第49話 体育会系ガーディアン
壁新聞で第1騎士団候補との勝負の結果について知った。興奮した街の人たちの様子から、激戦だったのだと思う。
皆怪我していないだろうか……気落ちしていないだろうか。
勝敗の結果よりも気になるのはそっちだった。ヴィルが参加していない状態で、あれだけ善戦したのだから、きっと全員合格していると思うのだけれど。
防具工房へ原材料となる鉱石を運びながら、ボーっとそんなことを考える。
人の心配しているどころじゃないんですけどね。正直金貨3千枚、無理っぽいんですよ!
だからといって、働くのを止めることができるほど諦めきれなくて、自然と体が動いてしまう。働いて忙しくしていないと不安に押しつぶされそうなのだ。だから、本当は試合を見に行くことができなくて、今となっては少し安心している部分もある。
明るい未来へと着実に進んでいるみんなの姿を見るのは、想像以上に辛くなりそうだったから。
「おおーい! イリーナ!」
あれ、でも懐かしくって幻聴が聞こえるよ。あー、この話し方は南部のものだなぁ。
「こら、無視するな!」
「うおおおおおい! きーづーけー! 恥ずかしいだろうがあああああ」
「こっち向け! イリーナ=ブルジョワリッチイイイイイィィィィィ!」
ちょ! 大声で!
「その名を呼ぶなああああああああ!!!」
反射的に振り返って叫ぶ。
私はその家名が……ん? ……あれ?
目の前には、こちらに向かって手を振っている筋肉質でガタイのいい集団がいた。
「ふえっ!?」
どうしてここに? と首をかしげていると、わらわらわらと取り囲まれる。幻覚ですか?
「イリーナ」
優しく名前を呼ばれた方向へ視線を向けると、そこにはベルナルドさんが立っていた。他のメンバーもニヤニヤしながらこっちを見ている。
「え? あれ? えと、あの……あっ! そうだ、リーグ戦優勝って!」
最後の試合について口にして良いものか迷って、リーグ戦のことを混乱した頭でひねり出してみるのだが、それに対して返ってきたのは苦笑いだった。
「いやー、第1騎士団候補たちとの試合ではボロッボロにされたけどなー」
おや? 思っていたよりも明るいトーン?
「でも、おかげで自分達の弱点が分かったし、力に驕りそうだった自分に歯止めがかかったって言うか、良い経験だったよ」
「負けた直後は半ば呆然としてたけどなー」
カラッと言葉にする彼らにジメジメしたものは感じられない。けれど、目元が少し赤いのを見て、きっと、悔しかったのだろうなと頭の片隅で思った。そして、それを外に出して八つ当たりしない器の大きさに、心が温かくなる。
「ここにはどうして?」
何故私のバイト先を知っているのか問えば、ヴィルマーが教えてくれたのだそうだ。ヴィルマーに教えたのはカール……って、何故カールの名前がここで出る? あれ? でも、カールもクリスタルパレスの第3騎士団試験受けるんだっけ? でも、まてよ、よく考えたら試験日は一緒なんだから、カールがあの日、グリーンマーメイドにいるのっておかしくないか?
「あー、ヴィルマーとカールは第2騎士団の受験者かつ合格者だ」
「なんと! 秘密の第2騎士団!?」
これは内緒な? とメンバーの1人が口元に人差し指を立てる。いやいやいや、いかついお兄さんがそんな可愛いポーズとっても可愛くないですよ。可愛いけど。
「それよりも、俺たちに対してお祝いの言葉はないのか?」
ニカッと笑った面々に「合格? 全員?」と聞くと、「勿論!」と自信満々に返ってきた。
「きゃあああああああ! おめでとおおおおおおお! 良かったねえええええええ!」
ピョンピョンジャンプして喜べば、彼らが本当に、本当に嬉しそうな顔をして、高らかに拳を天に突き上げる。
「驚けー! 喜べー!」
「いえええええーい!」
もう、テンションはうなぎ上りでどこまで上がるのか分からない。
良かった! 皆が認められて良かった!
いや、さっきまでちょっと羨ましくて辛くなりそうとか思ってたけど、全然違ったよ。いや、もう、なんだろ、ただ、ただ、嬉しいね。本当に。良かった。良かった。良かったああああああああ!
思わず満面の笑顔がうつってしまって、涙までにじんできたところで、彼らは私の手にポトッと何かを握らせ始めた。
「これは俺からの感謝のきもちだぜーい!」
「これは俺の」
「俺のも」
「ほいっと」
「飯の世話ありがとな」
「幸せのおすそ分け」
「幸せになれよ」
手を広げると、そこには新品の……第3騎士団の徽章があった。
「最後に、これは俺の。そして、こっちの少しデザインが違うのはヴィルマーのだ」
ベルナルドさんの大きな手が、徽章を2つ、私の手に握らせる。
これは?
「合格した俺たちはこれから各地方へ振り分けられてバラバラになる。だから、今日しか会えないと思ってなー」
「あのさ……家の事情とか、ちょっと聞いたんだよ。で、相談して、これを俺たちからのプレゼントにしようって決めたんだ」
プレゼント?
「少ないけど、少しでも足しに」
「そうだ! 売って良いぞ。今ならそこそこの値段がつくだろうしな」
売る?
「20個もガーディアン持ち込んだら、すげー悪女だって思われそーだな。イヒヒ」
突然のプレゼントに戸惑う私に、彼らは悪戯が成功したときのような笑顔を向けた。
「イリーナ、俺たちはすぐ上の階級へ昇進するつもりだから、大丈夫。安心して受け取れ」
「そうだぞ。それに、お前がそれを手放したって、ちゃんと、この国もお前も守ってやる」
「いやあ、騎士らしい人助け第1号がお前って、幸先いい感じのスタートだよな」
茶化すように、ポンポンと1人ずつ私の肩を叩く。どさくさに紛れて頭にチョップしてくる奴もいたけれど、私はうつむいたまま声が出なかった。涙が溢れそうで。顔を上げられなかった。
「あ、ヴィルマーがここにいないのは、来たくないんじゃ無くて、来れなかっただけだからな」
「ベルナルドが顔面殴ったからな。今頃、顔が腫れてるだろうな」
「ふえっ!? ベルナルドさんが!?」
温厚な彼が、手をあげるなんて信じられない。
ビックリして顔を上げると、彼は後頭部に手をやって、ばつが悪そうに笑った。
「ま、けじめだからな。それで水に流して、また仲良くしようと言っておいた」
そうか……。きっと彼らにも色々あったのだろう。
「というのは建前で、本当はこうやってイリーナにガーディアン渡す良い場面に同席させないためのあざとい計画!」
「うっそー! ベルさん腹黒ーい」
「違うぞ?」
「ふふっ……あはははっ!」
感動で涙が出てきそうなのに、彼らのやり取りがあまりにもいつも通りだったから、思わず笑ってしまった。そして、おなかを抱えて笑いながら、違和感に気づく。
ここにいるはずの人がいない。
あの人は……?
きょろきょろと辺りを見回すが、メンバーの中にはいない。ガーディアンを数えてみたが、1つ足りない気がする。
そんな私に気づいたのか、ベルナルドさんは少し言い難そうに教えてくれた。
「テオドールは合格を辞退したんだ」




