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皇宮女官は思ったよりも忙しいけれど、割と楽しくやってます!  作者: 大橋和代


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第十六話「ゼフィリアの止まり木」

第十六話「ゼフィリアの止まり木」


 翌日は、朝一番から皇宮内をかけずり回った。

 まずは宮内府の離宮監様の元へ向かい、出張の申告をする。


「王女殿下の身の回りのお世話については、双竜宮紫雲の間が担当するので問題はないが……。ふむ、出張に必要な書類を用意して、夕方までにもう一度、顔を出すように」

「ありがとうございます、ザイタール様」


 公務に書類は付き物だ。


 私は竜の皮を手に入れるだけでなく、その後は女官――公人として、クレメリナ様の代理でフラゴガルダへ赴くことになったわけで、渡航に必要となる書類は多岐に渡る。


 例えば、お仕事ではあれ勤務地から離れるわけで、外国訪問のための書類だけでなく、宮内府に対する長期不在の申請も必要だし、狩った竜の皮は献上品だけど、書類なしじゃ『商品』と見なされ、都市を通るたびに税を支払うことになってしまう。


 私にも、女官として学ぶことの多い旅になりそうだね、これ……。


 次に人事監様のところで、引き抜きの許可を取り付けた。


「侍女達の転属と退職については、ある程度は仕方なかろうな。よいだろう。……ああ、私からも一つ、話がある」

「はい、ペタン様?」

「当座はともかく、柏葉宮の本格的な再開も視野に入れておきなさい。女官や料理人はこちらでも探すが、希望があれば申し出ることだ」

「あ……! 重ねて御礼申し上げます!」


 これは……先輩方が無事に引き抜けてから、もう一度相談かな。


 転属の申し送りと手続きの前準備、それから内宮の通行許可申請を済ませ、今度はキリーナ先輩と転属願いを出した四人を伴い、そのまま中宮へと向かう。


 道中、希望者ごとの得意分野を聞き取って、どの引き抜き先に誰を宛うか、皆で相談しつつ歩みを進めた。


「まずはこちらの軍務府です、レナーティア様」

「……一生縁がないと思ってました」


 軍務府は帝国軍の軍政の中枢だ。


 帝都郊外に置かれた帝国軍総司令部以下、軍管区ごとに編成された合計十二個の常備連隊と隷下部隊、要所に配置された地方騎士団や守備隊、警備隊、輜重、連絡その他の各部隊、竜騎士隊、海軍の艦隊などは、全て軍務府の管理を受ける。


 それに対して、近衛騎士団、近衛竜騎士団、近衛連隊とある近衛三軍と、六つの帝国騎士団は、予算上も指揮系統上も皇帝陛下の直属部隊、つまりは公の存在でありながらも『私兵』であり、軍務府には属さない。


 ……とまあ、堅苦しいお話は横に置いて、試験を受けて採用された女性兵士はもちろん、軍人貴族の娘さんなど、女の人だっていないわけじゃない。


 他にも、要請を受けて宮内府から派遣されている侍女とかね。


「失礼いたします、内宮柏葉宮付きの筆頭女官、レナーティアと申します。お忙しいかと存知ますが、軍政局内の宮内府応接部への取り次ぎを願います」

「はっ! しばらくお待ち下さい!」


 ここ数日で何回したか覚えていないお決まりの挨拶をして、奥の方へと通される。


 私が訪ねた宮内府応接部は、言うなれば『お茶汲み』の為に存在していた。


 現代OL生活を知っている身としては、あまり印象が良くないけれど、実はそうじゃない。

 こちらではかなり重要な部署で、皇宮勤めの女官と侍女には出世コースの階段、その一つでもあった。


 上級貴族相手の作法に慣れた専門の給仕というものは、片手間に用意できない。

 しかし、時に場の空気を入れ換え、時に扱いの程度を相手に知らしめるなどの役割を持つ給仕担当者は、国内外から来る賓客との交渉事には絶対に必要だった。


 そこで帝政府の各府から要請を受けて、宮内府より専門の女官や侍女が派遣されているのだ。


 その意味では、無理を押し通してる割には交渉がしやすかった。


「私は茶の扱いでしたら、柏葉宮の以前にも、睡蓮宮(すいれんきゅう)にて茶棚の鍵をお預かりしておりました」

「よろしい。内宮離宮の経験者ならば、こちらとしてもむしろ助かります。仕事にもすぐ慣れるでしょう」


 侍女に要求される能力や資質は、もちろんそれぞれの部署や役職で異なるけれど、非公式ながら、内宮の双竜宮を頂点に、内宮、中宮、外宮や帝都外の離宮と、大雑把なランク付けがされている。


 交渉としては、一ランク上のよく訓練された侍女を差し出す代わりに、身内を引き取らせて貰うという図式が成り立った。


 おまけに、転属希望者も目的が明確かつ明日からの生活も掛かっているので、自分から売り込んでくれる。


「あら、キリーナ! って、レナちゃん!?」

「ご無沙汰しております、ヴェルサ先輩!」


 一番最初につかまえたのは、キリーナ先輩の前の寮長、ヴェルサ先輩だった。




 同様にして、帝国高等法院でテューナ先輩を、宮内府儀典部でエスタナ先輩を、光晶宮水晶の間でシウーシャ先輩をそれぞれ確保、仮事務室に戻って作戦会議を行う。


 先輩方は皆、二つ返事で柏葉宮転属を引き受けてくれた。

 面白そうね、よくぞ声を掛けてくれたわ、とまで言われては、どっちが引き抜いたのか分からないよ。


「まずは相談事なんですが……」


 具体的には、可及的速やかに、クレメリナ様のご希望に応じて買い物や届け物などの雑用に動けるよう仮事務室を稼働状態に仕上げること、そして再始動後の柏葉宮をまともに運用する為には何をどう準備したらいいか相談したいという、私からのお願いである。


「レナちゃんの補佐は、キリーナでいいとして……私達の他は誰もいないのよね?」

「はい。女官や料理人も、希望があれば考慮すると人事監様が仰るぐらいには、柏葉宮は現在、中身がありません」


 先輩方はそれぞれ、寮長や生徒会役員など、学院内でも目だった活動をされていた方々で、私も顔とお名前と口調ぐらいはすぐに思い出せた。

 逆に私も、当時学院最年少の小さな生徒として、名前を覚えられていたようだ。


「……あら、女官まで?」

「はい。一人は逮捕、一人は結婚退職、残るお一人は産休中です。……そのまま退職されるそうですが」

「当事者から聞くと、何とも言えない危機感があるね……」

「ふむー……。ね、レナ」

「はい、エスタナ先輩?」

「呼べそうな女官なら知ってるけど、欲しい?」

「え!? ほ、欲しいです!」


 それは願ってもないことだ。


 実際のところ、クレメリナ様のお相手でさえ、ギリギリのいっぱいいっぱいである。

 今日だって、キリーナ先輩がある程度方向性を付けてくれたから何とか格好がついてるけど、他に何かあってもお仕事が回らない。


「あたしらの代の生徒会長、ホーリアが近々皇宮に戻ってくるらしいのよ」

「ホーリア先輩なら、存じてます」


 ホーリア先輩は、確か東部に領地を持つ伯爵家のお嬢様だ。

 私が入学した年の四年生で、立ち居振る舞いが颯爽として格好良かったのは、なんとなく覚えている。


「あー、ホーリア先輩ですか、うーん……」


 結婚前は中宮勤めの女官で、能力も人格も最高級だよと太鼓判を押しつつも、シウーシャ先輩が大きなため息をついた。


 でも、あのホーリア先輩が問題児ってはずもなく……。


「よし。……レナ、文面は考えてあげるから、お手紙書こう。あの人なら引っ張り込んで損はないよ」

「だね。懐かしい私達と過ごすことで、少しは元気を取り戻して下さると思いたい」


 先輩達のため息の理由は、ホーリア先輩がつい最近、魔物との戦いで旦那様を亡くされたからだそうで、私も同じくため息をついた。やるせない。


 そう言えば、うちの兄様も東の方に派遣されてたって、騎士ソリーシャから聞いている。

 きっと、激しい戦いだったんだろうなあ……。


「ねえ、レナちゃん。いっそおねーさん達に全部任せてくれるなら、園丁から料理人から、全部揃えてみせるけど?」

「え?」

「基本はゼフィリアの卒業生。そこに父兄や旦那様を加えた一つの派閥を作りたいって、ずっと思っていたのよ」

「ほら、ゼフィリア生は王族から庶民まで、幅広いじゃない。同じ皇宮勤めでも、配置がばらけちゃってね」

「これまでは軸になりそうな『止まり木』がなくてさ、他の卒業生が困っていても、助けの手すら差し伸べられなくて……歯がゆい思いをしてたんだ」


 もちろん私は、すぐに了承した。


 ……丸投げとも言うけれど、そのぐらいの信頼は、最初からあるのだ。


 止まり木――羽根休めや相談ができる場所を作りたいって気持ちも、すごくよく分かった。


 もちろん、私自身が現在進行形で困っていて、その助けを本気で必要としているからである。




 ▽▽▽




 先輩達の個々の能力が優れているお陰もあるけれど、侍女を増やした効果は、劇的過ぎた。


 キリーナ先輩のお目通りと明日以降の予定の確認も兼ね、クレメリナ様のところに伺候して戻ってみれば……。


 適材適所というか、まっさら過ぎて何もないけれど、自分達で仕事場を作り上げられるという環境に、先輩方が全力で暴走していた。


「まず、この仮事務室が使えるようにしちゃうわ。お客様が訪ねていらっしゃっても、お茶の用意ぐらいはないとね」


 実家が大きな茶園だというヴェルサ先輩は、お茶関係のエキスパートだ。狼人族で鼻も利くから、学園にいた頃は聞き茶――お茶の名前当てクイズでは、常勝不敗の女王として君臨していた。

 これまでは下っ端扱いで全く自由に差配出来なかったからと、とても張り切っている。


「レナ様、これ、ここで使う備品の支給願いと、出張に必要な書類だからよろしくね。サイン入れるだけでいいようにしておいたから、怖がらなくて大丈夫よ」


 テューナ先輩は元生徒会庶務で、採用後は物品の管理や書類仕事に強いところを評価されて、高等法院派遣の応接部で事務方をしていた。


 私はサイン書き入れマシーンにされたけど、仮事務室は明日にも仮が取れそうである。


「お花ぐらいはここにも置きたいけれど、逆効果よね……」


 美術商の娘であるエスタナ先輩は、今はヴェルサ先輩のお手伝いをしているけれど、装飾品や調度品のことならお任せだ。ふふ、柏葉宮再始動後は、よろしくお願いします。


 シウーシャ先輩は、再び中宮に戻っていた。

 来るべき日に備えて、ゼフィリアの卒業生達に声を掛けるという、大事なお仕事だ。


 ついでに明日、丸一日かけてパウンドケーキを焼く段取りもお任せしている。

 これも……最初は五十本のはずが、いつの間にか八十本近い数字になっていた。


 材料費ぐらいは少々増えても構わないけれど、その数はちょっと、顔が引きつりそうになる。


 しかも焼くのは三カ所、話を聞きつけたモラーヌ隊長が『女子隊の分も是非お願いしたい』と許可を出した騎士団女子寮の厨房はまあいいとして、警備の都合で持ち込みが出来ないクレメリナ様用の一本は、『殿下のご要望で、庶民向けの菓子を作りたい』と紫雲の間経由で双竜宮の厨房を借りる算段をつけていた。


 本命の五十本は、なんと光晶宮の大厨房を借りて作る。

 私用ということで、私がお金を出すのはともかく、必要な場所に必要な材料を手配するのは、非常に手間が掛かるはずなんだけど、この短時間でシウーシャ先輩が全部やってくれた。


 でも、大厨房なら『いつでも』借りられるよと笑ってらした先輩は、一体何者なんだろう……?


「レナ、こちらの準備は出来たから、宮内府に行きましょ」

「はーい。じゃあ、先輩方、お留守をお願いします」

「はい、いってらっしゃーい」


 明後日からは留守にするけれど、帰ってきたときが恐い。

 ここ、騎士団から借りている事務室なんだけどなあ……。


 まあ今更かなと、私は追加の要望書や申請書をまとめた書類ばさみ持ち、キリーナ先輩をお供に事務室を出た。


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