試作と評価
本日、10話同時更新。
この話は3話目です。
「お疲れ様でした」
「セルジュさんも」
ディノームさんの孫自慢を一緒にやり過ごしたセルジュさんと町を歩く。
彼が上手く話の方向を他所に向けてくれたおかげで、空はまだまだ日が高い。
「それにしても、リョウマ様は随分と気に入られましたな。見事なお手前でした」
「僕はただ角が立たないようにするので精一杯で。セルジュさんこそ流石の話術です」
なんだこの越後屋と悪代官のようなやり取りは……
「ところでそれはどうなさるおつもりで?」
「どうしましょうか……」
俺の手の中には、小箱に収められた歯車が1つ。気を良くしたディノームさんから“未来の有名魔法道具職人の記念すべき始まりの一品”だと言われていただいた。……はたして値はつくのだろうか?
「実際どのくらいなんでしょうか? そのお孫さんの才能とか……」
「そうですな……親の真似をして、幼い子供が自然に覚えた魔法を使ってしまう例はたまにあります。珍しいことですし、才能の片鱗である可能性はありますな。ですが将来的にその方向に才を発揮し続けるかは……」
「ですよね……」
「まぁ……今でこそ丸くなっていますが、昔のディノーム殿はそれはそれは気難しい方でした。ですがそれは仕事への責任感の裏返し。お弟子さんへの指導も厳しかった。贔屓目を考慮しても、彼が認めたなら見込みはあるでしょう」
その期待が将来お孫さんの負担にならない事を祈ろう。
「ところでセルジュさん、気になっていたんですが、護衛の方は? 1人で出歩いて危なくないですか? この街、治安が悪そうですし」
大きな商会のトップなら1人くらい護衛をつけてそうなのに、誰も見あたらない。
隠れてついてきていると言うわけでもなさそうだし……
「この街には数え切れないほど滞在していますからな。日暮れ前であればほとんど危険はありませんよ。今回のように市が開かれる期間は警備も強化されますし、人通りの多い場所なら命にかかわる様な事はありません。スリか物取りの被害にあったなら、それは私の注意不足ですな。
それに挨拶回りの相手先には、余計な人を連れてくるのを嫌う方もいらっしゃいますし……万が一の場合の備えもございますから」
そう言って彼は腰元にあるベルトのバックルを軽く叩いた。一見繊細で品の良い装飾がされた普通のベルトに見えるが……
「もしかして魔法道具ですか?」
「いかにも。私のコレクションの1つでして、魔力を通すと瞬時に結界魔法の防壁が展開されます。さらにこちらの腕輪は煙幕を張る魔法道具です。一時的に身を隠せますし、街中であれば人目につきやすい上、火事を疑って人も集まることも期待できます。このように戦えはしませんが、身を守る手段はいくらか備えがありますからご安心ください」
なるほど。街の歩き方なら俺が心配することはなかったか。
「リョウマ様はこれからどうされますか?」
「まず宿を取ろうと思います。せっかくですし、帰るのは明日の市を見てからにするつもりなので」
「でしたら私の泊まる宿を紹介しましょう。安全ですし、大通りに面しているので乗合馬車を使えば迷うことはありませんよ」
こうして情報を手に入れた俺は宿へ向かう。
セルジュさんはまだ挨拶回りが残っているそうで別行動。
ただ夕食と明日の市は案内をしていただける事になった。
そして三十分後。
無事に宿を取れたはいいものの、暇になってしまった。
特に急ぐ必要のある用事は無い。魔法道具は明日の楽しみ。夕食はセルジュさんが帰ってくるのを待つ。スライムの餌やりも済ませた今、することが無い。
出かけてセルジュさんと入れ違いになったら面倒だ……ここにきて携帯電話の便利さを再認識した。そういう魔法道具があればいいのに。……魔法道具……せっかくだから暇つぶしに何か作ってみるか。
アイテムボックスにはあの回る歯車が貰った状態のまま入っている。ディメンションホームには鉄がある。ある程度の変形なら錬金術で加工できる。それらを使って作れそうなものは何か? できれば俺の生活に役に立つものが良い。
この条件で考えてみると……
「……あれ? パッと思いついただけでも結構あるな……」
扇風機。換気扇。電動ドリル。回転刃の草刈り機……
回転軸は木工の知識に馬車や車輪の構造が含まれているから流用すればいいし、あとは必要なパーツを用意して、歯車を組み込めばどうだろう? 歯車自体が魔力で回転するし、機能の中核だけならだいぶ単純に作れそうな気がする。色々作りながら考えればいいか。
こうして俺は作業に入った……
「リョウマ様。おられますか?」
「はい!?」
いかん、また没頭してた。
セルジュさん帰ってきたんだ。
「お帰りなさいセルジュさん。夕食ですよね。すみません、ちょっとお待ちいただけますか? 部屋を軽く片付けますので」
一言伝え急いで部屋を軽く片付ける。
あまり待たせるのは悪いので、物をアイテムボックスに放り込むだけですませた。
「お待たせしました」
「それでは参りましょう」
こうして案内されたのは、筋骨隆々の男達が多い居酒屋のような店だった。客層は主に肉体労働者と思われる筋骨隆々な男達。セルジュさんのオススメということで高級店をイメージしていたが、案外敷居は低そうだ。それとも俺に合わせてくれたんだろうか?
「ここの肉料理は豪快で食べごたえがありましてな。酒との相性もよく、くる度に食べ過ぎてしまって……」
「あらセルジュさん! いつもの席でいい?」
店員の女性に顔と名前を覚えられている。どうやら常連というのは本当らしいな。
「お願いします」
「かしこまりました。あら? 今日はかわいらしい子が一緒ですね。息子さんですか?」
「息っ!?」
「彼は、取引先の方ですよ。ええ」
たしかに外見はそれくらい年齢差があるかもしれないが、実際に言われてみるとどう返していいか困る。セルジュさんも若干苦笑いだ。
「それじゃ2階へどうぞー」
店員さんに従い上の階へ行く。
「? おっ」
扉を開けた途端にすがすがしい風が通った。見れば2階の席には壁や窓がなく、屋根と柱のみ。その間からは行き交う人々や建物の明かりで彩られた街並みが広がっていた。騒がしい雰囲気もあいまって、まるでビアガーデンのようだ。しかし座席はそれぞれ木の皮を編んだ衝立で仕切られた個室になっているため、人目はなくある程度落ち着きもある。
「ご注文は?」
「いつもの料理を2人分お願いします。その前に一杯、お酒は何がありますか?」
「セルジュさん、運が良いですよ。料理長が今日はいつもより上物のエールが入ったって」
「ではまず軽いつまみとエールをジョッキで。リョウマ様は何か飲まれますか?」
「セルジュさんと同じものをお願いします」
「同じものだとエールになりますけど、コップで?」
「ジョッキでお願いします。ご心配なく。テクン様から加護を頂いている身なので」
「でしたら一杯目はサービスさせていただきます!」
酒の神の加護だけ開示したステータスボードも提示すると、女性はそんなことを言い出した。
「……いいんですか?」
免許証くらいの気持ちで提示した物が、一杯無料のクーポン券になったような……なんだろうこの気持ち。本当に大丈夫なのか心配になってくる。
「いいお酒が入った日にお酒の神様の加護持ちが来るなんて、これはもう飲ませろってことですよ!」
「飲食店ですとお酒の質は売り上げに関わりますからね。ゲンかつぎをする店は多いですよ」
「……では、お言葉に甘えます」
「はい! 少々お待ちください」
不安を断ち切り女性を見送る。何かあっても代金を払えばいいんだ。うん。
「それにしても綺麗ですね」
「この景色はこの街の活気そのものですからな」
「それでも一つの光が弱いからでしょうか? 夜空の星もちゃんと見えて……こう、自然と人工の光がちょうどよく混ざったというか……」
「自然と人工の光の調和。そういう捉え方もありましたか」
「お待たせしました! エールとおつまみです」
「早っ」
「ここはエールとおつまみならすぐ出てくるんですよ」
「この2つは次々注文されますから! お2人もどんどん飲んでくださいね!」
回転率が良さそうだな、この店。
「ではリョウマ様、まずは一杯」
「はい、では……」
「「乾杯!」」
ジョッキを掲げて乾杯の後、エールに口をつける。
「んっ!」
飲んだ瞬間に香りが広がった。果物のような甘めの香りにハーブ?
口当たりの良い泡に包まれて、滑らかに舌の上から喉へと流れ込む。
苦味が少なく酒精も強くないようで、どんどん飲めてしまう。
「……っ……ぷはっ! 美味しい!」
「本当ですな! つまみとも合いますし……ううむ、これも良い」
つまみは塩をふられたナッツ。軽くローストしてあるのか、ほのかに香ばしさを感じる。
エールの甘みとナッツの塩気と香ばしさが絶妙だ。
「これは仕事の後に最高でしょう」
「まだまだ。この店は肉料理がきてからが本番ですよ」
それは楽しみだ。本番前に飲み過ぎないようにしなければ。
「ふぅ……そういえば、先ほどリョウマ様の部屋にあったのは魔法道具ですかな?」
「見られていましたか。お恥ずかしい。外で刺激を受けたからか、試しに何か作ってみようかという気分にまかせて」
「ほう! して、どんな物を? 差し支えなければ教えていただけませんか?」
別に隠すほどのものでもない。
酒の席の話題として、いくつか作った内の小さい物を見せてみた。
「どうでしょう?」
「……前々から思っていましたが、リョウマ様は少々変わった発想をされますな」
「と言いますと?」
「たとえばこちらの“扇風機”と“換気扇”でしたな。これらはどちらも風を送るための魔法道具ですね? 送風の魔法道具は珍しくありませんが、このように羽を回転させて風を送るものはまず見ません。
単に風を送りたければ風魔法を付与すればいい。それが魔法道具に関わる者の常識です。そうすれば羽などの部品を作る手間や材料費を抑えることもできますし、量産もしやすい。使いやすさや見栄えを良くする為に加工することはありますが、このような機構を組み込む職人は少数派です」
なるほど、確かにその方がコストカットはできるし簡単に作れるか。
「魔道車と似たようなやり方だと思いますが」
「私もそれは感じましたが、そもそも魔道車の歴史は歴史的に重要な書物に挟まっていたメモが発端となっています。それは魔法道具のアイデアを書き記した物で、詳細な構造などはまったく書き記されていなかったそうですが、再現に成功して現在も活用されている物もあります。たとえば温風で室内を暖める“ヒーター”。逆に冷風で涼しくする“クーラー”。冷気で食物の鮮度を保ったまま保存・運搬を可能にする“クーラーボックス”などですね。
聞いたところによると、リョウマ様の店では結界魔法と氷魔法を活用して食料を保存しているとか……これはやり方こそ違えど、“クーラーボックス”と同じ。リョウマ様の考え方は、そのメモを書き記した方に近いのかもしれませんな……」
……名前のつけ方からして、その人たぶん俺と同じ転移者だ。
とは言えないので相槌を打っておく。下手なことは言わないに限る。
「まぁ、そんなに簡単に良い物はできませんよね」
「いえ、これはと思う物がありましたよ。これです」
「えっ? これ?」
セルジュさんは、俺がテーブルに並べた内の1つを示す。それは凹凸のあるトイレットペーパーホルダーに小さな櫛を取り付けたような、我ながら不恰好だと思う“オルゴール”だ。
魔力を流すと歯車と取り付けた筒が回転し、表面の凹凸が童謡を奏でる。だがそれもピアノなら指一本で弾く程度の単調なメロディーが繰り返されるだけ。
「本当にこれですか?」
「間違いありません。蒐集家として多数の魔法道具を見てきましたが、勝手に音楽を奏でる魔法道具とは実に面白い。生活に役立つものではありませんが、玩具としては十分に商品価値があると思います。このような玩具を好む貴族の方も大勢いらっしゃいますし、装飾に気を使えば十分に売れるかと」
少し声を潜めたところを見ると、わりと本気で話しているようだ。
地球だとオルゴールは中世ヨーロッパあたりに完成。だけど原型はそのずっと前からあった“カリヨン”(時間を知らせる教会の鐘)だと大学の講義に出てきた記憶がある。そこから手動だった物が自動化され、さらに時計に組み込まれて時刻を知らせる装置に……
ここまで考えて思い出した。以前公爵家の方々から頂いた時計も魔法道具で、内部の複雑な機構なんてまったく無い代物だった事を。
「こんな風に音を鳴らす魔法道具は無いんですか? 教会の鐘が鳴るのをよく聞いていますが、あれはもし遅れたら大変でしょうし、そういうところで使われたりは?」
「……思い当たりませんな。笛と合わせて警笛を鳴らす魔法道具ならありますが、魔法道具だけで演奏となると……やはり庶民なら旅芸人や吟遊詩人の所へ集まり、貴族であれば音楽家を召し抱えるのが普通でしょう。
教会の鐘は修道士や修道女の職務であり、規則的な生活と修行の一環でもありますから。魔法道具での代用は……まず、無いでしょうね。確かめたこともありませんが」
ということは録音技術も無いと考えていいか? なら蓄音機とレコードなんかも作れれば興味を引くかな? それは今考えなくていいか。とにかくオルゴールに予想以上の商品価値があるのは理解した。
「どうやら商品として考案したつもりはなかったご様子ですが、放っておくには少々もったいないかと思います」
「……売り出すとして、具体的にはどうしましょう? 僕が作って売るというのは無理ですが」
「まず……」
「お待たせしましたー、こちらが当店自慢の特製ステーキ、ハーブバター添えです」
おっと、料理がきた。
湯気と一緒に立ち上るバターとハーブと肉の香りが食欲をそそる。
「この話は食事の後にしましょうか」
「そうですね。あとエールのお代わりをお願いします」
セルジュさんがお酒を追加注文し、俺は急いで並べた物を片付けた。




