従魔術
本日、4話同時更新。
この話は2話目です。
翌日
「リョウマさん、起きていますか?」
朝っぱらからお嬢様が俺の部屋を訪ねてきた。セバスさんも一緒に。
「どうしました?」
「今日はお父様達から従魔術を教えてもらうので、リョウマさんも一緒にいかがですか?」
従魔術か……そういえば俺が今使えるのは従魔契約と魔獣鑑定、あとは契約解除……他にも魔法はあるんだよな? 時間も今ならある。
だが昨日のゴロツキの件もあるしな……
そう考えているとセバスさんが近寄ってきて俺に耳打ちをしてきた。
「急な話ですが、最近はリョウマ様もお時間が作れるようになっていると聞いています。お休みだと思ってエリアお嬢様にお付き合い頂けませんか? リョウマ様がこの街で別れる事になったので、お嬢様もできるだけリョウマ様と共に居る時間を作りたいのです。店の方には今日1日、見張りを付けますから」
あ~……そう言えば、自立を決めてからはずっと生活費の確保や店の事に集中して、お嬢様と一緒にいる時間は旅の間より短くなっていた。
魔法の訓練のときも一緒にやるって喜んでたみたいだし……友達ができたのが嬉しかったんだろう。
……ちょっと悪い事したかな……
「わかりました。一緒に教えて頂けますか?」
「本当ですの!?」
そう言って眩しい位の笑顔になるお嬢様。
何故か罪悪感が……と言うか、言われるまで気づかない俺が悪いな……
なお、一度店に寄ってこの話を伝えると、皆さん笑顔で店の事は任せて下さい! と言ってくれた。
昨日あんな事があったのに、文句一つ言わないなんて……昔の職場なら非難轟々なのに。
本当にいい人達だ。この人達を雇えてよかった。
そして着いた場所は、もうだいぶ見慣れてきた廃坑の広場。
訓練はここでするらしく、俺とお嬢様の前に、奥様が鳥籠を持ってきた。
「さて、始めるわよ。まず従魔術とは何かしら? エリア」
「従魔術とは魔獣と契約し、魔獣の力を借りる魔法ですわ。従魔契約の際、術者と魔獣の間に魔力による繋がりができ、それを介して魔獣との意思疎通ができるようになります」
「その通り。そして今日私達が2人に教えるのはその繋がりを利用した感覚共有の魔法よ。名前の通り、術者と従魔の感覚を共有して情報を得たり、従魔に術者の危機を知らせたりする魔法なの」
「これは召喚術では出来ない、従魔術の特徴的な魔法だね」
そうなのか?
「何故召喚術では出来ないんですか?」
「通常、召喚術の契約は魔法の力で無理矢理魔獣を従える物なんだ。繋がりがあっても、一方的なんだよ」
そうなのか……召喚術の事は知らなかった。
「なるほど、理解しました」
「感覚共有を使いこなすには慣れが必要じゃ。長く互いに助け合い、理解を深めた従魔程、楽に、ハッキリと感覚を共有できるとも言われておる。じゃが、今日2人にはこちらで用意した魔獣と契約し、訓練をしてもらう」
「何故態々? スライムではいけませんの?」
「確かにスライムでも感覚共有はできるのだけど、効果が分かりにくいし、意味が無いのよ」
「スライムには目も耳も鼻も無いからね。感覚共有出来ても視覚・聴覚・嗅覚、ついでに味覚も分からない。どうやって周りの様子を理解しているのかも分からないからね」
それは確かに効果が分かりにくそうだ。
「納得しましたわ」
そして俺とエリアは鳥籠の中にいた鳩の様な魔獣、クルーバードと契約をすることに。
そう言えば俺、スライム以外と契約するの初めてだ!
それに気づいて少々緊張はしたものの、契約は何事もなく終わった。
「契約は出来たわね? それじゃ、自分と従魔の間に繋がりがある事を意識して、それを通して従魔の見ている景色を見ている様に強くイメージして。そうすれば感覚共有は呪文を唱える必要なく使えるわ」
そう言われて俺は日本の電気屋に置いてある、カメラと繋がったテレビをイメージした。するとすぐに脳内に映像が流れ込んできた……が……
「……何か、気持ち悪いですね……」
自分自身の視界と従魔からの視界が同時に頭の中に入ってくる。言葉にしにくいが、2つの違うテレビ画面を強制的に同時に見せられて、無理矢理理解させられている感じと言えば良いだろうか? あまり気持ちの良い物では無いな……
「あら、リョウマ君はもうできたの?」
「流石じゃな。これは中々イメージが掴めぬ者が多く、習得は中々困難な魔法じゃぞ?」
「難しいから早めに教えて長期間訓練するものなんだけどね……その不快感は成功したばかりの従魔術師なら誰でも通る道だよ。訓練で何とかなるから頑張って慣れてくれ。初めは目を瞑って従魔の視界だけに集中するといい」
慣れが必要か……俺は言われた通り、目を瞑って従魔の視界に集中する。
俺が契約したクルーバードは地面に居る。視界が物凄く低いが、視界はそれひとつだけ。
……うん、これなら大分マシだ。
それから2時間程訓練をし、最終的に目を瞑った状態でだが感覚共有をしたままクルーバードに空を飛ぶように指示を出し、空からの映像を見る事にも成功した。これは周辺の警戒や監視などには便利だろう。
そう考えていたら、お嬢様も感覚共有に成功したらしい。
「これは……おかしな感じがしますわね……」
やはり違和感を覚えているようだ。
しかし俺の場合は地球の知識で使えるイメージがあったから良いが、お嬢様はゼロから始めて今日中に習得したんだから凄いな。
どちらも成功した事で一度休憩を挟む事になり、アローネさん達がお茶の用意をしてくれる。
「それにしても、2人ともこんなに早く習得するとはのぅ」
「エリアはジャミール家の血筋だから早いと思っていたけれど、ここまでとは思ってなかったよ。それにリョウマ君も感覚共有の習得には手こずると思っていたんだけどね」
「良いじゃない、覚えが良くて困る事は無いわ。あとは訓練よ」
「あの感覚がこれからも続くのですね……」
どうやらお嬢様は目を瞑っていても感覚に慣れるのは難しいと感じているようだ。まぁいきなり視界が混ざるんだもんな……俺はテレビを見てる感じでやっているから良いが、あっちは自分の視界でやっているみたいだからな……教えたくてもテレビを知らない彼女にはどう教えていいか分からん。
頑張ってくれ、お嬢様。
そのまま話していると、奥様が俺にこう聞いてきた。
「リョウマ君、スライム以外の魔獣と契約した感じはどうかしら? 違和感は無い? こう、繋がりが希薄な感じはするかしら?」
「いえ、特にそう言った感じはしませんが」
「ならリョウマ君には鳥系の魔獣にも適性はあるのかしらね」
適性? 何の事だ?
「適性とは何ですか?」
その質問に答えてくれたのはラインハルトさんだった。
「知らなかったかい? 従魔術師や召喚術師にはそれぞれ適性があって、個人によってどんな魔獣と相性が良いか、多くの魔獣と契約するか、少なくても強力な魔獣と契約するかの向き不向きがあるんだよ。魔法の属性と似たようなものさ。
多分リョウマ君はスライムとの相性がいいね。そうでなければあれほどの数と契約できないと思うから」
「適性を見極め、自分に合った従魔を見極める事も従魔術師には必要じゃよ。適性は曖昧で、自分で探っていくしか無いからの。例えば儂は鱗を持つ魔獣との相性が良い。そしてあまり多くの従魔と契約はできんが、1匹1匹が強力じゃ」
「僕は大抵の四足歩行する魔獣には適性があるよ。ただその反面、鳥系の魔獣には適性が全く無くてね、契約すらできないんだ」
「私は……」
奥様が何かをつぶやくやいなや、奥様の横が輝き、大きな銀の毛を持つ狼が現れた。
「!?」
驚くが、他の人は何事もなく座ったまま。奥様も大丈夫だと言って笑っている。
咄嗟に入った力をゆっくりと抜く。
「驚かせちゃってごめんなさいね。この子はルォーグ。私の従魔のリトルフェンリルよ」
フェンリル……って伝説に出てくる奴じゃないか!?
「あら、もしかしてフェンリルと間違えてるのかしら?」
「違うんですか?」
「違うわ。フェンリルは神獣で、リトルフェンリルは魔獣よ。リトルフェンリルは少しだけ氷魔法を使える狼型の魔獣。強い魔獣なのは否定しないけどね」
「そうですか……」
凄いな、リトルフェンリル……そしてそれを完璧に手懐けてるらしい奥様も……
奥様に撫でられたリトルフェンリルは、いまや奥様の足元で気持ち良さそうに横になっている。まるで犬のように。
「この子は群れのボスで、私はこの子と同じリトルフェンリルをあと20匹。その他にも種類の違う狼型の魔獣を100匹くらい従魔にしているわ。私は狼の魔獣との相性が良いのよ」
このリトルフェンリルが20!?
俺とスライムに数こそ及ばないけれど、質が違いすぎる。現れた時の威圧感はブラックベアーとは桁違いだったが。
「エリーゼは従魔術師として凄腕だからね。リトルフェンリルなんて、普通はそんなに従えられないものだよ。僕は昔、エリーゼを見ては劣等感に苛まれたものさ」
「あら、そうだったかしら? 僕には剣がある! って言って、そんな事気にせず剣術の腕ばかり鍛えていたじゃない。それに従魔術もそれほど才能がない訳では無かったと思うけれど?」
「……父上や君と並ぶと、普通の従魔術師程度じゃ圧倒的に霞むんだよ」
「それでも特に気にしては居らんかったじゃろ? 大体、お前は幼い頃から従魔術の訓練は放り出して剣の訓練にのめり込んでおったじゃろうに。儂らのせいにするでないわ」
ラインバッハ様の小言を聞きながら、俺は横目にルォーグを見ながら考える。
このリトルフェンリルを20匹と100匹の狼の魔獣を従える奥様。それと同列に並べられるラインバッハ様。
この世界の基準でこれが普通って事はないよな? 優秀って言ってたし。
そこでお嬢様に声をかけられた。
「リョウマさん、何を考えてますの?」
「ん……奥様と同列に並べられるラインバッハ様もすごい人なんだなと思ってました」
家族を褒められて嬉しかったのか、笑顔になるエリア。しかし横から奥様が俺の言葉を否定した。
「リョウマ君、少し違うわ。私よりもお義父様の方が格段に凄い方よ」
「そうなんですか?」
「そうよ。お義父様の従魔は格が違いすぎるの。数は20匹に満たないけれど、その全てが冒険者ギルドで討伐依頼を出せばAランク以上の魔獣で、半分は竜種なのよ」
「竜!?」
今まで竜を見た事は無いが、10匹近くの竜とかヤバイのは分かる。しかも全部がAランク以上の魔獣って1人が持つ戦力としては過剰戦力過ぎるだろ!! ……ラインバッハ様、俺以上にチートっぽくないか?
「む……竜がどうしたんじゃ?」
俺の声を聞きつけたラインバッハ様がこっちに聞いてきた。
「ラインバッハ様の従魔の事を聞いたんです。竜種の魔獣を何匹も従魔にできるなんてすごいなと」
「儂の場合は運が良かったんじゃよ。適性があったこともそうじゃが、初めに契約した1匹が格別に強くてな。そやつに従う竜種がまとめて儂の従魔になったんじゃ。心強い味方ではあるが、滅多な事では呼び出せん。周囲が大騒ぎになるからのぅ」
それはそうだろうな……
「それに儂らは従魔術の開祖、シホ・ジャミール様には遠く及ばん。シホ様は全ての魔獣に適性を持ち、どれほど強力で契約が難しい魔獣とも契約が可能だったそうじゃ。従魔の数も制限がなかったと記録に残っている」
開祖って転移者だし、神のチートだからだろう。ガイン達の話では良い人だったらしいな。
ネタが分かっている俺としては、開祖の話よりラインバッハ様の竜達が普段はどうしているのかが気にかかる。
「凄い人だったんですね、そのシホ様は。……ところで、ラインバッハ様の従魔達は普段どうしているんですか?」
「領地の山中に住んでおるぞ。魔獣が強すぎて危険な山でのぅ、まず誰も近づかんし、その山から魔獣が人里に降りるのを防ぎながら暮らしてもらっておる」
「ルォーグ達も別の山に住んで貰っているわ。貴重な薬草が取れる山で、密猟者が多いから警備をして貰っているわね」
「なるほど」
「従魔術師は強力な魔獣を持つ程、住む場所に困ってしまう傾向があるからね。リョウマ君も将来何か強力な魔獣と契約して住む場所に困ったら僕達を頼りなさい」
「ありがとうございます」
空間魔法でスペースが足りなくなったら相談しよう。




