第48話 最後の試合 *テオドール視点
会場に姿を見せると歓声が沸きあがった。しかし、それは第1騎士団候補生達の登場によってさらに大きいものとなる。
先頭を歩いてくるのは、イリーナと似たくすんだ金髪を後ろで一つに束ね、穏やかな微笑を浮かべた男。引き締まった体格のせいか、甘さよりも朴訥とした雰囲気を漂わせている。
「あれが噂のフェルディナントか」
魔力の大きさが今までの相手とは比べ物にならないな、とベルナルドが呟いた。さすがは大貴族の一人というところか。
「試合開始!」
ホイッスルが鳴り響いた瞬間、俺たちは二手に分かれて第1騎士団候補生達の突撃をかわした。
稲妻が駆け抜けたのかと思った。全力とはいい度胸だ!
様子を見るようなことはしないらしい。右翼を俺が、左翼をベルナルドが指揮する。
「全員反転!」
後ろを取られないように左右に広がって間合いを取った。電光石火は俺たちの十八番だと思っていたんだけどな。軽装備の利点を生かして素早く相手の背後を取る。
「追撃」
3人一組で相手騎士1人に対峙させた。北部チームより軽装備に見えても、魔力による防護機能が半端ないからだ。なるべく相手の懐に深く入り、急所を狙えと言ってある。
振りかぶられた長剣を、柄の部分を狙って叩き落す。左側から現れた一撃を体をねじってよけた。模擬戦闘用に刃をつぶしてあるとはいえ、当たったら結構痛い。本物の戦闘なら、それこそ宝剣だのなんだのと、ハイスペックすぎて呆れかえるような武器が登場するに違いない。
「テオ、あいつらの防具、反則!」
メンバーの1人がサブとして持っていたナイフを持ったまま、俺の背後を守るように下がってきた。件のナイフは折れ曲がって使い物にならない状態だ。武器は支給品だが防具は持ち込み……こんなところで差がつけられるのも、貴族と平民だからなのかと思うと悔しい。
「どけ!」
背後から見知らぬ声がして、金属音が高く響き渡った。どうやら右翼を率いている俺を狙っているらしい。
チームメイトが折れたナイフを叩きつけるようにして守ってくれた隙を突いて、素早く飛びのいて右のわき腹をえぐるように殴りつける。その勢いを利用して、顔面に蹴りを入れた。
文字通り吹っ飛んだどこかの貴族の子弟に目もくれず、会場全体を見渡すようにバックステップで距離をとると、バラバラで戦線が延びてしまった自チームが目に入る。まずい、大分ひきつけられてしまった。
呼び戻そうかと思った瞬間、敵方が固まって盾をかざし、全力で防御結界を張る。ちらりと敵陣の最後衛にいるフェルディナントが笑った気がした。
「くっ! 広がれえええええええっ!!!」
叫んだ瞬間、頭上から槍が降り注ぐ。
魔法で強化されたそれは、最後衛から天に向かって放たれ、美しい放物線を描いて落ちてきた。敵方は傘のように防御結界を張り巡らして弾く。こちらは、想定していなかった攻撃に混乱しつつも、回避しやすいように広がった。
けたたましい音を立てて槍が地面に突き刺さる。何人か地面に縫いとめられて倒れたのが目に入った。
不意に、イリーナとボードゲームしていたときの会話が蘇る。
「むうー! 調子に乗っていると痛い目にあいますよっ。武器が使えなくなったり、大事な兵士が裏切ったり、空から竹槍が降ってきたりとか!!」
「あほか! そんなカードないだろ」
あの時は一笑に付したが、まさかその言葉通りの展開になんて。悪夢を見ているようだ。
槍が降り終わると、敵は掃討作戦とばかりに全面攻撃へと転じた。フォーメーションが崩れてしまった今は混戦状態。次々と味方が倒れていく様子にギリギリと唇を噛み締める。
負けたくない。
身分だの、魔力だの、装備だの、そんな生まれ持って与えられたものを振りかざす奴らに負けたくない。
築いてきた信頼関係や、毎日練習して鍛えてきた身体、それが今の俺が持っている全てで、それがそんなものに劣るとは思いたくない。
「ベルナルド、援護しろ!」
幾層もの防御壁を突破しながら、相手の指揮官を狙う。その意図に気づいたベルナルドが、まだダメージの少ない左翼を率いて援護に入ってくれた。
相手の盾を奪ってなぎ払い、別の相手にぶつける。右側から俺を止めようと襲ってきた奴をメンバーが食い止めてくれた。
頭上を薙いだ剣をしゃがんで避け、地面に手をついて足を払う。そのまま体を回転させて、左に現れた奴の顎にしたたかな蹴りを喰らわせた。
予想外の反撃に、敵に動揺が走る。捨て身で突撃してくる南部チームの士気は未だ高い。
戦意喪失なんてしない。そんな柔な精神でここに立ってなんかいない。キラキラした防具の前に這い蹲ろうが、泥だらけになろうが、傷だらけになろうが、それがどうした。
勝利を掴みたい。
あいつの喜ぶ笑顔がみたい。
勇気付けたい。
俺たちでもここまでくることができたのだと。
「私が相手しよう!」
ついにフェルディナントが前線へ出る。事実上の一騎打ちに心躍った。くたびれたグローブをぐっと握り締めて対峙する。
「大貴族のボンボンにしては、なかなかやるな」
ニヤリと口の端で笑みを描くと、彼は「どうもありがとう」と言いつつ、上段から強烈な一撃を放った。到底受けきれるものではない。素早く左へと体を滑り込ませ体当たりを食らわせる。しかし、よろめくことも無くふんばられ、剣の柄で殴られた。
「失礼。テオドール様、相手の間合いに入るときは一撃で倒す必要がありますよ」
静かな微笑を湛えながら、再度目の前の強敵は剣を握りなおす。
隙がない。厄介な相手だ。だが、目の前から流れる魔力には嫌味がない。
俺も距離を取り直し、構える。
と、そのとき、高らかに試合終了のホイッスルが鳴り響いた。
「試合終了! 勝者、第1騎士団候補生チーム!」
何を言われたのか分からない。
終了って、まだ俺は立っているのだが……。そう思って振り返ると、南部選抜チームでかろうじて立っているのはほんの一握りだけになっていた。
「申し訳ありません。私が貴方様をひきつけている間に、再度魔法を使わせていただきました。けれど、正直ここまで食い下がられるとは思ってませんでしたよ」
フェルディナントの声が遠くに聞こえる。
負けた……のか?
「テオドール様!?」
意識が朦朧としてくる。
「テオ!?」
チームメイトが駆け寄ってくるのが分かった。
ああ、魔力切れを起こしたのか。
奇妙なことだが、頭で冷静に判断しつつ、俺は意識を手放した。




