閑話 神々の動向
閑話
神界のとある場所。
やせ細った男の姿をした神が佇んでいる所へ、新たに3柱の神々が現れる。
「あ~……疲れた……」
「ようやく戻ってきたか」
「なんじゃ、フェルノベリア。お主、来ておったのか?」
「あなたが自分の領域から出てくるなんて珍しいわね?」
立っていたのは魔法の神である魔法神フェルノベリア。
3柱の神々は竜馬を連れてきたガイン、クフォ、ルルティアだ。
「強引に連れて来られたのだが、少々気にもなったのでな」
「「「強引に?」」」
その問いに答えるように4柱の神々が何処からともなく現れ、ガイン達を取り囲む。
「え、ちょ、何この状況」
「何で私達は取り囲まれてるの?」
「説明してくれんかのぅ?」
その言葉に、1歩前に出る神がいた。テクンだ。
「自分の胸に手ぇ当てて聞いてみやがれ、分からねぇとは言わせねぇぞ」
「いきなり何で怒ってんの!?」
「まぁまぁテクンさん、そんなに詰め寄っては話が出来ませんよ」
「んだぁ。落ち着くべ、酒でも飲んでよぉ」
テクンを戒めた2柱は、大地と豊穣の女神ウィリエリス。そして農業と家畜の神であるグリンプという。彼らは神々の中でも特に温厚な性格をしており、品の良さそうな中年女性と、鍬を担いだ中年男性の姿をしている。
なおこの2柱は夫婦でもあり、テクンを落ち着かせるためにグリンプが酒に付き合い、その間にウィリエリスが説明をする。阿吽の呼吸で緩衝材になっていた。
「私達がこのような行動を起こしたのは、貴方達が異世界へ遊びに行っていると聞いたからなのですよ。初めにそれを聞いたのがテクンで、自分も暇つぶしが欲しいのだと怒って我々を集めたのです」
説明にフェルノベリアが割り込む。
「テクンは私の力でお前達を探させるために、態々ウィリエリスとグリンプを呼んだのだ」
「そう言えば貴方、神の力を使ってまでテクンを自分の領域に入れないようにしてたわね……」
「物作り以外は大雑把で適当、酒を飲んで騒ぐ面倒な奴だからな。邪魔だ」
「おいこら、聞こえてんぞ!」
「別にお前も私に用がある事など滅多に無かろう。それに私の場所に入れんのはお前だけではないぞ。……それは置いておくが、本来不干渉である異世界に遊びに行くなど何を考えているのだ」
「ちょっと待って、そんな事誰から聞いたのよ?」
ルルティアの問いにテクンが答える。
「惚けんな。リョウマが教えてくれたぜ、クフォがそう言ってたそうじゃねえか。あの時は悪いと思ったが心を読ませて貰った、あいつは嘘を吐いて無かったぜ?」
その言葉に額に手を当てて「あちゃー……確かに人間には言わないでって言ったけど、神に言わないでって言ってなかった……」と呟くクフォ。とりあえず座って話をするという事になり、何処からともなく現れた椅子に座り、円になって話し始める。
「さて、話して貰おうか? つーか俺も連れて行きやがれ!」
「娯楽はともかく、流石に異世界に頻繁に渡っているとなると無視はできませんから」
「話して欲しいっぺ」
「うむ、実はのぅ……地球の神の様子を探っておったんじゃ」
「前に少し話したでしょ? 竜馬君が地球の神に妙な干渉をされてたみたい、って」
「聞いた。神としてやってはならない事をしていると聞いて、驚いた覚えがある」
「それで少しだけ探りに行ったんだよ」
「遊びに行ってたんじゃねぇのか?」
「竜馬君には前世で地球の神の事自体を話してないからね、咄嗟に誤魔化したんだよ」
その言葉でテクンの怒気が一気に収まる。
「なんでぇ、そうだったのかよ」
「テクン、お前は娯楽の事でしか怒っていなかったのか……」
「頻繁に異世界に渡るのも、それなりに問題があるのですよ?」
テクンの反応に呆れるフェルノベリアとウィリエリス。しかし気を取り直したフェルノベリアが問う。
「そんな事をして問題は無いのか?」
その問に顔をしかめるガイン達。
「問題は無いのじゃがな……」
「バレないようにこっそり向こうに行くの大変だったよ……」
「これといった発見は無かったけど、何か変なのよね……程度の差はあるけど、リョウマ君と同じで故意に不運にされている人を何人も見つけたわ。でも奪った幸せを使っている様子が無いのよ」
「儂らは初め、奪った幸福をその神の信者か何かに与えていると思っていた。じゃが、しらべてみると違うようでの……奪われるだけ奪われて、誰にも与えられておらんのよ」
「あと世界の管理が雑だね。向こうの人はもう技術とかいろいろ発達しちゃってやる事が無いのかもしれないけど……基本的に神は他の世界に関わらないのがルール。だからバレないように気をつけて行ったのに、拍子抜けするくらい簡単に忍び込めちゃった。神経すり減らして、気をつけていたのがバカみたいだったよ」
「むしろ罠か何かかと疑うほどじゃったが、結局何事も無かったのぅ。あれではもし異世界から魔王などが襲って来ても対処が遅れるじゃろうな」
「そこまで杜撰なのか? それはもはや神の仕事を放棄しているのではないか?」
「かもしれんのぅ……」
「大体、人の幸せ奪ってどうするっぺ。おら達神にとっては使い道も無ぇベさ」
「それが分からないのよね……」
「人々の信仰を失ったというなら、力の維持に使えないこともないが……世界が無事なら最低限必要な力は失わないはずだ、そこはどうなのだ?」
「それは儂らも考えた。確かに日本人はこの世界の人間より信仰心の薄い者が多いが、他の国の者は信心深い。世界にもまだ問題ないのぅ。環境破壊が進み自然が荒れておるが、まだ力は失って居らん。だからこそこの世界に送る魔力があるのじゃ」
「確かに、愚問だったな。しかしそうなると、本当に使い道が無いぞ。一体何のために……」
ここで今まで一度も発言せず、無言を貫いていた神が口を開く。
「……そんな事どうでも良くないか? アタシらは人から幸せ奪うなんて真似しないから分からないだけで、何か使い道があるんじゃないか? もうそれでいいだろ。こっちに喧嘩売ってきた場合は叩き潰せば良いだけだしさ」
「キリルエル、お前はまたそんな単純なことを……相変わらす脳筋だな、お前という女は」
今発言したのは戦の女神キリルエル。彼女は鍛えられた体に鎧を纏い、腰に下げた剣に手を触れる。体はがっしりとしていながら、しなやかで女性的な部分も多い。言葉遣いは男の様だが、れっきとした女神である。
「誰が脳筋だ! アタシだって頭は使うぞ!」
「お前が頭を使うのは戦の戦術についてだけだろう」
「それでも頭は使っている事にかわりは無い! むしろ自分の領域に引き篭っているお前よりは健康的じゃないか?」
「我々が体を壊す事など無い。健康も不健康もあるか」
性格も生活スタイルも正反対な2柱は、顔を合わせればこのように言い合いをする。ゆえに神々も慣れていた。話どころでは無くなる前に、ガインが割り込みキリルエルに聞く。
「その話は置いておいて、おぬしは何故ここに? テクンに呼ばれたのでも無いのじゃろ?」
「何言ってんだ爺さん、アタシは戦の神だぜ? 争いある所に戦あり、戦ある所にアタシありだ! テクンが怒ってるのを感じ取って、話を聞いたら爺さん達が異世界に遊びに行ってると聞いてな、こりゃ仕置きが必要かなと待ち構えてた訳よ」
「いらんわ!!」
「シャレにならないよ!?」
「貴女も神なんだから、危ないわよ!?」
「心配すんなって。今回は何もしないよ。地球の神がおかしいのは分かったし、そいつのせいでリョウマって奴の魂に何かおかしな事が起きてるのも聞いてる。
これから来る奴の魂に異常がある可能性もあるし、それの警戒と思えばまぁ納得できる理由だろ? 流石に地球の神には、こっちの世界を侵略されてるとか、理由が無いと手を出せないしな」
キリルエルは神々の中で最も戦闘に長けており、世界に害を与える者から世界を守り、敵を討つ断罪の女神という一面もあった。滅多に無い事ではあるが、人間が世界に対して重大な害を与える事態を引き起こし、神達がそれを止める場合には、主に彼女が天罰を与える。
奇しくも今回は他4柱の神が3柱の神の罪を裁く形になっているが、ガイン達では彼女一柱だけでも敵わない。そして同じ神である彼女が全力でやれば、楽ではないがガイン達を滅する事も不可能ではなかった。
流石に消滅させられる事は無いだろう。しかしそれなりの苦痛や怪我を負う事が想像できた3柱は、キリルエルの言葉に安堵した。
「心臓に悪いわ……」
「寿命が縮んだよ……」
「あまり年寄りを脅かさんでくれ……」
「神が寿命も心臓の心配をする必要も無いだろ。ま、今回アタシは必要無かったみたいだし、ここらで帰るわ。今も戦を続けてる連中いるし、アタシは割と忙しいからな」
「おう、悪かったな」
「別にテクンが呼んだ訳じゃないだろ。アタシが勝手に来たんだしさ。あとガイン、クフォ、ルルティア、地球に行くのも程々にしとけよ?」
「そうじゃのぅ……」
「確かにね」
「今度からは交代にしましょう」
「行くのは止めないのか?」
「だってまだ……」
ルルティアが途中で止めた言葉に、テクンが食いつく。
「まだ? 何だよ、まだ……って」
「別に何でもないわよ」
「向こうの神の事が掴めて居らんからのぅ」
「そうそう」
表面上は澄ましていたガイン達だったが、ここでウィリエリスが問う。
「貴方達、まだ何か隠してませんか?」
その言葉で再び剣呑な雰囲気を発したテクンが追及する。
「おめぇら、本当に地球で神の事を調べてたんだよなぁ?」
「そうよ」
「勿論だとも」
「向こうの神の事を調べてたんだよ」
「今も幸せを奪われてる奴らを見つけてるみてぇだし、それは嘘じゃねぇんだろう。聞き方を変えるが、神の事を調べる以外には何もやってねぇのか?」
その言葉に表情が固まったり、顔を背けたりするガイン達。
「どうなんだ? クフォ、リョウマの話じゃお前は地球の観光をしてたって言ったらしいな?」
「そりゃ……世界中の人の中から向こうの神に幸せを奪われてる人を探したからね、それなりに景色や環境を見て回ったりしたよ。それを観光って言って誤魔化したんだ」
「つまり、観光しようと思えば出来るのだな」
フェルノベリアの呟きにビクリと体を震わせるクフォ。
「ちょっ、それ誘導尋問じゃない!?」
「クフォ、その言葉、自分が人探しのついでに観光してたって言ってる様なもんだでよ……」
グリンプがそう呟き、雰囲気が再び剣呑になり始めたテクンが今度はガインに問う。
「ガイン、お前はアイドルとかいう良く分からねぇ何かにハマったって聞いてるんだが?」
「アイドルは歌や踊りで地球の人間を楽しませる者達じゃ。地球にある映像を映し出すテレビと言う箱によく映っていての、街中を覗けば目にする機会はそれなりにあるのぅ。別に儂が意図的に見ている訳ではないぞぃ」
「歌や踊りか、それならこの世界にもあるし別にいい……」
歌や踊りと聞いて一瞬テクンの剣呑な雰囲気と追及が緩んだと思いきや、今度はガインが目を鋭くしてテクンに食ってかかった。
「この世界の物と一緒にするでないわ!! 地球のアイドルは可愛い上に一生懸命なんじゃ!! 応援したくなるんじゃ!!」
「お、おお!?」
その剣幕にテクンが怯み、ガインがしまったという顔をする。それを見たウィリエリスが一言。
「真剣にアイドルという方々を見ている事が、今の言葉で丸分かりですね……」
続いてテクンがルルティアに視線を向けると、もう誤魔化せないと思ったのか、聞かれる前に答えた。
「地球での活動中は気を張ってるから、休憩に少しだけ地球の甘い物を食べたりはするわね」
その後、神界にはテクンの怒声とガイン達の悲鳴が轟いた……




