実験
本日、10話同時更新。
この話は6話目です。
2日後。
まだ用事があると言うセルジュさんと別れ、一足先にギムルに帰ってきた。
到着が夜遅い時間になってしまったため家に直帰。従魔の世話をして後は寝るだけと思っていたのだが……そうもいかなくなってしまった。
廃坑内の部屋には俺と、クリーナースライムが一匹。先日店から引き取ったスライムの内1匹が、思っていたより早く進化を始めている。これで寝ていられるわけがない。
クリーナーが魔力の放出と吸収を繰り返すごとに、透明な体が少しずつ黒ずんでいく様子を見ながら、まだかまだかと進化の完了を楽しみに待つ。それだけで時間が過ぎていく……
「おっ! 終わったか」
魔力は静まり、スライムは室内を這い始めた。体色は全体的に光沢の無い黒一色。まるで粉砕した炭を練って団子状にまとめた“炭団”のようだ。しかし体をよく見るとスライムと同じゼリー状。光沢のない黒い粘液と言うのが正確かな……?
さて、それでは種類の確認といこう! 魔獣鑑定っと……おっ。
デオドラントスライム
スキル
吸臭Lv8 脱臭Lv6 消臭Lv8 防臭Lv5 悪臭放出Lv2 刺激臭放出Lv2 吸臭液Lv7
脱臭液Lv5 消臭液Lv7 防臭液Lv4 悪臭液Lv1 刺激臭液Lv1 病気耐性Lv5
毒耐性Lv5 物理攻撃耐性Lv1 清潔Lv4 清掃作業Lv1 ジャンプLv3 分裂Lv1
「デオドラントスライムか。カーボンかと予想してたけど、そっちにいったか……」
この能力。デオドラントは臭いに特化したスライムだろう。“臭”とつくスキルばっかりで分かりやすい。とりあえず一通り検証できることは検証するか。臭いだし、外で……
こうして場所を移して調べた結果、以下のことが確認できた。
吸臭は空気中のにおいを吸い取るスキル。
脱臭は接触した物体からにおいを吸い取るスキル。
この二つは似ているが、効果を及ぼす範囲が違う。
消臭は文字通りにおい消しで、防臭はにおいを抑えて他の物へ移るのを防いでくれる。
悪臭放出は実験に協力してもらったスカベンジャーと同じく、悪臭を出す能力。
刺激臭放出も悪臭から刺激臭に変わっただけ。毒性は無し。
ただ少し嗅いだだけでも涙が出そうになるくらいの刺激があったので、注意は必要。
刺激臭放出は成長したら催涙弾レベルになる可能性あり。
○○液のスキルは、○○に入るスキルと同じ効果を持つ液を吐けるだけ。
液は総じて体と同じ黒一色かつ粘度が高く、個人的には泥と表現した方がしっくりくる。
残りはクリーナーから持ち越している能力で、差異もない。
最後に肝心の餌だが……どうも炭と汚れの片方ではなく、どちらも食べるようだ。
「カーボンにならなかったのはそのあたりが原因かもな……液についてもう少し調べるか」
悪臭と刺激臭は除いて、デオドラントの吐ける液を採取。
比較対象としてクリーナースライムの消臭液も用意して、鑑定と薬品を使って調べてみる。
「……クリーナーとはちょっと違うな」
クリーナーの消臭液はコーキンさん達と検証の末、店の商品として採用されている。濃度によって一番効果の低い“ノーマル”。それより強力な“スーパー”。最強の“ハイパー(原液)”の3つがあるが、どれも液を対象にかけるか塗るかして使う。
だがデオドラントの消臭液を同じように使うと、対象物を黒く汚してしまう。衣服などの消臭剤としては使いづらいだろう。しかしデオドラントの消臭液には“人の手で希釈・他の液と混合できる”という特性があった。
この性質はクリーナーの液にはない。なぜかは分かっていないが、後から水やその他の液体を加えると消臭効果が著しく減退する。だから店売りの3種類は全てクリーナーに頼み、体内で希釈してもらっているのだ。
「炭で成分が変化……安定したのかな?」
鑑定しても答えは出てこない。謎は謎のままだが可能性は広がる。
「吸臭液、それに脱臭液は要チェックと」
クリーナーの消臭液には、希釈できないことのほかにも問題があった。効果が絶大なのは確かだが……よく消臭液を大量購入してくれる猫人族の女性はこう言っていた。
「これを撒くとゴミ捨て場の臭いが消えて助かるにゃ。でも、次にゴミが集まって来たらまた臭うのにゃ……」
ほかにも靴の消臭に役に立つけど、履いていたらまた臭くなると言っていた人もいる。
クリーナーの液で消臭できるのは液の接触面とその付近のみ。効果の持続時間もそれほど長くは無いため、広い場所や次から次へと臭いの元がやってくる環境では対処しにくい場合もあった。
消臭液はいまや、獣人族など嗅覚の鋭いお客様を中心に売れ筋商品となっている。そこに従来の消臭液で対処しにくい臭いにも対処できる商品を提供できれば、さらなる利益につながるだろう。
問題は吸臭液と脱臭液の効果と持続力だが……効果はともかく持続力を調べるには相応の時間がかかる。この廃坑だけじゃなくて一般家庭で使えるかも確かめないと商品にはできないし……今日のところはこれくらいにしておこう……
「……ひと汗流そうかな」
時計の針が、のんびり用意をすれば出社にちょうど良い時間を刺していた。
「というわけなんですよ」
「そのまま一睡もせずに来たのですか……」
今朝までの話をまとめて報告したら、カルムさんに呆れられた。
「つい止めどころを見失ってしまって。で、ですね。これの実験を店でやってもいいでしょうか?」
「この袋……中身は例の吸臭液ですか? 危険が無ければ大丈夫だと思いますが」
「この吸臭液がこの状態で効果を発揮するか。実際に人が活動する環境の中でどれだけ効果が持続するかを調べたいので、基本的にしばらく置いておくだけですね。今のところ液が臭いを吸着することは確認できていますが、どうも液の量で吸着できる限界があるみたいで、スカベンジャーの悪臭だとすぐに限界が来るんです」
「限界を超えると効果が無くなる、と?」
「はい。スカベンジャーの放つ悪臭が強すぎる可能性もあるので、ひとまずいろいろな場所に置いて情報を集めます。毒性もないので危険はありません」
「でしたら反対する理由はありませんね。上手くいけば新たな商品になりますし、よい結果になることを願います」
「それでは今日はこれで。実験に協力してくださりそうな方の所を回ってみます。……あ、忘れてた。これ、今回のお土産です。ケレバンで最近評判と聞いた焼き菓子です。少し食べてみましたが、甘さ控えめでおいしかったですよ 」
「ありがとうございます。これは女性陣が喜びそうですね」
カルムさんにお土産を配るように頼んで、俺はお隣の花屋へ向かう。
「こんにちは、ポリーヌさん」
「リョウマ君じゃないか。最近見なかったけど、元気だったかい? 」
「立て続けにレナフとケレバンへ行ってまして。もちろん元気でしたよ。それからこれ、旅先のお土産です。焼き菓子なので日持ちはしますが、早めにどうぞ」
「おや、良い物をありがとうね。子供らが喜ぶよ。わざわざこのために?」
ここで吸臭液のテストに協力してもらえないかを頼んでみると……
「いいよ」
二つ返事で引き受けていただけた。
「リョウマ君の所にはしょっちゅうお世話になってるからねぇ。新商品にも期待できそうだし、小さな袋1つ置いておくくらいなら問題ないさ」
「ありがとうございます。何か不具合があれば、それも教えていただけると助かります。改善してよりよい商品を作る参考になりますから」
「なら、何かあったらビシバシ文句を言わせて貰おうかね」
ポリーヌさんは豪快に笑っている。
「そうだもう1つお話が。こちらにダンテの花は置いてますか?」
「ダンテなら今朝仕入れたのがあるよ」
言いながら花が並ぶ一角へと向かい、入れ物を1つ持ってきた。入っているのは黄色い数十輪の花束。茎と花が全体的に大きめで花弁はつながっているが……色は黄色くてタンポポっぽさを感じる。
これがダンテか。目的の花は見つかった。しかしよく見ると、ここにあるのは全部切り花になっている。肝心の根がついていない。
「これの根っこは?」
「仕入れの後に切り落として捨てたけど……なんだ、欲しいのは根っこなのかい?」
「はい、ダンテの根を煎じた飲み物が故郷の物に似ていて」
「悪いけど今日仕入れた分はもう捨てちまったよ。次の入荷はしばらく……待った。前に芝生を生やしてたね? ってことは木魔法を使えるかい?」
「はい、使えますが」
「だったらこっちはどうだい? ダンテの種。咲いた状態で入荷するのは一週間ぐらい先になるよ」
「十分です。おいくらですか?」
「1袋50スートだね」
中身を見せてもらうと、ひまわりの種に似た形状の種が数十個くらい入っているようだ。でもお茶にするとなると……
「1袋だと少ないかもしれませんね」
「うちのは趣味で育てる人向けだからね。小分けにしてるんだ。在庫はその袋が30個分あったはずさ」
「じゃあ……最初は実験ということで、10袋お願いします」
「はいよ。今用意するからね」
10袋を全部成長させれば失敗した場合の予備を考えても十分な量になるだろう。大量生産はできることを確認してからでいい。……おっと、お金お金。
「はい。全部で500スートね。木魔法を使うなら魔化には気をつけなよ」
「魔化……とは?」
「木魔法で植物を生長させた時に、植物がおかしくなる事さ。お偉い学者の先生方はもっと小難しい呼び方をするらしいけど、とりあえず本来の物と色や形が違ったり、毒を持ったり、魔獣みたいに動き出したりするんだと思っとけばいい。なんでも魔力が影響してそうなるらしいよ。魔化しやすい植物、しにくい植物とか色々あるらしいけど……専門家じゃないとそこまでは分からないね」
「そうなんですか、初めて知りました」
「あはは。まぁ数人がかりで魔法をかけるとか、相当な魔力を使わないとならないらしいしね。滅多にある事じゃないみたいだから大丈夫でしょ。それよりその飲み物、美味しくできたら教えておくれ。買ってくれるなら花でも種でもじゃんじゃん仕入れるからさ」
「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」
魔化か……聞いた感じだと変化は色々あるみたいだ。どう変化するのか少し興味がある。いつかそっちの実験をしてみてもいいけど……今はタンポポコーヒーが先だな。
買った種を大切にアイテムボックスへしまい、花屋をおいとまする。
さて、次は肉屋で吸臭液実験の交渉とあわよくば血も貰って、その次はミーヤさんの家に。それから……レイピンさんはどうだろう? あと……
こうして俺は、実験に協力してくれそうな方々を訪ねて回った。




