと道連れ」

第十七話「旅立ちと道連れ」


 出発の前日は、キリーナ先輩とヴェルサ先輩に手伝って貰って、ケーキの調理に奔走した。


 何故か近衛第三中隊の分まで焼くことになって、二十本ほど必要量が増えたけど、騎士リュードの口にも入ると思えば、やる気も倍増だ。

 いつの間にかモラーヌ隊長が交渉の仲立ちになり、近衛女子隊の材料費まで第三中隊長の負担ということになって、女子寮の厨房から請求書が回されている。


「あ、どちらも、少しづつ加えて下さい。しっかり混ぜるのは、お砂糖の時と、卵の時だけですよ」


 さて、合計百本近い『レナのケーキ』――パウンドケーキを焼くとなると、普通に材料を混ぜていては、絶対に身体がもたない。


 もちろん、電動のハンドミキサーなどあるはずもなく……。


「レナちゃん、魔法ちょうだい!」

「はい、【身体強化】」


 いつもはせいぜい、多くて三本。


 魔法がなかったら、流石に私も引き受けなかったと思う。


「よう、オーブンの方はいつでもいいぞ。お試しの生地を焼いてみたが、ばっちりだ」

「ありがとうございます、バンダーク様」


 話は聞いているぜと、何故か総司厨(しちゅう)長のバンダーク様までお手伝いをして下さっているけれど、首を傾げても状況は変わらない。ありがたくご厚意に甘える。


 焼き型は、もちろん専用の物などない。

 でも、挽肉と野菜の詰め焼き――ミートローフに使うものなら、ここにも沢山ある。魔法を駆使して臭いを落とし、良く洗って使った。


「シウーシャ嬢ちゃんから、レナのケーキのことは聞いていてな。俺も一度、食ってみたかったんだ」


 その後、材料の比率や混ぜ具合などに鋭い質問が飛んできたけれど、バンダーク様は改良を見込んでおられるようだった。

 果実酒を塗ったり、ドライフルーツを入れても美味しいですよと、ひとしきり盛り上がる。


「ふむ……レシピそのものは、確か帝国西方の菓子で似たようなのがあったはずだが、これは実にいい。正に『レナのケーキ』だ。行程それぞれで混ぜ方を変えるというのは、もちろん俺にも良く分かる。本職だからな。しかしだ、素人にも分かりよい材料比と、単純化された行程の分け方は、実に洗練されている」


 パウンドケーキは主な材料の比率が全て等量で、とても分かり易い。


 ……私が考えたものじゃないとは言いにくいけど、今更か。考えた人、ごめんなさい。


 これは化けるぞと、バンダーク様は大層興奮していらっしゃる様子で、うちの設備ならいつでも使っていいと仰って下さった。




 ▽▽▽




「これがレナのケーキなのね。ふふ、優しいお味がいいわね。この紅茶も美味しいし」

「このお茶の茶葉は、紫雲の間の茶棚から三種類お借りして、ケーキに合うようブレンドしたものなんです。後でヤニーアさんにも配合を伝えておきますね」


 お茶はもちろん、ヴェルサ先輩のアドバイスによる。


 無事、クレメリナ様にもケーキをお届けして、また作ってねとお褒めの言葉を貰い、ようやく事務室に戻れた。

 雷撃魔法を応用した電気マッサージでほぐした身体はともかく、気疲れが酷い。


「レナ様、モラーヌ隊長がお見えですよ」

「……お通しして下さい」


 執務机でへろへろになっていた身体に鞭を打ち、ぴしゃりと頬を叩いて起きあがる。


「やあ、レナ殿」

「いらっしゃいませ、モラーヌ隊長」


 モラーヌ隊長は、騎士を一人連れてきていた。


 同行の騎士シェイラは二十代中盤、銀髪の美しい人である。ドライヤーの魔法の訓練にも参加していたので、よく覚えていた。


 ヴェルサ先輩が隊長の後ろで指を三つ立てたので、小さく頷く。『お茶三人前?』『お願いします』という意味だ。


「先ほどはごちそうさまだ。皆、久しぶりの甘味に喜んでいた。それはそうと、シェイラを改めて紹介しておこうと思ってな」

「紹介……? 騎士シェイラなら、もちろん存じていますが……あ、どうぞお掛け下さいませ」


 ソファに座っていただき、向かい合う。


 何のことだろうと疑問に思い、今日一日こちらにいたエスタナ先輩に視線を送るも、小さく小首を傾げられた。先輩もご存じないらしい。


「明日から出張に行くと聞いたが、シェイラをレナ殿の護衛に使って貰いたいのだ」

「え、護衛!?」

「レナ殿の腕前なら、護衛になるかは怪しいが、理由もある」

「えーっと……?」


 何だか雲行きが怪しいぞ……。

 モラーヌ隊長も、目が真剣だ。


「王女殿下の件で、女子隊に内示が来た。今は警備の厳しい双竜宮にてお過ごしだが、柏葉宮が使えるようになれば、殿下はそちらに移られるな?」

「ええ、はい」

「それに合わせ、皇族同様に専任の護衛をつけよと、陛下よりお言葉があったそうだ」


 二度もあんなことがあっては困るし、私だって四六時中、クレメリナ様のお側にいるわけじゃない。護衛がついてくれるのであれば、気が休まる。


「そこで一隊、新たに警護の隊を増やすことになった。シェイラはその隊長だ。各隊員もこちらで別の任務を通して鍛えるが、シェイラにはレナ殿との旅程を通じ、外泊警護の経験を積ませたい」

「よろしくお願いします、レナ様」

「こちらこそよろしくお願いします、騎士シェイラ。えーっと……皇宮を出るのは明日、帝都で準備に一日、その後は強行軍ですが、構いませんか?」

「はい、いつでも」


 狩りのことは黙っておくべきか、それとも……いや、ここは正直に話しておくべきだ。


「それから……」

「はい」

「騎士シェイラ、竜狩りのご経験は?」

「……え!?」


 本当は竜を狩りに行くという話を披露し、内緒にして下さいと付け加えた。


 驚く騎士シェイラの後ろで、お茶の用意を調えたヴェルサ先輩が固まっている。


「た、隊長……」

「ふむ、これは予想外だったな。……まあいい、しっかり経験を積ませて貰ってこい」

「隊長!?」


 大きく広まっても困るが、流石に近衛女子隊の幹部と私の先輩達には、信頼を預けると同時にフォローもして貰いたいと思う。


「あの無理しなくても、どうしても駄目そうなら……」

「だ、大丈夫であります! ええ、はい、近衛女子隊の名に賭けて、大丈夫でありますとも!」

「ふむ……。レナ殿、現場で騒ぐようなら、眠りの魔法を掛けるか、睡眠薬でも盛ってくれ。私が許可する」


 本当に大丈夫なんだけど、酷い言われようだ。


「レナ様。……いえ、レナ!」

「は、はいキリーナ先輩!?」

「いいかしら、レナ。騎士シェイラのお顔をよくご覧なさい。引きつってるでしょう? これが普通なのよ!」


 正直に話しただけなのに、何故か怒られる羽目になった。


 十一の時からやってるので大丈夫だと付け加えれば、更にテューナ先輩とエスタナ先輩まで加わり、お説教が増えた。


 モラーヌ隊長は、我関せずと静かにお茶を味わっていて、助けてくれなかった。




 ▽▽▽




 明けて翌日、出発日。

 内城門の手前で、行ってきますの挨拶をする。


 キリーナ先輩ら『柏葉宮』の侍女達だけでなく、わざわざクレメリナ様までお見送りに来て下さった。

 モラーヌ隊長やハーネリ様までいらっしゃって、ちょっとした人だかりになっている。


「じゃあ先輩、預けた『私費』、上手く使って下さいね」

「ええ、それはもちろん」


 キリーナ先輩には、公費で通しにくいあれこれの補填分として、結構な金額を預けておいた。


 これらも自弁が当然とされているあたり、実に貴族社会らしいと思う。


 そりゃあ、お給金が五倍になるわけだと、納得してしまった。


「レナ、無理はしないでね」

「はい、クレメリナ様。『いつも通り』で頑張ります!」


 とんと胸を叩き、未だ心配そうなお姫様に一礼する。


 足元にトランク、手には書類鞄。うん、忘れ物はない。


 柏葉宮のことは先輩方が引き受けてくれたし、出張手続きもしっかり終えている。


「じゃあ出発です、騎士シェイラ」

「はい、レナ様」


 その私のトランクに手が伸びて、何故か騎士リュードが持ってくれた。


「騎士リュード?」

「お持ちしますよ、レナさん」

「え、あ、ありがとうございますっ!」


 三日ぶりかな、同じ近衛の本部にいても、私は忙しく動き回っていたし柏葉宮は閉鎖されてるしで、会うに会えなくて、ちょっと不満が溜まっていた。……同じ職場だからって、自分から訪ねるわけにもいかないし。


「ケーキ、ごちそうさまでした。美味しかったですよ」

「喜んでいただけて、嬉しいです」


 騎士リュードは、先輩の騎士マッセンと共に隊服の上から騎士団制式の軽鎧を身につけ、にこにこと楽しそうしている。


 警備の合間を縫って、わざわざお礼を言いに来てくれたのかなと、嬉しく思っていると……。


「近衛騎士団第三中隊、騎士マッセン、騎士リュードの両名、女官レナーティア様の護衛として、同道を命ぜられました!」

「……はい?」


 よく見れば、二人も背負い袋を用意している。


 ハーネリ様が、その騎士リュード達に会釈して、付け加えた。


「ペタン様から近衛に、護衛をつけられないかとご相談があったのですって。レナは遠出するんでしょう?」

「例の一件、少々問題視されておりましてな。帝国内ではともかく、フラゴガルダへの訪問もあります。レナーティア様の護衛だけでなく、外交団も武官と護衛の増員が決定されました」


 騎士マッセンは言葉を濁したが、もちろん、問題視されているのは、『私』ではなくて、『毒殺事件』である。


 事件が起きてたったの四日、万が一残党でもいたら困るというか、ガミロート家と繋がっていそうな家や組織は、まだ調査中だった。




 それぞれの思惑が絡むこの『出張』、ほんとにどうなることやら。


 クレメリナ様は少ない予算で贈り物を手に入れたくて、私はお姫様の望みを叶えると同時に、出張にかこつけてお小遣い稼ぎがしたかった。


 騎士団は分かりやすい。

 私への護衛は、毒殺未遂事件の延長である。人選にも気を遣って貰ったようだし、同時にクレメリナ様への支援にもなっていて、私としても嬉しいところだ。


 でも、話は更に大きくなっている。帝国海軍の軍船が用意され、帝国の港からフラゴガルダまで私達一行と竜の皮を運んでくれることになっていた。


 商船では信用できない、というわけではなく、こちらも皇帝陛下より天の声があったらしい。表だった協力はクレメリナ様も望んでいないが、隣国の王女殿下をお預かりしている立場上、船賃まで全部自腹で贈り物をさせるというのも、それはそれでまずいそうだ。


 また、毒殺未遂事件関連の資料や外交団、そして皇帝陛下の『私的な立場で贈られる誕生祝いの品』なども、ついでに乗せて行くらしい。どっちがついでかは、微妙だけど。


 それらは横に置いて、騎士リュードと旅行出来るのは嬉しいけど、やっぱり竜狩りのこと、話さなくちゃいけないんだろうなあ。


 まあ、いいか。

 うん、決めた。きちんと話そう。




「内宮柏葉宮筆頭女官レナーティア、行って参ります!」


 私は三人の近衛騎士に守られつつ、公用馬車に乗り込んだ。


 ちなみに今日のお宿は、五日振りの我が家である。


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