噂を流して
翌日
「おはようございます。何かありましたか?」
店に顔を出すと、厨房に人影が集まっていた。
「あっ、店長」
「おはようございます~」
「これですよ」
出稼ぎの三人娘が場所を空けて見えたのは、作業台に乗った皿の上に盛られているソーセージ。沢山繋がってとぐろを巻いたそれが三枚。なかなかの量だ。
「お隣の奥さんがリムールバードとの契約祝いです~って」
「それと昨日店長が置いていった消臭液。あれがスライムの餌だけじゃ割りに合わないから、とも言っていましたね」
「とっても役に立ったみたいで、凄い笑顔でついさっき置いていかれましたよ」
「なるほど、ちょうど入れ違いになっちゃいましたか」
「今日のお昼はこれを使うことにします」
冷蔵庫の前にいたシェルマさんが宣言した。果たして焼くのか? それともスープにするのか? どちらにしても楽しみだ。
仕事に戻る三人娘と別れ、俺も執務室へ。カルムさんから報告を受ける。
「噂は広められたみたいですね」
「事実のみですから、そう難しいことはありませんでした。これからどう状況が動くかは、しばらく様子見になります」
「そうですか……では店のほうは?」
「これといった変化はありません。妨害もありませんし……ああ、そういえば消臭液は販売していないのか? と聞きにこられた奥様がいらっしゃいました」
「消臭液を? ジークさんのところから聞いたのかな……効果と安全性は保障できますが、売れます?」
「実際欲しいという方もいらっしゃるようですからね。店の仕事と無関係でもありません。店頭に並べてみても良いと思います」
「販売にかかる負担は?」
「瓶詰め程度なら誰でもできる作業ですし、コーキンさんたちは空き時間に色々と調べているようですから。合間に頼んでも問題は無いでしょう」
「……それじゃ念のため、明日からコーキンさん達を交えて安全性の再確認。それで問題が無いようでしたら、少し置いてみましょう。勘定用の板も用意しておきます」
消臭液の販売を考えて。昼食ができるまで、そのための作業を店の奥でひっそりと進めた。
昼食後
「さぁ、午後はどうするかな……」
仕事がなくなってしまった。絶対量も少ないが、今日はそこからコーキンさんたち未来の店長候補の教材として持っていかれてしまったのだ。
ここでの仕事がないとなると……家(罠)作りに励むか。
そう考えて廃坑へ帰る道中。
「リョウマではござらぬか」
「アサギさん、こんにちは。今日はお休みですか?」
「うむ。たまには体を休める日も必要だ。そう言うリョウマは今日も仕事でござるか?」
「ちょうど仕事がなくなって帰る所ですよ」
「そうであったか。それなら丁度良い」
アサギさんはおもむろに持っていた風呂敷包みから、一本の瓶を取り出した。
「リョウマはたしか酒の神の加護を受けていたであろう? これを納めてくれ」
「お酒の匂い……もしかして日本酒?」
「おお! 知っていたか。これは拙者の故郷で作られた、ダイギンジョウ。ニホンシュと呼ばれる酒の一種でござるよ」
「これは、ありがとうございます」
「おすそ分けでござる。酒の神の加護を受けた者に酒を奢ると縁起が良いと聞くからな」
そういえばそんな話も常識の知識にあったっけ。
「それじゃアサギさんの幸運を祈りながら飲みますね」
日本酒とは懐かしい。久しぶりに飲んでみよう。
「それにしても、リョウマは拙者の故郷のことに詳しいのでござるな」
「祖父母から話をよく聞いていたので」
「そうであったか」
「……そうだ、話が変わりますが、アサギさんはどこで刀を手に入れてるんですか?」
素性の話でボロを出さないよう、前々から聞きたかったことを聞くことにした。防衛の件もあるし、そろそろちゃんとした刀が欲しい。
「拙者は定期的に故郷から送られてくる物を使っている。リョウマは刀が欲しいのでござるか? それとも武器として使うのでござるか?」
「使うために欲しています」
刀の扱いを学んだけれど、この国はロングソードなどが主流。この前行ったティガー武具店にも刀は置いてなかった。
「残念だが、このあたりでは手に入らぬよ。王都に行けば取り扱う店もあるが……刀は拙者の故郷において戦うための武器であり、国外に誇る美術品であり、我々サムライの象徴であり、魂とされているのでござる。
よって刀の輸出はされているものの、手に入れるなら大金を要する。リョウマが店で稼いでいるとしても、使い続ければ消耗してしまう。その都度買っては出費がばかにならん。拙者も昔やむなく王都の武器屋で買った事があるが……毎度買い換えていてはとても生活ができぬでござるよ。
刀匠の技を学ぶことも許された外部の鍛冶職人もいると聞くが、その門は狭く……少なくとも拙者は面識がない。直接交渉も現実的ではないな」
「何とか定期的に安く手に入れる方法はないでしょうか?」
「むぅ……流派の弟子となって供与を受けた例があったはずだ。しかし残念ながら拙者はまだ修行中の身。弟子を取る資格を持っておらぬし、資格を持つ知人もこちらにはおらん」
そもそもアサギさんは修行のために故郷を出ていて、修行中はしきたりで故郷との繋がりを制限されるらしい。許されているのは無事を知らせる僅かな手紙と、縁起物の酒を送る事。刀についてもその必要性から例外として許されているだけに過ぎないとのことだ。
「リョウマはどこで刀の扱いを学んだのでござるか? その筋を頼るのが一番の近道だと思うが」
「祖父が刀を打てたんです。刀の使い方もそれで」
「なるほど……妙に里の物に詳しいと思えばそういう事であったか」
そういう事にしておこう。
「だがそうなるとやはり高額の刀を買うか、武器を持ち替えるかだ」
「そうですか……ありがとうございます」
「力になれず、すまない」
アサギさんのせいではない。貴重なお酒を譲っていただけたことに礼を言って、その場は別れた。
しかし街を出て、何も無い穏やかな道を歩いていると考えてしまう。
……いっそのこと、作れないかな……
現代刀の材料は玉鋼。そして玉鋼を作るのに必要なのが、木炭と砂鉄である。
木炭は作れる。これでも元日本のサラリーマン。リタイア後に炭を焼きながら穏やかな生活を妄想したことは数知れず、ガナの森では冬場の燃料に重宝した。
砂鉄についてはもっと簡単で、代表的なのは黒色の四酸化三鉄。これはメタルやアイアンの餌に使う酸化第二鉄と組成こそ違うが、鉄と酸素の化合物に変わりは無い。よって錬金術を使えば廃坑でいくらでも手に入る酸化鉄を材料に変えられる。
知識も……ある。親父の職業は刀匠だった。幼い頃はその姿をよく見ていたし、たたら製鉄の現場に連れて行かれたこともある。ある程度体ができてくると手伝いを強要され、秘密で刀の打ち方を教わったこともある。
ただ、そちらは早々に才能がないと見放されていた。
材料も知識もあるにはある。けれど技術が無い。だから実用に足る物は作れないだろう。少なくとも一朝一夕ではどうにもならない。本気で作るならどこかに弟子入りするか……にしても長い時間がかかる。
でも、それを承知で独学でやってみるのも面白いかも、とはちょっと思う。
「それが規制に引っかかるか、聞いとけばよかったな……」
また今度、アサギさんに聞いてみよう。
そう決めたところで、ふと思い出した。
刀じゃないけど使えそうなのがあったような……
「『アイテムボックス』」
廃坑に帰り着くやいなや広場で従魔を自由にし、一人目的の物を探す。
この中にしまいっ放しだったはずなんだけど………………あった!
かつて倒した盗賊、メルゼンの槍を引っ張り出す。少々長いが作りはしっかりとしていて、錆や歪みはない。少し長いが重さは軽いくらいだ。材質は鉄じゃないな……火炎鉱石? 鑑定結果が良く分からない。これは今度誰かに聞いてみるとして……とりあえず武器として使うには悪くなさそう。
坂と言うほどでもない短い傾斜を転げ落ちては這い戻るメタルスライム等々、自由に過ごすスライム達が近くに居ないことを確認して、試しに少し振ってみる。
「……取り回しには問題なし。でもやっぱり……」
俺が親父から受け継いだ技は、元を正せば戦国時代を生き抜いた一人の侍の技だと伝えられている。家柄はそれなりだったようで、武芸に長けて学問にも興味を持っていたようだ。しかし嫡男でないことを良いことに、相当自由気ままに生きていたらしく、家を飛び出したか追い出されたか……かなりの極貧生活を送っていたらしい。
若く血気盛んな頃こそそれで良しとしていたが、晩年に考えを変えたという。金はなく、妻も子供もなく。腕は立てど世に名を馳せるということもなく。振り返ってみれば、自分は何をやってきたのか、何も遺す物が無いことに気づき悲しんだ。
その末に自分の技と知識を遺すことに行き着き、以後その侍は余生の全てを弟子探しと指導に費やしたという話だ。
そして彼が生き抜いたと言われる戦国時代の侍にとって、主要な武器は槍。刀は槍を失った場合の予備武器にすぎなかった。だから侍も、その技を受け継いだ俺も槍は使える。けれど正直に言えば、刀の方が扱いやすい。こればかりは時代の流れ……でもない。
しいて言うなら……親父のせいだろうか?
親父から受け継いだのは刀、槍、棒、脇差、弓、手裏剣、鎖鎌、徒手格闘、その他暗器の類。親父はこれらの技を教える際、優先順位を定めていた。そして最重要としたものが、徒手格闘と刀。これらをある程度納めるまで、他は一切触れさせもせず、学び始めたら学び始めたで刀の修行時間を多めにするよう厳命されていた。
理由は本人が刀匠だったからではなく、現実的に現代で使いやすいか否かだろう。
そもそも武器術はその武器を持っている状態で、武器を使用する時の技だ。しかし現代社会では武器の所有と持ち運びが禁じられ、場所によっては金属探知機など各種機材でチェックが入る。棒きれ一本でもむやみに持ち歩けば職質の対象となる時代だ。
武器を持たずに使える格闘術。そして現代でも美術品としては所有が認められ、槍や棒よりも短く、隠し持とうと思えばまだやりようがある刀を最優先としていたのだと……俺は考えている。
実際に親父から理由を聞いたことは無いが、親父の考え方はだいぶ世間一般の常識から外れていた。外には上手く猫を被って高い評価を受けていたが……
『俺が打った刀で人を斬ったら、どれだけ斬れるんだろうか』
「!? ………………」
「クルルルッ」
親父の声が聞こえた気が……? いや……
あたりには誰も見えない。人の気配もない。従魔達が思い思いにすごしているだけで、その誰もが異変は感じていない。しいて言えば、俺がリムールバードを驚かせてしまった?
「……気のせいか」
周囲を歩いてみても異常なし。親父のことを思い出したから、そんな気がしただけだろう。
「親父の刀があれば……転生前に願っておけばよかった……」
本来の使い方で実用性を試したい。けど人を斬れば刀が打てなくなる。だから斬らない。
人格はともかくとして、親父は最高の刀を打つために生きていたような人間だった。刀匠としての腕も評価を受けるくらいだから優れていたはず。それが手元にあればと思うが、後悔先に立たず。
「考えるの止めよう……森にあっても手入れができなきゃ今頃は……うん。……そうだ」
たしかこの槍、魔法武器だったよな? 魔力を込めると何らかの魔法が出せるって、調べてみよう。
興味の矛先を槍へ向けると、少しずつ実験が楽しくなってきた。
火は出る。……この槍は発火の魔法か。打ち出したりは……できた。ファイヤーボールだ。他は? 発火とファイヤーボールの2つだけかな? 込める魔力量は………………関係なくて出力は一定の。込める魔力はどの属性でも良いみたいだな。……でも若干、魔法と同じ属性の魔力を込めた方が魔力の消費が少ないかな。余計なことせず火を使うのが効率良さそう。
こうしてメルゼンの槍を調べて、というか遊んでいたら
「日が暮れてきた……」
そろそろ終わりにするか。
……ここまで遊んでおいてこう言うのもあれだけど、あまり便利な機能ではなさそうだ。魔法武器は錬金術のように簡単に魔法を使えるけど、融通がきかない。
魔法を使えない人が魔法しか効かない魔獣の相手をする時には良いと思う。だけど俺なら自分で火魔法を使った方が威力も種類も自由に幅広く使えるから……面白いけど、武器としては普通の槍と大差ない。
そう結論付けて、槍はアイテムボックスの中へ。
さて、夕飯の準備しないと……




