有能な新人
本日、10話同時更新。
この話は1話目です。
「ただいま~」
リムールバードは揃って外出。スライムはいるが、彼らは返事を返せない。
廃坑にむなしい声を響かせながら、荷物整理とスライムの餌やりを済ませる。
「さて次は、と……」
手に入れたばかりの、炭を食べるクリーナースライムのために窯を増築しよう。
「ここらでいいかな……」
場所は家の隣の岩壁。
ズラリと並ぶ坑道の入り口と入り口の間を選んだ。
既存の坑道と平行に土魔法で新しい穴を掘っていく。
狭い入り口から徐々に広げ、作るのは楕円に近い広めの空間。
時折ロックで補強を施しながら進めるだけでいいので、それほど手間はかからない。
最終的に子供が立って歩ける天井と、大人1~2人用のテント程度の広さが確保できた。
ここからはスライムに頼む。
呼び出したアーススライム1匹をヒュージスカベンジャーに乗せ、天井付近まで真上に押し上げてもらう。そこでアースが天井の一部を土砂に変えて下に落とす。こうして開いた部分にスカベンジャーがアースを押し上げ、また土砂を降らせる。
これをひたすら繰り返してもらうと、すぐにスライムが天井を貫通した。
「よし! 良くやった!」
入り口を作った坑道からもう一段、上の並びの坑道へ向かうための通路から出てきている。
余裕があるようなので、そのまま戻りながら壁を補強してもらう。これで煙道がだいたい完成、そして炭窯の大部分も完成したと言っていい。
こんなに簡単で良いのかと思ってしまうくらい簡単だが、実際に炭を焼く事はできる。
炭焼きには穴を掘り、枠組みを作ってから材料の木材を詰めて、それを上から木材や土で埋めて……と伝統的で手間のかかる窯を作って使う方法もあれば、ドラム缶や焚き火を使うなど様々なやり方がある。重要なのは熱を逃がさず、空気の流入を調整しながら木材を蒸し焼きにできる事だ。
あとは煙道部分にかぶせる蓋を用意して……と。空気の調整は石と水で練った赤土があればいい。
作業はここで一度終了。今度は鉱山の見回りへ向かうことにする。
ここは管理が行き届いていなかったため、家の付近から少し離れるとまだ雑草だらけ。しかしこの雑草は燃料として見ればそう悪くもない。全身を覆い隠すほどに伸びた雑草も、適当に刈って日に当たる場所へ置いておけば、天候しだいで焚き付けに使いやすくなる。
当然炭焼きにも使えるので、見回りついでに周囲の草を刈り込んでいると……
「ピロロロロロ!」
「ピーピロロロ!」
「ん?」
リムールバードの声が聞こえた。空へ目を向けると、うちのリムールバードが総出で飛び回っている。だがいつもと少々様子が違う。
「鳥の群れ?」
逆光でよく見えないが、リムールバード以外にも何か小さい生物が沢山飛んでいるのが分かる。リムールバードはそれを囲むように飛んでいるようだ。魔法も使っているのか相手はその囲いから逃げられ……あっ。
「クケーッ! クケーッ! クケーッ!」
相手の身動きが制限されたところで、アインスがけたたましく鳴いた。直後に小さな影が一斉に落ちていく。
「……狩りだったのね」
なんだかイルカみたいなやり方だ。鳥なのに。
全員で取り囲み、ナイトメアリムールバードの特徴である精神攻撃。
相手は失神でもしているのか……次々とコントロールを失って地面に落ちていく。
何羽か空中で食らいついたのも見えた。つまみ食い?
「ちょっと見に行くか……」
思い立って、落下したと思われる廃鉱山の山頂付近へ向かってみると……
「おっ、いたいた。おーい!」
「ピロッ!」
「ピロロッ!」
「食べてからでいいから……」
変なタイミングで返事をさせてしまい、嘴から落ちた獲物がちょっとだけスプラッターな光景を作る。しかし獲物はケイブバットか……
「これ、どこにいた?」
「……ピロッ!!」
聞いた途端に1匹が飛び立ち、ある坑道の前でひと鳴きした後戻ってくる。どうやらその坑道にいたらしい。前ほどじゃないが、数日留守にした隙に住み着いていたみたいだ。
「……ピロロロ?」
「いや、持ってこなくて良い」
見ていたから欲しがっていると思われたのだろうか? ドライが一匹咥えて持ってきたが、俺はコウモリはあまり食べたくない。残ったら俺が保存しておいてもいいが、狩ったのは彼らなので食べる権利は彼らにある。
こちらとしても狩ってもらえると助かるので、頑張れと伝えてその場を後にした。
……しかしリムールバードに集団での狩りができたとは……
これまで何度か狩りの様子を見たことはあるが、どれも1羽での狩りだったので少々意外だった。
……風魔法を使うし、サウンドボムとか教えたら使えるだろうか?
もし使えたら狩りにもなかなか役に立ちそうだ。今度教えてみようかな……
翌日
「おはようございます」
「あらリョウマ君、今日はこっちでお仕事?」
朝から冒険者ギルドに顔を出してみると、メイリーンさんが掲示板に依頼書を貼り付けていた。
「はい。店の方がだいぶ落ち着いてきたので、冒険者としても本格的に活動を始めたいと思います」
「あら! そうなの? これは朗報ね。それじゃどんな依頼がいいかしら?」
「それなんですが、ちょっと事情があるので、ご相談させていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろん。私たちの仕事は冒険者のサポートだもの。話くらいならいつでも聞いてあげる。でも、実際に役に立てるかは話の内容次第よ。これが終わったら……」
「だ、だめです!」
ん? なんだか受付の方が騒がしい。
「あら……ちょっとごめんね」
メイリーンさんは仕方ないわね……と呟きながら、男2人と見慣れない受付嬢のいるカウンターへ向かった。
「はいはい貴方たち! あんまりからかわないで下さい」
「おっ、メイリーンさん」
「すまねぇ、ちっとやり過ぎちまったかな?」
男2人はやや軽いものの、素直に頭を下げて出て行った。
そして受付嬢はメイリーンさんに平謝りしている……? なんだろう? 手招きされた。
「どうかしましたか?」
「ちょっと、でもまず紹介からね。この子はパエナちゃん、先週から入った子なの」
「パ、パエナです。よろしくお願いします」
「リョウマ・タケバヤシです。こちらこそよろしくお願いします」
「もう分かったと思うけど、ちょっと気弱な子なのよね。だから若い男性にからかわれやすくて」
「うう……すみません」
う~ん……高校生ぐらいか? 人族っぽいけど、小柄な体格と合わせて小動物のような雰囲気を感じる。容姿はメイリーンさんと並ぶと華やかさに欠ける。けど顔立ちは整ってるし、そのぶん素朴で温かく感じる。これは絡まれやすそうだ。
……おっと、落ち込み始めた。話を変えよう。
「メイリーンさん。僕を呼んだのは?」
「さっきも言った通り冒険者から相談を受けるのも仕事の内だから、この子に担当させてもいいかしら? もちろん私も同席して、まずいところがあったらフォローするわ」
「まったく問題ありませんよ。パエナさん、よろしくお願いします」
「は、はいっ! が、頑張ります……」
ということで、別室へ案内された。
あまり広くないが、机や椅子が揃っているので話をするには十分そうだ。
「こんな部屋もあるんですね」
「はい。私みたいな新人の指導や罪を犯した冒険者の取調べに使う多目的室だそうです……あ! どうぞお座りください、あとお茶を……」
「ああ、お構いなく……」
「お待たせ、飲み物なら持ってきたわ。さぁ始めましょう」
掲示板の仕事を片付けてきたメイリーンさんがお盆に乗せた3人分の飲み物を配り、話を始めるよう促した。
「それでは……今日のご相談はどのような?」
「冒険者として今後の活動についてです。一つ目標ができまして、現在Eランクなのですが、将来的にCまでランクを上げること。それから……その過程でできればこのリストにある魔獣と関わる依頼を探しています」
「拝見します……トレント、マッドサラマンダー、カリフモンキー……」
シュルス大樹海対策の魔獣をリストにしておいた紙を渡すと、彼女は手元に用意した資料と見比べ始めた。
「……Eランクでは承認できない魔獣も含まれていますね」
「そこはランクを上げながら、許可できるランクになってからで結構です。しかし事前に魔獣の情報だけは仕入れておきたいと思っています。ギルドでは地理や魔獣の情報も取り扱っていると聞きましたが、書類としていただけますか?」
「はい! お金と……内容が多ければ数日のお時間をいただきますが、可能ですよ。どの程度ご用意しましょう?」
そうだな……リストの魔獣について、生態や生息地などの基本的な情報。
できるだけ最新の情報がいいけど、すぐに全部は無理だろうから……生息地外での目撃談など時間経過で意味がなくなる情報なら不要。この条件でとりあえず用意できるだけお願いしよう。
「あとシュルス大樹海という地域と、そこに生息する魔獣全てについても同じく書類で情報提供をお願いします」
「待って」
「どうかしましたか? メイリーンさん」
「シュルス大樹海、それにこの魔獣リスト良く見たら……リョウマ君、あの樹海に行く気なの?」
「それが目標ですね」
セルジュさん達にもしたのと同じ説明を彼女にもしておくことにする。
「……という訳です」
「……そう。口を挟んでごめんなさい。ランクを規定まで上げて、しかるべき用意をするというなら、ギルドとして止める権利はないわ。続けて」
「ありがとうございます。情報料はいかほどになりますか?」
「……この量ですと、だいぶかかると思います……すみません、先輩」
「書類の場合、完成した書類に使った紙代とインク代、それから職員への作業手当ても加算されるわ。範囲も広いし……情報の精査と書類作成に二週間以上、一ヶ月未満。代金は安くても小金貨数枚、高くても10枚は超えない。ここで言えるのはこんなところね」
「問題ありません。下手に値切って情報が不足する方が困るので、正確な情報であればお金に糸目はつけない方向で行きたいと思っています」
「正確性はギルドが保証するわ。お金も貴方ならちゃんと払えるでしょうから……それじゃパエナちゃん、契約書と引き換えに使う用紙を用意して。手続きの方法は教えたわよね?」
「はいっ!」
部屋を出て行く彼女を見送ると、室内には俺とメイリーンさんが残される。
「それにしても君があの辺の出身だったとはね」
「大樹海については、お詳しいんですか?」
「ん~……仕事の関係である程度はね。それでも危ないって事くらいだけど。でもちょっと納得かな」
「納得?」
「うん。だってリョウマ君、普通の子と比べると能力が高すぎるもの。ほら、廃坑で仕事した時。Bランクの班に入れられたり、その後ゴブリンの群れと戦ったり……ちょっと前まで職員の中で話題になってたわよ」
「そ、そうなんですか……」
話題の内容が怖いな……
「うふふっ……そんな顔しなくても悪い話じゃないわ。実力があるとか、長く溜まってた雑用依頼を片付けてくれるとか、高評価だから安心してよ」
「ならいいんですが」
「で、実力だけど……あの樹海から1人で出られるなら、出られるように鍛えられていたなら、まぁあれくらいはできるかな? ってのが私の感想ね。同じ群れでも1匹の強さも襲撃の頻度も、ゴブリンなんかとは大違いって聞くもの」
「お待たせしました!」
パエナさんが戻ってきた。忘れ物かな? ……いや、いまお待たせしましたって……なんか書類を渡してるし……
「……うん、いいわね。大丈夫よ」
「ありがとうございます! えっと、内容を確認して、こちらとこちらにサインをいただけますか?」
「あっ、はい……」
……内容に不備は見つからない。さっき話した必要事項がしっかりと盛り込まれている。
「お願いします」
「はいっ! 承りました。……こちらが引き換え証です。書類引渡しの際に必要となりますので、失くさないようにお願いします」
「分かりました。『アイテムボックス』」
この中に入れておけば、まず失くすことはない。
「えっと、これはこれでよくて、次は……あ、本日は何か依頼を受けて行かれますか?」
「そうですね。ランクを上げる必要もありますし……近場であればきつい仕事でもいいので、必要な期間は短く、欲を言えばランクが上がりやすい仕事ってありませんか?」
「きつい仕事でいいのでしたらそれなりに……あっ、ちょっと待ってください確認してきます」
パエナさんは慌しく出て、一枚の依頼書と共に戻ってきた。
「お待たせしました! ありました……えっと、確認なのですが、先ほど空間魔法を使われましたね? もし余裕があればですが、こちらはいかがでしょうか?」
「荷物の運搬……行き先はケレバンですか。ここなら知っています。近々魔法道具市が開かれるとか。ただ……期日が“できる限り早く?”」
「ええと……納品予定の荷物を積んだ馬車を送り出した後、積み忘れが判明したそうで……希望は納期に間に合うよう明後日の昼までですが、過ぎても届けば責任は問わないとの事でした。元々依頼者側のミスなので、道中での紛失や破損がなければ依頼の失敗にはしないとの事です。
次の馬車を用意するまでにもし誰か見つかれば、ということだったのですが……空間魔法を使える方でしたら期日内に間に合う、かな……と……すみません……」
「謝らなくていいですよ! ぜんぜん失敗とかしてないですし。というか、すごくしっかり対応していただいて……」
書類作りはやけに早かったし、何気なく見せた空間魔法を役立てられそうな依頼を持ってきたり……書類はフォーマットがあったとしても早いし、依頼はちゃんと把握してないと無理だよな? ……実は内心ドジっ子系かと思ってたんだけど、この人まだ入社一週間と考えたら有能じゃない?
メイリーンさんに視線を送ると、困ったように笑いながら首肯した。
「仕事はできるのよ、この子は気が弱いだけで。だから堂々としてればいいのに……」
「すみません……」
なんだか難儀な人だなぁ……
けれど薦めてくれた依頼に文句はなかったので、快く引き受ける事にした。




