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共鳴:REBECCA is our voice ⑤

 レベッカが小さく呟き、歌の余韻が静かに消えていく。しばらくの沈黙。

 愛は深く息を吸ってから静かに言葉を置いた。


「……ねえ、レベッカ。あなた、もう気づいてるんじゃない? あなたの“声の還る場所”のこと」


 レベッカが小さく息を呑む。愛は続ける。

「わたしたちはあなたの歌声に心を撃ち抜かれた。でもそれだけじゃない。あなたがこの歌に込めた“孤独”も、ちゃんと届いた。だから――このままさよならなんて言わせないよ」

『………………』

 レベッカは画面越しにそっと目を逸らす。けれど、何も言い返さなかった。


「……レベッカちゃん。あなたの五線紙はまだ空いてるよ? 続きを一緒に書いてくれたら、私は嬉しいな…」

 圭が穏やかな口調でパソコンのマイクに口を近づけ、また日本語のまま伝える。レベッカに、優しさを。


「あたし、あなたの言葉をもっと聴きたい。あなたの痛みを、歌詞に乗せたい……。これから、もっと……もっと! だから、一緒にあなたの音を創ってみませんか?」

 優も少し身を前に乗りだし、まだ見ぬ彼女の輪郭を思い描きながら伝える。レベッカの、未来を。


 画面の前でレベッカは小さく笑うと俯き、目を伏せる。

『………………』


 愛はまっすぐに、だがその声は決して優しすぎずレベッカへ向けた。

「もし“歌うこと”が誰にも届かないって思ってるなら――それはあなただけじゃない。

 わたしたちもそうだった。

 でも今は違う。

 あなたの声が加わって、初めて――わたしたちの音になる。

 あなたの居場所に、わたしたちがなる。

 ――そう思ってるの、わたしだけじゃないよね?」


 愛は優と圭の顔を交互に見やり頷くと、二人は同じように強く頷いた。


「……そんな、簡単に言わないでよ」

 スピーカーから溢れてきたレベッカの少し震えた声。愛はそれを掬うように間髪入れずはっきりとした声を差し伸べる。


「簡単になんか言ってない。これは、わたしたちの本気。あなたがこのわたしたちのバンドという空に来てくれるなら――あの空の“声”は、もう迷わない」

 レベッカはそっと目を開け、画面の向こうにいるだろう今日の共演者たちのことを想う。


『……あんたたちのバンド、何ていうの?』

「え!? バンド名?」

 それは愛にも予想外な問だったので少し声が裏返り素で日本語で返してしまった。

『うん』

 レベッカが悪戯っぽく微笑む。


「えー…と……。そう言えばまだ決めてなかったね?」

 愛は苦笑しながら圭と優の顔をそれぞれ見やる。二人も愛の笑顔を見て緊張がほぐれたのか、同じく苦笑で返した。

「じゃあさ、今決めない?」

「丁度四人揃ってますし」

 圭と優がそう提案してきた。愛もそれに同意するように頷く。

「うん、いいね! みんな、何か良い案ある?」

 愛が画面の向こうにいるレベッカにも聞こえるように尋ねると、慌てたような反応がスピーカーから伝わってきた。


『ちょ、ちょっと! わたしまだやるって言ってな――』

 愛は笑いながらその言葉に被せて返す。

「そうだよねー、レベッカの意見も取り入れなきゃだね! んーと……『支配からの解放』、『放たれた自由』……」

『こらAi! 聴きなさいよ!』

「解放とか、自由とか、なんだかロックっぽくていいね!」

「自由……解放……『Liberty』、『Liberal』……」


 圭と優もそれぞれバンド名を思案し始める。レベッカが画面の向こうで頭を抱える姿が目に浮かぶようだった。

 そんな光景を横目に見て、愛はくすりと微笑みながら、マイク似向かって優しく語りかける。


「ねえレベッカ。あなた言ってたよね? 自分は空を漂ってる“糸の切れた凧”だって」

『!』


 愛のその言葉にレベッカは過去の出来事を思い出し、瞬時に心を冷たくした。

『糸の切れた凧……。でもそれって、孤独と紙一重じゃない…』

 その声に、空気が少しだけ静まる。それを愛が拾う。

「そうかもしれない。でも――その糸を誰かが掴んでいれば、孤独じゃない。飛べるよ」

『……糸?』

「うん、レベッカ。あなたのその凧糸、わたしたちがちゃんと結ぶよ。一人で飛ぶのもいい。誰にも束縛されずに、自由で………。でも、孤独だ。それは……寂しいよね」


 愛は、少し間を置いて、言った。

「わたしもね、ついこの前まで、同じだったの……」

『……』

「軽音部でそれなりにみんなと楽しく演ってたし、ギターも誰より上手かった。でも、それだけだった」

『……それだけ、って…?』

 レベッカの困惑の声。愛は遠くを見つめながら思い出を語る。


「そう。わたしがギターを弾く理由はいつも、“聴いた人に音を届けたい”だったんだよね。でも、それは本当にわたしの気持ちだったのかな? “誰かのため”とか言って、いつの間にか“自分のため”になってて……」


 画面の向こうでじっと耳を傾けているレベッカに優しく微笑みを返すと、愛は再びマイクに向き直った。


「それを気づかせてくれたのが、今わたしの隣にいてくれてる圭ちゃんと優ちゃんなんだ。

 圭ちゃんが言ってくれたんだ。

 “わたしのやりたいことをやれ”って。

 優ちゃんが聴いてくれたんだ。

 “それこそわたしの音だ”って………。

 嬉しかったよ。

 わたしは“わたしのために”演っていいって言ってもらえて…」


 愛はわずかに目頭を熱くさせながら画面の向こうのレベッカを見つめる。

「……あなたの声が空の上で迷子になるなら――その声を引き戻す糸を、わたしたちが結んでいたいの。ねえ、レベッカ。“帰る場所がある”って知ってると、安心できるでしょう?」


 スピーカーからは何も聞こえてこないが、愛の目には彼女が今どんな顔をしているのかはっきりとわかった気がした。

 そしてそれはきっと、優と圭も同じなのだろう。

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