EP4-3:トアルグウゼン
休日の昼過ぎのデパートは人で溢れかえっていた。偶にしか来ない場所だけに鳩子は少し戸惑いつつも、目的の店へと歩みを進めて行く。
(確かこの辺りだったはず…)
人通りが多い中、キョロキョロと辺りを見渡しながら歩いていると、お目当ての店を見付けた。
(ここここ。今更だけど、少し夏物見たかった。セールしてるかな?)
そこはハイティーンから三十代くらいまでのデザインを幅広く取り扱っているアパレルショップだった。
鳩子が店内に入ると店員が明るい声を掛けてくる。
「いらっしゃいませ」
鳩子は一瞬ビクと反応するも、小さく会釈を返す。店員がそれ以上声を掛けて来なかったことに鳩子はホッとして店内を物色し始めた。
(あ、この服いいかも)
鳩子は夏物のロングカーディガンを手に取りながら思わずそう呟いた。
それは白地に同色の白で刺繍があしらわれた涼しげなものだった。
(…でも、今着てるのとそんなに変わらないか)
鳩子は手に取ったその服を再びハンガーに戻し、他の服を見始めた。
「……」
少しして、また鳩子の目が別の服で止まる。
(あ。これ可愛いな)
それは白地に淡いベージュのレイヤーが入ったモモンガブラウスだった。
(……うん、試着だけなら)
そう自分に言い聞かせて、鳩子はその服をハンガーから外し店員に声を掛けた。
「あの…」
「はい、いらっしゃいませ」
「この服、着てみたいんですけど…」
鳩子がそう言うと店員はにこやかに笑い、「かしこまりました」と言って試着室まで案内してくれた。
カーテンを閉め、鳩子は服を脱ぎ始める。そしてモモンガブラウスに袖を通した。
(うん。ふっくらしてて、可愛い)
鏡に映る服を見て思わずそう呟くと、鳩子はそのまま姿見の前で回ったりポーズを取ったりした。
「……」
しかし暫くして鳩子はその動作を急に止めてしまった。そしてそのまま自分の姿が映った姿見から目を逸らすように下を向く。
(…可愛いけど、やっぱり私には、似合ってないかな……)
鳩子はそのブラウスを着た自分を見つめ、眉間に皺を寄せた。鏡に映るその姿は無駄な肉がないと言えば聞こえは良いかも知れないが、鳩子自身嫌悪感を抱かずにはいられないほど痩せ細っていた。
身長があり手脚が長い分、余計にその痩せは強調される。胸がないのは仕方がないとしても、もう少し肉付きが欲しい。鳩子は自分の身体を見る度その様な自己嫌悪に駆られる。
(そもそも……私に、可愛い服は似合わないよね)
鳩子は着ていたブラウスを脱いで元の格好に着替え、少し気落ちした顔でカーテンを開ける。
すると、開けたカーテンの目の前にいた高校生くらいの二人組の女の子と目が合ってしまった。
「あ」
鳩子は思わずそう声を上げてしまい、恥ずかしくなり下を向いてその場を去ろうとした。そんな鳩子の背中に
「…先生? 花崎先生!?」
と、その女の子から声が掛かった。
「えッ?」
鳩子はおずおずと振り返る。そこに立っていたのは学校で何度か見掛けたことのある女生徒だった。
「やっぱり! 花崎先生! わあ、こんにちは! 先生もお買い物ですか?」
赤茶色のシャギーのセミロングに白いハーフワンピに膝下丈のタイトなハーフパンツ、編み込みのサンダルと、ガーリーなコーデに身を包んだ少し吊り目のスラッとした女の子だった。
その隣にいる黒髪の薄水色ワンピースの清楚コーデな小柄な子も鳩子の顔を見て気付いたようだった。
「あ、あー……」
鳩子は記憶を探りつつ、言葉を濁す。
「貧血で、偶に来る……鬼頭、さん…?」
「はい。鬼頭あかねです。こちらは友達の岸爽風さん」
「こんにちは。岸です」
あかねに紹介された爽風も釣られて恭しく鳩子に挨拶をした。
「あ、はい。こんにちは…」
鳩子は少し戸惑いつつもそう返した。するとあかねが鳩子が両腕で抱えていたブラウスに気付き
「あ、先生そのモモンガ着ました? 可愛いですよね! レイヤードだからキレイめでも着こなせそうですし、あたしもいいなって見てたんですよ」
と、食い気味で尋ねてきた。
「え? あぁ、うん…」
あかねの勢いに気圧されつつ鳩子がそう答えるとあかねはパッと顔を輝かせた。そしてそのまま勢い良く喋り出した。
「ですよね! 先生細くて身長あるからロンスカとかで合わせるとすごく似合いそう! いいなあー、あたしももう少し身長欲しかったなー」
「ふふふ……鬼頭さんも十分身長あると思うけど……私より一〇センチも高いし…」
隣りにいた黒髪の少女、岸爽風が恨めしそうにあかねの方を見ている。
「岸さんはその身長、可愛くていいと思うけど? 守ってあげたくなると言うか」
爽風にそう返すと、あかねは鳩子の気持ちを引き摺り出すように畳み掛ける。
「それに先生! 花崎先生もそれ着たら絶対可愛いですよ!」
「…そ、そうかな?」
あかねの勢いに気圧されつつも、鳩子は照れくさそうに応えた。
「じゃ、じゃあ、買っちゃおうかな…?」
鳩子はそう言うと、あかねに微笑を向けながらレジへと向かった。
会計を済ませ、ホクホク顔の鳩子を見てあかねが
「先生、よかったらこの後あたしたちとお茶しませんか? 岸さんも是非にって」
と、声を掛けてきた。その横で爽風も微笑んで鳩子を見ている。
時刻はまだ十五時前。鳩子はふと腕時計を見やり、少し考え込んだ後
「うん。いいよ」
と、応えた。目は前髪に隠れていて見え難いが、嬉しそうに弧を描くその小さい唇を見てあかねと爽風はお互い顔を見合わせ笑顔になり、あかねは嬉しそうに「やった」と漏らした。
「え?」
あかねの言葉を鳩子は疑問に思い、思わずそう返した。
「保健室での先生、いつもカッコよくて、ずっと憧れてました!」
と、あかねは満面の笑みで鳩子に言った。
あかねの言葉を聞きつつ、その「かっこいい」と言う言葉に、鳩子はつい先日保健室に訪ねて来た金髪の男子生徒の顔を思い出していた。
「え? か、かっこいい? 私が…?」
鳩子が少し戸惑いながら返す。
「だからお話ししてみたいなーって思ってたんです! あたし、保健室行く時は大体重くてダウンしてるんで」
と、あかねは無邪気な笑顔で言う。その横で爽風も微笑んでいる。
「そ、そうなんだ」
鳩子は戸惑いつつも少し赤面し、あかねの勢いに押されてそう返した。するとあかねがパッと顔を輝かせる。
「あ、じゃあ早速行きましょう。先生、お勧めのカフェとかあります?」
「え? あ、うん。ここから近くだと……あるよ。行く?」
「行ってみたいです!」
「私も行ってみたいです」
鳩子の言葉にあかねと爽風はそう返す。
「うん。じゃあ、行こうか」
そう言うと鳩子は二人を連れてカフェへと向かった。




