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辺境の魔王アルト~世界で一番小さな国が、世界で一番強かった~  作者: 雪野湯


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第11話 王であるために――

 壁を破壊し、現れた炎を纏う少女は、天を突く叫び声を上げた。

「ガタァァアァァア! みんなの仇! 殺してやるぅぅぅぅぅうううううう!」


 少女は言葉を終えるや否や、炎の剣を手にして、空を裂く一筋の稲妻のような素早さでガターへ飛び掛かった。

 だが――


「フンッ! 小娘が!!」


 剣を大上段に構えていた少女の腹部を殴りつけると、ガターはすぐさま緑の髪を握りしめて、地面へ叩きつけた。


「うがぁっ!」

「貴様ごとき虫けらが、この五龍将ガター様に敵うと思ったのか!!」


 彼は大粒の唾を飛ばし、足の鎧――サバトンと呼ばれる足先がとがった形状の金属の靴で少女の頭を踏みつけた。

「ギャッ!」

「鬱陶しい小娘め、このまま頭を潰してやろうか?」

「ぎゃぁぁぁあああ!」


 彼らから離れた場所からもわかるくらい、ミシミシと頭蓋の悲鳴が届いてくる。

 彼女が何者でどういった状況かはわからないが、放っておくにはあまりにも忍びない。


「ガター、よせ! 少女の頭を踏みつけるなど五龍の名が廃るぞ!」

 しかし彼はこちらを一切見ずに、少女の頭を徐々に強く踏みつけていく。


「黙れ、蛮王。人間の小娘に同情でもしたか?」

「同情もあるが、彼女には借りができてしまったからな。その借りくらいは返さねばな、とな」

「借り?」


 彼はようやくこちらを振り向いた。そこで違和感を覚えたようだ。

「ん? …………おい!?」


 彼は首を素早く左右に振る。そして私へと戻す。

「蛮王アルト! 小娘とジジイはどこへ行った!?」

「ああ、それならあっちだ」



 私は腕をクロスさせるようにして指先を左右へ向けた。

 すると、城壁の上から二人の声が届いてくる。


 右の壁からは、数人の兵士を連れたイロハの声。

「こちら、城壁の弓兵、制圧完了です! アルト様!」


 左の壁からも、同じく数人の兵士を連れたブルックの声。

「こちらも制圧完了ですぞ、陛下!」



 二人の報告を聞き、私は満足げに笑みを浮かべた。

「見事、生じた隙を利用して状況を打開してくれたか。もっとも、隙を作ってくれたのはそこの少女だが……」


 少女へ瞳を振る。すでにガターの足は離れているが、ピクリともしない。気を失っているようだ。

 その離れたガターの足先はこちらへ向いている。


「き、貴様たち! 小娘の騒動を利用して!?」

「当然だ。これほどの好機を逃すわけにはいかない」



 私は左の壁に立つブルックへ瞳だけを動かす。

「ブルック、その様子では君でも砦の壁越えはできたのではないか?」

「陛下、砦の壁と内壁では高さも質も全然違いますぞ。それに、あいたたたたた、腰が……」

「都合よく痛み始める腰だな。私を案じる素振りを見せていたが、その裏で私に対する鍛錬も含んでいたな」

「何のことですかの~? と、そのようなことよりも……」


 彼はちらりとガターを見て、不満を声に乗せ始める。

 それはブルックだけではなく、イロハや兵士からも。


「陛下、どうせならガターを背後から斬ればよかったでしょうに」

「そうですよ~。あんなに隙だらけだったんですから」


「アルト王にこんなこと言いたくないですが、もったいないっすよ」

「そうそう、いっそ俺たちが飛び掛かろうかとしたのに」

「それも止めに入るし~」



「うるさいな君たちは。相手は五龍だぞ。帝国の象徴たる存在を相手に、背後から斬るなどという不名誉で勝利を獲得しても意味はないだろう。戦い方というのは大事なものなんだぞ」


「陛下、お言葉ですが、勝てば官軍負ければ賊軍ですぞ!」

「はい、勝ってしまえば歴史の改竄は勝者の権利です」


「戦争に不名誉も何もないでしょうよ!」

「そっすよ。油断した奴が間抜け!」

「あの瞬間、全員で襲い掛かってミンチにしてやればよかったんすよ!!」


「「「正々堂々なんてくそくらえ! 勝利こそが正義! イェイ!」」」



 剣を掲げて、名誉をゴミの日に捨ててしまったことを誇る我が配下たち。

 私は頭を抱える。正面のガターはこう洩らす。

「野蛮人どもめ……」

「ああ、悲しいかな、そこは同意だ。しかしだ、その名誉を保つ機会はまだ残されているぞ」


「はっ! どんな戯言をほざくつもりだ? 野蛮なサルどもの王よ」

「蛮王からさらに格下げか……だが、君は勘違いしているようだ」

「ん?」


「名誉を保つ機会が残されているのは、ガター、君のことだ」


「貴様、何を言っている……?」



 私は瞳を少し大きく開けて、砦の全景を取り入れる。

「わずか六十の兵士に砦を破られた」

「なっ!? まだ破られてなど――――」

「無数の矢を放つも、一矢たりとも届かず。不意な出来事を前に隙を生み、弓兵を抑えられた」


「き、貴様……」


「この砦にどれほどの兵が残っているかわからないが、せいぜい五百から一千といったところか」

「その通りだ! 数の差は歴然! 俺様が(めい)を発するだけでお前たちは磨り潰されるまでよ!」

「フフフ」


「何がおかしい!?」


「私たちを磨り潰すために、どれだけの犠牲を払うつもりだ、ガターよ」

「な、なに?」

「たしかに、数で攻められれば敗北必至。しかし、君の勝利は血塗られたものになるだろう、我が軍は六十! だが、ただの六十ではない。全てが精強無比! それはたった今、君自身も目にしただろう!!」


 高所から降りそそぐ弓矢。それを雑談交じりで防ぎ、誰一人として怪我を負わず。

 私としてもこれほどの精強であったのは誤算だったが、ガターの驚きはそれ以上であろう。


「六十を前に数百の贄を捧げるか、ガターよ」

「クッ! 黙れ、勝利を掴めば――」

「それは――五龍将の名に恥じぬ戦いか!?」

「グッ、そ、それは……」


「戦いののちに、皇帝リヴァートンにどう報告するつもりだ? まさか、わずか六十を相手に数百の犠牲を払い、見事、砦を死守しました! などと、報告するつもりか?」

「だ、黙れ!」



 五龍将――それは帝国の五本の柱であり、帝国の力の象徴でもある。

 そのような存在が、小勢を相手に損害を出したとあれば、ガターの名誉は地に落ちる。

 名誉は時に死よりも重い。それを利用して、私はある提案へ促そうとしている……のだが、外野がうるさい。


 左右の城壁からの小声。

「ワシが帝国なら容赦なく数で磨り潰しますがのぅ」

「最も確実な勝利ですよね」


 後ろからも……。

「なんで攻撃して来ねぇの?」

「千いるなら、襲い掛かればいいのにな」

「ああ、そうだよ。ウフフ、でも、そうなれば斬り放題♪」

「いいねぇ、一人頭二十がノルマな」



 黙っててほしい……幸い、この声はガターには届いていないようだ。

 ガターは確実な勝利と名誉を天秤にかけて、迷いを見せている。

 ここで、私は確実な勝利と名誉を手にする、見せかけの機会を言葉として表した。


「そこでだ、ガター。私は一騎打ちを望む」


 ガターはこの提案に驚きをもって答えた。

「……な、なんだと!?」


 剣をゆらりと構え、こう言葉を発する。

「私はルミナの王。敗北すれば、ルミナは終わりだ。全面降伏しよう。君が勝利すれば、無用な犠牲なく、砦を守り切り、ルミナの野望を挫くことができる」


「な!? しょ、正気か、貴様!? 俺が五龍であると理解しての言葉なのか!?」

「ああ、正気だ。理解もしている。だからこそ、価値がある」

「価値?」



 ここでブルックとイロハの悲痛を伴う声が飛ぶ。

「認められませんぞ、陛下! 陛下の御身に万一があればこのブルック、先王タイド様へ顔向けができませぬ。ここはルミナナンバー2であるこのブルックめが!」

「そうですよ、アルト様! 私もまた初代様であるリヴュレット様に顔向けができません!!」


 さらに兵士たちの声も……。

「そうですよ、何も陛下自らが!」

「ここは大暴れをしてやりましょうよ!!」

「俺たちは死など恐れていません! どうかご命令を!!」

「むしろ暴れたい!!」



 あちらこちらから飛んでくる、願望と悲哀が混ざり合う声。

 それに私は閉口した――いや、怒りを覚えた。


「黙れ! いい加減にしろ!」

 

 砦の隅々までに雷霆のような声を響かせる。

 痺れを伴う声がブルック、イロハ、兵士。さらには、ガターや敵の兵士の身体までも麻痺させた。

 

「私はルミナの王だ! 王である以上、示さねばなるまい。君たちが……貴様たちが戴く王が真の王たるかを!」


 左右の壁へ声をぶつける。

「よく見ておけ、貴様たちが仕える王はリヴュレットでもタイドではなく、このアルト=ラウ=オーシャンであると!!」


「へ、陛下……」

「ア、アルト様……」


 ルミナのために立ち上がった者たちへ言葉を届ける。

「私の姿を両眼にしっかと焼きつけよ! 貴様たちの王が、ただ詭弁を(ろう)するだけの王ではないと!!」


「アルト王……」

「アルト様……」


 私はゆらりと構えていた剣を片手で強く握り、剣先をガターへ向ける。

「ガターよ、この一騎打ち。受けるか? それとも、五龍の名を地へ落とすか? どちらを選ぶ?」

「おのれぇぇえぇぇ、田舎の蛮王如きが、ほざきおったなぁ~。この五龍に挑むなど百年早いわぁぁぁぁ!!」


 ガターもまた両手で大剣を握りしめて、私へ剣先を向けた。

 これにより、一騎打ちが成立。


 私は双眸にガターを宿しつつも、仲間たちのことを考える。

(彼らの熱すぎる想い。それを踏まえると、ここで誰が王であるのか、王たる器か、王として支える価値のある存在かを示しておかねば、後々苦労するからな)

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