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新たな従魔術師

本日、5話同時更新。

この話は2話目です。

 太陽が頂点近くに差し掛かる頃。



「きたっ!」


 今日はもうじき帰ってくるはずだと聞いて、ギルドの片隅で待つこと1時間。ジェフさんを発見した。依頼の完了報告を終えた所を見計らって声をかける。


「ジェフさん」

「ん? リョウマじゃねぇか。どうした?」

「先日の件をお願いしたいと思いまして」

「おっ、早いな。もうちっと後かと思ってたぜ。なら早速行くか?」

「いいんですか?」

「構わねぇよ、どの道今日スラムに行くつもりだ。それに俺の家もそっちの方向だし」

「それでは、よろしくお願いします」


 ジェフさんについて、道中は食料品等の買い物を手伝った。どうやらスラムの人達への差し入れらしい。ギムルの街に住む元スラムの住民は、皆こうして少しずつでも援助をしているそうだ。


「特に最近は例の件で収入が減っていたからな。ほれ、もうすぐだ」


 話を聞きながら歩いているとだんだん人の気配が減り、建物は古く、チラホラと居る子供の服装は見すぼらしくなっていく。


 彼らはジェフさんを見ると手を振ったり声をかけ、ジェフさんもそれに応える。その様子は穏やかで、本当にジェフさんが慕われているようだ。後をついて歩く俺にも視線は集まるが、悪意は感じない。路上強盗などの心配はなさそうだ。


 さらにもうしばらく歩くと、やはり古いが作りはしっかりとしていて、僅かにほかの建物より大きい建物に着いた。


「爺さん、居るか?」


 ジェフさんがそう言いながら扉を軽く叩くと、扉がひとりでに開く。


 僅かに魔力を感じた。魔法だな……


「いるみてぇだな、入るぞ。来い」


 ジェフさんに従い中へ入ると、そこは物が少なく広い部屋だった。

 扉をくぐると目の前には簡素な机。その向こうには大きな椅子に座った60代くらいの男性がいる。

「また来たのか」


 男性は自分の白髪頭を撫でつけ、背もたれに体を預けたまま静かに話す。


「ジェフ。いつも助かるが、俺はまだ爺と呼ばれる歳じゃないぞ」

「十分爺だろ」

「まだ足腰もしっかりしてるんだ、爺じゃない。それよりその子供は何だ? またここで面倒を見て欲しいって事か?」

「こいつはこのなりで優秀な冒険者だ。自分の食い扶持位自分で稼げるさ。そういう話じゃねぇ。ちっとばかしスラムにも得になる話を持ってきたんだ」

「ほう……」


 その言葉で男性が俺を見る。


「お初にお目にかかります、リョウマ・タケバヤシと申します」

「そんな丁寧な口調、ここじゃ不要だ。俺はリブル、このギムルのスラムの元締めをしてる。ジェフの紹介って事はそれなりに信用できるんだろうが、一応言っておく。ここで勝手はしてくれるなよ。いい関係を続けられるならこちらも有り難いがな」


 その言葉と同時に強い威圧感を感じた。流石元締めと言った所だろうか。


「勿論です。こちらも無駄な争いは望みませんので」


 俺がそう言うとリブルさんは鼻を鳴らしてニヤリと笑う。


「ビビリもしないか……良い度胸してるな」

「ったりめぇよ。俺が認めた奴だぜ?」

「そうか。で、良い話とは何だ?」

「それは僕から話します」


 俺の店の事だ、俺が話すのが筋だろう。


「――という訳です」

「妙なちょっかいを出してくる奴がいるが、素性は不明。お前はとにかく信用できる人間がほしい。信頼できればスラムの人間でもかまわない、ってか……

 確かに悪い話じゃねぇな。真っ当に生活できる給料を払って貰えるような職場ができるならこちらも文句はない。

 そっちで人を雇ってちゃんと金を払うなら、好きに連れて行くと良い。こちらはその分1人あたりの食料や物資の分配量が増える」


 意外と簡単に話が纏まった。紹介料とかを取られる事も考えていたが……ジェフさんの紹介が効いたのか? とにかく、ここからは従業員になる人の信用を得る事が肝要だな。


 一言ことわりを入れた俺とジェフさんは、元締めの家からジェフさんの知り合いの従魔術師の所へ向かう。その道中、ジェフさんは2人の子供に声をかけて人を呼びに行かせたようだった。


「あの子たちはどこへ?」

「後で分かるさ」


 やがて一軒の建物に着くと、ジェフさんはその扉を乱暴に叩く。


「おい! コーキンのおっさん! 居るんだろ! 出てこい!」


 傍から見ると借金取りに見えるな……と思っていたら勢いよく扉が開き、やせ細った中年男性が飛び出してきた。雰囲気はリストラされたサラリーマンに近い。


「うるさいぞジェフ! そんなに扉を叩かなくても聞こえている!」

「アンタは呼んでも出てこねぇ時が多すぎんだよ!」

「それは研究の最中に訪ねてくるお前が悪い!」

「んな訳あるか!」

「研究などした事も無いお前に何が分かる! 研究とは深い思考の海に潜り、泡のごとく浮かんでは消えるアイデアを消えてしまう前に検証する。そこに他の物事を気にしている暇など無い!」

「そうやって他の事を何も気にしなかった結果、アンタは成果の出ねぇ研究に大金つぎ込んで破産してここに来たんだろうが!」

「うぐっ、それを言われると……もういい、用件は何だ?」

「アンタに仕事をしねぇかって誘いが来てんだよ。従魔術師としてのな」


 聞いた瞬間、コーキンと呼ばれた男性は目を瞬かせた。


「私に仕事? 従魔術師としての仕事がか?」

「おう、依頼主はそこに居るリョウマだ」


 そこで彼はやっと俺に気づいたらしい。


「初めまして、リョウマ・タケバヤシです」

「これは失礼、見苦しいものを見せた。君が依頼主か? それに従魔術師としての仕事とは……」

「とりあえず中に入らせろよ、コーキンのおっさん」


 そうだったと頭を掻いた彼は、俺達を中に入れて扉を閉める。建物の中は1部屋だけで薄暗く、光源は灯りの魔法石が1つ。あとは部屋の隅に布団代わりと思われる布があるだけだ。


 椅子すら無いので地面に座り込んで話をする。


「して、私に何をして欲しいと? 生憎だが、私は従魔術師としての実力は優れているとは言えない。私に従魔術師としての能力を求めているなら、期待に添えるかは分からないぞ。研究であればそれなりに力になれると思っているが」

「研究とは何の研究を?」


 俺がそう聞くと彼は自嘲するようにこう言った。


「昔勤めていた研究所で最後に与えられていた研究テーマなのだがね……スライムだよ」


 スライムだと!?


「本当ですか!?」

「ああ、結果が出せずにクビになったがね。もう10年以上前の事だが、未だに研究所に未練があって研究を続けている訳…………………………君は何故目を輝かせているんだ?」


 自嘲気味に返答をしていたコーキンさんは、俺を見た途端に不思議そうな顔になっている。


「研究所では閑職扱い、上が追い出したい者が命じられる研究だ。私の場合もそうだった。なのに何故君は顔を輝かせる?」

「僕も個人的に研究をしているんです。スライムの研究を」

「何!?」


 その後俺とコーキンさんは数秒間無言で相手の目を見て…………同時に右手を出して固い握手を交わした。


「同志よ!」

「先輩!」

「今の数秒に何があったんだよ!」

「いや、今何となく何かがこう……」

「部外者には分かるまい。同じ研究をする同志に会えた喜びは」

「確かに分からねぇよ……」


 ここで扉を叩く音が聞こえてきた。


「また客か? 今日は騒がしいな……」


 コーキンさんが立ち上がり、部屋の扉を開けに行くと、外には2人の男女が立っていた。


「コーキンさん? 私達、ここで仕事を貰えるって聞いて来たんだけど本当かしら?」

「僕、従魔術師としての仕事が来るなんて思ってなかったから急いで来たんです!」

「何だ、ロベリアとトニーにも話が行っていたのか。従魔術師を探している依頼人は来ているぞ、それも、我々の同志だ!」

「同志?」

「それってもしかして……」

「とりあえず中に入れ!」


 コーキンさんはそう言って2人を部屋に引きずり込んで扉を閉めた。


 その後俺と2人は挨拶と自己紹介をした。


 まず男性の方はトニーさん23歳。従魔術師としては優秀な方だったが才能を妬まれてしまい、彼自身が素直な性格であった事が災いして上司と同僚に騙される。その結果、実験の失敗や不祥事の責任を押し付けられて左遷。スライムの研究を命じられ、そのまま結果を出せない事を理由にクビになった人。


 優秀なら何故従魔術師として仕事をしていないのかと聞くと、以前住んでいた街のギルドでギルドの権力者に目をつけられ、仕事を干されたそうだ。彼はすでにテイマーギルドの連絡網を通して不良従魔術師として通達されており、他の街に行っても従魔術師としての仕事は貰えなかったらしい。現在は日雇いの鉱夫をしているということだが……


「……この街のテイマーギルドには行きました?」

「他の街で散々だったので……餌代も稼げなくて、従魔を手放した後だったからもう」


 この街に来たのは鉱山で働くため。テイマーギルドには見切りをつけていたそうだ。

 一度テイラー支部長に会わせるべきか……


「そういうこともあるわよ」


 トニーさんを慰めた彼女はロベリアさん。25歳で研究職に就いていたものの上司のセクハラの被害にあった。当時は研究一筋だったため男性に免疫がなく、驚いた拍子に研究中で従魔にしていた魔獣をけしかけてしまう。


 強い魔獣ではなかったから威嚇程度の物だったが、その行動に上司がキレ、自分の不祥事を棚に上げて左遷。その後、スライム研究を経てクビになる。現在は週に3日、娼館で雑用などの下働き。他にも繕い物などで生計を立てているらしい。









 前のコーキンさんも合わせて、残るは俺の自己紹介のみ。


 そこに仕事内容も合わせて話すと、彼らは興味を露にした。


「そんなスライムが居るのかね?」

「初めて聞くわね」

「能力も珍しいですよ」


 ということで実演しよう。


 自分の体を清潔に保てるように、いつも1匹だけはクリーナーをディメンションホームに入れてある。その1匹を取り出して、まず靴を綺麗にしてもらう。


「「「おぉ……」」」

「確かにスライムだ」

「この靴、汚れが本当に消えてるわ。消化された?」

「でも、靴は形が残ってますよ」

「むむ……本当に汚れだけを食べるのか……」


 安全性の証明に、今度は自分の体でクリーナースライム浴。


「「「……………………」」」


 心配なのか、期待なのか。分からないけど観察する視線を受けながら、いつも通りクリーナースライム浴は終わる。


「せっかくですし、体験してみませんか?」


 安全性を示してから3人にも勧めてみると。


「「「では私……え?」」」


 3人そろって、我先にと志願してくれた。

 しかし今日は1匹しかいないので、順番に試してもらう。

 すると妙に時間がかっていたのだが……驚いたことに、彼らはクリーナースライム浴をしたとたんに肌のツヤや毛色が良くなっていた。


「ほう……石鹸よりもこちらの方が私は良いな」

「これ、気分がさっぱりしますね」

「こんなの何年ぶりかしら!」


 どうやらスラムの生活で落としきれなかった汚れや角質が落ちたみたいだ。

 汚れ方が酷いだけ時間もかかったし、効果も顕著になったんだろう。


「実に興味深い。我々の仕事はこのスライムと洗濯屋をすれば良いのだな? 空き時間で研究をしても良いのか?」

「これなら……私たちやスライムの研究者を見下していた連中だって見返せるわよ!」

「それに給料は今までより断然……それにまた従魔術師として……やります、やらせて下さい!」


 ……ちょっと引くくらいの勢いと熱意を感じる。ちょっと違う意味で雇うのを躊躇うが……まぁ、俺も他人の事は言えないし、裏切らない人材であれば良い。


 目的の方向性が似ているからか、この分なら雇ってみてもいいと思える。あとは完全に信用できるまで、暫くはカルラさん達にも見張っててもらおう。となると……


「3人とも今のお仕事は良いのですか?」

「今は何の仕事にも就いていない。先日請け負っていた仕事が終わったので、次は何時仕事が来るか分からず困っていた」

「僕も元々日雇いの職なので、問題ありません」

「私は娼館に一言言うだけで済みます」

「そうですか、では3人とも算術は?」

「「「勿論、一通りは」」」

「でしたら、是非うちの店で働いて下さい。まだ2号店の場所も決めていませんが、暫くは仕事を覚えてもらわないといけませんし……家はどうしますか? このままスラムに住むか、店に住み込むかを選べますが」

「「「住み込みで!」」」

「ではそういう事で。もう店に……と言いたい所ですが……ジェフさん、ここらで服屋って何処にありますか?」


 この人達、言っては悪いが服が物凄く見窄らしい。クリーナースライムで汚れは落ちたが、破れたり穴が空いているのはそのままだからな……制服を採用しているのはたいてい高級店って話だし、普通の店の店員は私服で働いている。俺の店もそうなっているが、さすがにこのまま働いてもらうわけにはいかない。


 という訳でジェフさんとロベリアさんにお願いして、最寄りの服屋で服を何着か買って来て貰った。男だけならジェフさん一人でよかったのだが、女性用の服の事は彼女以外誰も分からなかったから自分で行って貰うしか無かった。


 その間に俺はひとっぱしり店に行き、カルムさんに新人を雇う事を伝えておかないと。

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― 新着の感想 ―
なんだろう…上司は当たり前にクズで、職を失ったら巻き返しは不可能でいきなりスラム生活みたいな極端な世界観 本人にもどうにかして自分のしたい事や一般的な生活を維持しよう的な危機感や意欲みたいなのさ無かっ…
マイナー分野のオタクが集まればこうなるのは必然
[一言] 当たり前のことを忘れる人達
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