終業後のコミュニケーション
噂を流した日から、1ヶ月後。
「皆さん今日もお疲れ様でした」
「「「「「「「「「「「お疲れ様でした」」」」」」」」」」」
今日も無事に店の仕事が終わった。寮へ帰って行く人がぞろぞろと休憩室を出て行く中、俺とコーキンさん、トニーさん、ロベリアさんの4人だけが部屋に残る。
「もう皆さんを雇用してから1ヶ月は過ぎてますね……どうです? ここで働いてみて。何か問題はありませんか?」
「最高の職場ですよ!」
「待遇に文句はありませんし、やりがいのある仕事だと思っています」
「何より、スライムで利益を出しているという事が素晴らしいな!」
コーキンさんのその言葉に大きく頷く2人。
「それならよかった。研修に加えて研究まで頼んで、無理させてるんじゃないかと」
「僕達よりも、店長は大丈夫ですか? 最近お客様が増えてますが……今日も来てましたよね?」
リムールバードと契約したことを公表して以来、俺とテイラー支部長への批判的な噂は徐々になりを潜めていった。しかしその代わりに、俺への面会希望者が増えている。
「やけに早く帰ったが、結局なんだったのだ? あの男は」
「魔獣販売の中間業者だそうですが、リムールバードは生きたままでも剥製にしても需要があるから高く買うとか、手紙を運ばせるくらいならサービスで代わりを用意するからとか……とにかくお金の話ばかりだったんで、ある程度話を聞いてから早々にお帰り願いました」
来るのはほとんどそういう話か、雇ってくれと言う話だ。もっともリムールバードは売らないことに決めているし、雇用は推薦状がほぼ必須と言っていい状態になってしまっている。
「でも飛び込みの面会はお断りしてますから。負担はそれほどありませんよ。ご心配ありがとうございます」
「店長に何かあれば私達も困ります。研究所にいた頃よりよっぽど居心地が良くて、とても充実しているもの」
「名ばかりの研究者になっていた頃よりよっぽどいいな」
「昔は将来への絶望しかありませんでしたからねぇ……」
「絶望とまで言いますか?」
「店長はスライム研究室の悲惨さを知らないからそう言えるのだ。生活はスラムの住民より少しマシと言える程度で、研究所によっては奴隷と同様かそれより扱いが酷いのだぞ?」
「そうなんですか!?」
マジか。研究所ってちゃんとした……酷い扱いをする所はあるか。労働基準法やら色々ある前世でもブラック企業はゴロゴロあったし、その社員を指して社畜なんて言葉が流行る時代だもんな……世界が変わっても人は人か。
「スライム研究室に行く事が決まってまで残るのは、他に行き場の無い者やかつての私のように研究所に固執している者ばかりだ」
「邪魔者や気に入らない部下を追い出すための部署になってしまっているので、どこも待遇が悪くて当たり前……奴隷は主が奴隷の最低限の生活を保証する義務を負いますけど、研究者には給料を支払うだけで生活の保証は無いわ……」
「一応生活ができるお給料は支払われるんですけど、贅沢はできません。それに些細な事で減給されやすくて、常に切り詰めた生活を送らなければならないんです。文句があるなら辞めろといわれるだけで、交渉の余地もありません」
完全なる社畜だな、
「その些細な事とは?」
「一番多い理由はやはり、研究で結果を出せない事ですね」
「スライムの生態の解明及びビッグスライムのテイム方法の確立がスライム研究室の研究対象なのだが、糸口すら掴めていない」
「そんな研究ですから左遷先に使われるようになってるのですけどね……」
「何故、解明できていないのですか?」
科学の発展してる地球ですら、生態が解明されてない生物はいるものだけど……
「まずはスライムの生息域が広く、種類が多様すぎる事が1つ。環境や能力等、あまりに多種多様で仮説を立ててもその仮説に合わないスライムが必ず何処かに存在するのだ」
「加えて情報が少ないことですね。他の魔獣を研究する際は対象の魔獣を解剖します。そこから……たとえば歯の形状を見れば、肉食か草食かを大まかに推測できたりします。
でもスライムは死ぬと核だけを残して体が消えてしまうため、解剖ができません。体が透き通っている種類は解剖する意味もありませんし、残った核も脆い石になってしまい、臓器としての役割があるのかも分からず……」
そう言えばスライムは死ぬと体が消えるんだよな……
まだこの世界に来たばかりの頃に倒した時も、全部核を残して体が消えていた。だから初めは異世界だからドロップアイテム的な物だと思っていた。でも他の魔獣は体が消えたりはせず、解体しなければ肉や素材は得られない。だから俺もなんでスライムだけ? と不思議には思ったことはある。
進化の方に目が行ってそういう物だと流していたけど。
「スライムから上位種に進化した例は何度もありますが、その条件も分かりませんしね」
ん? 進化してるのに条件分からなかったのか?
「どんな種類のスライムに進化したんですか?」
「様々、としか言い様が無いわ。ほぼ毎回違う上位種に進化するんだもの……」
何かを思い出した様に頭を抱えながらため息を吐くロベリアさん。何かあったんだろうか……まぁそれは置いておくとして、どういう事だ? 研究所で何食わせてるんだろう?
「スライムの餌は何を食べさせてるんですか?」
「餌? 餌は適当に……ですよね?」
トニーさんが聞くと、2人も頷く。
「予算が殆ど出ないので餌代を捻出するのも厳しく、他の研究室で飼われている魔獣の餌の余りを貰って食べさせるのが普通です。研究所の給料も自分の生活だけで精一杯の額ですから、できるだけ安く上げるために。
餌として貰った肉を盗んで研究員が食べた、なんて話もあるくらいですから、自腹を切ってまで餌にお金をかける人は滅多に居ないと思いますよ」
「スライムは与えれば何でも食べる。それだけは実証されているので、適当にある物を食べさせるのが普通なんですよ。スライムは環境の全く違う場所でもその場にある物を食べて生きていける魔獣ですから」
ロベリアさんとトニーさんの言葉を聞いて、俺は空いた口が塞がらなかった。
確かにスライムは命令すれば何でも食べるけど……まぁ理由は分かった、そうやって適当に食べさせてるからランダムで進化してるんだな? そしてその結果餌の重要性と進化条件を見失ってると言う事か。思い込みって怖いな……
俺は無意識に頭を抱えており、頭を上げた時には3人が俺に注目していた。
「店長、急にどうしたんですか?」
「いえ、その……」
何て言ったら? ……もうストレートに行くか。
「スライムの進化条件なんですが……食事ですよ」
「えっ?」
「なにっ? ……」
「どういう事?」
「ですから、スライムは食べる物によって進化するスライムの種類が変わります」
ここで俺が森で確かめたスライムの進化条件と、俺が飼っているスライムは全て俺が進化条件を見つけて進化させたスライムである事を伝えた。それを聞いて3人は愕然としている。
「そ、そんな……」
「僕達は、間違った説を信じていた……?」
ロベリアさんとトニーさんはそう言って頭を抱え始めた。受け入れがたいのだろう。……あれ? コーキンさんだけ妙に静か……!?
「コーキンさん!?」
コーキンさんは俯いた状態で、固まったまま声を出さずに号泣していた。
一体何が!?
「店長……」
「は、はい……」
コーキンさんは突然静かに語り始めた。
「私は今の話にとても納得ができた。実は私は研究所にいた頃、スライムをビッグスライムに進化させる方法を探していたんだ。その過程でビッグスライムが生息する場所には強力な魔獣が生息していることが多い事に目をつけ、強い魔獣の肉を食べさせ続ければビッグスライムになるのではないかと仮説を立てた。他の者が誰ひとり成果を出せていないのを見て、他の者とは全く違う着眼点を、と思っての事だった……」
ビッグスライムはスライムが進化したものとして扱われてるのか。しかし、コーキンさんはかなり近い所まで行ってたんじゃないだろうか?
「先程ロベリアが言った様に、スライムの研究者は自分の食事を確保するので精一杯で、まずスライムに強い魔獣の肉など買い与えられない。しかし私は一応は貴族だったので、多少の金は持っていた。
結果を出して何としても他の部署に移りたかった一心で、当時の私は冒険者を雇って狩らせた肉をスライムに与え続けた。勿論狩った肉を届けさせる人員も輸送費も自腹で毎日毎日。それを1年近く続け、とうとうスライムが進化したんだ」
魔獣の肉ばかり食べたスライムか? どんなスライムになったんだ?
「結果はビッグスライムではなく、ミートスライムというスライムになった」
「ミートスライム? 肉、ですか?」
「その通り、餌は肉、だが……」
そこでコーキンさんは言葉を切り、唇を噛み締めている。
「餌だけでなく、体まで肉だったのだ」
「体まで?」
どういう事だ?
「私もそうとしか言い様が無いが……蠢く生肉の塊の様な外見のスライムだ」
「蠢く生肉……」
うわぁ……気色悪い感じしかしない……
「もう分かったかもしれないが、途轍もなく不気味だった……あの後すぐに研究所はクビになり、それまでにかけた金で家と家財道具のほぼ全てを差し押さえられた。そのため研究も続けられなくなってしまったが、店長の話した条件が正しければ私のスライムがミートスライムになった事にも説明がつく。だから納得ができるのだ……今さら言っても仕方がないが、もっと早くに知りたかった。そして、あのまま研究を続けていられればと思うと、悔しい!」
そう言ってコーキンさんは再び悔し涙を流し始めた。
確かに、そりゃ悔しいのも当然だな。研究を続けられていたら一部でも解明できた可能性があったんだから……しかし、コーキンさんって初めに会った時、研究に全財産つぎ込んだとかジェフさんから言われてたけど、そういう理由か……店任す時はお金の管理が出来る人を付けよう、絶対に。
「い、良いじゃないコーキンさん! 私たちはもうこの店で雇って貰えたのよ!」
「そうですよ! これからは店長の下で働いて、スライムの有用性を認めさせる事ができるんですから!」
「そうだな……その通りだ、悔しんでいる暇など無いな! これを更なる励みにしよう!」
ロベリアさんとトニーさんの言葉が琴線に触れたのか、あっという間に気を取り直すコーキンさん。前よりやる気に満ちてるのが何とも……変に僻んだりする人じゃない様で良かった。でも俺、ビッグスライムのテイム方法も知ってるんだけど、今言ったらまた落ち込むよな……
俺に今それを言う勇気と上手く落ち込ませずに伝える話術は無い……今は話さないでおこう。
「それで、何の話だったか?」
「店長にスライム研究室の待遇の悪さを説明してたのよね?」
「そうですね、そこから話が進化条件の話になったんです。店長、他に何か質問はありますか?」
なら、興味があるのはスライムの種類だな。
「研究所で進化したスライムにはどんなスライムが居るんですか?」
「そうですね……とりあえず僕が研究所で見た事がある種類は、店長が飼ってるのと同じスティッキースライムくらいです。そこはスライムに戦闘経験を積ませて鍛え、強く成長すればビッグスライムに進化するという仮説を立てていたので。やることはスライムを捕獲して増やし、他の魔獣と戦わせては死なせていく作業を繰り返すだけだったの」
そりゃ進化する間も無いわな。
「私が昔、研究材料として飼っていたスライムは、ツリースライムに進化した事がありますよ」
おっ! 初めて聞くスライムだ!
「どんなスライムなんですか?」
「初めはただのスライムと同じですが、次第に核から木が生えて来るんです」
核から木が生えるって、ツリースライムの核は種なのか?
「それで、どうなるんですか?」
「それだけですね」
「えっ?」
「段々と木が成長して行き、そのまま地面に根付いてただの木になります。一応木の中に核があって生きてはいる様なんですが、動く事もできなくなりました」
「何か有用な活用法等は?」
「特には……木材にする位は可能です」
木材……
「店長、有効活用できるスライムなんて、普通はそう簡単に見つかりませんよ。精々スティッキースライムの粘着液を接着剤として使う事ができるという位で……」
「それも普通に糊や膠を使えば良いだけなので大した需要も無いですからね」
「上位種に進化したスライムはそこで研究対象でなくなるため、失敗例として処分されてしまうからな」
どうやら研究所の職員にはスライムに対する熱意が無いらしいな。待遇の悪さとか将来性の無さでやる気も無くなっているのかもしれないが、酷すぎる気がする……これはちょっと本気でスライムの有用性を広めてみようか? この世界での一生の目標として。
というか何でスライムが使われないのかが分からない。確かに弱いが、上位種でなくても役立つことはいくらでもある。
「弱くても危険察知能力は高いから魔獣や盗賊の接近にはいち早く気づいて教えてくれますし、餌の朝露とか水場の場所とか、自然の中で生きるための重要な情報が得られたりもするのに」
「前々から感じていたが、店長はよほどスライムと相性が良いのだな」
「そうらしいですね。扱える数がかなり多いとか」
「それもあるが、私はその理解力の方を言っている」
理解力?
「一口に従魔との相性が良いと言っても、個人差があるんですよ。たとえば特定の魔獣と相性が良い従魔術師を集めたとしても、その人たち全員が同じように従魔と意思疎通ができるわけじゃありません」
ロベリアさんが言うには、従魔の感情が感じ取れる従魔術師、しぐさを見て理解する従魔術師など様々だそうだ。
「ある程度の意思疎通ができなければ相性が良いとは言わないが……ごくまれに桁違いの。それこそ本人は人間相手と同じ感覚で魔獣と意思の疎通がとれる者もいるらしい。おそらく店長もそちら側の人間だろう。ちなみに私はスライムが不快と感じたら分かる程度だ」
「私も。契約はできても、危険や水場なんて分からないわ。それに時々伸ばした体で器用に物を運んでるスライム。あれも明確に意思が疎通できるから実現したんじゃないかしら?」
「もし店長の言った事が万人に理解できるようなら、今頃スライムは従魔術師必携の魔獣になっていたかもしれませんね」
なるほど……俺と大多数の従魔術師には、意思疎通の能力に大きな差があるらしい。おそらくスライム限定だと思うが。それも研究がすすまない一因なのかもしれない。
それから俺は詳しく話を聞いてみたり、今まで存在が確認されているスライムの種類と特徴について語り合い、気づけば夜中まで楽しい時間をすごしていた。




