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第50話 身の毛もよだつプレゼント

 ベルナルドさんは北部へ、他のみんなもそれぞれ別の地域に振り分けられることが決まっていた。急に寂しくなって、嬉しかった気持ちがぎゅうっと縮んでいくような思いもしたけれど、せめて一緒にいる間は笑顔でいたいからと、笑うようにする。

 カールは西部へ、ヴィルマーは隣の国へ行くと聞いた。親しかった人々と離れるのは悲しい。それが、新しい門出だと分かっていても、心から祝福していても、寂しいと思う気持ちは止められないのだ。


 ずしりと徽章ガーディアンが重みを訴える。大丈夫と言われているようで、何故かとても温かい気がした。

 ――売って良いぞ

 そう言ってくれたけれど、彼らの残してくれた優しさを手放すなんて、私に出来るのだろうか。もう、二度と会えないかもしれないのに。

「素敵な人たちだったな……」

 なんて私は果報者なのだろう。勿体無いくらいの優しさが心に染みるようだった。


 きっと彼らは慕われる騎士になるだろう。

 きっとどこへ行こうとも歓迎されるだろう……そうであって欲しい。

 どうか優しい彼らが幸せでありますように。明るい未来が待っていますように。

 グリーンマーメイドの気候のように穏やかで、のびやかで、晴れ晴れとした、そんな気持ちが心の中に広がっていた。



 ただ、テオさんのことだけが引っかかっている。ベルナルドさんの話によると、伯爵家のフェルディナント様の呼び出しを受けた後、辞退を申し出たということらしい。フレンディ副騎士団長に理由を聞いても「そのうち分かる」と、なしのつぶてだとか。

 試合に負けたことが関係しているのだろうけれど、それが理由で騎士団に入らないなんて、テオさんらしくない。


「会いたい……な」

 何を悩んでいるのだろう。何を思っているのだろう。自信家で、努力家で、迷いが無くて、全力で、自分中心に見えるのに本当は誰かのことをいつも考えている貴方が、どうして信念を曲げたのか、聞かせて欲しい。

 この気持ちは『心配』とは少し違う気がした。テオさんのことは『信頼』している。きっと彼のことだから大丈夫だ。

 けれど、もし、私で何かできることがあるのなら、テオさんに支えてもらったように、今度は私が彼のことを支えたい。


 よし、会いに行こう!

 そう決断するまでに時間はかからなかった。第2騎士団に受かったカールは今頃、家に戻って出発の準備をしているはずだ。彼女に尋ねれば居場所がわかるに違いない。

 そうと決まれば膳は急げとばかりに、慌てて防具工房へと走った。石ころから顔を覗かせる鉱石は磨かれる前だったけれど、鈍いながらも綺麗な光を放っている。

「こんにちは、鉱石持ってきました!」

 くるるんとステップを描くようにして、足の踏み場も無い工房を軽やかに抜け、いつもの鉱石置き場に置く。毎度のことながら、地層が出来そうなくらい物が散乱しているのは何とかならないものでしょうかね。奇妙なステップを踏みながら、駆け足で扉に戻る私に、職人さんの1人が何かを投げてよこしてくれた。


「イリーナ、前に言ってたメビウスの輪の腕輪。出来てるぞ!」

 手のひらにすっぽりと納まった水晶の輪っかは、奇妙にねじれた形をしており、ひんやりと心地良い。

「仕事が早い! さすがです! 感激です!」

「よせやい。おっさんをからかうもんじゃねーよ!」

 腕輪をはめると、私の腕にピッタリのサイズだった。さすがプロの職人は違うと喜んだら、とても嬉しそうな顔をされた。



 石畳を走って、

 坂を駆け下りて、

 看板の下を潜り抜けて、自宅の前へと走り出る。何故だか心が浮き足立っていて走らずにはいられなかったのだけど、見慣れた風景の中に奇妙なものを見つけて立ち止まってしまった。豪華な2頭立ての馬車が風景から浮きまくっている。

 あれは、伯爵家の紋章?

 思わず遠巻きにしながら恐る恐る近づくと、馬車の中から見覚えのある顔がひょっこりと出てきて私の名前を呼んだ。

「イリーナ! 思ったより早かったじゃないか」

 耳に心地良いアルトの声。

「カール、あの、聞きたいことがあって帰ってきたのだけれど……」


 ええ、帰ってきたんですが、先にこの馬車に突っ込むべきでしょうか。

 なんとなく触れてはいけないモノのような気がして言葉を濁すと、彼女は心得たように笑った。

「探しているのはこの人かい?」

 馬車の扉が開いて、そこから青年が1人吐き出される。

 薄い青色を基調としたシルクの布に細かい金色の刺繍、そんな第1騎士団の制服に身を包んだ黒髪の……。


「て、テオさん!?」


 髪が短くなっていたから一瞬誰かわからなかったけれど、振り向いた顔は確かにテオさんだった。こちらを見ようとせず顔を背けてしまった彼に近づくと、「似合わないのは分かっているから! 見るな!」と言われてしまう。

 あのテオさんが照れているなんて!

 似合ってますよなんて言ったら怒られるかもしれないけれど、小麦色の肌がエキゾチックといいますか、元々顔立ちは整っている方だったのでしっくりきている。今のテオさんなら貴族の令嬢が悩ましい熱視線を送ってもおかしくない。


 けれど、そんな考えとは別に言葉が飛び出る。

「会えて良かった……」

 ふにゃっと微笑むと、テオさんは照れながらも「ん」と返事をした。




 外で立ち話も……ということで、カールの部屋に4人は足を踏み入れたのだが、その内訳は私、テオさん、カール、そして最後の1人はびっくりしたことに伯爵家のフェルディナント様である。

 生のフェルディナント様初めて見たよ! いや、伯爵家の馬車だなぁとは思ってましたけどね、実物とはビックリですよ、もう。

 けれど、テオさんに再会したときほどに、どきどきしなかったのは不思議。


 久々に入ったカールの部屋はすっかり荷造りが終わっていて、殺風景だった。むき出しの床や壁が寂しい。

「手を出せ」

 適当な場所に腰掛けようとしたら、テオさんがつかつかと寄ってくる。一瞬「手を上げろ!」と言われたのかと思うほどに険しい表情だったので、思わず縮こまってしまった。小心者の一市民なので許していただきたい。

 そんな私の腕をテオさんはぐいっと自分へ引き寄せると、ずっしり重みのある袋を私の手に握らせた。


「なにこれ!?」

 脳内で警戒警報が鳴っている。テオさんを見上げると「金貨2千枚だ」と答を返されて悲鳴を上げそうになった。

 なんですと!? なんですとおおおおおお!??? 金貨って、テオさん、なんで?

 予想外の恐ろしすぎるプレゼントに、半分嘘であって欲しいと思いつつ、そっと袋の口を緩めて覗いてみたら、輝かんばかりの金貨がずっしりと詰まっていた。

「ぎゃあああ! いやあああああ、怖い。怖い、怖い怖い怖い怖いいいい!!!」


 もう涙目である。身の毛もよだつわ!!!

 けれど、腕を握られているので逃げることができなくて、パニックになったまま私はぶんぶんと頭を振った。こんなの、人殺しでもしない限り庶民が手に入れられる金額じゃない。

「怖いって……お前なあ! これがないと明後日には自分が売られるんだぞ。分かってるのか!?」

 危機感持てよ! と怒られるのだが、怖いものは怖いんだから仕方ないでしょ!

「テオさん、何やらかしたんですか! 今日から俺は暗殺者になるとか言わないで下さいよおおおおおおお!?」

 それにさっきから、貴方の顔が怖いんですってば!


「俺のことより自分の心配しろよ!」

「だって、テオさんは第3騎士団合格辞退したって聞いていたのに、その直後にこんな大金持って現れるとか怖すぎるんですよおおおおおおおお! 何があったんですかー!?」

「話を聞けええええええええええ」

「私のことは、覚悟もできているから良いんですよ! そんなことよりテオさんのことが……」


「ぷっくくく……」

 すれ違い平行線を辿る私とテオさんの会話に、それまで静かだったフェルディナント様が笑いをこらえきれないといった風に笑い出した。カールにいたっては、もはや呆れた目でこちらを見ている。

「フェルディナント……」

 テオさんが恨めしそうに睨むと、彼は素直に謝った。

「申し訳ありません。あまりにもテオドール様が年相応に見えたものですから」

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