出立
本日4話同時更新。
この話は3話目です。
~Side 竜馬~
美味しいパンと炭火焼肉に舌鼓を打った後、カルラさんに呼び止められた。
「店長。2号店の件で聞いて頂きたい事が」
「はい、何でしょうか?」
「率直に申し上げます。売り上げと治療費で資金は潤沢にありますので、そろそろ支店を出しませんか?」
「もうですか? 店の経営ってもっと長期間勉強が必要なはずでは?」
「確かにその通りですが、コーキンさん達は元々研究者というだけあって、読み書きや算術に問題はありませんでした。普通はそれに加えて仕入れ、他店やお客様との駆け引きなど色々と時間をかけて学ぶ事が多いのですが、この店は競合する業種もお客様との交渉もありません。ですから私とカルムは問題が起こった場合の対応を優先的に教えています。他に必要な帳簿のつけ方も一通りは学び終えましたし、後は実務の中で経験を積ませる事が早道だと思われます」
「……つまり支店を作って収入を増やすだけでなく、その支店を責任者の養成所として使いたいと」
「その通りです。勿論最初は私かカルムが一時的に支店で働きつつ、指導と今後も支店を任せられるかの判断を致します。さらに加えてもう一点」
書類を手渡された。目を通してみれば、これまでの収支報告をまとめた書類のようだ。
……開店初日から昨日までの収支がそろっているけど……ん? ページがまだ続いている。
収支報告書の下にあるのは……収支予想と書かれた表。それが何度も書き直したように何枚も束ねられている。しかもそれらはインクと紙の感触からしてだいぶ前に書かれたもののようだ。
……開店当初、俺が手当たりしだいに色々なところで宣伝と実演をしていたからだろう。予想の数値と実際の数値には大きな誤差がある。……いや、それ以前に予想の数値を算出するための来客数、それも変動は異業種の場合を参考に仮定してる?
「……もしかして、今後の経営計画のための情報収集?」
「ご明察です。現状では洗濯を主な業務にしているのは我々のみ。極めて珍しい職種です。それゆえに指標となる情報も少なく、収支を始めとして我々は様々な面でその都度対処を決定する……手探りの状態で経営を続けてきました。具体的には予想以上の顧客と売り上げを逃さない対応ですね。
今は予想を良い結果で外しています。が、たとえ結果が良かったとしても“正しく今後の推移を予想できていない”ということには変わりありません。ですのでこのあたりで一度店舗を増やし、更なる情報を集めてより正確な予想と経営計画を練るための一助にしたいと考えています」
コーキンさん達が来る前も仕事は何とか回ってたし……今は他の人たちも仕事に慣れて手際良くなってる。それにいきなり任せる訳じゃなくて研修期間みたいな物だから、そういうことなら良いか。襲撃も落ち着いてきてるし、店には護衛の皆さんがいる。俺1人なら出歩いても問題はないし、今後この店を続けていくなら、どこかで増えていくクリーナースライムの受け入れ先を用意しておくにも良いだろう。
余分なスライムは俺が引き取れば良い。と言いたいが、どこまでスライムと契約できるかは正直なところ分からない。まったく限界が見えてこないけど、それがいつまで続くかは不明だ。そう考えると店と従魔術師を増やすことにはお金以外の利点もある。
これについては、個人的にはフランチャイズ展開でもいいと思う。少なくとも店の機密保持のために増えすぎたクリーナーは殺処分! なんて話になるよりは。そうなるのもまだ当分先の事だろうけど、それにも知名度は必要か。
と言うか……俺はやっぱり経営者というより、まだ従業員の1人としての意識が強いのかもしれない。黙っててもやって来る難題。たとえ無茶な要求でも、無理を押し通して期限までに何とかする。それが俺達の仕事だったし……カルラさんやカルムさんには、本当に居てくれてよかった。
「分かりました、2号店の出店に向けて動きましょう。僕がすべき事は2号店を出店する街を決め、その街の土地を手に入れて店舗を用意する事でしょうか?」
「よろしいのですか?」
経営者として先達であるカルラさんのアドバイスに、俺自身の考えも合わせた結果である。
そう結論を出すまでの過程と一緒に伝えると、彼女は安心したように笑った。
「ご理解ありがとうございます。よろしくお願いします」
「では支店で働く従業員の方はよろしくお願いします。僕はギルドに行って店舗について聞いてみますので」
という訳で俺は店を出て商業ギルドへ向かうことになった。
「よく来たね」
「いつもお世話になっています。早速ですが、今日は2号店の事で伺いました」
「とうとう支店を出す気になったかい。店を出す街のオススメは用意しておいたよ。デルマ、アスール、シクム、ジルマン、ルーフェス、その他色々とね」
用意をしてくれていたようで、とてもありがたい。初めての支店だし、何かあったらすぐ行けるようにギムルから近くが良いな……
「ここから近いほうが良いんだろう? それも用意してあるよ」
少しだけ慣れてきたな……この心の読まれっぷりに。
「ありがとうございます」
「とりあえず、ここから近い場所でオススメの街はシュチロ、ハーケン、レナフの3つ。なかでも1番近いのはレナフの街だね」
「その街の土地は買えますか?」
ギルドマスターがニヤリと笑ってこう言う。
「用意してあるよ。今の店程の広さは無いけどね」
紹介された土地は敷地面積で言えば店舗の半分ほど。しかし街の中心部に近く、ちゃんと使える状態の建物が付いているらしい。見取り図を見ながら話を聞くと、元は雑貨屋だったらしく倉庫などもあるので少々手を加えるだけで十分店に使えそうだ。もしダメでも一度取り壊して建て直せばいい。
「ここはピオロの店の斜め向かいでね、確かめさせたけど建物はしっかりしてる。問題は無いよ。手続きは向こうのギルドでやって貰わないといけないけどねぇ」
「そうなんですか、ありがとうございます。ではこの土地を買いに行きます」
こうして新しい店舗の目処が立った。信頼できる協力者、それも専門家がいると話が早い。
すぐさま店へ戻り、カルラさんとカルムさんにギルドでのやり取りを報告。その後コーキンさん達にも支店の話をして、クリーナースライムを他人に渡さないこと等を改めて約束して貰う。これはギルドで雇い入れる際に契約した事だが、念のためだ。コーキンさん達3人もためらい無く了解してくれた。
そして夕方。
「失礼します」
今日は早めに店を出て、帰宅前にセルジュさんの店に寄る。
2号店の件とその準備のために、暫くレナフの街に行く事を伝えて大量の布を受け取って帰った。明日からは旅の準備に入るが、その間に出来るだけ防水布を作り溜めておくためだ。こちらが在庫切れにならない様に。
セルジュさんから聞いた話では防水布で作られた製品が広まりつつあり、売れ行きも好調らしい。主な客層は冒険者と行商人。冒険者は素早く動けるように持ち物は必要最低限にする人が多いから、少しでも軽くしたいんだろう。
防水布を購入する行商人の殆どは屋根や幌の付いていない馬車を使っている行商人だそうで、商品の雨よけにしているらしい。一応今までも革製の荷台カバーはあったのだが、荷台を覆える程になるとそれなりに重くて荷台の場所を取りやすく、少々馬の負担も増えてしまうらしい。そうなるとその分の積荷を減らす事になる。
無理に乗せて荷馬車を重くすると、魔獣や盗賊に追われた場合に逃げにくくなる。さらに馬に負担をかけて短期間で使い潰したら次の馬を買う、なんて事をすれば利益が大幅に減る。デメリットはそれだけではなく、行商人の暗黙の了解として商売の相棒である馬を大切にしない者は行商人失格と言われているため、他の行商人に知られると白い目で見られるのだとか……その点防水布製の荷台カバーは場所をとらない、軽い、効果は抜群の3拍子揃っているので買い換える行商人が多いと聞かせてもらった。
スティッキースライムにも多めの餌をあげて、早めに増えて貰おう。今後防水布を増産する必要が出てくるだろうし、1匹1匹にかかる負担を減らさなければ……
そんな事を考えつつ、俺は家に帰る。
そして4日後。
俺が不在の間の事を協力してくれる皆さんに頼んだり、準備のために時間を使った。また、それに伴い幾つかの店の運営方法を変更。
変更の1つめは支店を出すことを機に、袋に竹とスライムの絵とバンブーフォレストの名前を合わせたロゴを入れる事。セルジュさんの店と取引をしている職人さんがうちの店専用の焼印を作って押し、新しい袋を作って貰える事になっている。新しい店舗では初めからその袋で、ギムルの街の店では今までのお客様が来た際に交換して貰う事になった。
2つ目は店に定休日を作ることになった事。これまでは皆さん1人から数人ずつ交代で休みを取っていたけど、そうなると店の人同士での外出が限られてしまう。だから休みの取り方を変更する事にした。
これらは大体1ヶ月後に、こう変更しますよ~という看板か何かを店に出しておき、周知する。その1ヶ月の間に袋の方も新しい物に交換して貰おう。
3つめはクリーナースライムの管理体制。コーキンさん達が全員支店の方に行くため、ギムルの本店に一時従魔術師がいなくなる。だから今後俺が遠出できなくなる……かと言えば、そうはならない。
実はこれまでの2ヶ月間で出稼ぎ三人娘の1人、マリアさんが従魔術を習得している。聞いた所によると彼女の祖母は魔法使いだったそうで、彼女は幼い頃に祖母を亡くして魔法を学ぶ機会を失っていたが、魔力だけは充分に持っていた。
そこで近頃良く話すようになったある日、俺が従魔術をやってみないかと薦めてみたことがある。さらにその後、彼女は仲良くなったロベリアさんの指導の下、休日に練習してスライムとの契約はできるようになっている。
よって今後スライムの管理はマリアさんやコーキンさん達に任せ、俺は彼らに契約しきれなくなったスライムを回収するだけになる。
……それにしても、俺には本当には契約の限界があるのだろうか? 前に聞いた従魔術の開祖の転移者は限界が無かったみたいだが……彼女はそっちの特化型らしいし……今度ガイン達に聞いてみるかな?
と、そろそろ時間か。
俺が店から表へ出ると、従業員の皆さんがそろって見送りをしてくれる。
「では、行ってきます」
「「「「「「「「「「「「「行ってらっしゃいませ」」」」」」」」」」」」」
こうして俺は歩き始める。
やがて門を出ると、朝の日差しと爽やかな青空。そして真っ直ぐに伸びる整備された街道を俺は駆ける。考えてみれば、今回がこの世界に来てから初めての一人旅だ!




