緊急事態発生
翌日
目が覚めて外に出ると、まだ外は薄暗かった。
昨日早く寝すぎた? 今から街に行っても早すぎる。
そう思ったので、坑道内に厨房と倉庫を増設。アイテムボックスの中身を整理する事にした。薬草関係は調剤室に大体入れたが、まだ売ってない毛皮などは入れっぱなしである。
毛皮、毛皮、毛皮、毛皮、毛皮、紅茶……紅茶は厨房だな。
毛皮、毛皮、毛皮、毛皮、毛皮、毛皮、お金……あ、ここから盗賊の持ち物か……武器、防具、防具、武器、武器…………そういやメルゼンって盗賊の槍の事を忘れてたな。今度試そう。そして次は……毛皮。
「また毛皮。毛皮が多過ぎるだろ……何で俺は律儀に全部取っておいたんだか。スライムに食べさせれば無駄にもならんのに」
そうして暫く整理をしていると、変な物を見つけた。
「何だこれ?」
今俺の手にあるのは1つのゴブレットだ。俺の食器は全て土魔法で作った石製か、木を削って作った木製なんだが……このゴブレットは銀製。しかも金で装飾がしてあって宝石まで付いている。
何でこんな高級そうな物が俺のアイテムボックスに? 盗賊の持ち物じゃない筈だ、森を出る前に一度全部確認したが、こんな立派な物は無かった。でもどっかで見た覚えが……
何気なくゴブレットを鑑定してみる。
神器・酒の神テクンのゴブレット
酒の神テクンによって作られた神器
酒の神の力が込められており、魔力を対価として捧げ続ければ尽きる事無く酒が湧き出す。
所有者:リョウマ・タケバヤシ
!?!?!? ちょっと待って、ナニコレ、何で神器なんて大層な物が…………!!
「思い出した! これテクンと会った時に渡されてた奴だ! ってか俺持って来てたのか!?」
考えてみたら、あの時慌てて適当に出した物をアイテムボックスに突っ込んだ……あの時紛れたとすると……
「まずくないか? これ……とりあえず、教会に行こう!」
アイテムボックスにゴブレットをそっと入れ、スライム達をディメンションホームに入らせて街に急ぐ。それはもう、全速力で。
街に到着し、真っ直ぐに教会に向かう。すると俺が教会の前に着くと、少女が扉を開いていた。
「あら、礼拝の方ですか?」
「はい、今から宜しいですか?」
「ええ、どうぞ。でも珍しいですね? こんな朝早くから来る方なんて……」
あまり雑談してる暇は無いんだが……
「最近仕事が忙しくて。こんな時間帯にしか時間が取れないと思ったので」
「そうでしたか」
今日も俺は礼拝堂に案内された。正直、もう道は覚えているから案内ぶっちぎって走って一刻も早く来たかった。が、表面上は取り繕い、案内してくれた少女に礼を言い、礼拝堂の椅子に座って祈る。
テクン! 神界に連れて行ってくれ!! そう願うと数秒後に視界が光で白く染まる。祈りが通じたのか!
光が止んで振り向くと、そこにはテクンが居た。姿を確認した俺はほっと息を吐く。
「リョウマ、呼んだか? っつーか、どうやって呼んだ? 今はっきりお前の声がしたんだが」
「教会で祈った」
「おいおい……それだけで呼べるはずねぇだろ。そんな事で簡単に神を呼べるんだったら俺たちゃ常に誰かに呼ばれてなくちゃならねぇぞ」
「そう言われても……それより話があるんだ」
「何だよ、何かあったのか?」
言葉よりもまず、アイテムボックスからテクンのゴブレットを取り出す。それを見たテクンは目をこれでもかと見開き、アイテムボックスの穴とゴブレットを交互に見つめていた。
「前回会った時、テクンが俺を置いて走り去っただろう?」
「お、おう……」
「あの時、アイテムボックスの中で酒のつまみを探しているうちに時間が来てな……急いで片付けた時に荷物にゴブレットが紛れ込んでた。俺も今朝アイテムボックスの整理をした時それに気づいたんだ……その、済まない。勝手に持って行って」
「そりゃ別に構わねえけどよ、お前、それ持って行けたのか?」
「アイテムボックスに入れてしまって一緒にという感じだが、ちゃんと向こうで取り出せた」
「取り出せたっておいおい……そもそも魔法、いや、魔法に必要なのは精神と魔力……使えねぇこともないのか?」
そう言うとテクンは頭を掻き、それからこう言った。
「ちっとそれ見せてくれ」
ゴブレットを指差してそう言われたので渡すと、テクンはゴブレットの何かを確かめるように眺め、撫でている。
「…………リョウマ、これ持ってった事は別に構わねぇ。人間の中じゃ神器なんて呼ばれて崇められてるが、この位の物なら俺達はいくらでも作れる。それにこれはもうお前の物になってるみてぇだ」
「俺の物に? そう言えば鑑定したら所有者:リョウマ・タケバヤシとなっていたが……」
「あの時俺がお前に渡したまま立ち去ったからか、俺がお前に神器を授けたみてぇになってるな。これはもう完全にお前のだ。まぁ飲めや」
そう言ったテクンはどこからか取り出した酒瓶から酒を注いだゴブレットを返してきた。
「いいのか? そんな簡単に。あとまだ朝なんだが……」
「気にすんなって、今のお前は魂だけだ。体は酔わねぇよ。何より、話をするならまず酒だろ? ゴブレットの事はさっきも言ったが、俺ならいくらでも作れる物だから俺は別に構わねぇ。それに過去にも俺達が人間に神器を授けた事だってある。転移者の望みでやった物は能力こそピンキリだが、大抵は神器だぜ? 神器を人間に授ける事にも問題ねぇからな。それより酒の方がよっぽど大事だぜ」
そんな適当で良いのか!?
「まぁ神器を持ってると知れれば騒ぎにはなるだろうから隠しとけ。1人で飲む時に使えばいいんじゃねぇか?」
「そうか……分かった。とりあえず問題が無いなら良い。わざとじゃないとはいえ、ここの物を勝手に持って行ったからヒヤッとした」
受け取ったゴブレットの中の酒を飲む。今日の酒も美味いが、前回の酒より大分アルコールが弱い気がする。テクンが気を使ってくれたのだろうか?
「がはは、確かに持ってかれると困るっつーかまずい物もあるにはあるが、そういった物はしっかり管理されてっからな。うっかり持っていくどころか見る事もねぇ筈だ。気にする事ねぇよ。
大体それは酒を出すだけのゴブレットだぜ? 使用者の能力を引き上げたり、使用者の力量次第で城壁を紙の様に叩き切れたりする剣とか、そう言った神器よりよっぽど安全だ。どっちかっつーと、俺はお前が神器を持って行けた事が気になるんだがなぁ……ま、別にいいだろ」
「良いのか? というか、持って行けないのか?」
「当たり前だろうが! うっかりとかそんなに簡単に神界の物を……そもそもここに人間が来れる時点でおかしいんだっつの」
そういえばそうだったな……
「何度も来てるから忘れてた」
「来る事もだが、ガイン達がお前をこの世界に呼んだ影響が出てるっつってた。多分そのせいだな」
「それ、よく言われるが大丈夫なのか?」
「さぁな……俺は酒と職人の神だからよ、そういう質問されても答えられねぇ。これがフェルノベリアだったら多少は何か分かるかもしれねぇが」
フェルノベリア? 聞いた事無い名前だな?
「誰だ? そのフェルノベリアって」
「ああ、お前は知らねぇのか。魔法神だ、魔法神フェルノベリア。自分の領域に閉じ篭って何やってんのか良く分からねぇ奴だが、魔法やら色々な知識に関しちゃアイツが1番詳しいぜ。ただ、同じ神である俺ですら滅多に会おうとしない奴だ、お前が会えるかは分からねぇな」
「そうなのか。普段特に問題はないし、ガイン達が悪影響はないと言っていたから気にはしてないが、理由が分かるなら知っておきたい」
「自分に妙な事が起きてんだから、そう思うのは普通だろうな」
そうテクンが言うと、周囲が輝き始めた。何時もより早いかな?
「あ、時間だ」
俺は急いで酒を飲み干し、ゴブレットをアイテムボックスの中に入れる。
「ほー、お前が帰る時はこうなんのか……」
「そういえばこの前帰る時にテクンは見てなかったな。あの後ガイン達に会えたのか?」
「ああ、帰ってきた所をとっ捕まえたぜ。やっぱりお前の世界に行ってやがった。今度は俺が地球の酒巡りに行く事を認めさせてやったぜ!」
そう言ってテクンは豪快に笑い始めた。
「そうか、ほどほどに……って、酒の神が泥酔はしないか」
「おうよ! 浴びるほど飲んで楽しんでくるぜ!」
「そういえば、その場合地球の酒はどうなるんだ? 突然消えたりするのか?」
「そうはならねぇ。向こうでもこっちでも、その世界にある物と同じ物を神の力で作って飲み食いして楽しむんだ。お前のゴブレットも同じで魔力を注げば酒がゴブレットの中で作り出される。いくら飲んでも他の奴の酒が無くなる訳じゃねぇぜ」
「そうか、なら遠慮なく使えるな」
俺がそう言うとテクンは笑ってこう言った。
「その通りだ。酒を楽しめよ! 酒は楽しく飲むもんだ!」
そう言ったテクンの言葉に応えようとしたものの、その時視界が白く染まり、礼拝堂に戻ってきてしまった。
「……間に合わなかったな、ここで祈れば届くか?」
ありがとう、俺もこっちで楽しませて貰うよ。そっちも酒巡りを楽しんで来てくれ。
そう祈ってから寄付をして教会を出た。
さて、店に行こう。今日はちょっと遅くなった。もう開店時間を過ぎている。
店に向かって歩いていると、店の近くで大勢の笑い声が聞こえて来た。
なんか楽しそうだな。どっから声が……俺の店?
声の出処は俺の店だった。店の外に居る人が大笑いしている。何やってんの?
そう思って中を覗くと、リーリンさんが2人の男を気絶させた所だった。ホントに何やってんの?
「おはようございます、リーリンさん」
「あ、店主。おはようございます。ちょとこの人達縛り終わる、待ってて欲しいヨ」
手早く2人の男を縛り上げているリーリンさん。その間に店番をしていたカルムさんに事情を聞く。
「何があったんですか?」
「前回から大分間がありましたが、またゴロツキです」
「え、じゃあさっきのお客様の大爆笑は? 悲鳴とかなら分かりますけど、何故笑いが?」
「実は……」
話を聞いてみると、このゴロツキは俺の店の洗濯に文句をつけて店の評判を落とそうとして、普通は落ちないような頑固な汚れをわざと付けていたらしい。ただしクリーナースライムには通用せず、大勢の野次馬の前で汚れが落ちていないぞ! と言いながら完全に綺麗になった洗濯物を広げたとのこと。
その間抜けさに誰かが笑い始め、つられて1人、また1人と笑いが伝播して最終的にあの大爆笑。暴れようとした所で速やかにリーリンさんにより捕獲され、その直後に俺が入ってきたわけだ。
なお、ゴロツキは偶然店の前を通りかかった警備隊の人に、お客の誰かが声をかけてくれたらしく、営業妨害でそのまま連れて行かれた。
「運がいいのか悪いのか……」
「話、聞き出す暇なかたネ」
店の奥にカルラさんとフェイさんを呼んで話をしたが、とりあえず現状維持。警備隊の取調べの結果を待つことにして、各々できる事が見つかればまた話し合うという事で話は終わる。
そうだ、昨日の解毒剤。
「これ昨日作った解毒剤なんですが、万一のために置いておいて下さい」
「かしこまりました」
そう言ってカルラさんとフェイさんは薬の瓶を人数分持って出ていった。
さて、俺はどうしよう。店の防犯で何か出来ないか……そういやこの店の窓は、あまり頑丈じゃない。あれ、使えないか?
思いつきを実行するため、廃坑へとんぼ帰りして、広めの坑道に3つの魔法陣を描いた。
スティッキーに頼んで、別に用意しておいた箱の中に硬化液を吐き出して貰う。
それを用意した陣の1つで分離、液から半分の水分を抜く。
「もう一度頼む」
水分を抜いて体積の減った箱の中に、更に硬化液を吐き出して貰う。
それを次は混合の陣で混ぜ合わせ、また分離で水分を抜く。
それを何度も繰り返すことで、スティッキースライムの硬化液を濃縮している。
まだ森にいた頃、俺が錬金術でスティッキースライムの吐く液を濃縮したらどうなるのかを試した事があった。
その時の結果は硬化液の場合、通常よりかなり硬くなる。普通は硬化液が乾燥すると少し力を入れればパキパキと音を立てて割れる位だが、濃縮した物は強化の魔法を使ってやっと割れる位の硬さがあった。
錬金術の陣には丸に四角を2つ。45度ずらして合わせた『変形』の陣があり、野球ボール程の大きさの塊にした濃縮硬化液は、俺の全力でも簡単には砕けない。
これを板状にして窓ガラスのように使えばいい。
「なぜ今まで思いつかなかったんだろうか?」
この濃縮硬化液、かなり透明度が高い。無色透明とはいかないが、言われなければ気づかない程度の黄色が少し入っているだけだ。変形で板状にすれば十分窓ガラスに使えそうだ。
少なくともこの国で一般的な木の窓よりは頑丈だし、光を入れるために窓を開けて冷たい風が入ることも無い。
光という点ではガラスもある。しかし瓶など吹きガラスで作られる製品は一般の職人が作れるため安く普及してるが、窓に使うような板ガラスは魔法で生産されているので高価だ。
吹きガラスでも板状のガラスは作れるが、品質保持の規定などで熟練の職人しか販売出来る物を作れず、生産量が少ないんだとか。
俺も窓ガラスを手に入れられないかと考えたが、建築の知識ではどんなに安くとも1枚で中金貨が必要になる。だから店を作った時も窓ガラスを諦めてほかと同じ様に木で作っていた。
だがこの濃縮硬化液で板を作れば代用が可能だ! それに加えて硬さで防犯に向いており、ついでに火と熱にも非常に強い性質がある。
余談だが、濃縮粘着液の方は固まるが強度はそれほどでもなく、どちらかと言うと脆い。更に色は濁っていて不透明な上、良く燃える。普通の乾燥粘着液は布よりは若干燃えにくい位だが、濃縮粘着液の塊は勢い良く燃える。硬化液とはまるで反対の性質で驚いた。
濃縮硬化液は硬すぎ、濃縮粘着液は脆いし火魔法があるから燃料としても不要で放置していた。こんな所で使い道が出てくるとは。
「土魔法と結界があれば寒さは凌げたしな……全然思いつかなかった」
こうして時々独り言をつぶやきながら作業を続け、夕方までかかって窓50枚分の濃縮硬化液板を作り上げた。




