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街中で

本日、10話同時更新。

この話は8話目です。

 翌朝


「店長、お客様がいらしています」

「お客様?」


 店に顔を出して早々客が待っていると伝えられた。


「ミーヤ様が実験の事でお話があると」


 なるほど。それならと納得して応接室へ向かうと……


「失礼します」

「リョウマ! 待ってたにゃ!」

「おはようございます。すみませんお待たせして」

「こっちこそ突然すまにゃい。でもこの吸臭液の代わりがどうしても欲しいのにゃ」

「ということはもう効果が切れましたか」


 詳しく聞いてみると、持続時間は一昨日の昼に設置してから、翌日の夜には感じられなくなったという。だいたい一日くらいか?


「朝は効いてましたか?」

「それは間違いにゃい。この液は凄いにゃ。完璧にゴミ捨て場の臭いが消えて、あまりにすがすがしいからつい深呼吸をしていたくらいで……ごみを捨てに来た近所の人に変な目で見られたにゃ……」

「それは……」


 想像してみると、確かに変な人に見えそうだ。


「でも実際ゴミ捨て場に近づいたらその人も臭いがにゃい事に気づいて、ちゃんと分かってくれたにゃ。その人も効果を実感したから、朝まで効いていた事は確実にゃ」

「なるほど。しかし持続時間が一日……やっぱり短いな」

「にゃ? 分かってたのかにゃ?」

「ある程度は」


 生まれた直後の実験の段階で判明していた事だが、デオドラントの吐く液の効果には限界がある。たとえばここにある効果の切れた吸臭液の袋を鑑定すると……


 吸臭液袋

 デオドラントスライムの吸臭液を詰めた袋。

 内部の吸臭液が臭い成分を限界まで吸着したため効果を失っている。



 こうなった。


 見て分かる通り、これは臭い成分を限界まで吸着しているからこれ以上の吸着ができない。そしてこの吸着できる容量が、吸臭液は比較的少ない事が分かっていた。だからクリーナーの消臭液よりは持続しても、長くて一週間程度。それほど長期間の効果は無いと予想していた。


「ただその実験はスカベンジャーの強力な悪臭を使って行ったので、一般家庭での環境下でどれだけ持つかが分かりませんでした。だからそこを調べるためにミーヤさんにお願いしたんです」

「にゃるほどにゃ~……じゃあもっと長く効くやつはにゃいの?」

「それなら今度は脱臭液を試していただけますか?」


 同量の液をスカベンジャーの悪臭の中に置いて行った実験では、吸臭液が数分で効果を失ったのに対して脱臭液は1時間近く効果を保ち続けていた。しかし同時に脱臭液は臭い成分を周囲から集める力が弱いことも分かっている。


 持続力は高いが、広範囲には効きづらい。それが脱臭液の特徴なのだ。


「分かったにゃ。前と同じところに置けば良いにゃ?」

「よろしくお願いします」

「任せて欲しいにゃ。個人的に早く完成させて欲しいから協力は惜しまにゃい!」


 そう言って、ミーヤさんは脱臭液の袋を持って帰った。


「完成か……」


 実は完成の形はもう見えている。ヒントどころか答えが目の前にあったから。


 俺が目を向けると答え……もとい脱臭液を吐いてもらったデオドラントが体を震わせた。


 デオドラントスライムはいまさら説明するまでもないが、脱臭液や吸臭液を体内で合成することができる。そして吐き出せる液と同じ能力を持つ。そして吐き出される液は、クリーナーの物と違い、混合や希釈ができる。


 だったら混ぜてしまえばどうだろう?


 周囲から臭い成分を集める効果が高い吸臭液。臭い成分を多く蓄えることができ、他のものから臭い成分を奪える脱臭液。この2種類の液を混ぜてしまえば、双方の弱点を補うことができそうだ。他にも別の何かの材料に使う、ということもできるかもしれない。


 まぁ商品化するにはデオドラントが少なすぎるから、当分先の話だけども……おっ。


 デオドラントが机に置かれた使用済みの吸臭液袋を取り込もうとしている。吸着した臭いを食べるつもりのようだ。


 ……吸臭液ってデオドラント的には餌を捕るための罠なんだろうか?


 デオドラントについて考えを巡らせたまま、ゆっくりと時間が流れていく……













 店の仕事と昼食の後。実験協力者の所をまわって液の状態を聞いてみたところ、ミーヤさんのお宅以外はまだ効果が続いていた。やはり彼女の家は立地条件が悪いのだろう。



 肉屋を営むジークさんの店でもまだ効果が残っていたのに……と、ちょっと失礼なことを考えていたら目的地に着いた。


「お邪魔します」

「いらっしゃいませー」


 店内に入った途端、右から声がかかった。目を向けるとカウンターに頬杖をついた若い男がいる。あまり熱心そうではない。


「あれ? 君、もしかしてバンブーフォレストの子じゃない?」

「はい。リョウマ・タケバヤシといいます。うちの店をご存知ですか?」

「ご丁寧にどうも。僕はダンスベル。見ての通りこの本屋で働いてる。親父に店番押し付けられてるだけなんだけど。あと君の店には最近うちもよく世話になってるよ。欲しい本があるなら、言ってくれれば探そうか?」


 意外と饒舌だった彼が目を向けたのは、暗めの店内に所狭しと並べられた本棚。そこに隙間無く本が詰め込まれている。この中から目当ての本を探すのは大変そうだ。


「お願いできますか? これと決めた物は無いですが、薬草の図鑑や薬に関する本を探しています」


 薬だろうと毒だろうと、作るためには知識と技術が必要だ。薬学の知識自体はすでに持っているが貰い物。この機会に基本から学ぶのは悪くない。しかし誰かに弟子入りするほどの時間はない。だから参考書籍が欲しかった。


「だったらこっちだね、ついてきて」


 そのままカウンターとは反対側の角に近い棚へ案内される。


「このあたりが薬関係の本棚だけど、君が読むの? この手の本ってだいたい難しいけど」

「祖母から一通りのことは学んでいますから、おそらく大丈夫だと思います。ただ基本的なことから確認していきたいので」

「ふぅん、そういう事なら……無難なのはこのあたりかな」


 取り出されたの3冊。内2冊は分厚い薬草図鑑と毒草図鑑。残りの1冊は薬品の調合に関する解説書(基礎知識)だった。どれも表紙に医療ギルド監修の文字が記されている。内容の信頼性は高そうだ。


「3冊でおいくらですか?」

「えっ、全部買う気?」

「お値段しだいですが……できれば。何か問題が?」


 店員の男性さんは首を振った。


「考えてみたら君の店、儲けてるみたいだしね。売れるならいいんだ。本は高いから気軽に買ってくれる人は少なくてさ」

「そんなに?」

「まー……長期保存が利く紙だと、安いので1枚10スート位はするじゃない? 本はそれが数百枚束ねられたようなもんだからね。まずそれだけで数千スートはいくし、さらに内容を書き込むインク代とか、執筆者の取り分だとかまぁ色々かかるから」


 ちなみに提示された本は全部合わせて15,000スート。俺にとっては問題ないが、確かに高価だ。普通はあまり気軽に買えるものではないのだろう。


「だったらついでにこれと、これはどう?」


 お金を持っているのなら、と他の本も薦めてくる男性。しかしその中にギルドの監修を受けたものは無い。個人が自費出版したものだろう。


「とりあえずこの3冊だけいただきます」

「そう……仕方ないか」


 彼は無理強いはせず、速やかにお会計を済ませてくれた。


「また必要な本があったら来てくれよ? 売れない本なら多少サービスもするからさ。気軽に顔を出してよ」


 カウンターで気だるい感じに戻った彼に見送られ、俺は店を出る。


 悪い人ではなさそうだ。本に満足できたら、また来てもいいかもしれない。


「っ、何この臭い……」


 いきなり臭い風が流れてきた方を見ると、大量のゴミを乗せた荷車を引く子供たちがいた。しかもその中に見知った顔がいる。


「こんにちは。ウィスト君だよね?」

「あっ、た、たしかリョウマ、君?」


 先頭で荷車を引いていた大柄な少年へ声をかけると、覚えていてくれたようだ。


「おーい! なに止まって……リョウマか?」

「ご、ごめん!」

「こっちこそ、邪魔してごめんね」


 ウィスト君は、荷車の後ろから出てきた歳のわりに小柄な少年の声でまた歩き始めた。


 大猿人族のウィスト君に、小猿人族のべック君。以前廃坑の討伐依頼に参加していた内の2人だ。


「ごめん。急に呼び止めてしまって」

「別に怒ってねぇよ。お前にもウィストにも。あいつがビビりすぎなんだよ」

「そうか。相変わらずだな」

「それで何か用か? 歩きながらで良ければ聞くけど」

「見かけたからつい声をかけただけだけど………今日は仕事?」

「あいつらの監督だよ」


 監督。確かにゴミを運んでいる子供たちはウィスト君を除いて幼なそうだ。


「運んでるあれ、街のゴミか?」

「そうだ。あれを街から回収してスラムの処理場に持っていくのがあいつら……ってか、スラムのガキがよくやる仕事なんだよ」

「へー、運んだゴミはどうなる?」

「処理場で大人が焼くか町の外に運んで埋めてるはずだ。俺らも冒険者になる前はやってたけどさ、火を使ったり外に行くのは大人の仕事だったから詳しくはしらない」


 きっと魔獣とかを警戒しているのだろう。


「街中でも馬車とか人には気をつけないと危ねーけどな。大人なら朝早くとか夜遅くにやったり……昼でももっと楽に運べるけど、あいつらはまだ無理だから手が空いたら見るんだよ。ルースとか他のやつも別の所について行ってる」

「……ってことは別に依頼も何もなくて、自主的に見てるのか」

「俺たちがやってた時も冒険者になった先輩が見に来てたしな。別に普通じゃねーの?」

「普通かどうかは知らないが、立派じゃないか」


 彼らの儲けにもならないかもしれない。けれど幼い自分が面倒を見て貰った恩を忘れず、今度は自分より下の子供の面倒をみる。彼らはそうやって一つの集合体として、お互いを助け合い生活をしているのだろう。


 そしてこれを本当に当たり前と思っているのであれば……金銭的には貧しくとも、精神的には豊かなのではないだろうか?


「立派って……なんだよその生暖かい目は」

「他意はない。本当に立派だと思っただけだ」

「んだよ気持ち悪りぃな……」

「ごめんごめん。それじゃ僕は失礼するよ」


 初めて会ったときは色々あったが、きっと彼らは大丈夫だろう。よく見れば前より顔色も良くなっている気がする。少なくとも以前のような張り詰めた雰囲気はもう感じない。これからもそれが続くことを祈り……俺は1人、家へと帰ることにした。

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