沼地へ
本日、5話同時更新。
この話は5話目です。
翌日
今日はとうとうリムールバードとの契約を試す。そのために俺と公爵家の4人、そしてセバスさん、ジルさん、ゼフさん、カミルさん、ヒューズさんの計10人で廃鉱に向かう道を歩いている。
お嬢様や他の皆さんは坑道での訓練時の様に鎧と武器を装備しているが、俺はツナギ。服装が俺ひとりだけ大きく違って浮いているなぁ……
しかしお嬢様の訓練のため馬車は使っていないが、彼女は意外と体力があるのかもしれない。休憩を挟んではいるものの、今まで一度も弱音を吐いていなかった。
「ふぅ……リョウマさん、大丈夫ですか?」
「僕は大丈夫ですよ」
「リョウマさんは体力がありますのね……」
軽く落ち込み始めるお嬢様。別に疲れるのは構わないと思うぞ?
山道で上り坂だし、舗装されてないから歩きづらい道だから仕方ないだろう。疲れたと口にしないだけマシだと思う。
同じ事を思ったのか、カミルさんがエリアを励ます。
「大丈夫ですよ、お嬢様。同じ年頃の普通の子と比べれば、お嬢様は十分歩けていますよ」
「そうだぜお嬢、リョウマと比べんな。コイツはちと規格外な奴だからよ。普通ならとっくにバテてもおかしくねぇんだぜ? つーかリョウマ、お前汗ぐらいかけよ」
「汗かけよって言われても」
生理現象だからなぁ……
「坊ちゃん。普通なら言われなくても汗くらいはかきやすぜ」
「お嬢様の足に合わせているのでそれほど早くはない、その上で我々の様に鍛えている者なら分かるが……リョウマはどんな訓練をしていたんだ?」
「そうですねぇ……簡潔に言うと……限界まで鍛錬をして、倒れたり休んだりしたら大怪我をしてもおかしくない攻撃を叩き込まれ続けて、苦しむか鍛錬を続けるかのどちらかを選ぶ。それを毎日続けていたらこうなりましたけど」
「お前の師匠は鬼か何かか!?」
「否定できませんね」
子供の頃はただひたすら親父が怖かったな……それこそ目の前にいると威圧感で息が出来なくなりそうなくらいに。
そんな事を考えていると、出発するそうだ。
「エリアの汗が完全に引いてしまう前には歩き始めんとな」
「もう少しだから頑張るのよ」
俺達は再び歩き出す。そして休んでいた場所から30分程で道をそれ、森を分け入って進むこと更に30分。鼻に悪臭が届き始める。これが沼の臭いか……
なお進むと、赤茶色の沼が見えてきた。
位置的には丁度森と鉱山の境目付近にあるようだ。森の中だが木が少なくなっていて、雨か何かで崩れた鉱山の土が流れ込んだ感じの泥沼。近づくと更に臭く、お嬢様は口元に手をあてて耐えている。
「ここが、話していた沼だよ。周りの木々の落ち葉や沼に棲む生物の死体が腐ってこの臭いが出てるんだ」
「酷い臭いですわ……」
「確かに酷いけれど、他所の領地を出歩くならこういう環境にも慣れないといけないわよ」
そういやジャミール公爵領はラインバッハ様が環境を整えたから、他の領地より環境が良いんだったな……って事はジャミール公爵領以外は……ここ程では無い事を祈ろう。
「ふむ、まだこの辺にはグレルフロッグもリムールバードもおらんようじゃな。沼は一つではない、他を見て回るとしよう」
ラインバッハ様の言葉で再び移動する。すると10分ほどで先程に比べ3倍程の広さがある沼が見つかり、そこには30人程の冒険者や従魔術師、そして200羽を超える青い鳥の姿も見える。
「あれがリムールバードだ!」
「あれは……」
「綺麗ですわ……」
外見は大型のオウムに近いが、目を引くのはオナガドリのような長い尾。体が青、頭と尾が緑色の綺麗な羽を持っていて、人気があるというのも頷ける。赤茶色の沼に不思議と映えている。
とても綺麗なんだが、その分周りに居る冒険者が邪魔にも思えた。
「そっち行ったぞ!」
「早く捕まえろ!」
「あっ!?」
「急げ! 食われる前に!」
冒険者は沼に入り、グレルフロッグをリムールバードと奪い合っている。
ゴツイ男達が泥まみれになりながら、沼の色と同じ色で見えにくい赤茶色のカエルに網や素手で飛びつく光景……見ていて非常に暑苦しい。
そんな時、沼のほとりでは2人の若い男が楽器を用意していた。
「2人とも、あの人達が契約を試すみたいよ。見てなさい」
片方が笛を吹き始めた。リコーダーの様な縦笛だ。しかし、あまり上手いとは思えない。
「契約に演奏の腕前はどのくらい影響しますか?」
「なんとも言えませんな。判断するのはあちらですので」
「自信を持って演奏した曲で失敗し、怒って楽器を叩き壊した音で契約に成功した例もあるそうですの」
「それはまたなんというか……」
そのうち男は一曲吹き終えたようで演奏が止むと、リムールバードが一斉に鳴き出した。
『ケラケラケラケラケラケラケラケラ!!』
『アハハハハハハ!!』
人間が相手を馬鹿にするような、カンに障る笑い声で。
コーキンさんから貰った情報にもあった。リムールバードは演奏を聞いて認めない場合は警戒音を発する。そしてその警戒音が非常に嫌な音だと。
嫌な音ってこういう意味かよ! ……確かに聞いていて気持ちの良い音じゃないけど。
よくある事なのか冒険者達は全く気にしていない様子で、チャンスとばかりにグレルフロッグをかき集めている。それがまた一段と相手にされていない雰囲気をかもし出す。
「聞いて分かると思うけど、これが失敗だよ。こうなると契約は無理だ。何度かやり直す事はできるけど、あまり連続してやり過ぎると襲ってくるから演奏は一度、多くても二度で止めておく様に」
ラインハルトさんが説明をしているうちに、もう片方の男が笛を吹き始める。こっちはさっきの男より酷い……今度は曲を吹き終わる前にリムールバードが笑い出した。
それが頭に来たのか、男は腰から護身用と思われる短剣を引き抜いて沼に入り、リムールバードに近寄っていく。
「む、いかんな……油断するな」
「「「「はっ!」」」」
ラインバッハ様の言葉に、護衛の4人が前に出る。セバスさんやラインハルトさん達まで警戒態勢だ。奥様は俺とエリアの傍に来た。
「ケーッ!」
「ぐあっ! ひ、ひぃっ!!」
刃物を持って近づいてきた男に危機感を感じたのか、男に近いリムールバードが鳴く。すると直後に男の肩が浅く切り裂かれ、悲鳴が上がった。
「風魔法……」
他のリムールバードも一斉に男の方を見ており、男は先程までの怒りから一転、恐怖と焦りで一目散に逃げようとしている。その近くにいた人達も巻き込まれ、同じく慌てて撤退。
その背中目掛けて数羽のリムールバードがウインドカッターを放つ。精度が悪いらしく外れているが、男は必死になって逃げている。
「あの男性みたいになってはダメよ。リムールバードは温厚な魔獣だけど、弱い訳じゃないの。ああやって侮って、力づくで従えようとすれば当然の如く抵抗されるわ」
奥様から注意を促されるが、俺はあの男がこっちに向かって来ている方が気になって……ヤバイ!
男は沼のほとりにたどり着いたが、そこで気を抜いたのか動きが止まる。
そこに1羽が放った一撃が、男の足をとらえた。
「くあっ!? ああ……」
「「『アースウォール』!!」」
『ケーッ!!』
咄嗟に俺とカミルさんが唱えた魔法は、土の壁を男とリムールバードの間に作り上げた。
男を狙った十数発のウインドカッターが削るような音を立てているが、どうにか防ぎきる事に成功する。
そこでウインドカッターは止まるが、次の瞬間周囲に大きな鳴き声が響いた。
「クケーッ! クケーッ!! クケーッ!!! クケーッ!!!!」
「きゃぁあああ!」
「ぐぅっ!?」
「これは!?」
「皆! 気をしっかりと持て!!」
皆さんが急に苦しみ始める。お嬢様に至ってはその場で震えてふらつき、奥様とセバスさんが急いで支えていた。
急にどうした!?
周囲を見渡すと沼に居た冒険者達にまで、苦しんでいる者や正気を失っている様に叫び蹲っている者達がいる。
この広範囲の影響、それに同時に感じる強い魔力。どう考えてもこの鳴き声が原因だろうけど……でも一体どの鳥だ?
音と魔力の出処を探ると、数秒で群れの1羽に目が留まる。どうやら俺の風魔法と同じように風魔法で空気を操り音を大きくして周囲にばらまいているらしい。おかげで意外と早く見つかった。
「『サイレント』!」
魔力の発生源となる1羽に向かって魔法を使用。空気の振動を止める風魔法なら、と狙った通りにその瞬間その音は止み、ラインハルトさん達は表情を和らげる。
どうやら効果はあった様だが…………つらい。
向こうも当然のように抵抗している。
あっちは俺の『ビッグボイス』のように空気の振動を増幅させる魔法を使っていたのかもしれない。同じ風魔法で正反対の事をやり続けているからか、魔力と魔法の制御の勝負になっている。気を抜くとまた音が漏れそうだ。
制御能力では対等……いや、徐々に押されてきている。制御で負けるなら……こっちはゴリ押しだ!
先程より多くの魔力を込めて、もう一度呪文を唱える。
「『サイレント』!」
「……クケーッ!」
数秒の反抗の後、不利と感じたのかそのリムールバードは急に飛び立った。それに続いて他のリムールバードも一斉に飛び立つ。空からの攻撃に警戒……したところで、鳥の群れは一目散に遠ざかっていく。
「逃げた? ……一段落、か?」
「カミルはあの男の治療を! ジル、ゼフ、ヒューズは沼の中で倒れている者を沼のほとりへ! セバス、エリアは?」
ラインハルトさんが指示を出し、セバスさんにそう聞く。しかし、その質問にはお嬢様が答えた。
「問題、ありませんわ……」
「エリア、大丈夫か? 気分は悪くないか?」
「ええ……急に怖くなって……でもそれだけです。もう落ち着きましたわ」
「そうか。良かった……リョウマ君、ありがとう。さっきのは君がやってくれたんだろう?」
「原因はリムールバードの鳴き声ですよね? とりあえずそれっぽかったので止めましたが、あれは何をされたんですか?」
「「えっ?」」
その声を発したのは奥様とお嬢様だった。
「リョウマさん、何ともありませんでしたの?」
「別に何も……」
鳴き声がうるさいなと思っていたくらいだ。だからこそ周りを見る余裕もあったのだが……むしろ周りの人が倒れたり苦しみ始めた事の方がよっぽど驚いた。
「うるさいって、それだけだったの?」
「はい」
俺の返答に首を捻る奥様、その横からラインバッハ様とセバスさんが説明をしてくれた。
「リョウマ君が鳴き声を止めたのは、おそらくただのリムールバードではないな。上位種のナイトメアリムールバードじゃろう。風属性魔法に加えて闇属性の魔法も使える種類でのぅ、最大の特徴が鳴き声と共に放たれる闇属性魔法による精神攻撃なのじゃ」
「これを聞くと、恐怖や混乱、錯乱を引き起こし、幻覚を見たり気絶されたりする方々もおります。あの方々のように」
セバスさんが指差す先には、沼のほとりで横たわる人々がいた。ジルさん達や無事だった人に助け出された彼らの大半は座り込んでいて、一部は意識が無いか未だに蹲って怯えている者もいる。
「こうして見るとひどい状況ですね……」
「それだけ強い精神攻撃なのです。肉体の強さと精神の強さは違いますので、ベテランの冒険者でも意識を手放してしまう事もあります。彼らはまだ殆どが新人でしょうから、当然の結果と言えるでしょう」
「鍛えられていても苦しい事に変わりは無いけどね。耐えられるだけだよ」
そう言えば俺、精神的苦痛耐性スキル持ってたな、そのせいだろうか?
そう言ってみると、首をひねっていた奥様がそれよ! と言って納得している。
俺は耐性がありすぎて、耐えられるどころか何も感じなかったようだ。
精神攻撃に関しては俺にはまず効果が出ないだろうと言われたが、そういう魔法の対策は今までしていなかった。それに効果が無いのは良いが、攻撃を受けている自覚も無かったのはちょっと気をつけなきゃならないな……
そうこうしていると、ジルさん達が戻ってきた。どうやらその場に居た人達の救助と怪我人の治療が終わった様だ。
「向こうの被害は?」
「怪我人が1人、原因になった男だけです。それも既に治療済みですので、問題なく街まで戻れるでしょう」
「しかし、どうしやすか? 今の騒ぎでリムールバードは全部逃げちまいやしたぜ」
「巣を探しますか?」
「そいつは難しいですぜ、坊ちゃん。リムールバードは空を飛ぶ時に風魔法を使って風を起こして、その風に乗るんでさぁ。そのせいで速さも飛距離もほかの魔獣とは段違いです。範囲が広くて探しきれやせんぜ」
「だから契約したい奴はこの沼で待ち伏せんだよ。今日また来るかは分からねぇが、待つか?」
「待ちますわ。ここまで来たんですもの、一度は試したいですから」
お嬢様の言葉で、俺達はここで暫く待つ事にした。そのうち沼のほとりに居た冒険者達はだんだん回復し、気絶していた者も目を覚ます。
しかし今日はこのまま狩りを続ける気が無くなったのか、それとも公爵家の方々がいるからとっとと立ち去りたいのか、やがて誰もいなくなった。残る俺達は、沼から少し離れたところで石の椅子を作り、座って適当な雑談をして過ごすことにした。
その際聞いた話ではナイトメアリムールバードの精神攻撃は強力だが、だからといって攻撃して止めようとすると周りのリムールバードまで一気に戦闘態勢に入り、状況が泥沼化するらしい。それを避けるためにはただ耐える、もしくは一度逃げるというのが通常の対処法だ。
俺のサイレントは攻撃ではなく、音を止めるだけの物だったから大丈夫だったのだろうか? コーキンさんや公爵家の人達にリムールバードに危害を加えるような行動は御法度だと事前に聞いていて良かった。
それからリムールバードの上位種は10年に一度位の頻度でしか目撃例が無く、大変珍しい魔獣だそうだ。酷い目にはあったが俺達、特にハッキリと姿を見られた俺は運が良いらしい。
「どんな姿でしたの?」
「他の個体より若干体の色が暗かった気がしますね。暗いと言っても、濃い目……深い青と緑で高級感がある感じで。それ以外の特徴は……」
適当に雑談をして過ごしていると、暫くして突如しんみりとした空気が流れる。
「リョウマさんともしばらくお別れですわね……」
お嬢様に言われて気づく。彼女達はリムールバードを見に、そして契約を試すために来た。だから今日ここに来た時点で目的はほぼ達したと言える。後は帰るだけで、一緒にいる時間も残り少ない。
……何と返せば良いんだ? 寂しくはあるが……
そうですね。……淡々とし過ぎだろう。
行かないで! ……40超えたおっさんがやると気色悪い!!
外見的にはOKかもしれないが、俺の精神的にダメ。
また会えますよ。……これだな。本当はもっと気の利いた事が言えたらいいんだが。
「別にもう会えなくなる訳じゃないわよ、エリア。でしょう? リョウマ君」
考えているうちに、先に言われてしまった。
「勿論です」
「手紙のやり取りをすれば互いの様子は分かるじゃろうて」
「そう……ですわね! また会えますのよね! リョウマさん、お手紙も書いて下さいね、私も書きますから!」
「書きますとも」
「馬鹿野郎! 男なら抱きしめる位やって見せろ!」
そう言ってヒューズさんが思い切り背中を叩いてきた。そのおかげで椅子から落ちそうになる。
「うおっ! 何するんですかというか、何を考えてるんですか!? ヒューズさん護衛でしょうが! 止める側でしょう、普通!」
「あん? 見てて面白れぇからだ!」
そう言って良い笑顔で握りこぶしから親指を立てるヒューズさん、サムズアップだ。
「そんなんでいいんですか?」
「まぁ、友達としてならいいんじゃないかね。友達としてなら。うん」
「別に目くじらを立てるようなことでもあるまい。10やそこらの年齢なんじゃし」
ラインハルトさんは若干複雑なようだが、ラインバッハ様は気にしていないようだ。
ハグは挨拶、的な感じですか? 欧米みたいに。
「な? ほれほれ、男ならガッとだな。もっとサラッとやらねぇとむしろ恥ずかしく」
「……」
「ガハッ!? お、お前……」
何となくイラッときたので少し強めにボディーに一撃。振り向くと、お嬢様と目が合った。若干、顔も赤い気がする……そういう反応されても困るんだが……さっきの様に助けを、と思って奥様を見たが、奥様も完全に成り行きを見守るだけのようだ。というか、楽しんでるな……
「おい……何……しやがる……ぐふっ……」
ヒューズさんが腹を押さえて蹲り、悶えながら聞いてきた。
「あー……照れ隠しです」
我ながらなんちゅう答えだ……咄嗟に出たが酷くないか?
「照れ隠しの一撃じゃねぇぞ! これ鍛えてない奴なら意識……イタタタタ……何で鎧の上からの打撃が、こんな痛てぇんだよ……」
「あ、すいませんつい癖で」
でも鎧を着た相手と戦う事を想定した打撃だから仕方ないよね?
……いかん、俺のテンションも若干おかしくなってる……落ち着け、俺!
その間にも微妙な空気が流れる。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「ピロロロロロロ!!」
「!?」
「ふえっ!?」
微妙な空気をホイッスルの様な音が引き裂く。
音のした方向からは、リムールバードの群れがこちらに戻って来ていた。




