3話 空飛ぶ魔物便
「うう……。なんでこんなことに……」
翌日の早朝、冷たい秋風に身を縮めながら、アルティはとぼとぼと城壁の外に向かっていた。隣には素材や工具一式が詰め込まれたリュックを抱えたハンスがいる。重さに潰されそうなアルティを見かねて持ってくれたのだ。
「仕方ありませんねー。連隊長はこうと決めたら譲らない人ですから。ミーナさんのこと、放っとけなかったんだと思いますよ。家族が仲違いしてると聞かされちゃあねー……」
リリアナは父親とうまくいっていない。幼くして母親も亡くしている。ミーナの境遇と自分を重ねたのかもしれない。
ちなみにクリフは話を聞くや否や「いい機会だから行ってこい」と快諾した。店はどうするんだと嘆くアルティを尻目に、溜まっている仕事を独り占めできて嬉しそうだった。あの分だと一カ月や二カ月不在にしても平気に違いない。
「あ、いたいた。連隊長―! アルティさんを連れて来ましたよー!」
新市街の大門を抜けて大きく手を振るハンスの視線の先には、いつも通りの鎧兜に身を包んだリリアナがいる。その隣にはミーナとウルフが幾分かこざっぱりした様子で並んでいた。三人とも荷物を持っていない。どこに置いているのだろうか。
「出勤前にご苦労だったなハンス。アルティも逃げ出さずによく来てくれた」
「なんで迎えに来てくれたんだろうと思ったら、そういうことだったんですね……」
「すまん。店を空けてダンジョンに潜るなんて絶対に嫌だろうと思って」
「そうですけどね。でも、ミーナさんの力になりたい気持ちは本当ですから。師匠の代わりが務まるかはわかりませんけど、やると決めたからには全力で対処します! ミーナさん、ウルフくん。よろしくお願いしますね!」
元気に挨拶するも、二人はぼうっとした顔をしている。彼らは話し合いが済んだあと、リリアナに連れられてリヒトシュタイン家に宿泊していた。リヒトシュタイン家は貴族街の中でも一際大きな屋敷だ。きっと夢みたいな時間を過ごしたのだろう。
「それで、どうやってウルカナまで行くんですか? 高速馬車でも往復一週間以上はかかるでしょうし……。さすがにそんなにお仕事休めませんよね?」
旅程の詳細は当日話すと言われていた。あたりを見渡しても、それらしき馬車は見えない。
「鳥系の魔物便を用意している。さすがに飛竜便とまではいかないが、順調に進めば四、五日で戻ってこられるだろう」
魔物便とは文字通り魔物が荷台を引き、客や荷物を運ぶものだ。ミノタウロスやヒポグリフなど種類はいろいろあるが、総じて馬車とは比べ物にならないほど早く、その分金もかかるし予約も取りづらい。
「こんな急でよく押さえられましたね」
「ハンスのおかげだよ。こう見えてもワーグナー商会の会頭の息子なんだ」
「次男ですけどねー」
ワーグナー商会はラスタ王国の中でも五本の指に入るほど大きな商会である。扱う商品は多岐に渡り、西はルクセン帝国、東はトルスキンの向こうのアッカム王国まで販路を広げている。貴重な魔物使いを多く雇い、素早く安全な配送手段を確保することで、強固な流通網を築いた成果だ。その手腕は国内外から大きく評価されている。
だから昨日「父親なら詳しいかも」と言っていたのか。ようやく合点がいった。
「ちょうどウルカナ出身の子がいたんでお願いしました。風魔法にも長けていますから、もし魔物に遭遇しても安心です。まあ、連隊長がいれば出番はないと思いますけどねー」
「何言ってるんだ。私はか弱い乙女だぞ。なあ、アルティ!」
苦笑いして誤魔化す。
そうしている間に平原の向こうからそれらしき魔物便が姿を現した。荷台には立派なカーテン式の幌がついている。ウルカナは雨が多いから、配慮してくれたのだろう。
「お待たせしましたあ〜。ワーグナー商会の魔物使い、エトナさあ〜。こっちは相棒のピーちゃん。ボクと同じく可愛い女の子だよ〜。よろしくねえ〜」
エトナと名乗った魔物使いは、やたら間延びした口調で帽子を脱いだ。触覚のようなオレンジ色の髪がぴょこんと跳ねている。つやつやとした薄いピンク色の嘴といい、全身に生えた黄色の羽毛といい、種類はわからないが、エトナは鳥人のようだ。
「わあ、グリフィンだ……!」
御者台の先にいる魔物を見て、さっきまでぼうっとしていたウルフが目を輝かせた。グリフィンは上半身が鷲、下半身が獅子の魔物である。飛べる上に走れて強いと人気も高い。
「あれ、お客さんたちの荷物は〜? アルテガ村までの往復って聞いたんだけど〜」
荷物の少なさにエトナが首をひねる。それに応え、ウルフが片手をあげた。
「あ、俺、闇魔法使いなんで。アルティさんの荷物も俺が運びますよ」
闇魔法使いは自分が作った闇の中に人や物を取り込める。魔力によって容量には差はあれど、旅には欠かせない能力だ。ただ、闇を作った本人が死亡すると中に入れたものは取り出せなくなるので、注意が必要だが。
「それはありがたいや〜。軽くなると、その分スピード出せるからね〜」
エトナは嬉しそうに羽毛を振るわせると、アルティたちを幌の中に誘導した。
「連隊長! 有休中とはいえ、定期報告しますからねー。ちゃんと出てくださいよ!」
「わかってるよ。面倒をかけるが、あとを頼むぞ」
手を振るハンスに手を振り返し、一行はグリムバルドを後にした。
「ひえ……高い……」
ばたばたと幌を叩く風を耳元に感じながら、アルティは荷台の下を覗き込んだ。眼下には平原が広がっている。ところどころ煙突や屋根があるのは村だろうか。
「こら、アルティ。あまり身を乗り出すなよ。落ちたら洒落にならないぞ」
「大丈夫さあ〜。落ちてもすぐに拾ってあげるよ〜」
ピーちゃんの手綱を巧みに引きながら、エトナが朗らかに笑う。
首都を出て南に数時間。魔物便はアクシス領の遥か上空を飛んでいた。旅程を短縮するためウルカナ領までは空路を進み、あとは陸路を行くのだそうだ。
ダンジョンの鍵を持って逃げたことはすでに気づかれているため、いかに兄たちに悟られないよう辿り着くかが課題だったが、ミーナが解決策を出してくれた。光魔法で魔物便の周囲の光を屈折させて、見えづらくできるという。さらにエトナの風魔法を使えば匂いも消せるとのことだった。
「それにしても、ミーナさんが光魔法と雷魔法、両方使えるとは思いませんでした。ウルフくんの闇魔法もそうですけど、珍しいですよね?」
「ウルカナには結構いるにゃ。雷がよく落ちるし、夜は真っ暗だしにゃー」
方言全開でミーナが言う。話しているうちにアルティと同い年だということがわかったので、肩肘を張るのをやめたようだ。ウルフは魔法学校生活が長かったため、気づいたら方言が抜けていたらしい。
「獣人は毛皮があるから静電気も起きやすいしな。冬場は同僚のやつらも大変そうだったよ」
「あー、乾燥するとひどいんだよにゃー。雷の魔素が摂取できていいだろって言われるけど……。光の魔素から生成できるしにゃー」
「そこは氷属性と一緒だな。夏場になると、やたらと氷を食べさせられるんだよ。レア属性持ちは苦労するよな」
「俺もクラスメイトによく暗闇に押し込まれたなあ……」
会話を弾ませるリリアナたちを見ていると、レイの授業を受けている気分になる。
魔法使いによると、魔法とは、人間が意識せず空気を吸ったり水を飲んだりできるように、自然と扱えるものなのだそうだ。魔力量や器用さによってできることは変わってくるが、意識さえしっかりと保てていればどんな状況でも使えるらしい。それがピンとこないアルティには一生使えそうもない。
「……あれ? ひょっとしてこの中で魔法を使えないのって俺だけ? ピーちゃんは?」
アルティに応えるように、ピーちゃんがピュルルルと鳴いた。
「バリバリ使えるわよって言ってるよ〜」
「え? ピーちゃんの言葉がわかるんですか?」
「まあね〜。それが魔物使いの素養だから〜」
魔物使いとは魔物と心を通わせられる能力を持ったものを指す言葉だ。
確かな判断基準がないため、正式な職業としては認められていないが、需要は高く、スライム牧場が作られてからさらに認知度が上がったものの、モルガン戦争を体験した世代からはあまりよく思われていない。
エトナ自身もワーグナー商会の配送人という職を得てはいるが、塔の聖女の結界があるためにピーちゃんを連れて旧市街には入れず、とはいえ新市街にも居づらいため、普段は商会の社員たちが暮らす村――通称職業村で待機しているのだそうだ。
「仕方ないよね〜。ひどい戦争だったらしいから〜。でも、魔物だって同じ生き物だからね〜。中には人間や家畜を襲うやつもいるけど、できる限り仲間と共に穏やかに生きたいって気持ちは全種族共通だよ〜」
「エトナさんはどういう経緯でピーちゃんと出会ったんですか?」
「それ話すと長くなっちゃうから〜。また今度、ご指名してくれたら話すよ〜」
さすが商会勤め。商魂逞しい。
「国軍にも魔物使いはいるんですか?」
「いないよ。考えてもみろ。相棒の魔物使いが死んだら誰が制御する? そんな不確定要素、危なくて軍には置けないぞ」
「そうそう〜。ボクたちはね〜。いつだって責任を果たす覚悟で相棒と共にいるんだよ〜」
つまり相棒が暴走したら手にかける覚悟を持っているということだ。軽い口調の割に重みがすごい。
「とりあえず皆さんの足手まといにならないように気をつけます……」
そう宣言したとき、ギャアギャアと騒がしい鳴き声が近づいてきた。幌から身を乗り出すと、進行方向の右手側に何やら鳥の群れのようなものが見える。
「森大鴉だ!」
即座に臨戦体制になったリリアナが腰の剣を抜く。
どうやら順調にはいかないようだ。鋭い切先が太陽の光に反射して光るのを見て、アルティはごくりと唾を飲んだ。
魔物使いエトナ登場。色は全然違いますが、彼女の外見イメージはハヤブサです。鳥人は頭頂部に人間の髪の毛のような長い体毛があります。




