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若干の変化

本日、5話同時更新。

この話は5話目です。

 翌日


 お昼ごろにギムルへ到着した俺は、その足で店に顔を出す事にした。


「店長、お疲れ様でした」

「カルムさんこそ、お疲れ様でした」


 挨拶の後は報告を受ける事になったが……


「業務に支障は出ていませんが、先日ちょっとした事件が起こりました」

「事件? 詳しくお願いします」

「はい。店長が厨房に置いていた炭ですが、空気を良くしたり湿気をとったりする効果があると言っていましたよね?」

「量や材質によって効果は変わりますけど、そう言われていますね」

「実はそれをフィーナさん達が試したところ、置いていた炭が何度も、いつの間にか消えていまして。炭泥棒が出たと一時騒ぎになりました」

「炭泥棒……一時ってことは、もう解決してるんですよね?」

「はい。犯人はクリーナースライムでした」

「クリーナーが?」


 まさか! 


「食べてたんですか?」

「スライムの待機室に置いていた炭を全て。食べていたのは数匹ですが、マリアさんが言うにはそれ以来、その数匹は洗濯物の汚れを食べなくなったそうです。病気でしょうか?」

「たぶん違いますが、とりあえずそのスライムを見てみたいです」

「かしこまりました」


 カルムさんは執務室を出て行った。きっとすぐに連れて来てくれるだろう。

 炭を食べるスライム……炭だからカーボン? それともまた別の進化だろうか?



「失礼します。スライムとマリアさんをお連れしました」

「失礼します~」



 思いを馳せていると、あっという間にカルムさんは戻ってきた。

 後ろに少々居心地が悪そうなマリアさんを連れて、2人で一匹ずつクリーナーを抱えている。



「お疲れ様です。どうぞこちらへ」


 肝心のスライムを観察しながら話を聴くと、マリアさんは始業の際“ご飯を食べていいよ”とスライムに指示を出していたところ、炭を好むクリーナーが出てしまったようだ。


「炭しか食べないと聞きましたが」

「ん~……炭の方が好きで~、洗濯物には消極的になってる感じです~。そのうちに他の子が食べちゃって」

「ああ、そういう事ですか」


 なら仕事の継続はできるだろうけど、無理に洗濯させる必要は無いな。


「病気の類ではないようですね。おそらく進化の準備に入ったんでしょう。進化をすると能力や食性が変わる事もあるので、この2匹は僕に預からせて下さい。それから今後もこのように嗜好が変わったら連絡をお願いします。場合によっては洗濯物に損傷を与えるかもしれないので、その場合の対応策はカルムさんにお任せします。

 マリアさんは引き続きスライムの管理をお願いします。もし今後被害が出た場合は、お客様への補填とスライムの隔離で対応しましょう」

「頑張ります!」

「よろしくお願いします。カルムさんと、私もフォローしますのであまり思いつめることはありません。……というか、私個人としてはお礼を言いたいくらいです」


 新しいスライムが生まれる予感。非常に楽しみだ。金一封を出してもいいくらい。帰ったら早速炭窯を増築しなければ……と、語るうちにマリアさんは安心したようだ。


 2匹との契約を俺に移して、スライムの件はこれでよし。

 マリアさんには仕事に戻ってもらい、今度は俺からの報告を行う。


「……レナフの支店は無事に営業を開始。あとは定期的に報告書が届きます」

「無事で何よりです」

「そうですね。店についての報告は以上です。が……実は個人的にお伝えしたい事が一つ」


 俺は祖父母の遺品を回収するため、故郷に一度戻る事を決めたと伝えた。

 最初はセルジュさんの紹介だったが、実際にこれまでの働きを信用している。


「というわけで、徐々に冒険者としての活動を増やしていきたいと考えています」

「なるほど、当初の予定に戻ると言う事ですね」

「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」

「勿論です。店の事はお任せください。必要であれば支援も惜しみません」


 カルムさんはやる気に満ちた笑顔で引き受けてくれた。

 店の事はこれで任せられるだろう。


「ところで店長の故郷とはどちらでしょうか? 村の名前に聞き覚えがないもので」

「シュルス大樹海をご存知ですか? その中に……って、なんて顔してるんですか」


 地名を出した瞬間に、これまで控えめで落ち着いていた彼が、見たこともない顔をした。


「ゴホッ、失礼しました。少々驚いてしまい……よく生きてましたね……」


 搾り出した感想がその一言とは……


「やっぱり危険な地域ですよね」

「広大な密林の過酷な環境、生息する無数の魔獣、奥地に行けばAランクの魔獣とも遭遇する……先人が構築した拠点が無ければ補給もままならないと聞いた事があります。普通に考えれば、生きたまま出てこられただけで奇跡ですよ……」

「ははは……まぁ正規の手段で戻るつもりなので、まず冒険者としてランクを上げないといけません。その間に事前準備と肩慣らしを万全にしてから向かいます」

「そういう事でしたらセルジュ様にも一度声をおかけください。物資の調達の力になっていただけると思いますし、モーガン商会は支店も多いので便利ですよ」


 止めようか悩んでいるような気がしたが、最後にはいい情報と応援をいただけた。







 そしてその後。


 帰宅前にモーガン商会を訪ねてみると、なんだかいつもより雰囲気が慌しく、日を改めようかと思ったのだが……俺を知っていた店員さんから歓迎を受け、セルジュさんに面会することができた。


 そして例の件を話してみると、やはり彼も似たような反応を示す。


「リョウマ様は大樹海のご出身でしたか……さぞ大変だったでしょう」

「いえ、当時は出ることで必死で、細かい事はほとんど憶えていないのです」

「そうでしたか。無理もありませんな、あそこは何と言えば良いか……過酷な中でも営みを続ける人間のしぶとさを目の当たりにした、などと踏み込んだ冒険者は語るとも言われますからね。私などはとても立ち入る事はできません。しかし、どうしてまた急に?」

「先日レナフで遭遇した魔獣が故郷の魔獣と少し似ていて、思い出しまして。それにこれは聞いた話ですが、どうも村にはもう人が住んでいないらしいのです」

「あの土地を考えればありえる話ですな……」

「そのあたりの確認もかねて、行ってみようかと。当分先の事になると思いますが、冒険者としての目標とするつもりです」

「そうでしたか。では私も影ながら応援するといたしましょう。何かご入用の際はぜひ我がモーガン商会をご利用ください」

「ありがとうございます。お世話になります。……ところで今日は何かあるのですか?」


 やはり以前よりも人の動きが激しい気がする。

 お邪魔するタイミングが悪かったんじゃなかろうか?


「いえ、むしろ今日訪ねていただいて都合が良かった。明日から一週間、私はケレバンの町で開かれる魔法道具市へ行きますから。これはその準備ですな」

「魔法道具の市? 面白そうですね」

「ご興味がおありで?」


 ん? なんかセルジュさんの目の色が変わった。これは……オタクの目?


「あまり多くの種類に触れる機会が無かったもので。セルジュさんはお好きなんですか?」

「恥ずかしながら、蒐集家として仲間内ではそれなりに名が知られておりますよ。今回の市も仕事半分趣味半分といったところでして」

「そうだったんですか。確かに見て回るだけでも楽しそうだ」

「そうなのです。同じ用途の魔法道具でも職人や工房ごとに差がありますからね。それにこういった市ですと、普段の取引とは違い見習いの作や一点物も出回りやすい。その中から気に入った物や将来有望な人材を見つけた時はまた面白いのです」


 セルジュさんの目が爛々と輝き始めた。


「私自身でも作ろうとしたことがあるのですが、やはり職人のようにはいきませんな」

「セルジュさん、付与魔法を使えるんですか?」

「いえいえ、私は魔力が少ないので属性魔法もさほど使えません。ですが魔法道具の種類によっては魔力を使わずに作れるのです。少々お待ちください」



 オタクモードに入った彼は、軽い足取りで部屋を出た。

 と思ったらあっという間に木箱を抱えて戻ってきた。


「こちらをご覧下さい」


 木箱から取り出されたのは歯車だ。

 一見何の変哲も無いように見えるが……


「あ、回った」


 セルジュさんが魔力を通すと机の上でゆっくり回転を始める。



「『スピン』という無属性魔法が付与された歯車です。ご覧の通り魔力を流せば一定方向に回転するので、主に動力源として組み込まれます。代表的な物は“魔動車”ですね」


 自動車の魔法道具版か? 見たこと無いけど……


「ええ……残念ながらあまり実用的ではないのです。人の魔力で動かす方式と魔石を使用する方式があるのですが、車体と人間に荷物の重量を動かすには少々馬力に欠けますし、魔石の費用もかかるので。仕事に使うには普通の馬車の方が優れています。ですが王都では年に一度大規模なレースが開かれたりもしますね。私も趣味で一台所有しています」


 静かな語り口の中にものすごい熱意を感じる……!


「おっと、話がそれましたか。他にも色々と種類はありますが、外注で手に入れた魔法道具を用いて、魔力を一切使わずに新たな魔法道具を作る事も可能なのです。職人にはこれを専門とする者も多いですよ」

「なるほど、面白いですね」

「よろしければこれはお持ちください」

「いや、さすがにそれは……」


 箱ごと歯車を差し出された。

 さすがにそれは図々しいと思って断ると、セルジュさんが頭を掻いて口を開く。


「去年の市で買ったのですが、私も持て余していまして……」


 若い見習いの作を、気に入った品と一緒に先行投資として購入したらしい。

 やんわりと話しているが、一言にすると……“ぶっちゃけいらない”

 置いているだけでは場所をとるとのことで、最終的にいただく事になった。


「ありがとうございました、突然お邪魔してお土産まで」

「こちらこそ不良在庫を引き受けていただけて助かります」

「もしいつか面白い道具を思いつけば、作って見せに来ますね」

「おお! 是非お願いします。楽しみにしておりますので」


 こうして笑顔のセルジュさんと別れる。


 今日はちょっとだけセルジュさんに親近感が湧いた。


 さて、帰ってスライムの世話をしよう。

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― 新着の感想 ―
[一言] ん~~~っと モーターみたいな物?かな?
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