準備
本日、話同時更新。
この話は4話目です。
お嬢様たちの部屋で、いつもの様にアローネさんがいれてくれる紅茶を楽しみながら報告をする。
「ギルドには話を通せたかしら?」
「はい、それに今日既に3人の従魔術師を雇い入れました」
「もう雇ったのかい? 急ぎすぎじゃないか?」
「そうかもしれませんが、良い人材を見つけたので。商業ギルドのギルドマスターにも良いんじゃないかとお墨付きを頂いてますよ」
「ほう、ならば安心じゃのぅ」
「それに彼らは全員左遷されてスライムの研究をしていた人達ですので、かなりやる気があるみたいです。これで見返せる! とか……」
「なるほど、そういう事か」
「変に理由をつけて取り繕っている人よりは信用できるかもしれないわね」
こうして店の話をした後に、ラインハルトさんからもグレルフロッグの大量発生の話を聞いた。リムールバードとの契約は明後日を予定しているとの事だ。
翌日
朝から店に顔を出して、予定を空けるために明日の事を話す。するとコーキンさんがリムールバードに関する注意点を教えてくれた。
「ありがとうございます。お詳しいですね」
「ははは、私は毎年再起をかけて契約を試していたからな。一向に成功しなかったが、知識だけはあるのだよ」
「今年は?」
「昨日までは行くつもりだったが……この店で働ける事になったのだから、もうリムールバードはどうでも良くなってしまったな」
と晴れ晴れとした顔で言われた。
ウチの店でそう言っていただけるのは嬉しい。気分よく店を出た俺は次にセルジュさんの店へ。
「ようこそいらっしゃいました、リョウマ様」
「おはようございます、セルジュさん。防水布の納品に来ました」
「ありがとうございます。一昨日の布ですな。昨日は宣伝もしてくださったそうで、5名のお客様が来ましたよ」
「売れ行きはどうですか?」
「そちらの紹介できた5名の他にも、日に何着かはかならず売れています。特に冒険者には既にご存知だった方も多いようで、お仲間の分まで買い込んでいく方もいますね」
「そういえば……前に汲み取り槽の掃除の依頼を受けていた時に毎日あの服装で街歩いてました。その時に目立ってたせいでしょうかね」
「おそらくはその通りかと。この分だと予想していたより早く需要が高まるかもしれませんな」
「今日の持ち込みは70反ですが、生産量にはまだ余裕があります。作業場を拡張して出来る限り生産量を増やしてみますよ」
「お願い致します。しかし、無理はなさいませんように」
あ、セルジュさんも俺が働き過ぎだって話聞いてたのか。
「大丈夫ですよ。店はもう僕が要りませんし、防水布もかかる時間の殆どは加工後の乾燥で手持ち無沙汰ですから」
「ならば良いのですが……」
そう言うセルジュさんは何となく疑わしげに俺を見てから、俺が出した防水布の確認と加工料の支払い。そして俺は加工料と今日ある未加工の布を受け取って廃鉱に向かった。
廃坑到着直後。
スティッキーに加工を頼み、俺はアーススライム2匹とスカベンジャー達を連れて別の坑道で新しい作業場を作る。
アーススライム2匹にはクリエイト・ブロックによる穴掘り。スカベンジャー達にはブロック運び。そして俺が壁の補強という役割分担でサクサク作業を進めては、増えた台で防水布の増産に勤しんだ。
結果、前回の倍である140反の加工に成功した。スティッキースライムにもまだ余裕はありそうだが……150あたりで止めとこう。あまり無理をさせても良くない。
「それじゃ……好きにしていいぞ」
今日は沢山働いて貰ったので、スライムの訓練もなしにした。
土魔法で作った石の器に水魔法で出した水を入れてやる。
……おお、ゆっくりとだが群がってきた。飲んでる飲んでる……ん?
集まるスライムを見て、ふと考える。
アーススライムとダークスライム以外のスライムも魔力を吸収するんだろうか?
……物はためしだ。
無属性の魔力をそっと放出してみる。
……アーススライムやダークスライムとは吸う勢いが違うけど、どのスライムも魔力を吸っているようだ。
属性を変えるとスティッキーは無属性、ポイズンは毒属性、メタルとアイアンは土属性の魔力を好んだ。アーススライムとダークスライムは言うまでもない。
だが驚いたことにブラッディーは無と水、アシッドは毒と水、クリーナースライムは水と光、スカベンジャーは土と闇……2つの属性を同じくらい好んでいた。
複数の属性を好む事もあるんだな……
さらにヒールスライムは無属性、水属性、光属性と3属性も好んでいたが、回復魔法が一番好きな様だ。なぜこいつだけ魔力ではなく魔法なんだろうか? まぁ、俺の回復魔法の訓練にもなるし、良いけど……
と思っていたら、ヒールスライムが分裂可能になった。魔力も栄養と同じなのか? 今後、要検証だな……
とりあえず分裂させて契約する。これでヒールスライムは4匹になった。
その後は明日のリムールバードとの契約の準備として、アイテムボックスからギターを引っ張り出し、練習をする。
「……それなりだな」
趣味でそこそこ。すごく上手というわけではない。この腕で上手く契約できれば良いが……まぁなるようになるだろう。ダメだったら他の鳥系の魔獣を探せば良い。
布が乾燥するまで時間を潰し、街に戻ればいつも通りにセルジュさんの店へ。
「お疲れ様でした」
今日作った分で当面の防水布の在庫は確保できたそうだ。製品に加工する時間も必要だから、しばらく納品の必要は無いと言われた。やっぱり少し遠慮というか、あまり仕事をさせないように気遣われているみたいだ。加工は本当にスライム任せなんだけどな……
残りの布は全部防水布にして作り溜めておこう。
セルジュさんの店を出た俺は、空を見て少し考える。
「……また微妙な時間に仕事が終わったな……」
今から帰ってもする事がない、廃坑で訓練をするにも今から廃坑に行くほどの時間はないだろう。……こういう時は、教会だな。
俺が教会に着くと、今日はステータスボードを作ってくれた時の女性が門の前に居た。
「あら、貴方はこの前の……」
「先日はどうも」
「ようこそ、今日は何の御用でしょうか?」
「今日はお祈りに」
「そうですか、それではこちらにどうぞ」
前回と同じように礼拝堂の席につき、手を合わせて祈りを捧げる。
…………………………………………………………ん?
あれ? いつもの様に神の世界に行くかと思いきや、何もない。
……まぁ、毎回向こうに行くのがおかしいのか。
と思った次の瞬間、目の前が真っ白になる。
「!? ここは……いつも通りか。しかし変な間があったな……」
「わりぃわりぃ、滅多に使わねぇ力なもんでよぉ。手間取っちまった」
後ろからの返答に振り向いてみると、毛深くて背の低いオッサンが酒樽を右肩に担ぎ、左手で持った酒瓶の中身を口に流し込みながら立っていた。もう分かった、間違いなく酒の神だ!
「酒の神、テクン様でしょうか?」
一応そう聞くと、酒瓶から口を離して答えてくれた。
「おう、俺はテクンだ。そんな丁寧な言葉要らねえ。一応神だから、その気になりゃお前の心も覗けるんだ、敬語なんざ意味はねぇよ。何よりめんどい、俺を呼ぶ時もテクンでいい。まぁ座れや」
そういやそうだったな……人相手ならともかく、心を覗ける神相手じゃ意味も無いのか……
俺は言われるままにテクンに続いてその場に座る。
「じゃあ普通に……初めまして、リョウマ・タケバヤシだ。加護をありがとう」
「俺としちゃたまに見てっから初めてって気はしねぇなぁ。加護の事は気にすんな、俺はたまたま面白そうな奴見つけたから加護やっただけだ。それがお前だったっつーだけよ」
テクンはそう言って手に持った酒瓶から酒を飲む。
「今日居るのはテクンだけか?」
「おう、他の連中はそれぞれ好き勝手に過ごしてるからな。戦の神、魔法の神、大地の神……真っ白にしか見えねぇが、それぞれ居心地の良い場所があんだよ。そこに人間で言うと家になる場所を作って住んでんだ」
「そうなのか、知らなかった……という事は、ここはテクンの家か?」
「いいや、俺は家を持たねぇ。俺は酒と職人の神だ、酒と職人はいろんな場所にあるし、いろんな場所にいる。俺はそこを適当に渡り歩いてんだ」
「そこを渡り歩く?」
「一応神界とお前らが生きてる世界は繋がってんだ…………詳しい説明は誰か別の奴に聞いてくれ、俺は上手く説明できねぇ。それより飲め」
テクンが空中から酒の満ちた杯を取り出して突き出してきた。形状はゴブレットというやつだな。金色で、所々に銀と小さな宝石で装飾がされている。
「ほれ乾杯!!」
「か、乾杯!」
勢いで乾杯してしまったので、飲んでみる。
「……美味い!」
甘みのある非常に美味い酒だった。
「大地の神の加護がある土地で、農業の神の加護を受けた人間が育てた果実と花の蜜。それを俺が加護を与えた職人が作った果実酒さ。美味いに決まってんだろうが」
「へぇ……帰ってから手に入るかな? それと土地にも加護が与えられるのか?」
「気に入ってくれたなら嬉しいが、こいつは奉納品だからな。俺達に供えられるか、余りを職人や内輪で分けるくらいだ。難しいだろう。
加護の方はそうだな……俺は人にしか加護は与えねぇが、大地の神は土地に加護を与えるぜ。他にも気に入った場所に加護を与える奴もいるしな。お前も知ってるガインなんかは昔、この世界の全てに加護を与えてたんだぜ? 何てったってアイツは創造神だからな」
そういやそうだった。
「まぁ今じゃこっちの世界の生物が成長して自分達の良い様に変えちまったから、段々ガインの加護のある場所は減ってるけどな。俺もそうだが、加護を与えるのを止める事もあるんだよ。
例えば熱心に鍛冶の修行を積んでる奴を気に入ったから加護を与えてやったのに、それで良い物が出来る様になったからって手ェ抜く様な奴になっちまったら加護を取り上げるって感じだなぁ」
そう言ってまたテクンは酒瓶から酒を飲む。
「そういやお前、最近ガイン達がどこに行ってるか知らねぇか?」
「どこに行ってるか?」
「おう。最近滅多に見ねぇし、急にいなくなる事が多くてよ。別に仕事はそんなにねぇから困っちゃいないんだが、これまでこんな事は無かったから気になってな」
「そう言われても俺は呼ばれないとここに来れないし、話せも……」
そこでふと前回聞いたクフォの言葉を思い出した。
「もしかしたら、俺のいた世界に行ってるのかもしれない」
「お前の? ……なんつった? 地球、だったか?」
「そうそう。前にここに来た時にクフォが言ってたんだよ。ガイン達は地球に観光に行ってるって」
「はぁ!? 異世界に観光!? 何やってんだあいつら!」
テクンは驚いてそう叫ぶ。
「何かおかしいのか?」
「……普通は神が自分の管理してる世界とは違う世界に干渉するような事はしねぇ。基本的に不干渉だ。お前みたいな連中を向こうの世界から連れてくるのは、こっちの世界がやばくなるから特例としてやってんだ、観光なんて気軽に行ける訳ねぇよ」
「だがクフォとこの前会って話した時、間違いなくそう言った。ガインはアイドルにハマって、ルルティアはスイーツ巡り、クフォは地球の秘境巡りか何かをしたとか」
それを聞いてテクンは何やら考え込み始めた。
「どういうこった? それ、本当なんだよな? アイドルっつーのはよく分からねぇが……」
「ああ、嘘じゃない」
「別に行くのは不可能じゃねぇんだが……普通は向こうの神に嫌がられるぜ? 大体お前がこの世界に来るまでそんなこたぁ無かっ……まさか!!」
突然怒りの形相でテクンが立ち上がった。
「どうした!?」
「あの野郎共……まさかあまりに暇だからって、向こうの神と交渉でもして観光の許可取ったんじゃねぇだろうな? 暇なのはあいつらだけじゃねぇんだってのに、自分達だけ楽しんでんじゃねぇだろうな?」
ワナワナと震えだしたテクンは急いで地面に置いていた酒樽を担ぎ、こう叫ぶ。
「こうしちゃいられねぇ! あいつら絶対に探し出す!」
そう言って走り出そうとするテクンに慌てて声をかける。
「お、おい! 俺はどうすれば!?」
「あー悪い……そのまま時間経てば戻れるんだろ? 酒でも飲んで帰れるのを待っててくれや。そのゴブレットは魔力を流し込めればいくらでも酒が出せるから安心しな。悪いが今は急ぐんだ、またな!」
「ちょっ、って速っ!?」
テクンは見かけによらず、物凄い速さで走り去っていった。というか歩幅と移動距離が合ってない。ああ、もう見えなくなった……本当に置いていかれたな……
「こんな所に置いていかれてもな……とりあえず、酒飲んで待ってみるか……」
俺は杯の中の酒を1口飲む。
「うん、やっぱり美味い。しかし、せっかくなら酒だけじゃなくておつまみでも欲しいな」
しかしこの場には酒と杯しか無い。テクンはこのゴブレットに魔力込めれば酒が出てくるとか言ってたけど、酒だけでツマミは出てこないんだろうし……魔力が使えるなら魔法も使えるか?
「『アイテムボックス』」
空間に黒い穴が開き、アイテムボックスが使えた事が分かる。
「使えちゃったよ……場所関係無いのか? まぁいいや、つまみになりそうな物は……そもそも食料は果物……も無いよな? 最近は宿暮らしだし、全部店の冷蔵庫に入れてたからなぁ……」
アイテムボックスの中の物を適当に出してみるが、つまみになりそうな食べ物は見つからない。
そんな事をしているうちに、帰る時間を告げる光が輝き始める。
ヤバっ! 急いで片付けないと!
一気に杯の中の酒を飲み干し、出した物を適当にでも急いで、とにかく出来る限り早く収納。
そして全ての物を収納し終え、アイテムボックスの入口を閉じた瞬間、光が強くなり、俺は元の世界に戻ってきた。
「おお……セーフか?」
アイテムボックスを使ってみると、向こうで取り出した物がちゃんと入っているのが確認できた。よかった……
……そういやあの酒、最後一気飲みしちゃったけど、勿体無い事したな……静かに味わっとけば良かった……
あの酒は本当に美味かった分、残念に思えてしまう。
お酒一つでこんな気分になったことは初めてだ。
軽く気分が落ち込んだまま、少しばかりの寄付をして帰ることにした。




