魔法と学問の神
本日、10話同時更新。
この話は9話目です。
レナフから帰ってちょうど一ヶ月が経過。
目を覚まして表に出ると、朝の清々しい青空が目に入った。朝はまだ涼しいが、最近の昼間は暑いくらいの日差しが続いている。今日もじきに気温が上がってくるだろう。冒険者ギルドでは氷魔法を使える冒険者が稼ぎ時だと意気込む姿をよく見かけるようになってきたし……もう夏だな……
ここ数日は長旅に備えて納品用の防水布を作り溜めていたから、よりいっそう清々しく感じる。こんな良い天気の日を坑道に篭って過ごすのはもったいない。
……ちょうど作業も一段落したし、今日は休みにするか!
……と、勢いで決めたものの特に予定もない。だからなんとなく自分の店に顔を出しに来てみれば、店の扉は閉まっていた。
そういえば今月から定休日を導入したんだったな……
自分の店の事なのに、うっかり忘れていた。仕方がないので適当に街を歩こうと思った時。
「おや、リョウマ君じゃないか。何やってるんだい?」
お隣から声がかけられた。
「ポリーヌさんおはようございます。店も休みなので適当に街をふらついているだけですよ、今日はいい天気なので家に篭ってるのは勿体無いと思って」
言いながら歩み寄ると、ポリーヌさんは笑っている。
「確かに。こんないい天気なら部屋に居るのは勿体無いね。そうだ、せっかくだしうちの旦那の店に寄って行きなよ。いつものスライムの餌、取ってあるからさ」
「いつもありがとうございます」
ポリーヌさんについて行き、ジークさんの店で廃棄する血と肉と骨を貰う。夏が近づいて肉が悪くなりやすくなったのか、若干肉の量が多くなっているようだ。
彼らにはお世話になっているし、冷蔵庫でもあげようか? ……いや、そうすると俺が忙しくなるな。店の冷蔵庫も俺がこの街に居ない時はただの箱になってるし、やはり冷蔵庫のプレゼントはダメだ。
そんな事を考えていると、突如店の中に大きな声が響く。
「かーちゃん!」
「そんな大声出さなくても聞こえてるよ!」
声の主はポリーヌさんの息子。やんちゃ坊主のリックだ。
「リョウマもいたのか」
「おはよう、リック」
「挨拶くらいちゃんとしな!」
軽く小突くポリーヌさんと小突かれた所をさするリック。
「で、何だい?」
「そうだった! トールが来たから行ってくる!」
「おや、もうそんな時間かい」
「リックは何処かに出かけるのかい?」
「何だよ、リョウマ知らないのか? 今日は教会の清掃日だろ?」
「2ヶ月に1回、この街の教会の掃除やら雑用やらを街の子供達がやるのさ」
「神様に感謝して、俺たちが教会をきれいにするんだ!」
地域の清掃活動みたいなもんか……
リックの言葉にちょっと感心していると、ポリーヌさんが苦笑いでこう言って来た。
「騙されちゃダメだよ、うちの子がそんな立派な事言う訳無いだろ。どっかで聞き齧った事を適当に言ってるだけさ。リックの目当ては掃除の後に出るお菓子だよ」
あ、リックがそっぽ向いた。図星か。
「それより、リョウマは掃除に行かないのか?」
「清掃日の事自体、今初めて聞いたよ」
ふむ……地域の活動なら参加した方が良いかな? どうせ今日は何も予定無いし。
「僕も行って良いんでしょうか?」
「そりゃ別に構わないよ」
「それじゃ僕も行ってみようかと思います」
「よし! だったらついて来い!」
元気に右手を上げて歩き出すリック。俺はポリーヌさんに一言挨拶をしてその背中を追った。
「リョウマ! おそいぞ!」
「今行きますよ」
リックは言葉こそ生意気だが、ちゃんと俺が来るまで待ってくれる。将来は意外と面倒見の良い兄貴分になるのかもしれない。
そんな事を考えていると、表でリックを待っていたレニとトールが合流。そして教会に着くと、いつか見た修道服の少女から看板に従って礼拝堂に行くようにと指示を受けた。言葉通り教会のいたる所に、矢印の形をした看板が立ててある。これなら慣れていなくても迷うことは無いだろう。
礼拝堂には大勢の子供と、それを取り纏める女性が1人居るだけだった。対して子供はざっと60人。自由参加らしいが、街中の子供でこれは少ないのだろうか? 多いのだろうか?
とりあえず掃除が始まる時間まで座って待つ事になり、トール達と一緒に礼拝堂の椅子に座る。
すると目の前が光で……光!?
「…………何処だ?」
おかしいな……今日は祈ってないのにいつもの光が見えた。しかし周りを見ると、いつもの真っ白な空間でもない。
「図書館?」
周囲を木製の巨大な本棚に囲まれている。中身はぎっしり詰まってどれも重そう。……なのに本棚は地面の上だけでなく、空中に浮かんでいる物もある。これを見ると、ただの図書館じゃないと思うが……
「ふむ……私でも呼べたか」
聞き慣れない声がした。
上を向くと、いつの間にかそこに浮かんでいた痩せた青年が、ゆっくりと降りてきている。
……とりあえず挨拶だな。
「初めまして、私は」
「話は聞いている。お前が今回の転移者だろう? 今回はなかなか面白い奴が来たと評判だ」
それを知っているって事は、やはり神様か。
「私は魔法と学問を司る神、フェルノベリア。ここは私の領域だ。お前がこれまで他の神と会った場所と景観が違って驚いているようだが、神界には変わり無い。時間が経てば戻れるのでそれまで楽にしていると良い」
「ありがとうございます」
魔法神フェルノベリア……テクンが言ってた滅多に会えない神様か。どことなく気難しそうだ。少なくともテクンよりは。
「この程度は当然だ。お前が知る神々がここに生者の魂と意識を呼べたと言うので、私もこの機会に試してみた。勝手に呼び出した者を粗末に扱う事はせん」
聞くと俺が神界に来れる原因について調べていた所で、少しでも原因解明の手掛かりがあればと、都合良く教会に足を運んだ俺を呼びだしたそうだ。要は実験だったわけだな。
「幾つか質問をさせて貰いたいが、良いか?」
特に拒否する理由は無い。というか拒否も出来ないので素直に聞かれた事に答える。
内容は前世の事やこちらの世界での生活に関する質問から始まり、好きな食べ物等のたわいもない物から神界に呼ばれる際に何を考えているのか、戦争や奴隷に対してどう思うか等、多岐に及んだ。
とりあえず聞かれた事に答えているが、内容に規則性が見つからない。……そして、とうとう最後の質問らしい。
「協力、感謝する。最後の質問だが、お前はこの世界をどう思う?」
どう思うか……? 質問内容が漠然としてどう答えたら良いかわからないけれど……良い世界だと思う。勿論俺は世界中を見て回った訳じゃないし、この世界の情報にも疎い。でも、出会う人は殆ど全員が良い人で友人もできた。魔法やスライム等面白い事も多く、生活も充実している。文句などは無い。俺は心からこの世界に来て良かったと思っている。
「ふむ……なるほどな、良く分かった」
「あれ? 私、今声に出してましたか?」
「出しておらん、心を読んでいただけだ」
……自分じゃ本当に気付けないんだな、心を読まれるのは。
「すまんな、少し警戒していたので勝手に心を読ませて貰っていた」
「警戒?」
「残念な事だが、全ての転移者がお前の様な人間ではなかったのだ」
どうやら転移者の中には与えられた力に溺れ、罪を犯す者もいたらしい。また、悪気が無くても力の使い方を誤ったせいで無自覚に惨事を引き起こした者もいるので、初対面のフェルノベリア様はまず観察することにしたようだ。
まぁ、納得できる理由だ。自分らが与えた力で無闇に暴れられてはたまらないだろうし。
「その通りだ。明らかに危険な思想を持つ者は初めからこの世界に連れて来ない。しかし後々力に溺れてしまう者はどうしようも無いのだ。更に通常は転移した時点で手出しは殆どできなくなる。神託で犯罪行為を辞め、罪を償うように説得するのが精々だ。
世界を滅ぼしかねない事件を起こせば我々が直々に介入もできるが、そんな状況は滅多に無い。第一、そんな状況になった時点で既に手遅れなのでな。……理解を示して貰えた様で、助かる」
まだ思考を読んでたのか。
俺が考えていた言葉に対し、若干愚痴るように説明してきたフェルノベリア様が我に返り、一言そう言われた。
「これからも色々とやって行きますが、力に溺れる事が無いよう、気をつけます。……絶対とは言えないのが申し訳ないですが……」
「軽々しく絶対と言い切る奴ほど信用ならん。私の話を真摯に受け止めたからだと思っておこう」
「ありがとうございます。これからも精進します」
その言葉を聞いた直後、いつもの光が輝き始めた。
「どうやら時間の様だな。最後に1つ言っておく。お前の身に起きている異常だが……実はそれほど特別な話では無い。地球からの転移者に限られるが、多かれ少なかれお前と似たような傾向はあった」
異常って、この世界に来れたり神器を持って行けたりした事だよな? 本当に?
「原因こそ解明できていないが、人間には不可能だったはずの物事を可能にした者は過去にもいる。お前は何故かその傾向が顕著に現れているだけだ。ガイン達も前例があったからこそ、お前に肉体と精神には問題ないと言う事ができていたのだ。他の者達にもその傾向はあったが、突然死や突如精神を狂わせた者は居ない」
そういえば前にクフォから聞いた聖女は死ぬ時、世界から病気を無くしたと言っていた。確かに人間業じゃない事をやっている。
……自分では特に気にしてないと思っていたけど、実は気にしていたんだろうか? 今の言葉を聞いてかなり安心した自分がいる。
「教えて頂き、ありがとうございます」
同時に光が体を包み、直後に意識が礼拝堂に戻ってきた。
……言葉は届いたんだろうか? 別れのタイミングが分からないから何か不安になるんだが……
思っていた事が顔に出ていたのか、横に居たトール達に何変な顔してるの? と聞かれてしまった。
突然のことでこの3人の事を忘れていた……




