第12話 一筋の閃光
ブルックが城壁から、右手を大きく振るった。
すると兵士たちは一斉に剣を鞘に納め、槍を縦にし、石突を床に刺した。
それを受けて、ガターの配下たちも慌てた様子で剣を戻し、槍や弓を納める。
戦火の響きは消え去り、無数の呼吸音と風の音だけが響く。
空を舞っていた風が、ひときわ大きな音と流れを纏って、私とガターの間を横切った。
――――――!!
一閃! 光の筋だけを残し、私は剣にこびりついた赤を払った。
背後にはガター。彼は今、何を思っているのだろうか……?
それは彼にしか分かるまい。
ガターの視線だけを、ただ背中に感じる……。
(何が起こった? どうして、俺様が蛮王の背中を見ている?)
瞳がぶれる。視界が歪む。
(どうして、世界が逆さになっている? どうして――――俺様の下半身が瞳に映る!? いや、まさか……そうか、世界が逆さになったわけではない。俺様自身が……逆さ……斬られ……)
ガターの上半身が頭から地面へ落ちた。
わずかに遅れ、取り残された下半身が地面へ崩れ落ちる。
石床には巨大な鮮血が広がり、ほのかな湯気を伴った内臓が徐々に熱を失っていく。
私はガターだった肉塊に瞳を落とし、静寂が支配する場に剣を掲げた。
「我が名はルミナの王アルト=ラウ=オーシャン! 帝国の柱、五龍が一人、ガター=ディルービオを討ち取った!!」
言葉の槌により静寂は粉々に砕かれ、兵士の一人が雄叫びを上げ、彼に歓声たちが続く。
「お、お、おおお、おおおおお、おおおおおおおおおおおお!! アルト王、万歳!!」
「「「アルト王、万歳! アルト王、万歳! アルト王、万歳! アルト王、万歳! アルト王、万歳!」」」
折り重なりゆく、私を称える声たち。
私は兜に羽をつけた関所長へ声をかけた。
「降伏を。君はイロハと知り合いのようだからな。できれば、命を奪いたくない」
「へ、は、はい。えっと、その……」
「迷わないでほしい。頼むよ」
「あ……いえ、勝者に頭を下げさせるなど、非礼も非礼。降伏いたします」
次に、赤い眼鏡をかけた男へ顔を向ける。
「副官は君か?」
「へ? い、いえ、違う。いや、違います」
彼は顔を震わせながらも、軽装鎧を纏う兵士たちの中で、唯一重装鎧を纏う男へと目を向けた。
「君が副官か? 降伏しろ」
「そ、そんな、ガ、ガ、ガター様がこうまで……」
「そのとおりだ。私は五龍よりも強い。そして、兵士も精鋭である。降伏をしてもらえるか?」
「いや、でも、そんなわけには……」
思いもよらぬ出来事。目の前にはガターだった肉塊。副官は混乱し、言葉を生み出せない。
周囲の兵士からは戸惑いの短い声が上がる。
「副官!」
「副官!?」
「どうされますか!?」
「あああああ、た、た、た、」
「た?」
「た、た、退却だぁぁあ! ひぃぃぃい、ガター様が、ガター様が、ありえない、ありえない。そんなバカなこと起こりえるわけがぁぁあ!!」
副官は足を絡ませて転がるようにこの場から逃げ出した。
その姿を見た残りの兵士たちも慌てふためき、剣や弓を放り出して、彼の背中を追いかけていった。
背後に残る我が兵士の一人が話しかけてくる。
「いいんですか、アルト王? 逃げられたら狼煙を押さえるまでもなく帝国に知られるのでは?」
「それなら問題ない、ほら」
左右の壁を指さす。そこにブルックとイロハの姿はない。
「とっくの昔に二人が砦の出入り口を押さえに行っている」
「あ、本当だ! さすがはブルック様にイロハちゃん」
「ああ、さすがは我が右腕に左腕だよ。誰か幾人か連れて、逃げた者たちの後方から圧をかけてくれ」
「はっ!」
「無理に戦闘をしようとするなよ」
「え~、ちぇっ」
「ちぇ、じゃない! 残りの者は砦の兵士に武装解除を促しつつ、どこかにまとめて見張っておいてくれ」
「はっ!」
「言っておくが、無体な真似をするなよ」
「はい、抵抗したらぶっ殺します!!」
「無体な真似をするなよ!! と言っているんだ!!」
「で、でも抵抗したら……」
「させないように努力しろ!」
「む~」
「む~、じゃない。あと、そこの少女のことだが」
襤褸を纏った緑髪の少女へ瞳を落とす。
「彼女の手当てを。大事な恩人だからな」
「わかりました。この子のおかげで弓兵を押さえられましたからね」
「それだけじゃない」
「へ?」
「何でもない。早く手当てを」
「はい!」
降伏した砦の兵士に担架を用意させて、それに少女を乗せて、我が兵とともに砦の治療室へと運んで行った。
私は姿を消した少女へ感謝を述べる。
(五龍……帝国の五本柱と聞いて、その実力に恐れを抱いていた。ジャミング魔石の影響でガターの実力が見通せずにいた。だが、あの少女とガターの交錯を目の当たりにし……ガターの実力が底の知れたものだと確信した。だからこそ、何の憂いもなく一騎打ちを提案できたのだ。彼女には感謝だな。それにしても……)
物言わぬガターへこう語りかける。
「君は本当にあの帝国の五龍なのか? この程度とは……。兵士の質の低さもそうだが、帝国の壁は高いが……厚くはないのかもしれないな」
――――砦の出入り口(帝国側)
副官を先頭に千の兵士が砦の出口を目指して、狭い通路を押し合いへし合い突き進んでいた。
あと一歩で出口というところで、狭い通路をふさぐ二人の影が現れる。
「悪いの、お前さんらを帝国へ帰すわけにはいかんのだ」
「おとなしく降伏してください。そうすれば、命までは取りませんから」
ブルックとイロハが千の兵士の前に立ちはだかる。
一瞬、伏兵の存在に副官は怯えを見せたが、相手が老人と子どもと知ると、俄然活力を取り戻し、命を発した。
「あ、相手は二人! しかもじじいとガキだ! 一気に押し潰せぇぇえぇ!!」
この愚かな選択に二人はため息を漏らす。
「まったく、このような狭い通路では同時に襲い掛かれるのはせいぜい四・五人程度であろうに」
「そうですね。とはいえ、立ち回り次第ではおこぼれが出る可能性があるので、私は副官を直接狙います。ここはブルックさんにお任せしても良いですか?」
「あい、わかった。素早い立ち回りはイロハの方がよかろう。それにしても、せっかく拾った命を捨てるとは……愚かな副官じゃ」




