別れの前日(前編)
本日、3話同時更新。
この話は2話目です。
翌日
朝からお嬢様達の部屋を訪ねると、部屋の中には呻く大人が大勢居た。
「うう……リョウマ君、申し訳ないけど……また薬を……」
「儂にも頼む、年甲斐もなく、飲み過ぎてしもうた……」
「私も、よろしく……」
昨日は大喜びして大量に飲んでたからな……
よく見ればアローネさんやリリアンさんの顔色も少し悪い。めでたい事だからと乾杯の時には少しだけ飲んでいたけど、この二人もあまりお酒に強くないのかもしれない。
大人の中では唯一セバスさんだけが違った。彼は結構飲んでいたと思ったが普段通り。あとお嬢様も法的に飲んでいい年齢だが、無難に形だけの一杯で止めていた。
とりあえずこの前のようにワープで薬屋と八百屋に行き、薬の材料を買い、宿に戻って調合&処方した。
それを飲んだ後、ラインハルトさん達がこう提案してくる。
「リョウマ君……悪いけど、今日はエリアの面倒を見ていてくれないか?」
「儂らがこのざまじゃからな、とてもエリアの面倒を見る余裕は無いんじゃ」
「という訳で、お願いね」
しばらくは会えなくなるから、思い出作りをしなさいと言う事だろうか?
そうだとしたら、断る訳がない。
「勿論です」
そう答えると、3人は頼むと言ってから寝室に行った。二日酔いで辛いのは事実らしい。
3人を見送ってからお嬢様に聞く。
「さて、今日はどうしましょう?」
「リョウマさんにはお仕事がありますでしょう? お忙しいのでは?」
「もう店は人に任せていますから、朝と夕方に顔を出すだけですよ」
「……では、今日はリョウマさんが普段何をしているか見せて頂けませんか?」
「それは構いませんけど……」
そんなので良いのか?
「ではお願いします!」
こうして俺についてくる事になったお嬢様、そして保護者としてついてくるセバスさんを連れて店に顔を出し、それから廃鉱に向かった。
廃鉱に到着すると、いつも通りに布の加工を始める。違うところもあるが、それは作業前にディメンションホームの中からリムールバードを解放して自由に遊ばせたこと。あとは作業をお嬢様にも手伝って貰ったくらいだ。
これでいいんだろうか……?
さすがにそう思ったのでお嬢様と何かをしようと思う、だが何をすればいいのか……と考えていると、向こうから聞いてきた。
「次は何をしますの?」
「特に決まっていません。スティッキースライムに粘着液を塗るよう指示を出したら、乾燥を待つだけですから。この待ち時間が結構長くて暇な時間なんです。この時間に訓練をしたり、人形を作ったりしましたね」
「そうだったんですか 。私、リョウマさんは常に働き続けているのだと思ってました」
「店の事を任せられる様になってからはむしろ暇が多くなりましたが……そんなに忙しそうに見えます?」
「毎日休み無く朝から夜まで働いていますから、てっきり」
「ボーッとしてる時間もありましたし、時間を潰す方法を探したりもしましたね。後は家を建てるための石材を作ったりとか、結構のんびりしていましたよ」
「そうでしたの。……ところで家を建てるための石材と言いましたが、リョウマさんはやはりここに住むおつもりですか?」
「見回りにはここに住んだ方が良いですし、ここなら訓練のために魔法を放っても迷惑になりませんから」
「では何時から建築は始めますの? このまま坑道に住むのではないのでしょう?」
そうだな……
「石材で本当に簡単な小屋を建てるか坑道内に横穴でも掘って、しばらくはそこに住みながら追々作ろうかと」
「でしたら少しお話をしませんか?」
「勿論良いですよ」
作業場から陽のよく当たる外に出て、土魔法で作った椅子に座って話す。
「お嬢様は今年から学校に行くんでしたね?」
「はい。貴族の子女は全員、12歳から王都の学校に入学する事になっていますの。義務ではありませんが、特別な理由がない限り、行かないと貴族の間では外聞が悪いのです」
「なるほど」
「……本当は私も行きたくないのですが、仕方ありませんわ」
「え、そうなんですか?」
「お父様やお母様、それにお祖父様も慣習さえ無ければ行く必要が無い、行かせたくないと言っていますもの」
「……何故?」
「王都の学校の門は一般の方々にも広く開かれていて、毎年大勢の方々が入学されます。そして学校では身分の上下は関係なく扱われるのですが、色々と問題を起こす方もいらっしゃいますし……」
ああ……テンプレというか、何と言うか……
「それに学校で教わる内容は、家庭教師を招けば事足りますから学校の方は……」
そこでお嬢様が言い淀む。
「学校の方は?」
「……学ぶべき事が見つかる可能性は低いと」
「それは学校として何の意味が……?」
「私にも分かりません。お父様達からはお友達を作りなさいと。ただ、あまり学園の空気に染まりすぎないように気をつけなさいとも言われています。勉強は学校で教えられた事が出来なくても成績が悪くても良いから、家で教えた訓練を行いなさいと」
え~……あの3人がそこまで言うのか?
セバスさんにも聞いてみる。
「貴族やある程度裕福な家庭であれば、お嬢様の仰る通り、専門知識を持った家庭教師が用意できますから。どうしても社交の場としての側面が強くなるのです。しかし幅広い知識を身分に関わらず学べる、開かれた場であることも間違いではありませんよ。もっとも、リョウマ様が通う必要はないと思われますが」
「ですから、リョウマさんはお父様達に学校へ行かないかとは誘われませんでしたでしょう?」
「あ、そういえば……」
確かに言われてないな。
「必要ないんでしょうか?」
「リョウマさんが学校に入ったら、間違いなく成績優秀で貴族の方々に目を付けられてしまいますわ。少なくとも剣術や魔法の授業では」
「良い意味でも、悪い意味でも、面倒事が増えることでしょう」
「なるほど……」
「ですから、あまり気は進みません。慣習さえ無ければ、リョウマさんと訓練をした方が良いと思いますもの」
う~ん……俺も学生生活を楽しいと思った事は無いから何も言えんな……とりあえずお嬢様は公爵令嬢だからいじめは無いと思うが……ないよね?
「たしかにそういう事はありませんが、友達と言えるほど親しい方はいません。皆さん、私の身分や魔力を恐れて近づいて貰えませんから」
そういえばステータスボードを作ったときに言っていたな。
しかし、身分はともかく魔力はそんなに恐れられるんだろうか?
俺はそんなに恐れられてないと思うのに。
気になって聞いてみると、お嬢様は少し悲しそうな顔になる。
「私の場合は昔、失敗をしてしまいまして……」
魔力が多すぎてコントロールが難しいと言っていたが、それが原因だろうか?
「私が5歳ぐらいのことだと思います」
お嬢様はそのころ、魔法の基礎を学び始めたそうだ。
「得意な属性が火と氷でしたから、比較的危険の少ない氷魔法でコップの水を凍らせる練習をしていた覚えがあります。それでいつもコップを置いた机まで凍らせていました」
威力が強すぎたのか。
「ずっとその調子で、上手くコントロールができなかったある日。我が家に少し年上の男の子がやってきましたの。その……あちらのご両親が私と仲良くして欲しかったようで」
なんか、雰囲気が変わってきたな……
黙って聞いていると、その子はジャミール公爵家と付き合いのある貴族のご子息らしい。それも政略結婚とかそっち狙いだったんだろう。そして2人は出会った。その後は親同士大事な話があるから、と2人で遊んでいるように言われたが……取り残された2人は会話に困り、話題を探して魔法にたどり着いた。
「彼は魔法が得意で、魔法を見せてくれるという話になって……家の練習場で見せていただいたファイヤーボールは確かに上手に感じました。安定していて私のとは大違いだと、つい思ったことを言ってしまったんです」
その子も男として、ちょっと鼻が高かったのかもしれない。だから練習しよう、教えてあげるから、と誘われたわけだ。そして練習してみたものの、何度やっても結果は変わらない。
「そのうち彼も機嫌が悪くなって」
「きっと女の子の前でいい格好をしたかっただけなんですよ……」
男として気持ちが分からない事もない。でも子供だしなぁ………それも聞く限り小学生、年上と言っても中学生以上じゃなさそう。普通に考えて家庭教師、お嬢様の家柄だと間違いなく半端な人じゃ選ばれないだろうし、そんな人以上に上手く教えられるわけがない。
成功しない魔法、年上の男の子は機嫌が悪くなる一方、そんな中で事件が起こる。
お嬢様は次こそ成功させたいと、力み過ぎた。そして放たれたのは、魔力が過剰に込められた氷魔法。
それがコントロールを失った結果、破裂したと言うのだ。
「魔力が狙いと違う方に向いてしまって……私、その方を凍らせてしまったんですの」
彼は体の数箇所が氷に包まれた。さらに驚いて転び、巻き添えで凍った地面で怪我をしたとかなんとか。その後は当然大騒ぎ。もっとも彼の命に別状はなく、互いの両親は自分の子供に注意をし、相手の子供を責めずに和解した。
だが、後日。ジャミール公爵家のお嬢様は気に入らない相手に攻撃魔法を放つ悪癖がある。
あるいは、機嫌を損なうと本人の意思に関わらず魔法が発動して攻撃される、等々。
余計な尾ひれがついた噂が貴族の間に広まっていたという。
「なるほど……それは災難でしたね……」
「私が言いつけを破って失敗したのは確かなので……」
うーむ……これは地雷を踏んだかもしれん。話を変えたい。
しかし露骨になると気まずいので、俺も似た経験について話してみる。
「リョウマさんもそんな経験が?」
「はい、あれは僕がまだ村にいた頃のことで、学校……とは言えないくらいの規模ですが、大人が村の子どもに剣術を教えてくれる集まりに参加した時の事」
そう前置きして話すのは、中学時代の体育の授業について。
俺の通っていた中学では、体育の授業に剣道が組み込まれていた。
そして俺は1年の最初の授業でやらかしたのだ。
「その日は本当にこれからこういう事を教えていく、という説明みたいなものでした」
準備運動から防具の付け方、そして基礎研修等々。そして最後に将来的にやる試合の見本として、誰か経験者同士で一勝負しててくれないかと先生から声がかった。
最初に経験者だけ手を上げさせられて分かったが、あの時のクラスには経験者が何人かいた。だが、先生が最初に声をかけて承諾した1人が悪かった。彼は当時の剣道界では有名な選手だったらしい。何度も剣道の大会で優勝経験がある。優勝は逃しても常に上位に食い込む実力者だと、以前から教室で話にのぼっていたこともあった。先生もそれを知っていたから最初に声をかけたんだろう。
彼が当然のように前に出たのを見届けて、先生はその相手になる生徒を募集した。しかしそれ以降はだれも名乗り出ない。誰も勝てない試合を、それもクラスメイトが見ている前でなんてしたくなかったんだろう。いつの間にか経験者の手は、俺の手しか上がっていなかった。
「そういうわけで試合をすることになりましたが…… 」
結論から言うと、試合にはあっさり勝った。
短期決着を狙ったのか、彼は開始早々積極的に攻め込んできた。そこを迎え撃つために小手へ竹刀を振るう。それで決着。開始2秒で彼は竹刀を落としてその場にうずくまった。
「防具の上からだったんですが、手首の骨を砕きました。試合も授業もそこで終了。そしてそれ以降、そこに僕の相手をする生徒はいなくなりました……僕が故意に彼を痛めつけた、なんて噂も流れてしまい」
というか翌日から本人がそう主張し始めた。あいつはうずくまった自分を見て笑っていたと。
俺はそんなことをしたつもりはない。強いて言えば呆然としていたと思う。しかしお互いに面をつけていたために、周りで見ているクラスメイトから表情は見にくかっただろう。
真偽があいまいであれば、あとは信用の差だ。
「周囲からの人気は、向こうの方が圧倒的でした。まぁ、そうなる前からなぜか避けられてましたから、それがあろうとなかろうと、何も変わってないという。……なんだろう、自分で言っていて悲しくなってきた……」
「そ、そんなに落ち込まなくても、その」
いつの間にか逆に励まされる始末。
完全に話の舵取りを間違えた……




