夜歩き
本日4話同時更新。
この話は1話目です。
……3人、かな。
スライムの話でだいぶ遅くなり、暗い夜道を歩いていると後をつけてくる存在に気づいた。
こんな時間の人通りもない場所で。バラバラの人間が一定距離を空けて。それでも一定スピードで俺と同じ方向へ。……なんて分かりやすい。ただ、どうもまるっきり素人というわけでもなさそうだ。
ついてくる3人をチームとして考えると、連携が取れている。後ろへの逃げ道は誰かを倒さなければ無さそうだ。前はガラガラに見えるけど、どこかで待ち伏せか?
このままずっと行けば北門に着く。警備隊の人間もいるし、俺を狙っているとすれば仕掛けてくるのはその前しかない。ならそこに着く前に確かめてみよう。
次の曲がり角を右に折れ、急いで次の角をまた右に。飛び込んだ直後に声が聞こえてくる。
「バレたのか?」
「そんな素振りは見えなかったが……」
「……その角だ!」
「おっと……」
男の一人が叫ぶと、荒い足音が近づいてきた。
急いで逃げるが……
「……こっちだ!」
所々でまこうとしているのに追ってくる……というか普通なら姿を見失ったはずの状況でも、こちらの位置が分かっているようだ。
……周囲には追手以外には誰もいない。広い地域を見渡せそうな高い建物も、ない。となると……あっちに行こう。
「おいっ、ガキは?」
「ずっと逃げっぱなしだ。今はどこかに隠れた。この近くにはいるはずだが……」
「追われてるのには絶対に気づいてるだろうな」
「そうじゃなきゃとっくに捕まえてるだろ。こんな所に逃げ込みやがって……」
「くそっ! めんどくせぇ」
ギムルの北東部。スラムに近いこの一角は、お世辞にも綺麗とは言いがたい。道には障害物が置かれていたり、道路に日よけらしき布が張られている所も多く見られる。
夜闇の中、子供の体のおかげもあって、あちらはこちらの位置を掴み損ねている。待ち伏せをしていた仲間も合流したようだし、そろそろ………
「幸い人の目もない。数もこっちが上だ、しらみつぶしにィッ!?」
「どうぐぁっ!?」
「伏せろ! 矢だ!」
「『テレポート』」
「チッ! 向こう゛っ!?」
「なっ、こっちからも!?」
「まさか仲間が!?」
「『テレポート』」
障害物の中を短距離転移で移動しながらメディスンスライムの麻痺毒(即効性)を塗った矢を手足に放てば、制圧するだけの簡単なお仕事はすぐに済む。
「う……」
「くそっ、毒矢かよ……」
「当分はまともに動けませんよ。その毒、調べてみたらけっこう強いので」
「ッ! この糞ガキ!」
「なんて事しやがる!」
「そちらこそ、僕に何をしようとしていたんですか? 目的は?」
動けない男たちに近づき、槍を1人に向ける。
「へっ……こんな事してただで済むと思うなよ……だがリムールバードと稼いだ金をよこせば許して熱っ! 熱い! やめろ!」
「なんでそんな上から目線だよ」
とりあえず槍からファイヤーボールを打ち出しておいた。当てはしないが、涼しい空気を押しのけた風はそれなりの熱を感じさせる。
「あ」
飛んできた物体を反射的に叩き落とす。
「キィッ!?」
「これか。そうか」
それは暗い色のフクロウっぽい魔獣だった。
……リグレットオウル。爪には神経を過敏にする毒があり、敵を掴む際に鋭い爪が深く肉に食い込んでできる傷と合わせて激痛を起こす。さらに夜行性なので暗闇に紛れて静かに敵を狩るのが得意な魔獣ね……
足と爪は薬の材料にもなるから正体が分かった。けどこの辺には生息していないので、従魔でほぼ確定。こいつに不意打ちをさせるために騒いでいたのか。
「なっ!? どうやって」
「普通に叩き落としましたけど、空は警戒してたんで」
今の一撃で羽が折れたようで、地面に転がる従魔を見た男が叫ぶ。
見ていただろうに。つか見えないはずの俺を正確に追ってきてた時点で、従魔がいるのはある程度予想できた。それが何かまでは分からんかったけど。この色で空高く飛んでたら流石に見えんわ。
「ん、来たか」
「ピロロロロ!」
「ここか!」
「そこの者共! 動くな!」
「警備隊!?」
「何でこんな時に!?」
「おいリョウマ! 無事か!」
「ギルドマスター? どうしてここに?」
警備隊は逃走中に隙を見てリムールバードを飛ばしたから分かる。が、何でウォーガンさんまで?
「やっぱ無事だったか……帰る途中にリムールバードを追っかける警備隊を見かけたんだよ」
それで俺だと分かって着いてきた、と。
「ご心配をおかけしました」
「正直それほど心配はしてなかったが……」
「失礼、この状況の説明をしてもらいたいのだが」
この後、俺は警備隊の詰所で事情聴取を受けた。
翌朝
「お世話になりました」
「もう来るんじゃないぞ」
堅物そうで案外ノリが良いのか、それとも素なのか分かりづらい警備隊員の男性に礼を言い、店へ向かう。
昨夜はただでさえ夜遅く、さらに襲撃と事情聴取もあったので、そこからまた一人で廃坑に帰るのは見過ごせない! と、警備隊の詰所に一泊することになったのだ。
ちなみに部屋は牢屋ではなくちゃんとした部屋。本来は罪は無くても解放できない、あるいはしない方が良い人を一時的に留めるために使われる部屋だそうだ。寝床も十分なものが用意されていた。
「おはようございます!」
「店主、おはようございます。今日はずいぶん早いネ」
「おはようございます店長。何かありましたか?」
店に着くと、まず休憩室でカルラさんとリーリンさんを見つけた。
昨夜の事を説明すると、襲撃を受けた段階で
「店長、この件は事実を全体で共有すべきと判断します。店の者を集めますので、少々お待ちください」
とカルラさんが部屋を出ていき、数分で従業員全員が休憩室に集まる。
「えっと、お話ってなんでしょう~?」
「クビとかじゃないよね……」
「皆さん、そちらはご心配なく。店長、お願いします」
改めて昨夜の出来事を説明すると、違う緊張が増していく。
「というわけです。見ての通り僕は傷一つ無く無事ですが、皆さん外出するなら明るいうちに、できるだけ人通りの多い道を通るなど気をつけてください。それからフェイさんとリーリンさん。お2人には警備の仕事が増えるかもしれません」
2人が頷いて了解を示したのを確認して、さらに続ける。
「今後のことですが、警備の人員を増やすことも視野に入れています。先ほど話した通り現場に冒険者ギルドのギルドマスターが居合わせまして……なんでも今日、商業ギルドでギルドマスター同士の定例会議があるらしく、そこで相談をする機会を設けてくれるということになりました。
そこで僕は昼頃に商業ギルドへ行きます。カルラさんかカルムさん、どちらかに付き添いをお願いしたいのですが」
「でしたら私が参りましょう。カルムは店の方を頼みましたよ」
「承知しました」
「では最後にシェルマさん」
「私に何か?」
「ギルドマスターに持参する手土産について聞いたら、昼食になる物をと頼まれたので、厨房を使わせていただきたいんです」
「そう言うことでしたら私も手伝いますよ。店のお昼も一緒に作ってしまいましょう」
「僕からは以上です。ギルドマスターと相談の結果は追って通達します。皆さん、何か気づいたことがあれば些細なことでも遠慮なく報告してください。……また騒がしくなりそうですが、よろしくお願いします!」
『はい!』
従業員各位への通達を済ませると、店はあわただしく開店準備に。俺はシェルマさんと料理にとりかかった。
「入りな」
「失礼します」
昼に商業ギルドを訪れると珍しく別室で待たされた後、普段とは違う部屋に案内された。
室内には長く大きな机が一つ。その正面と左右にそれぞれ顔なじみのギルドマスターがついていて、俺とカルラさんは手前の席につくよう促される。
「さて、今日ここに呼ばれた理由は分かってるだろうが……そんなことよりまず飯だ!」
「ウォーガン、あんたって奴は……」
「いいじゃねぇか。会議も終わったんだ、今は私的な集まりだっつの。だいたい話なんて食いながらでもできるだろ」
アイテムボックスから用意してきた料理を取り出して配る。
「ギルドマスター」
「ここじゃ名前で呼んでくれ。ギルドマスターじゃ紛らわしくてしかたねぇ」
「ではウォーガンさん。腸詰のスープとパンです」
「おっ! 美味そうじゃねぇか」
「うちの料理人が丹精こめて作りましたからね。それからグリシエーラさんはこちらで、テイラーさんはこちらです」
「おや、私のはハンバーガーかい。なんだかお祭りみたいだねぇ。やけに柔らかそうだけど……」
「こちらは干しぶどうを練りこんだパンに、パイのようなサクサクとした物……どれも紅茶に合いそうだ」
グリシエーラさんは歯が弱いのでやわらかい物。テイラー支部長は食が細いので軽い茶菓子のような物。とそれぞれウォーガンさんから注文を受けていたのだが、これでよかっただろうか?
「んむ……このパン、種の匂いがしないね」
「こちらもだ」
「今日のパンは酵母から作ってみたんです」
2人が言った種とはパン作りに使われる“イースト菌”と同じ働きをする植物の種で、その名のとおり“パンの種”という名称で販売されている。使い方は割った種の中身を生地に加えるだけ。使い勝手がよく、保存や運搬が簡単なため、パン作りには一般的に使われている物だ。
対して俺が今日のパンに使ったのは天然酵母。と言ってもイースト菌だって元は発酵に適した天然の菌を培養しただけだし、種だって自然に生えた植物の種なのだから天然だが……それは置いておこう。とりあえずここでは、麦やレーズンに水を加え、自然発酵させて作った酵母だ。
「最近お金と時間に余裕ができて、材料も森にいた頃と違って、お店で買ったり注文できるので。これまでできなかった事ができるようになったんです」
酵母作りはだいたい一週間ほどの時間がかかり、それまで日に1回中身をかき混ぜたり手をかける必要がある。勤務時間が不定で突然何日も家に帰れなくなる可能性があった前世では手が出しにくく、炭焼きと同じく前世からの憧れだった。
それが街に出てきた今では道具も材料も簡単に揃うようになった。買い物をするお金は店の利益から従業員の給料や緊急時のための積み立てなどを除いて、手元に入るだけでも十分におつりがくるし、時間だって重役出勤に毎日家に帰れる生活。となればもう手を出さないという選択はなかった。
他にも薬の効能や成分を調べるために材料を買って試薬から作るなど、俺の生活は変化しつつある。
前世のように、職場と家を往復するだけの生活ではないのだよ!!
「なに良い顔してんだい。昨日襲われたってのに暢気な子だねぇ」
「それとこれとは別の話ですよ」
「まったく……」
「だがその分なら、問題はなさそうだな」
はて、問題とは?
「お前が誰の助けも無い夜道で襲われて、どう考えてるかっつー話だ。俺は心配ないって言っただろうが」
「そりゃ結果論だろ? アタシらはその場でリョウマを見てないんだよ」
「我々がいくら助力をしようと考えていても、本人がもし手を引く気でいれば余計な世話にしかならんからな」
「へいへい。……とまぁこの2人はお前が昨日のことでビビッて、店を畳むなんて言いださないかと心配してたわけだな」
「ま、そう言うことさね。直接の危険が迫って、そこからの気持ちを知りたかったのさ」
「まさか気にも留めとらんとは思わなかったがな」
「そりゃここまで沢山の人に助けられながらやってきて、襲われたからやっぱやめる! では身勝手が過ぎるでしょう。下で働いてくれる従業員だっているのに、路頭に迷わせることになりますし、大体今日はこれから先のことを話すつもりできたんですから」
「分かった分かった」
そう言うと、グリシエーラさんはあきれたように笑う。
「それじゃもう回りくどい話はナシだ。リョウマ、お前はもうしばらく防備を固めて我慢してくれ。それでカタをつける」
「と、仰いますと?」
「襲ってくる奴なんざ、すぐいなくなるって言ってんだよ」
「我々の悪評が流れて以来、こちらでも独自に調査をしていたのだ。その結果、噂を流して犯罪を教唆していた輩に目処がついた、までは良かったのだが……残念なことに昨日、行方を眩ませてしまった。すぐに捜索の手を広げたが、まず入ってきたのが君が襲われたと言う情報だったのだ」
「あと昨日アンタを襲った奴らね、調べてみると2日前にこの街に着いたばかり。アンタの事は大金とリムールバードを持ってるガキだって、誰かから教えられたんだとさ。で、その誰かの風貌がこっちで目をつけてた奴と一致していてねぇ……」
それはつまり……
「同一人物と見て間違いないんですか?」
「その可能性は高いよ。前に流れた噂からして、逃げた奴はアタシらの関係を知ってる。アンタが狙われたとなれば、自分に追手を差し向けるにしても、少しはアンタを守るために人手を割くだろう……と考えたんじゃないかね」
「個人的な感情を抜きにすれば、普通は公爵家の人間に“この者を頼む”と任されれば疎かにはできん。万が一があれば事だ」
「つまり自分が逃げやすくなるように僕を襲わせた、と」
「俺達はそう見てる。だが怪しまれた矢先に姿を消して、そんな小細工をするくらいだ。もう戻っては来ないだろ。戻ってくるつもりなら、すっとぼけるとか怪しまれないやり方をするはずさ。まぁ、そんなことをする余裕がなかっただけかもしれねぇが……俺達ははい、さようならと簡単に逃がすつもりはねぇ。
こう言うと語弊があるかもしれんが、お前さんは普通のガキじゃない。俺はお前さんが自分の身は自分で守れるだけの力は十分にある、と思ってる。だからお前は全力で店と自分だけ守って欲しいんだ。犯人の方は俺たちが全力でやる」
その逃げた奴が俺が足手まといになることを期待しているとして、それを裏切るわけか。
「すでにウェルアンナのパーティーにミーヤ、ジェフ、それから空間魔法が使えるレイピンを加えた捜索チームを編成して、足どりを追わせてる」
「まぁ向こうもその道のプロだろうし、確実に捕まえられる保証はないけどねぇ。……それよりリョウマ、黙って聞いてるけど大丈夫なのかい? アンタの方は」
グリシエーラさんに聞かれて、一考してみる。
「まず店の守りだけは万全にしたいですね」
「心配すんな。俺も一切手を貸さないとは言ってねぇ。ゴードンとシェールには軽く話しておいた。2人は捜索にゃ向かないが腕は確かだし、どっちもこの街が地元で評判も良い。店の護衛には最適だろう。あとジェフの奴からも信頼できるって男が1人推薦されてるぜ。こっちはギルドに登録してねぇ奴だから、俺からは何とも言えねぇが」
フェイさんとリーリンさんに加えて、あの2人か。ジェフさんが推薦した方は分からないが、ジェフさんが明らかに実力のない人を薦めるとも考えにくい。とりあえず保留にしておくしかないが、店の警備はある程度充実するか……
「カルラさん、警備隊との連携も考れば、どうでしょう?」
「相手の規模が分からないのが不安要素ですが……店の規模を考えると充実していますね。しかしそれよりも店長に護衛をつけては?」
それは必要ない。なぜなら、いざと言うときを考えるとデメリットが大きいから。
いざと言うとき。つまり俺が相手に太刀打ちできない場合。選択すべきはその場からの逃走だが、誰かがいたらそれだけ自由に逃げられなくなってしまう。空間魔法では連れていけないし、置き去りにもしづらい。というか、誰か置き去りにするくらいなら最初から一人で戦うか逃げる方を選ぶ。
「それと相手のことなんですが、人間ですよね?」
「従魔を使う可能性はあるが、基本的に人間だろうな」
「だったら一人の方がいいですね」
地球には魔獣なんて存在しない。俺の修めた技はすべて、人を相手にすることを念頭においている。俺が一番慣れているのは対人戦闘だ。
「昔はずっと祖父とばかり訓練していたので、人間か人型の魔獣が一番戦いやすいです」
「……これまでの実績もあるようだしねぇ……」
「ウォーガンも実力は保証していることだ」
「心配すんな、戦力に関しちゃあんたらより俺の目の方が確かだっつの」
こうして話は具体的な防衛策、襲撃された場合の事後処理へと進み、最後にテイラー支部長から2枚の書類を渡された。
「スライムとリムールバードを扱うに足る実力を持つ事をここに認める……これは?」
「それは君が従魔をちゃんと扱えていることを私が認める。こちらは君の店は魔獣を使っているが、商売は商業ギルドの管轄である、という旨を記した念書だ」
証明としてはギルドカードがあるので、滅多に作られることのない書類らしい。しかしどちらもテイラー支部長の署名と印が入っているので、持っていれば何かの役に立つかもしれない、とのこと。
支部長……今回のことを自分が巻き込んだとか気にしてるのかな……




