契約に挑戦
本日、3話同時更新。
この話は1話目です。
飛来するリムールバードの群れを見た俺は言葉を失った。
木々の間から見える赤い山肌の鉱山を背景に、リムールバードは透き通るような青い翼を広げ、緑の尾を靡かせて旋回している。沼に降り立つ姿の美しさを十全に表現できる言葉が、俺の中にはなかった。
数は先程までより少し多い気がする。しかし援軍を連れて仕返しという訳でもなさそうだ。各自、降り立った者からグレルフロッグを食べている。
とりあえず危険は無さそうだが、群れの中の一羽だけじっと俺を見ている奴がいた。注意して見れば、さっきの上位種であることがすぐに分かる。グレルフロッグを食べずに一瞬たりとも視線を俺から外さない。さっきので警戒されたか?
後ろではお嬢様がセバスさんから楽器を受け取って準備を始めている所……
「ラインハルトさん」
「何だい?」
「僕、一旦離れます。さっきので警戒されたのか、あの上位種がずっと僕を見ているのでここに居るとお嬢様の邪魔に……」
「構いませんわ」
俺の言葉を本人が遮る。
「契約は自分と魔獣が向き合わなければなりません。リョウマさんが居たから失敗した、なんて言い訳にしかなりませんの。私はそんな事言いませんわ」
何時になく、凛とした雰囲気できっぱりと言い切るお嬢様。
「それに、私が契約する所を見ていて頂きたいですから。そこに居て下さいまし。リョウマさんが居ると心強いですわ」
そう言って彼女は何時もの笑顔を見せた。
ここまで言われると、離れるという選択は無い。
「分かりました。頑張ってください」
「はいですの!」
自然と応援の言葉が出て、俺は後ろに下がる。
お嬢様は数回深呼吸をして、演奏を始めた。
以前と同じ、ゆったりとした曲調の一曲。初めは小さな音から静かに始まり、段々と大きくなっていく。海の波の様に、音の大きさが変わっていた。
小さくても大きくても、澄んだ音は途切れる事無く沼地に響き続ける。
よく見るとリムールバードの群れも先程の男達の時とは違い、音に合わせて首と体を右と左に揺らしている。
そして、そのままゆったりと曲が終わった。
「…………!」
お嬢様が緊張の面持ちでリムールバードを見ていると、群れが一斉に鳴き声を上げた。男達に向けられた人を馬鹿にするような声ではなく、ハープやピアノといった楽器のような音を。それもただ鳴るだけの騒音ではない。
ちゃんとした演奏のように聞こえる鳴き声が1分ほど続き、群れの中で一際輝くリムールバードを先頭に、9羽のリムールバードが足元に集う。
これは成功だろう! さぁ、契約を……と思ったら
「お嬢様、契約、従魔契約」
「そうでしたわ!」
成功した喜びで忘れていたのか? 硬直していたお嬢様は、俺の言葉でハッとして夢中で従魔契約を行っていく。次々と契約していく様子を見ると、やはり契約に成功しているようだ。最後に最も美しいリムールバードと契約したエリアは、ここで始めて大声で喜びを表した。
「やりましたわ!!」
「よくやった!!」
「頑張ったのぅ」
「良かったわね、エリア」
「おめでとう」
「おめでとうございます、お嬢様」
契約できたリムールバードは全部で9羽、1羽でも難しいと聞いていたのに、まさかこんなに多く契約するとは思わなかった。
「見て下さい、こんなに綺麗な子がいっぱいですわ!」
リムールバードに囲まれてしゃがみこみ、リムールバードを撫でながらはしゃいでいるお嬢様。すでに懐いているのか、膝や肩の上に乗っている個体も居る。
若干鳩の餌の袋を開こうとした時に、勢いが付きすぎて餌をこぼした感じに見えるのが悲しい。何で俺の目と脳はこんな感動的なシーンでそんなくだらない事を思い出すのか……
『鳥の群れと戯れる美少女』とかタイトルをつけて絵画になってもおかしくない光景なんだが……
こんな事を考えていても仕方がない。俺もこの流れに乗って、やってみるか!
アイテムボックスからギターを出す。するとその瞬間お嬢様が目敏くそれを見つける。
「リョウマさん、それは楽器ですよね? リョウマさんも契約するのですか?」
「お嬢様程上手くはないですけどね。お嬢様にあやかって、試してみようかと」
「頑張って下さいまし!」
「頑張って、リョウマ君」
「期待しとるぞ」
皆さんから応援されながら用意を整える。
お嬢様のように深呼吸を一度。
俺はギター自体しっかり習った訳でもない。ただ昔住んでたアパートの隣人が引っ越す時、要らないギターと教本を貰っただけ。それを何となく、時間潰しに本を読みながらコードを覚えて聞こえた様に適当に弾くだけだった。
お嬢様の演奏には程遠いが、精一杯弾いてみる。
選曲は前世テレビで流れていた曲。楽譜を買った事も無いが、慣れと感覚で適当に弾いていた曲だ。もう原曲とは大分違うかもしれない。
だが、それでも構わないだろう。
それほど上手いとは思わないが、それほど酷いとも思わない。俺が気分よく弾ければ良い。
「!」
リムールバードが音に合わせて体を揺らし始めた。
ノってきたな? ちょっと面白い。
そして一曲弾き終わると、リムールバードは数秒黙って動きを止める。
結果は………………演奏のような鳴き声!!
「えっ!?」
足元に6羽も飛んで来たことにまず驚いた。だが、その内の1羽がさっきの上位種であることにまた驚かされる。お前、警戒してたんじゃ無かったのか?
「リョウマさん、契約ですわ!」
おっと、いかん。俺もボーッとしていた。
急いで1羽ずつ契約をし、滞りなく6羽との契約に成功した。
「ふぅ……成功です」
そう伝えると、周りから大きな拍手と言葉が送られる。
「おめでとうございます、リョウマさん!」
「エリアもリョウマ君も、成功して良かった」
「おめでとうございます、リョウマ様」
「やりやしたね、坊ちゃん」
「リムールバードの契約はとっても難しいのよ、それも一度に複数羽と契約なんて2人とも本当に凄いわ!」
奥様の言葉で皆さんの目が、俺達の契約したリムールバードへ移る。すると俺が契約した上位種と、お嬢様が契約した中で一番綺麗な奴が仲良さげに空を飛んだり地面で跳ねたりしていた。
あのリムールバード、本当に綺麗だな。俺が契約した6羽も十分に綺麗なんだが、あの1羽だけなんか他のより若干色が明るくて輝いてる感じがする。
「……お嬢様、リョウマ様の上位種と一緒に居る1羽を呼んで、魔獣鑑定をして頂けますか?」
セバスさんが何か気になったようだ。お嬢様も少し首をかしげたが、すぐに呼んで魔獣鑑定を使う。
ちなみにその1羽を呼び戻した際、俺のも一緒に戻ってきて、俺の頭にとまった。
何故わざわざ頭にとまる……軽いから別に良いけど。
「えっ!?」
頭の上の奴に気を取られていると、お嬢様が驚いて声を上げていた。
「どうしたんです?」
「この子、この子も上位種ですわ!」
何!? リムールバードの上位種って10年に一度くらいしか見られないんじゃなかったのか!?
「そうなんですか!? 色が僕のとは違いますが……」
「ええ、ナイトメアではなくファントムリムールバード、という種類のようです。闇魔法ではなく光魔法を使えるようですわね」
「そんなのも居るんですか」
俺はただ珍しいと考えていたが、セバスさん達は驚いて言葉を失っていた。そして正気を取り戻してからはその場で胴上げを始めそうな位喜び、エリアを褒め称えていた。
落ち着いてから話を聞くと、ファントムリムールバードはリムールバードの上位種であるが、同じ上位種のナイトメアより更に希少なのだという。
マジか!? 確かに色つやが違うが……希少な個体が二匹も混ざっていたとは驚いた。
しかし皆さんの驚きは俺以上だったらしい。この後、お嬢様の訓練の一環として沼に入りグレルフロッグの捕獲を行ったが、皆気がリムールバードの方に向いている。と言うよりも、訓練のためにここに来た事を忘れかけていた。
グレルフロッグも泥沼の臭いを気にしなければ割と簡単に捕まり、消化試合のように、単純作業を淡々とこなして乱獲。他に誰も居なくなっている事が作業を更に単純にする要因になる。来た時のように大勢の人がいたら、獲物の取り合いで単純作業にはならない。
しかしとにかく作業を済ませ、沼から上がった俺達はクリーナースライム浴で汚れを落として街に戻る。……訓練的にこれでいいのだろうか? 汚れた状態に慣れるのが目的ではなかったか? お嬢様のスライムもクリーナースライムになるから良いのか?
……誰も止めないし、別にいいか。
帰る前に、一旦休憩。
奥様がお嬢様と共に俺達のリムールバード達に囲まれ、ラインハルトさんはそれを離れた所から羨ましそうに眺めている。ラインハルトさんが鳥系の魔獣と相性が悪いとは聞いていたが、近づくだけで威嚇されるほどとは思わなかった……
ラインバッハ様は宴会の準備をするように指示を出していたし、セバスさんはワープで先に街へ。アローネさん達に準備を始めるように伝えに行っていったりと、皆揃って今日の成果に浮き足立っている。
そして宿に帰ってみれば、香辛料を適量使った豪華な食事と最高級のお酒が用意されていた。となれば当然の如く宴会の開始。主役は勿論お嬢様と俺。何度もラインハルトさん達に褒められつつ食事にとりかかる。
お嬢様は早々にお腹いっぱいだと会話に夢中になっていたが、俺はどうも貧乏性が抜けないようで、話しながらも目の前の食事とお酒を食べ過ぎ、そして飲み過ぎた。
だって残すと勿体無いじゃない?
しかし久しぶりにこんなに飲み食いしたな……それに前世とは色々違う。人に囲まれて飲む事はあっても、こんなに楽しくは無かった。料理も前世の方が美味い筈なのに、今日の方が美味く感じた。酒もだ。
……そういやテクンが俺は前世で楽しい酒を飲めなかったとか言ってたらしいな。楽しい酒ってのはこういう事を言うのだろう、多分。とりあえず、今日はテクンに祈りたい気分だ。
宴会がお開きになった後、俺は高級酒の残りを供え物用に少し貰って部屋に戻った。前に作った石像は店においてあったのを思いだし、また新しい石像を作って祈る。
この世界に来て宴会は二度目だが、前世とは違い楽しむ事が出来た。ありがとう。貰い物だが、高級酒を供えさせて貰う。
……こんなもんかね? とりあえず一度像に向かって頭を下げ、寝る事にした。
今日は、いい気分で眠れそうだ……




