雇用のために
本日、4話同時投稿。
この話は4話目です。
翌日
すっきりと目が覚めた俺は、開店前に店へ行く。
「おはようございます、皆さん」
「「おはようございます、店長」」
「「「「「おはようございます」」」」
「昨日はありがとうございました、お陰さまでゆっくり休めました」
「そうですか、それは良かった」
「働き過ぎは体に障ります。ご自愛下さい」
「店主、働き過ぎネ。私達、店主の仕事量聞いて驚いたヨ」
「10日位でこの店建てた、滅茶苦茶。私やリーリンでも無理。その年からそんな無茶な働き方をしてたら早死にするヨ」
「気をつけます」
「そうして下さい」
「店長は大人びていても~、まだ子供ですからね~?」
「大人でも無理しなきゃ出来ないような仕事しちゃダメですよ?」
店の人達にも心配かけたか。皆さんが居るからそれほど無理はしてないんだが。
とはいえ心配して貰った事はありがたいし、純粋に嬉しいので礼を言ってから俺は厨房に向かう。
「シェルマさん、いますか?」
「はいはい、店長どうかされましたか?」
厨房には社員食堂を任せているシェルマさん1人。何かのスープを作っていたのか? かき混ぜていた鍋から離れて俺の方に歩いてくる。
「昨日の休みに街の外へ出たんですが、その際に仕留めた獲物をお土産に持ってきました。皆さんで食べて下さい。仕留めてからすぐに血抜きをして凍らせたので、状態は良いはずです」
俺はそう言ってアイテムボックスから肉を出す。
「まぁまぁ、ありがとうございます。ホーンラビットですね? 冷蔵庫に入れておいて下さい、お昼に皆で頂きます」
「よろしくお願いします」
そう言って残りの肉も冷蔵庫の中に入れていく。
「あらあら、沢山ありますね……」
「群れを見つけて纏めて仕留めたので」
「冷蔵庫があって本当に良かったです。便利ですよね、この冷蔵庫って」
「そうですか? 確かに便利は便利ですけど」
1日1回保冷結界張り直さないといけないから結構面倒くさい。もう少し結界魔法が上達すれば効果時間も伸びるんだが……まぁ1時間に1回張り直す必要があった森で使い始めた頃よりマシだけども。
「便利ですよ、普通は使い切れない食材はすぐダメになっちゃうんですよ? 野菜ならともかくお肉なんて本当にすぐに! 夏場や暑い日は1日でダメになりますし、物によっては痛みやすい食材もありますから。でも冷蔵庫があれば余った食材はお肉でも取っておけて次の日に使えますし、その分無駄を減らせてお金も節約できるんです。
魔法道具もあるとは聞きますけど……お高くてとても手が出ませんし」
「あぁ、そう言われると……僕は今まで自分が食べる分は森で狩りをして、余ったらダメになる前にスライムに食べさせていましたからね……保存食はそれ用に加工しますし」
「スライムちゃん達も便利ですものね。動物の骨とか、料理をした後のゴミを食べてくれますし、本当に助かっています」
雑談を交え、冷蔵庫の結界を張り直してから厨房を出る。
するとカルムさんから話があるらしく、声をかけられた。
「人員の増員、ですか?」
「普通の店員は今のままで十分ですが、今後支店を増やす場合、その時になってから人材の育成を始めるのでは余計な時間がかかります。せめて支店長など、店の要となる人材の育成だけでも始めませんか?」
「そうですね……良い人材がいれば増やして構いません。教育には時間がかかるのもわかります。結局カルムさん達にお任せする事になりそうですが……でもそれなら従魔術師も必要ですよね?」
「確かにこの店にはクリーナースライムと従魔術師が必要不可欠。スライムの持ち逃げや横流しをしない信用出来る従魔術師をどうやって雇うかも考えなければ」
「テイマーギルドにもスライム専門の方は珍しいようですしね……まぁある意味誰でも使える魔獣だからと聞いていますが。そうなるとやはり」
「問題は人格と信用がおけるかどうかですね……」
「……ところで営業妨害の方は今の所、問題無いですよね?」
「はい。あの1回だけでゴロツキは来ておりません」
「……とりあえず、注意はしておきましょう。テイマーギルドで話を聞くとか、従魔術師の事はこちらでも考えてみます」
「よろしくお願いします」
俺はそのまま店から出た。
「ふぉう! んぐっ……リョウマじゃねぇか」
今日も廃鉱に行こうとすると、途中でジェフさんと会った。
ジェフさんは珍しく鎧を着ていないし、槍も持っていない。串焼きの肉を買って頬張りながらこっちに歩いてきている。
「おはようございます、ジェフさん。今日はお休みですか?」
「毎日戦ってばかりじゃ疲れちまうからな。お前は今日も仕事か?」
「廃坑の見回りに行くんです」
「廃坑って、俺達が狩りに行った所か?」
「はい。あそこの管理人になったんですよ。定期的に見回って、魔獣が住み着かないようにするんです」
「お前そんな仕事もしてんのか? 冒険者、洗濯屋、管理人、忙しくないか?」
「洗濯屋はもう人を雇って任せきりですから、仕事無いですよ。冒険者は自由に休めますし、管理人も毎日って訳じゃないですから。今後店を増やすとなると大変になりますが、それまでは忙しくもありません」
「なら良いけどよ……そうだ、1本食うか? 奢ってやるよ」
ジェフさんはそう言って持っていた串焼きの袋を差し出す。
「では、頂きます。……ん!」
一口噛んだらハーブや塩ではない、ピリッとした味付けの肉だった。
砂糖や香辛料は高いため、基本的にこういう屋台料理は素材の味に塩が多いはずだが……これは美味しい!!
「美味しいですね! これ」
「だろ? そこの屋台で売ってる串焼きで、少しだが香辛料を使ってんだ。その分高いけど美味いぜ。向こうにちょっとした広場がある、せっかくなら座って味わって食おうぜ」
俺はジェフさんについて、横道に入った所にある広場に行き、井戸を囲むように設置されたベンチの1つに座った。公園みたいな場所だろうか?
「しかしお前、店出したばっかでもう新しい店を出す気か? さっき新しい店出すまでは、とか言ってたけどよ」
「商業ギルドのギルドマスターと従業員にその事を考えておいて下さいと言われただけで、すぐ出す訳ではありません。それに問題が多くて……」
「何だ、何か困ってんのか?」
「今後の出店は別の街なんで、従魔術師を雇うか僕が頻繁に街の間を移動しなければならなくなるんです。うちの洗濯屋のために、スライムを管理する人が必須ですから」
「困るこたねぇだろ。テイマーギルドで雇えば良いじゃねぇかよ」
「それも一つの手ですね。でも聞いたところスライム専門家はいないみたいなんですよ。初心者向けで普通は目もくれずにほかの魔獣に行くんだって話で。それにこの前一度お金で雇われたゴロツキが来ましてね……用心棒によって取り押さえられましたが、今は人柄を重視したいんです」
そう言って串焼きに齧り付く。ピリッとした辛味が肉の味を引き立てて実に美味い。
するとジェフさんが2本目を手にしつつこう言った。
「だったら俺にいい案があるぜ」
「本当ですか?」
「おう! 俺は商売がどうのこうのって話なら力にはなれねぇが、人手の話なら力になってやれる。テイマーギルドで人を雇えないんだったらよ、スラムの人間を雇うってのはどうだ?」
「スラムの人をですか?」
「そうだ。スラムの奴は貧乏人だが、何も出来ねぇ訳じゃねぇ。俺も元スラムの人間だが、こうして冒険者として生きてるだろ? 同じように従魔術を使える奴も俺の知り合いに何人かいるぜ。
それにこの街は他より仕事が多いからか、貧乏でも食い詰めて、追い詰められて罪を犯した奴は少ねぇ。人間的にも腐ってない奴らも大勢いる。そして何より仲間意識が強い。お前が役所みてぇに無理矢理給料を値切ったり裏切ったりしなけりゃ、スラムの連中もお前を裏切ろうとは思わねぇよ。
あいつらも安定した収入や余裕のある生活は欲しい、だから雇うだけならすぐにでも雇えるぜ。そっから信頼関係を築けるかはお前次第だけどな」
目からウロコが落ちたとはこういう事か?
そう言われてみると、ギルドはあくまでも仲介所なんだから、伝があれば問題無い。こちらで人を探し、テイマーギルドか商業ギルド経由で雇えばいい。
悪い話ではないよな? ラインバッハ様もスラムの人たちを雇用して汲み取り槽の掃除をさせていた。少なくとも雇えない訳ではないし、信用できる人がいる可能性もある……
「そういう方法もあるって事で、考えてみな。本気で雇うなら俺が間を取り持ってやるからよ。今でもスラムじゃ顔が利くんだぜ?」
「ありがとうございます。考えてみます」
ジェフさんは立ち上がり、どこかへ行くようだ。
ちょうど食べ終わった串焼きの礼も言い、俺は改めて廃鉱へ向かうことにした。
だいぶ慣れてきた空間魔法を利用してあっという間に到着。
前回の50反でも問題なかったので、今日は70反の防水布作りに取り掛かる。
それが終われば今度は訓練。
スティッキー、ポイズン、アシッド、スカベンジャーは良いが……どうやらブラッディーには戦闘能力を求められないらしい。
体が普通より液状に近いため、打撃力が全く無い。攻撃手段も無いし……長所は動きが滑らかで一番移動が速いこと。逃走はできそうなのが幸いか? とりあえず時間をかけて観察してみるしかない。
メタルとアイアンは硬いが、まだ契約して日が浅いため体を上手く動かせていない。体を触手状にするのは無理だな……それが出来れば硬化を合わせて色々とできそうなのに……こちらも長い目でみるしかないだろう。
アーススライムとダークスライムはちゃんと魔法を使える事を実証してくれた。
アーススライムは『ロック』と『ブレイクロック』。さらに威力の低い『アースニードル』のような何かを。ダークスライムは周囲を暗くする『ダークネス』に、黒い闇の球体を放つ『ダークボール』を使っている。
ダークボール……俺は滅多に使わないが、生命力を奪う攻撃魔法だったはず。動きは普通のスライムなみだけど、魔法を鍛えれば多少移動ができる砲台としての役目を任せられるかな?
攻撃魔法は実戦で使うには経験とかも必要だろうし、とりあえずは時間をかける必要がある。
今は……アーススライム2匹がブレイクロックとロックを使える事を確認出来たので、クリエイト・ブロックを教えてみよう。
そう思ってやらせてみたら、2匹はなんと数度の練習で習得した。習得の早さに驚いたが、早いなら問題はない。アーススライムには訓練がてら石材を作ってもらう。作った石材は坑道の1本に運び込んでおけば何かに使えるだろう。
ダークスライムの方は自由に魔法を使わせてみた……ダークボールの練習か?
……俺も闇属性はあまり手を付けて無いんだよな……こっちは一緒に時間をかけて訓練していく事にしよう。
スライムの様子を見ながら俺も体を動かしていると、なかなか楽しい。
おまけに今日はいつもより調子が良かったようで、布が乾くよりも練習の方が長く続いた。
夜になり、宿に帰って公爵一家の部屋を訪ねた。
「いらっしゃいませ。リョウマさん」
「よく来たのぅ」
「何かあった?」
「少し相談したいことがありまして」
「ほう、何じゃ?」
俺は今日のジェフさんとのやり取りを話した。すると概ね悪くはないといった感じだ。
「スラムの人間を雇用するのは構わんぞ。その者が信用できるのならばじゃが、信用できる伝があるなら問題なかろう」
「少しでも就職口が増えるのはこちらとしては喜ばしい事だからね。ただ、ギルドは通しておいた方がいい。後々付け込まれる隙は少なくしておくに限る」
「それはそうですよね。テイマーギルドか商業ギルド、どちらか本人が希望する方に登録してもらおうと思います。構いませんよね?」
「大丈夫よ。リョウマ君も従魔術師だけど商業ギルドにも登録しているように、仕事の選択は自由だもの。責められる謂れはないわ」
「先に両方のギルドマスターには話を通しておいた方が良いかと。その方が問題なく事を済ませられるでしょう」
それはそうだな。よし!
「では明日はギルドを回ります」
結論がでてからは紅茶を飲みつつ、しばらく雑談をしてから部屋に戻った。




