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スマッシュボア狩り

本日、5話同時更新。

この話は3話目です。

 翌日


「気をつけてな!」


 ミヤビさんに見送られ、俺は街の北門に向かう。道中は街の喧騒を眺めながらのんびりと歩くが、門に近づいてきたので気を引き締める。


 門では当たり前だが止められる。しかしEランクの冒険者である事を示すと問題なく通れた。ここからはスマッシュボアの出現場所の近くの群生地で薬草採取。


 今日の装備は弓とナイフ。アイテムボックスの中には槍も用意してあるが、使う予定は無い。スマッシュボアを狩る場合は槍や大剣が有効らしいが、偶然スマッシュボアと遭遇してしまったという事にするため、スマッシュボアに有効な武器はあえて使わないつもりだ。登録した時点でギルドカードに得意武器“弓”って書かれてるし、しっかりとスマッシュボア狩りの準備をしてたら、疑われ易いだろうからな。


 そうして薬草採取を続けるものの……スマッシュボアが見つからない。


 魔獣だから場所を教えられたからと言って、薬草のようにその場にずっと居る訳ではないが、こんなに獲物を見つけられないのは初めてな気がする。探査の魔法も使っているが、スマッシュボアは発見できない。というか、他の魔獣も居ない。ミヤビさんの話の通り、本当にここら辺には魔獣が滅多に出ないらしいな。




 群生地以外で薬草を探して採取しつつ、スマッシュボアを探す作業を続けていたら、先に必要な量の薬草が揃った。期日は明後日までだから別に1日で終わらせなくても良かったんだが……まぁ今の通行制限で手に入りにくくなっているらしく、どれだけ量があっても買い取るそうなのでまだ集めても損は無い。そう考えていた時、俺の耳に小さな声が届いた。


「――ぅぁあ」


 人の声? 少し遠いかな? それとも気のせいだろうか?


「――――助けてぇ――」


 ……また聞こえた! 気のせいではない、今度はハッキリ助けてと聞こえた!


 弓を構えて警戒しつつ気配を消して声のした方に向かうと、2人の冒険者がスマッシュボアと思われる魔獣に追いかけられているのが視界に入った。


 外見は猪と言うより、豚じゃないか? 一応牙っぽい物があるけど小さいし、鋭くもない。ただ、体の大きさは予想以上。牛くらいか?


 いや、こんな事考えてる場合じゃない!


 矢をつがえ、タイミングを見計らって放つ。矢は木々の間をすり抜け、細い木々を自らの巨体で掻き分けながら走るスマッシュボアの右目に突き刺さった。その痛みで暴れ回る巨体から周囲に悲鳴が響きわたる。


 そこで追われていた冒険者2人は足を止め振り返る。何やってんだ!


「止まるな! 走って逃げろ!」


 声で2人は俺を視認し、うろたえる。もう一度声をかけようとしたが、それどころでもなくなってしまった。スマッシュボアもこちらに気づき、残った左目で俺をにらみつけている。


 予定とはだいぶ違ったが、やるか……弓を背負い、気を体に巡らせながら相手を見据える。


 スマッシュボアは豚のような体形に、下顎から生えた小さな鋭くない牙が顔の両横に出ているのが特徴。牙に毒はないが、正面からの突進は威力が高いので注意が必要。そして問題は体格。豚のようだが俺の知る牛の1.5倍程のサイズで、とにかく分厚い肉に覆われている事が分かる。皮にはあの冒険者2人が付けたと思われる沢山の傷が付いているが、内臓どころか筋肉に達しているかも怪しい。


 胴体への攻撃は効きづらそうだ……となると、狙うは肉の少ない頭!


「ブオォオオオオオ!」


 雄叫びを上げて突進してくるスマッシュボア。木々が邪魔なのか、十分に見切れる速さだ。右に動いて突進を躱すと、スマッシュボアは勢い余って俺の背後にあった木に激突。一度なぎ倒してから向き直り、再び突進してきた。


 それに合わせて今度は左へ。すれ違う瞬間、右こめかみに気で強化した掌底を叩き込む。


「ピギィ!!?」


 先程よりも小さいものの、悲鳴を上げて足を止めた。しっかりと効いているようだ。手応えからも肉が薄い事が分かる。次!


 スマッシュボアが首を振り、俺に牙を叩きつけようとした所で一歩引いて空振りを誘う。空いた左のこめかみを一蹴。


「ピ、ギィ……」


 これは先程より効いたらしく、スマッシュボアが右前足を折って地面に片膝をついた。さらに追撃。顎を跳ね上げ牙を掴んで確実に右肘を叩き込む。


「!」


 鈍い音と骨を砕いた感触。同時にスマッシュボアは足を震わせその場に倒れ込んだ。


 割とあっさり……仕留めたか……? どうやらそのようだ。


「あ、あの!」

「助けてくれてありがとうございます!」

「ああ……どういたしまして。お怪我はありませんか?」


 獲物の息を確認していると、後ろから来たさっきの2人に声をかけられた。遠目と防具で気づかなかったが、片方は女性だった。


「はい、お陰さまで僕達は」

「でも仲間が1人、向こうで怪我をしているんです。助けて貰ったお礼も出来ていませんが、一度仲間の所へ行かせて下さい」


 怪我人がいるなら俺も行くべきか?


「それは勿論です、もしよければ僕も行きましょう。僕は回復魔法が使えますから」

「本当ですか!?」

「ありがとうございます! お願いします!」

「あっ、でもこのスマッシュボアはここに見張りも無しに置いていく訳には行きませんね……」

「すみませんが、貴方は……」

「申し遅れました、リョウマ・タケバヤシと申します」

「リョウマ君、ですね。リョウマ君はここに居て下さい。仲間は僕達が行って連れて来ます」

「この辺に悪質な冒険者達が居ますから、気をつけて下さい」


 2人はそう言って去っていった。悪質な冒険者? それフラグじゃないか? そう言ってると出てきたり……


 警戒するが、周囲に人の気配はない。……とりあえず血抜きだけはやっておこう。俺はブラッディーに頼むだけだけど。あとヒールスライムも出しておいて……あっ、もう終わった? やっぱブラッディースライムに頼むと早いな。




 それからしばらく待っていると、結局悪質な冒険者とやらは現れず。さっきの2人が怪我を負った女性剣士1人を背負って戻ってきた。


「こちらへ! すぐ治療を始めます!」


 ……突進を食らったのか、全身を強く打ちつけたようだ。傷は肩や足の骨折に多数の擦過傷。顔に脂汗をかいているが、幸い肋骨など胴体は被害が少ない。内臓は数日先まで不安は残るが……なんとか治療できそうな傷だ。


「『ハイヒール』『ハイヒール』『ハイヒール』『ハイヒール』……」

「……あり、がとう……」


 女性の傷にハイヒールを何度もかける。すると徐々にうめき声や脂汗が止まり、謝礼の言葉を口にできるまでの、短時間で劇的な変化が現れた。


「本当にありがとうございます!」

「ありがとう、貴方のお陰で助かったわ……」

「どういたしまして。でも失った体力はそのままですから、無理はなさらずに」


 改めて自己紹介をすると、怪我をしていた女性剣士はフィリーさん。スマッシュボアに追われていた2人は男性がケンさんで女性がルリーさんと言うそうだ。


「このくらい何でも無いわ、貴方とスライムの回復魔法のお陰よ」

「こんなにして頂いたのに、私達は返せる物がありません」

「とりあえず、これを。これでは足りないでしょうから、街に帰ってから残りは払います」


 ケンさんが差し出したのは、お金が入った小さな袋。俺は金に困ってないから必要ないんだけど……この3人Eランクだそうだし、まだそんなに余裕も無いだろうに……とりあえず、このお金だけ貰っておくか。


「このお金だけ受け取らせて頂きます。これ以上は必要ありません。代わりにさっき話していた、悪質な冒険者の話を聞かせて貰えませんか?」

「そんな事で良いの?」

「それじゃ釣り合わないと思うけど……分かったわ。私達は普段この3人で組むことが多いんだけど、今日はもう2人いたの」


 なんでも他の街から来たというCランクの冒険者と酒場で意気投合し、道案内としてスマッシュボア討伐に協力して欲しいと言われたのだとか。


 対価として提示されたのは戦い方の指導をして経験を積ませる事。その上でほんの一部だが討伐報酬の分け前を貰えるという条件だったようだ。


「ギルドカードを見せて貰って、Cランクなのは確認しました。それに問題を起こしたり、ギルドの規約に違反した場合、その旨がギルドカードに記載されるのはご存知ですよね? 彼らにはそれが無かったので、最終的に問題ないと判断しました……」

「報酬も金銭面は妥当な額だったからね」

「でもあいつら……経験を積ませるって理由で私達を戦わせて、不利になった途端に私達を囮にして逃げたのよ。そして私が跳ね飛ばされて動けなくなって……2人が私を守るためにスマッシュボアの気を引いて逃げてくれたのはよく覚えているわ。その後は貴方も知っている通りよ」

「そうでしたか」


 騙されたのか……それともCランクでも実力不足だったか……どちらにしても確かにロクな冒険者ではなさそうだ。少なくともこの3人は嘘をついていないと思う。なにせ2人はスマッシュボアに追いかけられ、1人は実際に大怪我で動けなくなっていたんだ。嘘にしては命懸け過ぎる。


「あの、本当にこれだけでいいんですか? やっぱりお金……」

「いいんですよ、回復魔法を使う事を申し出たのはこちらですから。サービスです」

「でも……」

「ルリー、確かに心苦しいけれど無理に渡すのも失礼よ。ここはお言葉に甘えましょう」


 そう言い聞かせているフィリーさんを見ながら、ふと思いつく。


「もし宜しければこのスマッシュボアを街まで持って行くのを手伝って貰えませんか? それと勝手に討伐してしまったので、ギルドに偶然遭遇してやむなく討伐したことを証言していただけると助かります」


 血抜きしたからその分軽くなっているし、強化魔法や気功で強化した肉体なら持ち上げられる重さだ。しかし今の体は小さくて、どうしても地面に引きずってしまう。ついでに自分の行動に正当性をもたせる証言もほしい。


「そのくらいで良いのなら」

「手伝わせてください!」

「ありがとう」


 こうして俺は3人の助けを借りて獲物を街まで運んだ。門番にはかなり驚かれたが、警戒していた魔獣だけに簡単な説明で通行許可が下りた。




 ピオロさんの店までの道中は当然の如く大勢の視線に晒されたが、無事店にたどり着いた。


「うわっ!?」

「何なのこれ!」

「すみません、通していただけますか。すみません」


 店の前の客が俺達の背負うスマッシュボアを見て驚き騒ぐ。


 すると呼ぶ前から様子を見にきた店員に続き、ピオロさん達まで出てきた。


「リョウマはん!? このデカイの何やの!?」

「あ、ミヤビさんお疲れ様です。スマッシュボアです」

「そんなん見れば分かるわ! うちが聞いとんのは何でスマッシュボアがここにあるかっちゅう事や! 危ない言うたんに戦ったんか!?」


 詰め寄るミヤビさんをピオロさんがなだめ、そのうちに3人が事情を説明してくれた。


「という訳で、彼がスマッシュボアと戦ったのは我々のせいなんです」

「彼が助けてくれなければ、私達はどうなっていたか分かりません」

「あまり責めないであげて下さい、お願いします!」

「う……」


 頭を下げる3人を見て、ミヤビさんがため息を吐く。


「人助けか……せやったら、まぁしょうがないわなぁ……」

「聞いとる限りリョウマも無謀な戦いを挑んだっちゅう訳でも無いみたいやし、ええんとちゃう?」

「ご心配お掛けしました」

「ほんまやで、全く……ま、今日はこの位にしたるわ。おとん、これさっさと捌かんと肉が悪くなるで」

「せやった! こうしちゃおれん、店の中運ぶで!」


 ピオロさんの先導で、スマッシュボアを肉屋の解体スペースに運び込む。


「それではもう始めても?」

「ちょっと待った!」


 職員が解体を始めようとした所で、解体スペースに顔を出したクラナさんから待ったがかかった。冒険者ギルドの職員が訪ねて来たらしい。


「用? ちっと待っとって貰えんか? 今ええとこやん」

「そのスマッシュボアを検分したい言うてはるんよ。ここんとこ北で暴れとった奴やからしっかり討伐された事を確認したいんやろ」


 そう言えば門でサイオンジ商会に売るって言ったな……そこから連絡が行ったか。


 暫くすると、店内に俺が昨日会った男性職員が入って来た。それをピオロさんが迎える。


「おいでやす」

「お仕事中申し訳ありません。スマッシュボアが討伐された事を確認したらすぐにお暇しますので」


 そう言って男性職員はスマッシュボアの周りをぐるりと一周しながら確認し、ホッとしたように頷きこう言った。


「確かにスマッシュボアです。ご協力ありがとうございました。これで北門の通行制限を解除できます」


 続いて男性職員は俺たちに向かってお辞儀。


「この度はスマッシュボアを討伐して頂き、誠にありがとうございます。これで北での依頼も捌ける様になるでしょう」


 そう言って帰ろうとする男性職員に、3人が慌てて事情を話す。


「そうでしたか……ではその2人組についての調書を作りますので、お3方はギルドにご同行願えますか? タケバヤシ様は何時でも良いのでスマッシュボアの討伐部位を持ってギルドにお越し下さい。討伐報酬をお支払いします」

「ありがとうございます」


 男性は3人を連れ、3人は最後にもう一度俺に礼を言って作業場を出て行った。




 4人を見送ってから解体スペースに戻ると、従業員の人たちが解体の準備をして待っている。


「邪魔が入ったが、解体始めるで!」

『はい!』

「リョウマ、この肉うちに全部売ってくれるっちゅう事でええんやな?」

「はい。他に売り先も知りませんから。でも少しだけ僕が食べる分は貰えます? 残り全部売りますから」

「そのくらいお安い御用や。なぁ皆?」


 その言葉に一斉に賛同する従業員達。そして解体が始まると、彼らから疑問の声が上がる。


「どないした?」

「このスマッシュボア、血が一滴も出ません」

「どういうこっちゃ? 血が固まっとるんか? それにしたって一滴くらい出るやろ」

「本当に一滴も出ていません」


 自分でも肉を調べて首を捻るピオロさん。


 あ! そういや俺、ブラッディースライムで血抜きしたんだった……


「すみません、それ僕が血抜きしたせいです」


 一斉に視線が俺の方に向く。


「そんな傷無かったで? それに血抜きしたかてこんな綺麗にできるもんとちゃうやろ」

「ちょっと特殊な方法でしたから。ブラッディースライムというスライムを知ってますか?」


 そう聞くと従業員の1人から声が上がった。


「確か血を吸うスライムじゃないか? ガキの頃森で見かけた事があって聞いたんだが……」

「その通りです」

「血を吸うスライムなんておるんか……リョウマ、それにスマッシュボアの血を吸わせたんか?」

「はい、僕が狩った獲物はいつも。特にスマッシュボアは体が大きくて少しでも軽くしたかったので。肉の安全性に問題はありませんが、買い取り不可ですか?」

「鑑定で肉に問題が無いんは確認済みや。問題ないどころか普通よりめっちゃ品質ええやん。むしろそのスライム欲しい位なんやけど」


 その後ピオロさんにはブラッディースライムの事を詳しく話し、今は1匹しかおらず、契約する従魔術師がいないと野放しになってしまい、問題を起こす可能性がある事を理由にしてお断りした。


 まぁ、将来的にブラッディースライムが増えて、ピオロさんが信頼できる従魔術師を雇い入れるのなら譲るのも吝かではない。スライムの価値を世間に知らしめるのには良いだろうし、ピオロさんの店なら安心して任せられる。それにブラッディースライムはクリーナーやスカベンジャーと違って探せば見つけられる可能性がある。そんなに厳しく管理する利点も無い。


 考えているうちに解体終了。俺の取り分は自分用の肉と売った分の代金として中金貨1枚、そしてスマッシュボアの討伐証明部位である牙を受け取った。


 今日は結構疲れたし、ギルドに薬草を届けるのは明日の朝にしよう。

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[一言] 困ってる冒険者を助けられて良かったです!
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