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本日、5話同時更新。
この話は2話目です。
翌日
俺が手早く用意を整えると、タイミング良くミヤビさんが訪ねてきた。
「リョウマはん、おはようさん」
「おはようございます、ミヤビさん」
「丁度今起こしに行こう思うててん。朝早いんやね? 朝食出来とるさかい、食べられるなら食べてや」
「ありがとうございます。頂きます」
昨日と同じ食卓に案内されて食事をしたが、皆さん食べるのが早い。まぁ俺も同じ位の速度で食べてるけど。
食事が終わると、ピオロさんとクラナさんは仕事に行くそうだ。
「ほな、後は頼むで、ミヤビ」
「しっかり助けたり」
「任しとき!」
何だろう? 今の会話……
「リョウマはん、今日はどないするん? リョウマはんこの街に慣れてへんやろ? うちが案内したるわ」
「それはありがたいですが、仕事は良いんですか?」
「かめへんかめへん、会頭の娘っちゅうてもまだ12やで? 仕事なんて無いも同然やわ。うちが店番しとったんは将来のための練習や練習」
なるほど、そう言われればその通りだ。
「うちの目の前にはもう店持って更に支店出そうとしとる珍しい11歳もおるけど、そんなんは例外やで?」
確かに言われてみればそうか。案内してくれるなら冒険者としての仕事はやめにして、家具作りをしよう。
「では今日は店の家具作りをしたいので、木材を手に入れられるお店を教えて頂きたいです」
「任しとき、ええ店に連れてったるで」
そう言って胸を張るミヤビさんに続いて外に出ると、昨日ギムルへの伝令を頼んだドライが飛んでくる。
「おっ」
「どないし……きゃっ!?」
ドライが俺の肩に停った。丁度俺とミヤビさんの間に入るような形になってしまい、ミヤビさんが驚いて飛び退く。おお、尻尾が勢いよく動いた! ……前世の狐は尻尾で感情表現をあまりしないと聞いた気がするが、狐人族はするのだろうか? でも今まで特に尻尾を動かしてなかったし、単に驚いたから反応しただけなのだろうか? こう、脊髄反射的に。……とりあえず驚かせた事は謝っとこう。
「すみません驚かせてしまって、これ、僕の従魔です」
「従魔? せやったんか……しっかし、よう見たらえらい綺麗な魔獣やなぁ」
「リムールバードという魔獣です。ギムルの街の店まで手紙を運んで貰ってたんですよ」
説明しながらリムールバードの足に付けられた筒から手紙を取り出して読む。すると、向こうからの返事がちゃんと来ていた。それによると、どうやら昨日の閉店前にはギムルに届いていたようだ。それから皆さんは今朝早くに出発することが決定。到着は3日後を予定しているらしい。事前の計画通りだな。
それをミヤビさんにも伝え、俺達は再び歩き出す。そして木材加工所で買い込んだ木材をディメンションホームに収納し、今度は俺の店へ。
作業場には倉庫を選び、アシッドスライムが部品作り。俺とスティッキースライムが釘と粘着硬化液で組み上げ・補強する流れ作業でどんどん椅子と机、棚と言った家具ができていく。
ミヤビさんはそれを静かに観察している。最初は暇じゃないかと思ったが、どうもただ見ているだけじゃない様だ。しばらくすると彼女はそっと聞いてきた。
「リョウマはん、この子ら何なん?」
「スライムですが?」
「いやいやいやいや、ちゃうやん。絶対ちゃうやん。こんなスライム見たことあらへんて!なんでスライムが道具使うねん!?」
「教えたらできましたよ? 道具だけじゃなくて棒術や槍術、体術を使うスライムもいますし」
「そうなん!?」
「はい」
端材の棒をポリッシュホイールで削り、スティッキースライムの1匹に渡して棒術をやらせて見せる。
「……ホンマに棒使っとる」
「そうでしょう?」
「スライムってこんな器用な魔獣やった?」
「初めはミヤビさんが思ってる通りのスライムでしたけど、訓練を重ねたらこうなれるんですよ」
「そうなんや。うち知らへんかったわ」
「大抵の人は知らないみたいですね。初めて見た人は皆驚きますから」
「世間に発表したら大発見やない?」
「どうでしょうね? どうもスライムというだけであまり見向きされないみたいで。それに、まだ積極的に公表するつもりもありませんし」
すると勿体無い、と呟いてからミヤビさんはまたスライムを眺めている。そのまま数分は無言の時間が続いたが、今度はこう聞いてきた。
「……リョウマはんは来年どうするん?」
「どうする、とは?」
「リョウマはん今11やろ? 来年12で王都の学園に入学できるやないの。リョウマはんの店は儲かっとるらしいし、入学金が払えん訳や無いやろ? 学園には行かへんの?」
学園か……
「行く気は無いですね。自由に訓練や冒険者としての活動がしたくて。それに、聞いた話ですが学園は人付き合いが煩わしいだけで、学べる事が少ないとか」
そう言うと、ミヤビさんは深く溜息を吐いた。
「はぁ~、知っとったんか」
「ミヤビさんも知ってたんですか?」
「当たり前や、うちは今年から学園に行くんやで? その学園の情報くらい集めるのは当たり前やん。それにおとんからも色々教えられとるし」
「なるほど……で、何で僕に入学の事を?」
「リョウマはん性格良さそうやし、知り合いが居たら過ごし易いやん。あそこ、人間関係ガッチガチみたいやし。何よりうち、魔法得意やねん。学園行ったら目立って変な貴族に目ェつけられんとも限らんのや」
「そんなデメリットがあるのに何故行くんですか……」
「商人として、将来のために顔繋ぎに行くんや。あの学園の中では貴族も平民も関係無いって校則で宣言しとる分、他の場所より貴族に近づき易い。まぁそれでも完全に関係なくはあらへんけど……せやから気ぃ抜いて喋れる相手とかおったらええな思うて。ほんでリョウマはんも魔法得意そうやし、心強いやん」
この歳で結構したたかな子だな……商人はやはり怖い。だが、実際こういう目的で入学する生徒は珍しく無いそうだ。それはそれで別にいいが、ミヤビさんは周りにやっかまれる程魔法が得意なのか?
「魔法、得意なんですか?」
「火属性の中級魔法を1つ使える程度やけど、学生としてはこれでも頭1つ2つは抜けとるんや」
詳しく聞くと新入生には初級魔法しか使えない生徒が多く、入学してから基礎の授業で初めて初級魔法を習う生徒もそこそこいるらしい。そんな中で中級魔法が1つでも使えれば、十分に頭1つ飛び出るんだろう。
そう言えば狐人族って獣人だけど持ってる魔力が多い、珍しい獣人族だっけ……前にギルドで誰かと雑談して聞いた気がする。だからミヤビさんも魔法が得意なのかな?
この国では他の人種に対する差別や迫害が殆ど無く、ハーフである事には何の問題も無いので、その点は心配要らないだろう。種族を理由に差別をすれば、白眼視されるのは差別をした方だ。かなり昔は差別や迫害が当たり前にあったらしいが、どうやら俺より前に来た転移者達が色々と骨を折った様だ。まぁ種族的に優れた点への羨望や嫉妬くらいはあるらしいが。
「なるほど」
「ま、行かへんのやったらしゃあないわ。無理強いはするもんやないし、元々そんなに期待してへんかったし。学園来るんやったら変な貴族んとこ行かん様に注意して、ええ貴族紹介するつもりやったけどな」
サポートを考えてくれていたのか? したたかでも悪い子では無さそうだ。大変そうだが頑張ってくれ。
心の中で応援しながら作業を続け、簡単な作業は彼女の手も借りつつ家具や道具を完成させた。
そして家具を作り終え、ミヤビさんに冒険者ギルドに行ってから店に戻ると伝えると
「リョウマはん、今この街に冒険者の仕事はそんなにあらへんよ? 精々町中の雑用か南側の草原で薬草採取や小動物狩りがあるくらいやと思うで?」
「そうなんですか? ギムルではこの街に強い魔獣が出たと聞きましたが」
もう狩られたのか?
「あ~、それ聞いとったん? そのせいで北の通行はEランク以上やないとできん様になっとるんよ」
「そんなに強い魔獣なんですか?」
「いや、Dランクのパーティーで十分や。せやけど、この街の冒険者にEランク以上の冒険者がそんなにおらんねん」
この街はドラグーンギルドがあるために頻繁にワイバーン等、大型の魔物が飛んでくる。そのせいで魔獣が逃げてしまい、街の近くに出没すること自体が少ないらしい。
そしてランクが高くなってきた冒険者は稼ぎも獲物も物足りなくなり、他の街に行ってしまうそうだ。確かに稼げない街から人が離れる事は想像できる。
警備隊は警備隊で門と街中の警備しかしないお役所仕事らしく、こういう時はちょっと困ってしまうそうだ。……まぁそれは置いといて、そういう理由で今、街の北側はEランク以上の冒険者じゃないと出られない。良かった、制限がD以上じゃなくて。
「Eランクなら出られるんですね?」
「せやね、北の林で採れる薬草やらの需要もあるさかい……そういやリョウマはんEランクやったね。行くなとは言わんけど、気ぃつけてや。もしその魔獣見かけたらすぐ逃げるんやで」
ミヤビさんに礼を言い、ギルドに向かう。流石に冒険者ギルドは冒険者でない女の子には近寄り難いだろうから案内は断った。
ギルドに着くと受付に直行し、情報を集める。情報源はギルドの男性職員。彼は淡々と仕事をこなすタイプらしく、Eランクのギルドカードを見せると俺の年齢や見た目には何一つ言及せず、速やかに確認して街の北で受けられる依頼だけを持ってきた。そして北で出る魔獣の情報も貰ったが、例の強い魔獣はスマッシュボアだと言われる。
スマッシュボア……牙の短い猪の魔獣で、体が大きく強い生命力を持っておりタフ。皮が分厚くて生半可な腕では致命傷を与えにくいんだったな、確か……
特徴を確認すると、思い浮かべた魔獣で間違いなかった。討伐はDランク以上しか受けられなかったので、その場は薬草採取依頼を受けてからピオロさんの店に戻ることにする。
その道中、俺はこの世界に来た時に貰った手紙を思いだしていた。
俺が使う“素性の設定”に登場する祖父母は、この世界に実在した人物。ガイン達が設定を作る際、亡くなった彼らの魂をわざわざ呼び出して、俺のために名前の使用許可を取ってくれたと言う話だ。
そんな祖父母の住んでいた村の名前はコルミ村と言い、シュルス大樹海という密林の中にある。
シュルス大樹海は貴重な薬草類の宝庫で、点在する洞窟では質が良く貴重な鉱石も採掘できる。そんな資源を手に入れる事を目的とした村がいくつも密林の内外に存在していて、コルミ村もその1つ。
だがシュルス大樹海は魔獣の巣で、国内でも有数の危険地帯でもある。樹海の浅い場所でも弱くてDランク以上の魔獣が群れで生息し、更に資源の採取に向かって樹海内で亡くなった冒険者達の遺体がゾンビ、スケルトン、ゴースト等のアンデッド系の魔獣となって彷徨っている。
レナフまでの道中とは危険度が段違い。用が無ければ近づくべきでない地域だ。しかし俺は名前の使用許可を頂いた際に、遺品の所有権も一緒に譲られている。遺産を残す相手がおらず、隠したままになっている。できればそれらと一緒に自分たちの願いを受け継いでほしい、という言葉を添えて。
あくまで希望なので強制力はないが……遺品を手に入れるためには自分で行くことになる。その場合は機会があれば村へ行く前に、動きの似た魔獣と一度は戦っておけとガインからの忠告もあった。その“動きの似た魔獣”の一種がスマッシュボア。
この世界に来た直後でも俺の武術と気功を使えば村にたどり着く事は不可能ではないらしい。ただし無事に生きて帰れる保証も無い。だから俺はガナの森に留まって……そうしているうちに趣味に走って3年を森で過ごしていたんだが……森から出た以上は行こう。資源の宝庫に強い魔獣。訓練にはちょうど良い。それに設定上とはいえ祖父母の、それも今後も名前を貸していただく相手の願いだ。となるとまずは大樹海へ行くための準備が必要になるな。
そんな事を考えつつピオロさんの店へ戻り、今日も夕食を頂いた。
食事時に明日北へ行く事を話すと、ピオロさんについでにスマッシュボア狩って来てくれへん? と言われ、次の瞬間ピオロさんはミヤビさんに突っ込まれ、クラナさんに恐ろしい笑顔で窘められていた。
俺は訓練の対象として考えていたが、ピオロさんにとっては通行の邪魔であり、良い商品になる魔獣だそうだ。なんでもスマッシュボアの肉は猪にしては臭みが無くて柔らかく、美味らしい。
もしも、スマッシュボアを狩ったら、この店に持ち込もう。討伐依頼を受けていなくても、遭遇してしまった場合は一戦交えても仕方ない。誰だってむざむざ殺される訳がないのだから。出会ってしまったら手加減などできない。
偶然遭遇して、結果的に仕留めてしまっても誰も文句は言えないよな? ……あれ? 俺、こんな性格だったっけ? ここの所のゴロツキ相手で荒んできてるのかな……? 気を付けよう……
夕食後は部屋に戻り、明日の準備をして過ごした。




