2号店完成
本日、5話同時更新。
この話は4話目です。
翌日
朝、ピオロさんから味噌や醤油などの調味料を頂いた。
そして気分良くギルドに採取した薬草とスマッシュボアの牙を提出すると、速やかに報酬を用意すると伝えられる。昨日の男性職員がちゃんと通達してくれていたようだ。
態々偶然を装うために言い訳を色々考えてたけど、必要なかったな……まぁ、結果論だけど。本来なら多少なりとも追及が来てもおかしくないし、ケンさん達は助かり俺は疑われずに済んだので良しとしよう。
そんな事を考えていると、報酬と一緒に担当してくれた職員からお礼を言われた。なぜかと聞けば、その職員はあの3人の友人らしい。ついでに一緒にいたという2人の冒険者の事を聞いてみたが、その2人はもう捕まったそうだ。
何でも昨夜、仕事終わりに酒場に寄ったギルド職員がEランクのパーティーに声をかける2人組を目撃し通報。速やかに捕縛されたと。その後の調べにより2人は犯行を認め、同時にギルドカードの偽装も発覚。余罪まで出たため冒険者ギルドから除名し、厳しい取り調べの後、最低でも5年以上鉱山での強制労働か無期限の奴隷になるらしい。
「ギルドカードの偽装なんて、可能なんですか?」
「ギルドも賞罰などの情報を記入・削除しますから、不可能ではありませんね。もっともそれには専用の魔法道具が必要なので、一介の冒険者に出来る事ではありません。今回の場合はもっと単純に、“別人の”カードを利用していました。
拾って手に入れたカードを片方はそのまま。もう片方は故意に破損させたカードの要所を繋げていて……手荒な扱いでカードを傷だらけにしてしまう方もいらっしゃいますし、褒められたことではありませんが接合面は自然な形で上手に誤魔化されていましたね。問題を起こして破門されたそうですが、工房で職人見習いをしていたそうで」
正規品同士のニコイチってことか。人格はともかく技術だけはあったのかね?
「カードの管理も気をつけないといけませんね」
「ふふっ。よろしくお願いします」
「ありがとうございました」
職員さんに情報の礼を行って、ギルドを出る。
さて……どうしようか? もうここでやるべき事は終わった。……とりあえずピオロさんの店に戻るか。
「タケバヤシ様、先ほど会頭が探しておられましたよ」
戻ってみると、従業員の方がそう教えてくれた。自分はすぐにでも会えると伝えると、そのままピオロさんの執務室へ案内されたところを考えると、何か急ぎの用事だろうか?
出していただいたお茶を飲みながら話を聞いてみる。
「なぁリョウマ、スマッシュボアの肉と醤油や味噌使こうて何か料理できへん?」
「料理ですか?」
スマッシュボアの肉は、厳密には猪肉のはずだけど、味も触感もほぼ豚肉。
そして和食となると色々あるけど、すぐ作れそうなのは……豚汁、豚しゃぶ、豚丼、豚の生姜焼き位かな。
「いくつかありますよ」
「教えて貰えんか? 焼き魚も味噌汁も美味いんやけど、そればっかりだと飽きてしもうてな。もっと醤油と味噌の使い道があるんやったら、もっと売れる様になるんちゃうか? と前々から思うとったんや」
なるほど。俺も日本食が手軽に食べられる様になれば嬉しいし、教えとくかな。
「では豚のしょう……じゃなかった、スマッシュボアのジジャ焼きはどうでしょうか?」
豚肉がある。醤油やみりんもある。生姜は薬屋で買える。つまり生姜風味の肉じゃなく、ちゃんとした生姜焼きが作れる!
「お客にこんなん言うのもあれやけど、良かったらそのジジャ焼きっての作ってくれへん? 材料はウチにあるもん好きに使ってええから」
「良いんですか?」
「うちは新しい料理を知れて得やからな」
こうして俺は昼食作りをする事になった。しかし驚いた事に、俺と一緒にクラナさんとミヤビさんも料理をするらしい。教えるのは使用人の誰かにだと思ってたんだが……俺がそう言うと、2人は笑ってこう言った。
「料理は女の嗜みや言うて、時々オカンに叩き込まれんねん。うちも別に料理は嫌いやないし、食材を商っとる店の娘が料理できへんかったら格好つかへんて」
「初めて聞く料理とリョウマはんの腕、期待してます」
2人の視線を受けながら、事前に伝えて用意して貰った材料と道具で料理を始める。
まずは米をといで火にかける。竈で米炊くとか前世では無い経験だな。
生姜焼きと一緒に食べるために、豚汁も作って合わせよう。昆布の様な海藻と小魚でだしを取り、具はネギ・牛蒡・キノコ、スマッシュボアの肉に野菜を色々。街に出てから知ったが、この世界の店で売られている野菜には地球と同じ名前で地球の物に似た野菜が意外と沢山ある。もしかしなくても転移者の影響だろう。
豚汁を作っている間、米の方は主にミヤビさんが担当して様子を見てくれた。そして豚汁を作り終えた後、少し多めに作って残しておいただし汁をアイテムボックスから取り出した瓶に入れ、醤油とみりんと酢を入れて味を整える。するとそれを見ていたクラナさんが話しかけてきた。
「リョウマはん、それ何どすか?」
「醤油とみりんとだし汁と酢を混ぜた合わせ調味料ですね。当然ながらどれをどれだけ配合するかによって味は変わりますし、好みもありますが。個人的にはラモン等の汁を少し入れてもさっぱりして美味しいと思いますよ。サラダにかけても良いですし、肉や魚にもよく合います。」
「そんな物があったんやねぇ……」
瓶を見つめていたクラナさんだったが、すぐに豚汁の方に戻っていった。
それから少しして、豚汁の完成……そろそろ生姜焼きを作り始めるかな?
薄切りの肉をフライパンで焼く間にジジャをすりおろし、適量の醤油・みりんと一緒に混ぜ合わせたタレを作る。
それを火が通って焼き色のついた頃にかけるとジュワッ! と音を立てて香ばしい香りが充満した。2人の視線も肉に集まっているが、ここからは絡めるだけだ。よし、生姜焼きの完成! シンプルで美味いんだな、これが。
生姜焼きは色々作り方があって、中には作ったタレに漬け込んだりする物もあるらしいが、俺はあまり作らない。前世では時間をかけずに手早く作れて美味い物が良かったからだが……今度また手間をかけて作るのも良いかもしれない。
後はキャベツを千切りにし、プチトマトよりは大きく普通のトマトよりは小さいという、微妙な大きさのトマトを四つ切りにして添える。これでよし。さて、米も炊けたし…………
米の方に行こうとしたら、視界の端に黒髪の男性が映った。
「ピオロさん? 何時からそこに?」
そう言うと厨房の入口の影から出てくるピオロさん。微妙に気まずそうだ。
「いや~、何や美味そうな匂いさせとったから、ふらっとな」
ああ、炊きたてのお米の匂いとか生姜焼きの匂いって食欲をそそるよな。
「おとん、行儀悪いで。様子見たいんやったら堂々と見ればええやん」
娘に窘められる父親を横目に、俺たち4人分の料理を盛り付ける。
「できましたよ」
「おっ、ホンマか? なら早速食べようや」
使用人の方々に食堂へ運んでもらい、俺達はテーブルにつく。
「さあどうぞ。スマッシュボアのジジャ焼き定食です」
「ホンマに美味しそうやな、頂きます」
食べ始めるミヤビさん。生姜焼きを上手に箸で掴んで、そっと一口食べる。次の瞬間、耳がピンと伸びて一言。
「美味しい! めっちゃ美味しいやん、これ!」
「あら、ほんまやねぇ。料理しとる時から美味しそうやと思っとったけど、食べてみると尚更やわ」
「ジジャ焼きもそうやけどこのスープは豚汁言うたか? これも美味いな。野菜も多くて栄養も取れそうや。これが周知されたら、間違いなく醤油も味噌も売れるで!」
どうやら口に合ったらしい。喜んで食べてもらえるのは嬉しいな。ピオロさんは若干商売が絡んでるけど、気に入って貰えた事は確かだろう。
俺も料理の説明をしつつ自分で作った料理を味わい、ひっそりと満足していた。
なお食後はジジャ焼きを気に入ったピオロさんが、今日の夕方から惣菜屋に並べてみると宣言。その宣言通り、夕方の総菜屋にはジジャ焼きがオススメと書かれた張り紙と一緒に用意されていた。
仕事早いな……
翌日
朝食を頂いてから、俺の店へ行こうと表に出る。
すると荷馬車がサイオンジ商会の前で止まった。
ん? 荷台に乗ってるのは……
「カルラさん!」
「えっ? 店長!」
やっぱりカルラさんだ。俺に背を向け他の人に指示を出していたから、気づいていなかったらしく驚いている。
「着いたんですね。長旅お疲れ様です」
「お待たせしました、店長。お店は」
「斜め向かいの、そこですよ」
店を指差してそう伝えると、カルラさんはまず俺の知らない人達に指示を出して、店に向かわせた。新しく雇った方々だろう。
その後、カルラさんとコーキンさん達を連れた俺は、ピオロさんに挨拶に行ってから開店のために動き始めた。
それから4日後
2日で店の細部を整え、仕事の確認をして3日目で開店した。
新しくこの店の従業員として雇った人は5人。事前に簡単な講習を受けたようで、結構スムーズに働けていた。1人はこの支店専属の料理人で、4人が店員兼用心棒だ。
用心棒を兼任する彼らは元Cランク冒険者だったらしい。うちの店に来た経緯について話を聞くと、彼らは冒険者としてそれなりに上手くやっていたが、自分たちの限界が見え始めていた時にたまたま出くわした魔獣によって仲間を2人失った。
その時の彼らは元凶の魔獣に対して知識すら無く、逃げる以外殆ど何もできず、助かったのは運と死んだ仲間に魔獣の気が向いていた事……怪我をして逃げられない、街まで持たないと悟ってしまった仲間が必死で気を引いてくれたおかげだと言う。
生き存えたその足でギルドに駆け込んだ彼らは魔獣の情報を伝え対応をさせた。そして魔獣は運良くその街に居たAランクのパーティーによって難なく狩られたが、そのパーティーが狩ってきた魔獣を、気持ちの整理のために仲間の仇が死んでいる所を一目見ようとギルドにいた事でその魔獣がBランクの魔獣だと知ってしまった。
自分達が全く敵わず、仲間を失って逃げる事しか出来なかった相手はたった1つ上のランク。そしてそれを容易く狩る冒険者パーティー。それを見た後、彼らはB以上の冒険者になる事を諦めたそうだ。
Cランクの依頼でも生活に十分な金は稼げるため、彼らはその金を貯めつつ、腰を落ち着けられる職場を探していた所に俺の店の話が来たのでそれに乗ったと言う訳だ。
彼らは元Cランク。Bランクの魔獣の相手としては不足でも、ゴロツキ相手なら十分な戦力になる。店の用心棒なら十分とギルドマスターのお墨付きもある。
それに彼らは俺が冒険者でもあるという事を聞いて、自分の経験を話してくれたり、安全第一を心がけろ、といった注意をしてくれる気さくで良い人たちだった。彼らなら他の人たちとも上手くやれるだろう。
ちなみに先日の事。開店したばかりの店にケンさん達がやってきて、まだ客もほとんど入っていなかったため、常連になって貰えるよう願いを込めて店の説明や店員の紹介をしたのだが……先日のスマッシュボアの話になった。そしてケンさん達の行動が彼らの琴線に触れたらしく、色々と助言や指導をするようになっていた。さっきまでの彼らが冒険者を辞めるに至った話も、実はケンさん達を紹介した時に一緒に聞いた話だったりする。
何はともあれ、もう俺が必要な事は無くなったのでレナフの支店はカルラさんに任せ、俺はギムルの街に戻ることになった。
そんな俺を門の前まで、ピオロさんやカルラさん達が見送ってくれている。
「リョウマ、がんばりや。これからが勝負やで、どんどん店増やしていくんやで!」
「お気を付けて」
「店長、こちらの事は安心してお任せください」
「僕たち一刻も早く、確実に店の経営を学びます!」
「任せておくと良い。もう昔のような散財はしない、必ず店を盛り立ててみせる!!」
「店長、体に気をつけて」
「そちらもお気を付けて」
「リョウマはん、あんま無茶したらあかんで。次何時会えるか分からんけど、死んだりせんといてや」
「勿論です。まだまだ死ねませんからね」
祖父母の遺産やら研究やら、スライムの事やエリアとの約束もある。
っと、そうだ。ミヤビさんは今年から王都の学校に行くんだよな? だったらエリアと会うかもしれない。エリアは友達が居ないと言ってたし、ミヤビさんは貴族との顔つなぎに行くんだから……
「ミヤビさん」
「何や?」
「今年から王都の学校に行くんですよね?」
「せや、それがどうかしたん?」
「でしたら、1つお願いが」
「何や? 聞ける事なら聞くで?」
「今年から王都の学校にエリアリアという女の子が入学しますので、できれば仲良くしてあげてください。良い子ですし、貴族なので顔つなぎにもなるでしょう。あと、その子に頑張れと伝言をお願いします」
「まぁ、その子が変な連中と付き合ってへんのやったらええで」
「ありがとうございます。ミヤビさんも頑張ってくださいね」
「勿論や、そっちも頑張りや」
見送りに来てくれた皆さんに頭を下げ、俺はギムルへの帰路に着いた。




