根回し
本日、話同時更新。
この話は1話目です。
今日も朝から商業ギルドに顔を出すと、やっぱりまた応接室に通された。毎回だからさすがに慣れてきた……
「よく来たね、リョウマ。また人手の事かい?」
「はい。ですが少し相談がありまして」
「ん? 何だい?」
まず事情を話す。
「成程ねぇ……まぁ、うちも初日に紹介したのがあれだったしね。わかったよ、信用できると思う奴が居たら連れてきな。別に犯罪でもないからね、すぐに手続きができるように用意はしておくさ」
「では、見つけたら連れてきますのでよろしくお願いします」
「ああ、頑張んなよ」
話がスムーズにまとまったのでソファーから腰を上げると、呼び止められた。
「リョウマ、ちょっと待ちな。言い忘れた事があるんで座っとくれ」
「何でしょうか?」
浮かせた腰を下ろす。
「今の話も出たけど、この前あんたの店に来たゴロツキの事が。こっちでも調べたんだけどね……誰かに雇われた所までは分かったんだが、その先の雇い主までは掴めなかったんだよ。闇ギルドの連中が関わってる可能性もあるから気をつけな」
「闇ギルド……」
犯罪者集団という事で間違いないよな?
「盗賊とか暗殺者とかの集まりですか?」
「そうさ。単純に犯罪を実行する奴らだけじゃなく非合法な品物や犯罪に使う道具を用意する奴ら、そういう奴らとの連絡役をする奴ら、とにかく何でもやる連中だよ。盗みや脅しだけじゃなく、殺しを専門にする奴らも居るから気をつけな」
「分かりました、ご忠告ありがとうございます」
「このくらい何でも無いさね。それに、あんたこれからテイラーの所にも顔を出すんだろう? ついでに1つ持っていって欲しいものがあるんだ」
ギルドマスターは外に声をかけると、入ってきた職員にさらにいくつか言いつけてガラス瓶をもってこさせた。瓶は薄い緑色の液体で満たされていて、底には粉末が沈殿している。
薬?
間違いないことが確認されると、瓶は職員の手によって同じく持ち込まれていた木箱に納められた。
しかしあの薬液の色、粘度、沈殿物……特徴からあれが栄養剤なのは分かる。
それも滋養強壮効果の強いやつ。
「気になるかい?」
「あ、すみません」
あまり深く首を突っ込むことではないとも思ったが、気になったのも事実なので聞いてみると。
「そういえばウォーガンに入れ知恵したのもアンタだったね。何の薬か分かってるなら言う必要もないだろうけど、特定の病気ってわけじゃないから心配しなさんな。歳をとるとどうしても疲れが取れない日ってのがあるもんなのさ」
ギルドマスターは話しながら、手元の筆記用具で何かを書いてこちらによこした。
「その手紙を受付に渡しておくれ。この箱はいつものだから、向こうもそれでわかる。アンタから直接渡すようにも書いておいたから、ついでにあんたの話も済ませりゃいい」
「重ね重ねありがとうございます」
「向こうの爺さんにもよろしく言っておいておくれ」
ギルドマスターに見送られ、あらためてギルドを出ることにした。
「というわけです。ですからギルドでの募集か、こちらで見つけた人材をギルドに登録していただけないかと」
「なるほどな…… 」
届け物を理由にテイラー支部長と面会した俺は、商業ギルドのギルドマスターにも話した内容を説明した。あちらではすんなり受け入れていただけたが、こちらで話を聞いた支部長は何やら難しい顔をして考え込んでいる。
「……ん? おお、すまんな、茶の用意をしよう」
「あ、おかまいなく。ところで何か問題がありましたか?」
「いや、問題というかな……ちょっと待ちなさい。腰を据えて話すとしよう」
支部長は立ち上がり、部屋の隅に置かれた小さな棚からティーセットを取り出した。
カセットコンロのような魔法道具も置いてあるらしく、お茶の用意を始めている。
「テイラー支部長はご自分でされるんですね」
「わざわざ人を呼ぶ手間がいらんし、息抜きにもなるからな」
公爵家のメイドさん達と比べても遜色のない手つきで、支部長は紅茶を持ってきた。
「さて、さっきも言ったが君の提案自体に問題はない。信頼できる者をみつけたら連れてきて構わないし、もちろん現在所属している者に募集をかけることもできる。これは通常業務のうちだ。それに君の店はギルドをあげて支援がしたいくらいなんだが……不安要素がある」
「不安要素。それに支援と言いますと?」
「ふむ……君の店がテイマーギルドに募集をかけてくれるのであれば、それは仕事の斡旋先がひとつ増えるということ。今後1つ2つと店を増やしていくのであれば、それだけ多くの者が職につける可能性が増えるだろう。これはギルドとして歓迎すべきことだ。
何よりも君の店で働くために必要な魔獣がスライムだということも私が支援をしたい理由の1つでな。君が登録したときに私が言った事を覚えているかね?」
「……もしかして、僕にできる仕事がないという話ですか?」
支部長はいかにもと首を縦に振る。
「テイマーギルドは従魔術師とその従魔にその仕事をこなせると判断した場合に仕事を斡旋する。明らかに依頼達成が不可能と思われる場合は、斡旋できない。代わりにできそうな仕事があれば紹介はするが、魔獣の種類によってどうしても向き不向きが出てきてしまう。
仕事が見つかりにくい、給料が安い、従魔を養う金がかかる。そういった理由で生活に困る者も一定数はいるんだ。残念ながら仕事にも限りはあるからな。……従魔を変えようとして適性のない魔獣に手を出して失敗したという話も聞く」
解消するためできるだけ多岐にわたる仕事を集めているそうだが、限界はあるのだろう。
ここでスライムが話に出てきた。
「力は弱く、動きは遅い。役に立たない魔獣と烙印を押されているが、従魔術師なら誰しも一度は世話になったはずだ」
「最初はスライムで練習するんですよね」
「その通り。長くこの仕事をやっているが、スライムとしか契約できなかった例は年にいくらか聞く。しかしスライムとも契約できなかった例は、本当に従魔術を身につけられなかった者くらいだ。それだけ契約が容易というのも練習に使われる一因だな。
……君の店の給料がいくらかは知らないが、スライムで生活できる賃金を得られる仕事があれば、それだけ生活に困窮する従魔術師の数は減らせるかもしれん。と私は考える。君に紹介できる仕事は無いと言っておきながら、実に勝手な話だとも思うが」
「いえ、それは……」
ギルドとしては無理と分かっている仕事はさせられないというのも分かる。
「そう言ってくれると助かる。とにかくそういう理由で私は君の店を、ギルドをあげて支援してもいいと思っている。が……問題はギルドの上層部だ」
支部長は頷いて紅茶を一口飲み下す。
砂糖が入ってだいぶ甘めの紅茶なんだが……支部長は苦い顔。
「支援をするだけなら私の権限でどうとでもなる……しかしギルドとして支援をするのなら、その件をあちらにも報告しなければならん。すると向こうが妙な口出しをしてこないとも限らん」
つまりギルドが株主に? あるいは支援してやったんだから言う事聞けよ的な感じか……
「スライムが無能という認識を改められない者も出てくるじゃろうな」
「……困窮した生活に耐えて、ようやく安定した生活ができるようになった人とか。最弱で簡単に捕まえられるスライムで生活してる奴が出てきた。とか思っちゃうと、頭で理解しても納得できない人も出てきそうですよね」
それで怒りを向けられても困るし、店をやめる気も無いが。
「まぁ、噂を聞く限り支援は必要ないだろう。募集は良い結果に繋がるかは分からんから、とりあえずは何人か、私が信用できる者に個人的に声をかけてみよう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「なに、この程度しかできんのが申し訳ないくらいだ。ところで今日はこれから忙しいのかね?」
「そうですね……これから冒険者ギルドに行こうと思います。例の人手を紹介してくれる方に会いに」
「随分と急だな、もっとゆっくりと話を進めるかと思っていたが」
「支部長のお話を聞いて、少し気が変わった、というところですね。慎重に動かないといけないのは確かですが、店を増やすことで少しでも苦しい生活をする人が減るなら、それは良い事です。だからもう少し積極的に動いてもいいかもしれない。そんな感じです。
とりあえず今回人を雇うのはほぼ決定しているので、色々と考えるためにも、早めに話はきいておこうかと」
「ふむ……考えてくれるのはありがたいが、あまり気にすることはないぞ。それとせっかくだ、この紅茶が無くなるまでは話に付き合ってくれんかね」
「喜んで」
支部長が揺らすティーポットから、紅茶のおかわりが注がれる。
それを飲みきるまでの間、本題とは違うゆったりとした空気の中で雑談が続いた。




