閉店後
本日、5話同時投稿。
この話は4話目です。
閉店後
店の掃除をしてくれたクリーナースライムに水を飲ませていると、カルラさんが売り上げの報告にやってきた。しかし何か普段の報告とは雰囲気が違うな……
「店長、今日の売り上げですが……」
「どうしたんですか? 赤字でも出ました?」
「違います、赤字ではありません。黒字です」
「黒字? それなら今日まででも十分な儲けは出てたでしょう?」
「昨日までとは額が違うのです、リョウマ様。今日だけで、26,036スートの売上が出ました」
26,036!?
「ちょっと待った、昨日と一昨日まで16,000ちょっとだったはずですよね? 何で急に1万も伸びたんですか?」
「今朝、店長が店を出た直後に大口の契約が舞い込みました。この店の噂を聞いたらしく、鍛冶職人や大工の元締め、それに製鉄所の職員が次々と。彼らには大袋を買って頂き、早速出しに来て頂きました。
それだけでなく個人や小集団のお客様も増えています。1人で何袋も洗濯を頼まれるお客様もそれなりにいますね。袋の販売も続いています」
「売上の詳細を教えて貰えますか? 疑ってる訳ではありませんが、ちょっと自分の目でも確認したくて……」
「勿論です。執務室でお待ち下さい、すぐにお持ちします」
言われた通りに執務室に行き、椅子に座って待つ。
…………そういやここ使うの初めてだな。いつも自分で洗濯物運びか接客するか、休憩室に居たし……
そんなことを考えていると、カルラさんが1枚の紙を持ってきた。
「こちらが今日の売上板の数になります」
「ありがとうございます」
俺はカルラさんが持っていた各売上板の枚数が書かれた紙を受け取って見てみる。
え~っと……
個人向け1回 10スートが 998で 9,980スート
14人分1回 18スートが 152で 2,736スート
35人分1回 40スートが 55で 2,200スート
個人用の袋1枚 20スートが 159で 3,180スート
14人分の袋1枚 25スートが 68で 1,700スート
35人分の袋1枚 30スートが 50で 1,500スート
装備洗浄サービス 15スートが 316で 4,740スート
合計で26,036スート……間違いないな。
「確かに。驚きました、まさかここまで……本当に驚きました」
まだ袋の販売が続いてる事を差し引いても2万に近い。これもクリーナースライムと皆さんのおかげだな。
「そういえば他の人達は?」
「休憩室に集まり、売上の確認作業をしております」
「売上確認?」
「売り上げは中銅貨と小銅貨が混ざっていますので、それを分ける作業をしつつ計算で算出された額と同額があるかを確認しております」
「そういう事でしたか、じゃあ手伝いに行きましょう」
「いえ、それは下の者の仕事で……」
「やってはいけない、という訳でもないでしょう? 仮にも僕はこの店の店長、皆さんの仕事仲間ですからね。手伝いますよ」
というかね、事務仕事はあなたたち双子が優秀すぎる。仕事がないとは言わないけど少ないし、サポートも優秀なのですぐ終わってしまう。栄養ドリンク常備が基本だった俺としては、どうももの足りない。
「かしこまりました。しかしリョウマ様、リョウマ様は仮ではなく、この店の本当の店長です」
そう言ってくれるカルラさんを伴って従業員休憩室に向かう……と言っても向かいの部屋なんだけど。
「お疲れ様です」
「店長、お疲れ様です」
「「「「「お疲れ様です」」」」」
中に入るとカルムさんを始めとした従業員6人が挨拶してきた。彼らは休憩室の大きなテーブルの上に大量の銅貨を乗せて、数えていたらしい。手作業で1枚1枚。
「毎日ありがとうございます。皆さんに仕事を任せられて、助かります」
「そんな事ないですよ~、このお店とっても待遇良いですし~」
「その通りですリョウマ様。このくらいは従業員として雇われた以上当たり前の事です」
カルムさんの言葉に部屋中にいる全員が頷く。後ろに居たカルラさんもだ
「そうですか、そう言ってくれるならありがたいですね。では仕事を続けましょうか、この銅貨の額を数えれば良いんですね?」
「はい。しかしこれは我々だけでも」
「人手は多い方が良いですよ。それに凄い量じゃないですか」
今日の売り上げは26,036スート、そのすべてが小銅貨と中銅貨、つまり1スートと10スートだ。当然銅貨の量も大量になる。確認後は地下の金庫に保管し、定期的に商業ギルドに用意した口座に預ける事になっているけど……それも大変だろうな……
「それではどうぞこちらへ」
「私の隣、空いてるヨ」
「失礼します」
フェイさんの隣の席につき、銅貨を数える。しかし手作業だとやっぱり時間がかかりそうだ……俺を含めてここに8人居るからその分早くはなるが……
そして1分ほど作業を続けた所で閃いた。というか、思い出した。
アイテムボックスから店作りで余った石灰の袋を取り出す。
皆さんの視線が集まるが、それに構わず小銅貨を鑑定。この銅貨1枚の直径と厚さは?
小銅貨 1スート
最少額の硬貨 銅製 直径0.9cm 厚さ2mm
よし! 昼間言ったこと訂正、鑑定は意外と使えるかもしれん。
「店主? 何してるカ? 銅貨なんか鑑定して……まさか贋金?」
「いえ、ちょっとした道具を作ろうと思いまして」
「道具?」
「見てて下さい『クリエイト・ブロック』」
他にもいくつか銅貨の大きさを確認してから、石灰を袋の中で縦長の石材に変える。ただし石材の内部は空洞で箱のような形状。そこから箱の一端をブレイクロックで取り除き、傾ければ中に入れた物が落ちる構造にする。
さらに空洞になっている部分に土魔法で1cm四方のマス目が5×10の計50マスできるように盛り上がらせ、線を引く。盛り上がった部分の高さは2mm、これで1つのマス目に1枚の銅貨が入る。スティッキースライムの硬化液を薄く塗れば表面の保護もできるし、素手で触っても問題ない。
鑑定すると?
銭枡 縦14cm横7cm高さ1cm
江戸時代に使われた硬貨を数えるための道具。石灰を土魔法で固めて作られた。
よし、完成だ!
「店長それ何ですか?」
「これはこう使えないかと」
二掴みの小銅貨を作った石材の中に入れ、端を押さえて前後左右に数秒揺する。銅貨がジャラジャラと音を立てた。そして抑えていた手を離すと中身が銅貨の山にこぼれ落ちるが、マス目の中には1枚ずつ銅貨が残っている。
「フェイさん、この残っている銅貨だけ数えて貰えませんか?」
「分かった。数えるヨ」
そしてフェイさんが鋭い目で銅貨を数えた。
「50枚ネ。丁度だたヨ。店主、また便利な物つくたネ?」
フェイさんがそう言った時にはもうカルムさん、カルラさん、リーリンさんはこの石材の利点に気づいているようだ。しかし出稼ぎ3人娘は気づいていないようなので今度は3人に数えさせてみる。手早く小銅貨を石材に入れ、揺すって残った銅貨を3人に配り、納得してもらう。
ジェーンさんは明るくて仕事熱心な良い人だけど、考える事が若干苦手なようで理解がワンテンポ遅れつつ理解してくれたところで、銭枡を量産開始。小銅貨50枚、中銅貨100枚が入る物を人数分用意した。本来の銭枡は1つでどの硬貨にも対応していたらしいが、それは今後調節すればいい。
銭枡を作った甲斐あって、作業は完成から10分もかからずに終わった。
数え終わってみると、殆どが小銅貨だったな。中銅貨が多いと思っていたが、実際は小銅貨で払うお客が殆どみたいだ。
その後店の様子を聞いたり、何か困っている事は無いかと聞いてみた。
「困ってる事ですか?」
「特にはありませんね~」
「このお店待遇良いし、文句なんか出ないよ」
「この店の待遇に文句言う人、居たら贅沢過ぎるネ」
「そうですか? 給料はともかくやす……!!」
いかん、従業員の皆さんに休みをあげるのを忘れてた!! 休み無しで働かせて何が福利厚生だ!!
「どうした? 店主、急に顔色悪くなたネ」
「……僕、皆さんの休日の事を忘れていました」
俺の言葉に皆さんは各自、自分の耳を疑い、俺のことを見てきた。そしてジェーンさんが叫ぶ。
「店長! もしかして私達、決まった休みまで貰えるんですか!?」
え、何この反応……当然じゃない? 今まで忘れていた俺が言えることじゃ無いけど。
よく見たら他の人も同じ様に驚いて俺を見てる。
「週に一度くらいはあった方が良いのではないでしょうか? 週に一度定休日を作るか交代で休みを取るかして……」
そう言ったら何か出稼ぎ3人娘がすごく喜び始めた。その反応に困惑していると、カルラさんから説明される。
「店長、通常出稼ぎに来た労働者が決まった休みをとる事はそう多くありません。何かしらの技能を持たない場合、下働きとして酷使されがちですし、給料も比較的安いです。しかしこの店は待遇が良く、高額の給料を支払っています。その分だけ休みは少ないと考えるのが普通かと」
「休みに関しては出稼ぎ労働者に限らず、小規模な商会や八百屋などの小売店は祭りや特別な行事が無い限り休み等はありません。仕事を休むと経営が苦しくなりますので、休み無しで働かなければならない事も珍しくないのです。特に開業したばかりでは軌道に乗るまで無休というのが一般的でしょう」
自転車操業か。まぁそういう店もあるよな。
「私達、村から出る前は家族に凄く謝られたんですよ~? 辛い役目を押し付けて済まない、って」
「運悪く酷い雇い主に雇われてしまったら、安い賃金で酷使されるどころか貞操の危機まであると聞いてたので……」
「気にしてましたよね、そのあたり」
この世界の従業員の扱いは酷いのか? そう思ってカルラさんの方を見ると……
「雇用主である事を盾に肉体関係を迫ると法に触れますが、残念ながらそういう事をする雇用主はいます。雇われる側として注意すべき点の1つではありますね」
セクハラとかは前世にもあったが、こういうのは世界が変わっても変わらない物なんだなぁ……
「うちの店は、従業員を大切にする健全な経営を目指しますので、よろしくお願いします」
俺がそう言うと全員笑顔でこれからもよろしくお願いしますと言ってくれた。
休みに関しては、客が途切れない今定休日を作るのは勿体無いと言われ、週1日ずつ交代で休日を取る事になった。
そんな話をしながらシェルマさんの作った夕食もいただいた後、9時に近くなっていたことに気がつき、挨拶をして店を出た。また夜遅くなって怒られるかもしれん……
宿に着くと、お嬢様達はもう帰っていた。
お茶をいただきながら話を聞くと、今日皆さんは役所で接待を受けていたらしい。新任の責任者が到着し、色々と不祥事を起こした役所の人間の残りが機嫌を取ろうとしたというが、そんなゴマすりが通用するはずもない。
華やかに歓迎会と書かれた垂れ幕の横で、査問会が開かれているイメージがわいてくる。
そして事実、それに近い状況になっていたと……。
教えてくれたラインバッハ様とセバスさん以外はもう寝たそうだ。
今日は長居すると迷惑になりそうなのでお暇しよう。




