別れの後の憂鬱
公爵家の皆さんを見送った後、俺はトレーニングがてら走って廃鉱に向かっていた。その道中やけに冒険者の数が多く、グレルフロッグの事を思い出した。
通り道だし様子を見て、また少し捕まえて行くか。
そう思い立った俺は、アイテムボックスから胴付長靴を取り出して沼に向かう。
「人多いな……」
沼に着いた感想がこれだ。多分見える範囲だけで100人以上は居るだろう。別の沼にも人が行ってるようだし、これ以上の人が集まってるのか……
沼を眺めてそう考えていると、所々でツナギや胴付長靴を着ている人が目に付く。なかなか売れてるみたいだな。……おっ。
1つの集団が俺の目に止まった。5人組で、全員がツナギと胴付長靴を着用した集団。しかもその顔には見覚えがある。
ブラッディースライムを売ってくれた冒険者。シクムの桟橋の5人だ。せっかくなので近寄って挨拶をしていこう。
そう思って近づいてみると、何かあったんだろうか? 少し不機嫌そうなカイさんの背中を周りの人達が軽く叩き、気にするな、仕方ないと言って励ましている。
「こんにちは」
「ん? 君はあの時の、リョウマ君だったな。先日は助かった」
「いえいえ、こちらも良いスライムが手に入りましたから」
そう言うと、前酔っ払っていた男が前に出てきた。
「お前があのスライムを買ってくれた奴か?」
「はい、そうですよ」
「そうか、あの時はすまなかった。俺はセイン。あの時酒に酔って絡んだらしい。飲み過ぎで良く覚えていないんだが……あのスライムを買ってくれて助かった。その上良い儲け話を教えてくれて感謝してる」
なんかあの時とは全然雰囲気が違う。酔ってた時はただの酔っ払いだったが、今は普通に真面目そうな人だ。
「お気になさらず。それより、何かありました? カイさんが難しい顔をされていましたが」
「問題って程の事じゃねぇんだが、少しな。その前にこいつらを紹介しとくぜ」
そう言ってカイさんが視線を送ったのは、前回セインさんを運んでいった2人だった。カイさんはまず少し背の低い1人の肩に手を置いてこう言う。
「こいつはケイ、俺の弟だ」
「ケイです、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
「で、こっちが」
「ペイロンだ、よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
「俺たち5人でシクムの桟橋ってパーティーを組んでるのは知ってるな?」
「はい」
「実はな、俺ら昔は漁師だったんだよ」
漁師? それは良いけど何故いきなり? と思っていたら、シンさんが交代するようだ。
「悪いな、カイは説明が下手なんだ。ここからは僕が説明しよう」
それから話を聞くと、シクムとはこの国最大の湖のほとりにある村の1つだという。
そこで生まれ育った彼らは、元漁師だけあって網の扱いに慣れている。水ではなく泥の中での作業に多少の感覚の違いはあれど、他の冒険者より楽に素早く、多くのグレルフロッグを捕まえられていた。
ここ数日はそれで大儲けができたらしく、今日も既に20匹以上の捕獲に成功していたのだが……捕獲したグレルフロッグを入れていた籠から少し目を離した隙に、籠を誰かにすり替えられたらしい。籠はギルドで貸し出されている支給品で、同じ物を持っている者が大勢いるため犯人もわからないとのこと。
「なるほど、獲物を盗まれたんですか」
「そうなる……かな?」
その微妙な返事は何だ? と思っていたらケイさんが籠を持ってきて見せてくれた。その中には20数匹のグレルフロッグが居たが、どれも弱っている。その中の2,3匹は怪我をしていて虫の息だ。
「獲物の数だけで言えば、すり替えられた後の方が多いんだけどね……」
「誰か下手くそが捕獲に失敗したんだろ。やり方が悪くて弱ってんだ。弱ったグレルフロッグは値が落ちるし、死んだら更に値が落ちる。今から街に向かっても途中で死んじまいそうなのばかりなんだな、これが」
「それを俺達の状態が良い獲物とすり替えられた」
「また捕まえれば良いけど、気分の良い事ではなかったんだ。それだけさ」
なるほどなぁ……そうだ!
「皆さん、これ売るとしたら幾らになるか分かりますか?」
「ギルドに着いた時点で弱っていたら200スート、死んでいたら50スートまで値が落ちる。虫の息ならその間だそうだ。先日の事で身に染みたからな、下調べは万全だ」
「状態が良ければ1匹1000スートですよね?」
「そうだ、それがどうかしたのか?」
「なら、このグレルフロッグを1匹300スートで売って頂けませんか?」
俺の言葉に首を傾げて聞いてくるシンさん。
「それは構わないが、良いのか?」
「ギルドに売るより高くなるから、こっちは得だけど……」
「損をするぞ?」
「ギルドに売るならそうでしょうけど、僕が個人的に使う分には問題ありませんよ」
「個人的に? 薬を作れるのか?」
「はい。解毒剤等に使えますから、僕は常備薬として用意しておこうと思ってここに来たんです」
「そうか、こちらとしてもギルドより高く買い取って貰えるならありがたい」
「ギルドに売る分はまた捕まえりゃいいから、全部買い取ってくれ」
「ありがとうございます」
こうして俺は、彼らから25匹のグレルフロッグを7500スートで買い取った。
「お前、凄いな……」
「前にスライムに小金貨を出してきた時も思ったが、よくこんな大金をポンと出せるな」
「あの店の繁盛ぶりを見れば納得できる」
あ、俺の店に行ってくれたんだ。
「うちの店をご利用頂けたんですね?」
「初めは一度だけのつもりだったんだけど、安くて早くて手洗いより綺麗になるから結構頻繁に利用させて貰ってるよ」
「この沼の泥汚れがあるここ数日は毎日だぜ」
「初めは驚いたが、スライムも役に立つんだな。やってみると良い物だった」
ほうほう、良い具合に常連になってるな。
「帰ってからの洗濯が面倒になりそうだぜ、俺らの街に支店を出さねぇか? 何なら漁業組合に掛け合って良い場所を紹介するぜ?」
「そういう話も時々ありますが、今のところはまだ支店を出せないですね」
「そんな簡単に出せる物でも無いだろうしな。だが、もしシクムに支店を出す場合は連絡をくれ、店舗探し位は協力できる」
「俺達は基本的に村から出ない。せいぜい近くの村まで行くくらいだ。連絡が取れないということは無いだろう」
「漁業組合の伝を使えば、商業ギルドより良い場所を見つけられるかもしれねぇからな」
商業ギルドより地域密着型の組織みたいだ。良いかもしれない。
「ありがとうございます、その時はよろしくお願いします」
俺はそう言って彼らと別れ、廃鉱に向かった。
廃坑に到着した俺はまず、スライム達とリムールバード達を外に出し自由に遊ばせ、坑道内に横穴を堀って、生活拠点と調剤室を作った。棚などの家具も石製だが、当分はこれで良いだろう。
「さて、ブラッディーとクリーナーを呼び戻すか」
作ったばかりの調剤室でグレルフロッグの処理をする。弱っている奴は早く処理しないといけないし、一昨日乱獲したグレルフロッグもディメンションホームの中で水槽に入れっぱなしだ。
元気な状態で捕獲されれば、そのまま1週間くらいは生きる。普通の薬師はそうやって時間を稼ぎ、稼いだ時間で少しでも丁寧な処理を行う。
だが、スライムがいる俺にそんな時間は不要だ。
まず調剤室の床の隅に分離の魔法陣を描き、石の器を解体する部位の分だけ用意。ディメンションホームから取り出したグレルフロッグを、調剤室の片隅に用意した石の檻に入れて準備完了。今日買い取った奴から手を付ける。
「ブラッディー」
適当に1匹だけ取り出し、逃げようと暴れるグレルフロッグをナイフで仕留める。その傷口からブラッディースライムが入り込み、血抜きが済む。
次は解体だ。薬学スキルの知識に従い、淡々と必要な部位を分けていく。その解体中には一滴も血が出て来ない。ブラッディースライムの血抜きは完璧のようだ。
解体の次はぬめり・ゴミ取りだ。分けた部位を水洗いし、グレルフロッグの表面にあったぬめりや解体中に付着した汚れを取り除く。
このぬめりがしっかり取れていないと品質が落ちるが、これは非常に落ちにくい。しかもこの作業を乱暴にやると内臓に傷が付き、これまた品質が落ちる原因になるので丁寧に、かつできる限りしっかりとぬめりを落とさなければならない。非常に大変で神経を使う作業である。普通に処理をするならば。
「頼む」
俺はクリーナースライムに、各部位から滑りと汚れを取るように指示を出す。するとクリーナースライム達が器ごと体内に取り込み、清潔化のスキルでぬめりを取り始める。そして数秒で作業は完了。
確かめてみるが、やはり早くて傷の無い完璧な処理だ。
後は俺の仕事。処理の終わった部位から、錬金術で水分を分離することで急速乾燥させる。
普通なら風と火の魔法で、時間と熱による薬効成分の劣化と隣り合わせの加工をしなければならないが、この方法だと成分の変質も無く、傷むような時間もかからない。
こうして処理されたグレルフロッグの内臓各部位を鑑定で調べると、詳細には全ての部位に全ての処理工程が完璧に行われた、と出ている。当然全て最高品質だ。これで手順とスライムが有効であると確認できた。
そして黙々とグレルフロッグの処理を続けた結果、今日買い取った25匹の内、19匹分を除いて全てが最高品質の状態に処理された。もっとも質が落ちた19匹分も高品質で、十分に使用に足る。
品質が落ちた原因は、やはり手荒な捕獲が原因だろう。初めから内臓に傷が付いたり血の流れが悪くなったりしていた。
ちなみに解体した後に残った皮や肉は、リムールバード達の食事になった。グレルフロッグを食べるんだからと思って持っていったら、喜んで食べていた。聞いた話だと肉も魚も果物も野菜も穀物も好き嫌い無く何でも食べるらしい。
雑食……とりあえず食事は肉が中心になるかな? テイマーギルドで一度相談してみるか。
そんな作業をしていると、いつのまにか外は暗くなっていた。
念のためスライム達とリムールバード達を坑道に集めて安全を確保する。スライム達も大分強くなったが、夜は危ない。入口も石材で空気の通り道だけ残して塞いでおこう。
「さて…………こんな夜は久しぶりだな……」
この世界に来たばかりの時を思い出すな……
あの時はガイン達からの手紙を読んで。あの家を作った崖を見つけて。それで土魔法を覚えて洞窟を掘った。最初はブレイクロックで指先の岩が少し削れる位で……なんとか自分の体が入る位の穴を掘ったら、入口をロックで作った石壁で適度に塞ぐだけ。そんな簡単な住処だった。
それから徐々に環境を整えて、森に慣れてからは夜の狩りや訓練もやったが……
「……これからやる気分でも無いな……せっかく材料があるんだ、薬作りでもするか!」
ふらりと調剤室に入り、アイテムボックスからガナの森で採取して保存していた薬草類を全て取り出して棚に入れる。薬草は木製の薬棚を作って入れておきたいな。何時か作ろう。
今ここにある材料で作れる薬は………………解毒剤だな。丁度グレルフロッグの肝臓を使った解毒剤の材料が足りている。
必要な材料はグレルフロッグの肝臓とカスリという毒草に、毒を弱めて薬に使える様にするクナシの実。若干の滋養強壮作用があるジュショの花、利尿作用のあるウフル草だ。
まずは土魔法で鍋と鍋をかき混ぜるヘラを2つ、そして乳鉢と乳棒を作る。ここら辺の道具も今度買おう。今までは魔法で何とかしていたが、ちゃんとした道具を買って使う方が良いだろう。
そんな事を考えながら水魔法で鍋に水を張り、刻んだカスリ草とクナシの実を入れ、雷魔法の『レンジ』で水を急速に熱しつつかき混ぜていく。物によっては熱に弱い成分もあるためいつも使える方法じゃないが、このカスリ草とクナシの実の薬効成分は熱に強い。
こうして煮立たせていくと材料の色が溶け出し、鍋の中身が毒々しい紫色の液体になる。
その色から頃合を見極めて加熱を止め、自然に熱が冷めるのを待つ間に乾燥させたグレルフロッグの肝臓を丁寧に磨り潰す。
「そろそろか……」
鍋の液体に手を翳し、良い温度になった所で磨り潰した肝臓を投入。
さらにかき混ぜ、液体が冷めてきたところでジュショの花とウフル草を加える。適度な大きさに手でちぎりながら投入したそれらが沈むまで、ゆっくりとかき混ぜた。後はしばらく置いて、薬効成分が染み出すのを待つだけだ。
「それまでどうするか……」
調剤室から出ると、リムールバードが目に付いた。
ギターをアイテムボックスから引っ張り出し、国民的アニメのエンディング曲を2曲続けて弾いてみる。偶然月が換気用の穴から見えたからだ。
そして弾き終わった時……
「「「「「「――――――!!」」」」」」
洞窟の中に、どんな音かも分からない音が響いた。
「うぉっ!? 耳痛てぇ……ちょっと黙ってくれ……」
音の原因はリムールバード達だ。契約した時のように、綺麗な鳴き声で鳴いてくれたみたいなんだが……坑道の中で反響して良く分からん。音が大き過ぎる。
予想外のダメージを食らったが、リムールバード達は問題無いようだ。こいつらどういう耳してるんだ……?
ついでにスライム達も聴覚が無いので何の問題も無い。
それからは音を抑えたリムールバードの鳴き声を聴いたり、夕食を食べてから調剤室に戻った。
ジュショの花とウフル草の薬効成分抽出は早いので、そろそろ終わっているはずだ。
鍋の中の液体を鑑定してみると……
未完成の解毒剤(高品質)
グレルフロッグの肝臓を使用した解毒剤。
有毒成分の分解。新陳代謝の活性化。二つの効果により毒を体から排出する。多種の毒に幅広く効果があるが、特に麻痺毒に対して大きな効果を発揮する。使用時はこまめな水分補給を行うとなお良い。
「よし、ここまでは成功だな。あとは……」
アイテムボックスから大きな布を取り出し、クリーナーに清潔にして貰う。この布は森で倒した盗賊の持ち物の1つで、目が細かく、薬から薬草の搾りかすを濾し取るのにちょうど良い。
布を空の鍋にかけ、スティッキースライムの糸で固定。その上に少しずつ鍋の中の液体を注ぐと、薬はそのまま空の鍋に、搾りかすは布で濾し取られていく。
全ての液体を移したら、布を外して搾りかすから最後の一滴まで絞る。
そして出来た薬をきれいなヘラで軽くかき混ぜ、鑑定すると未完成という部分が消えていた。品質も高品質から最高品質になっている。この濾過作業をする前だったから当然だろう。
……薬作りは上手くいったが、この薬どうしようか?
「保存しとくなら飲み薬じゃなくて丸薬にすれば良かった……いや、材料が足りないからどっちみち無理か」
よく考えたらそもそも俺は毒耐性スキル持ってるから生半可な毒じゃ効かないし、そうそう使う機会もない。用心のために用意はしとくべきだが、鍋一杯も要らないな……瓶にすると20本分は作ってしまった。
とりあえず土魔法で漏斗と柄杓、そして大量の瓶を用意し、1回分ごとに薬を詰めておく。そして出来た20本の瓶詰めの薬の内、19本をアイテムボックスの中に仕舞い込み、残りの1本を何となく弄りながら調剤室の外に出て、居住スペースに移る。
「どうすっかな……セルジュさんの所に売るか、ジェフさん達に譲るかするかな?」
そんな事を考えていると、手元が狂って持っていた瓶を取り落としてしまう。
「あちゃー……」
落ちた瓶は、弄っていたせいで蓋の締め方が甘くなっていた。中の薬が溢れていく。
「何か調子出ないな……」
クフォの言ってた幼児退行のせいか? 気分が上手く切り替えられん。まさかこの歳……今は11だが、精神的に40超えてるのに別れくらいで寂しさを感じるのか……
前世の会社じゃ同僚が辞めていく事が多かった。仕事がキツイとか過労で倒れて。だから慣れたと思っていたのに。……流石に寂しいと泣いたりする程ではないが、手が空くと何となく憂鬱な感じがする。
それから10秒ほど考えた。
「……もう寝よう!」
グダグダやってるより寝てしまおう。そう考えて、溢した薬を掃除するため落とした瓶を見る。するとそこには瓶があるだけで、溢れた薬は綺麗さっぱり無くなっていた。
「あれ? 薬は何処行った?」
部屋の中にはスライム達が何匹もうろついている。クリーナースライムが居るし、勝手に掃除してくれたのか? まぁ掃除の手間が省けたので良しとしよう。
そう思って俺は寝床に入った。




