雇用
本日、4話同時投稿。
この話は4話目です。
残った2人に聞く。
「残って頂いたお2人は、スライムは大丈夫ですね? 他の方は皆さん出て行ってしまわれましたが」
俺の言葉に静かに頷く2人。
「それでは、お2人の名前を聞かせて頂けますか? あとは雇用条件に希望などがあれば、是非。ではそちらの男性からお願いします」
まず向かって右の中年男性に声をかける。女性の方もだが、この人達はかなり気になる。まず服装が街で見る人とだいぶ違って、カンフー映画の中国人みたいな服装しているから入って最初に気になったのもこの2人だった。それに男性の持っている杖と女性の髪飾りが……
2人を観察しながら考えていると、男性が口を開く。
「私、フェイと言います。これは娘のリーリン、私達親子で雇って貰えると嬉しいネ」
喋りもそれっぽかった! それにもう1人の女性と親子だったのか……
「お2人は親子でしたか」
「娘は母親似で、私には似てないネ。それと、1つ言っておかなきゃならない事、あります」
そう言ってフェイさんは右足を見せてきた。その右足は添え木がされて固定されている。
「私、ジルマールという国から来た商人ネ。国が戦で危なくなったから逃げ出してきたヨ。でも、この国に来るときお金の殆どを奪われた。残たの荷物と娘だけ。
初めはお金無くて、少しでもお金を稼ぐ為に鉱山で採掘仕事してたネ。でも落盤で右足折れてしまたヨ。回復魔法使いに依頼できるお金無いから、治療に時間かかる。この足でも雇ってもらえるアルカ?」
骨折か……たしか中級回復魔法のハイヒールを何回か、もしくは上級のメガヒール1回で治せたはずだ。どっちも俺は使えないけど、ヒールスライムに任せれば治るだろう。それで治らなくてもフェイさんは治るまで受付専門とすれば問題ないな。
「治るまで受付業務を専門として働いていただけるなら、足の件は特に問題はありませんよ」
「本当カ?」
「はい、受付も立派な仕事です。お客様にしっかりと対応が出来るならば、問題ありません。お給料に関しての希望はございませんか?」
「無いヨ。生活ができるだけのお金が貰えれば、十分ネ」
「そうですか、それでは次は娘さん……リーリンさんでしたね? なにか希望はありますか?」
「私も父と同じ。生活できるお金と、父と一緒に雇って貰えること。出来れば住み込みか安い宿か家を紹介して貰えると、嬉しいヨ。今の住まいはギルドの仮宿、仕事が見つかったら出て行かないといけない」
「私の足では雇えない言う人多い。今は娘がギルドの雑用をしてギリギリで養って貰っているヨ。実はもう、お金あまり無いネ。安く泊まれるなら文句は言わない」
住み込みなら勢いで作った従業員用の宿舎が空いてるし、それは別に良い。あとは給料も安くて良いって言ってるし、予定してた賃金で十分だろう。外国出身でも意思疎通はできている。
それにこの人達、隠しているみたいだけどかなり強い。ジェフさん達と同じくらい隙がないというか、今まで戦った盗賊やこの前の冒険者よりはよっぽど戦える。彼らを雇った場合は店の用心棒も任せられそうだ。
「それなら従業員用の部屋がありますので、そこに住み込んで頂いて結構です」
「ホント!? 言ってみるものネ!」
他の人は皆帰ってしまったし、能力は問題ないと思う。ただ1つだけ……
「最後にひとつ聞きたいんですが……その前にギルドマスター」
「何だい?」
「申し訳ないのですが、一度この部屋から退出願えませんか? 店の事がちょっとあるので」
軽い口調で言ったが、真剣に今は出て行って欲しい。
この人達、多分マトモな職に就いていた人じゃない。
この世界では正当防衛で人を殺すことは珍しくもない、俺ももう30人は盗賊を殺してる。でもこの人達の場合、そんな数じゃない。初めてだこんな感覚。死臭がするって言うのか? 日本どころかこっちの世界に来てからも初めてだ。
……万一の場合、俺1人ならともかくギルドマスターを守りながらは戦いにくい。
真剣に出て行って欲しい事は伝わったようだが……
「何でアタシを追い出すんだい? 何かあるなら聞かせな」
逆に真剣に理由を問い詰められた。
「店の秘密に関する事ですから」
それでも出て行って欲しいという意思を伝える。2人に注意をはらいながら。
するとフェイさんの方に動きがあった。
「ギルドマスター、もう良いヨ。店主に私達の事、バレてるネ」
その一言で俺の中にあった緊張感が何か食い違ったような感じがする。どういう事だ?
「店主、アナタ何者ネ? 私達は元殺し屋、でも店主と敵対する気ないヨ。ギルドマスターにもネ」
確かに戦意は感じないが……
「ギルドマスター、ご存知だったんですか?」
俺がそう言うと、ギルドマスターは溜息を吐いてこう言った。
「当たり前さね。他はどうか知らないが、アタシはギルドで仕事を紹介する奴、特に他国から来た奴は必ずこの目で確かめる様にしてるんだよ。間者なら紹介する訳にはいかない。この親子は本当に国から逃げてきた口さ。しかしアンタ、よく気づいたね?」
「上手く一般人に化けてるつもりだたけどネ……」
「今までバレたの、ギルドマスターとアナタだけ。私達の秘密に気づいた店主、只者ないネ。とても気になるヨ」
落ち込んだ様子のリーリンさんに、呆れたような薄笑いで聞いてくるフェイさん。
「僕はギルドマスターみたいな眼力はありませんが、長いこと武術を学んでいたので相手が強いか弱いかならなんとなく分かります。それに……」
「それに?」
「お2人が武器を隠し持っていたので気になったんです」
「フェイ! リーリン! アンタらそんなもんを持ち込んでたのかい!?」
「アイヤァ……それもバレてたネ」
「暗器に関しては昔、嫌という程叩き込まれましたから。この世で一番怖い生き物は人間だ、頭を使い、人を騙し、油断させて人を狙う。それを殺人のために突き詰めた物が暗器だと。そしてそれによる攻撃から身を守るには、自身が暗器を学び、知る事だと言われて……」
実の父の話だが、今思えば懐かしいな……
「家の中ですれ違った時とか、日常生活の中でよく狙われてたなぁ……」
「アンタはアンタでどんな生活してたんだい……」
「私達と同じ種類の人間……ではないネ。気配が違うヨ」
「私達に近い、けど違うネ。技だけ覚えたみたいな変な感じが」
気配でそこまで分かるか、この人達凄いな……
「確かに僕は師匠から技を学びました。実際に使い始めたのは3年前から、盗賊相手に数回のみです」
「年季の差ネ。私達は国で法を犯した盗賊や裏切り者を仕留める仕事をしていたヨ。私達の国、戦が多くて治安が悪い。私達みたいなのが殺し回らないと、安全が守れないネ。さっき言った商人と言うのも嘘では無いヨ、普段はちゃんと行商人だたヨ」
「私達は仕えてた主が戦で負けて、国も仕事も意味も無くなた。それでこの国に来た。人に誇れる仕事はしてなかた。そんな私達と知っても雇ってくれるか?」
「ギルドマスターが認めた人なら大丈夫です。普通に働いてくれるなら問題ありません」
こちらに害が無くてちゃんと働くなら、別に過去の事なんか追求するつもり無いし。生きていれば誰でも秘密はあるだろう。
「本当? 私達、バレたら雇って貰えないおもてたネ」
「逃げる用意もしてたヨ」
「いやいや、逃げられたら困りますって。ウチ今手が足りないんですから。他の人皆居なくなりましたし……重要なのは今で、過去は問題ないのでウチで働いてください。あと、追加の仕事で万が一の場合は用心棒お願いできます?」
ギルドマスターが事情を知ってるのに放置していたのなら、問題はないだろう。ギルドマスターの眼力は俺より確かだ。
時々だが、俺が本当は40超えてるのを見抜いてそうな気がするんだよな……気のせいであって欲しい。
「しっかり働きますヨ」
「用心棒も任された」
「では、お2人を正式に雇うことにします。これからよろしくお願いしますね」
そして互いに頭を下げる。そこにギルドマスターが声をかけて来た。
「話は纏まったかい? ならもう行きな。表に馬車を用意してあるからね」
「ありがとうございます、ギルドマスター」
「これぐらいは気にしなさんな。フェイ、リーリン、しっかり働くんだよ。この子の店は将来性のある店だからね。あと、今後は暗器なんか隠し持ってくるんじゃないよ!」
「「暗器、持ってないと落ち着かないヨ」」
「何時まで暗殺者気分でいるんだい! 今のアンタらは商人だろうが! ……こんな2人だけど悪い奴らじゃないし、一応罪は犯してない。よろしく頼むよ」
「承知しました」
「あとこれを持って行きな。こいつらの履歴書さ。前職の事は兵役経験者って事にしてある。セルジュのとこから来てる2人に見せな」
「分かりました……って、こういうのは最初に渡される物では……?」
「ひっひっひ、あんたの眼力はどの程度か見たくなってねぇ。前情報なしでどれだけ良い奴を選ぶか見てみようと思ったのさ。殆どの奴がいきなり出てっちまったのは驚いたが、この2人は当たりだよ、仕事はできるからね。あとアンタの眼力もそう悪くないじゃないか、商人としてかどうかは怪しいけどさ。ま、頑張りなよ」
「ありがとうございます」
俺はフェイさんとリーリンさんを連れてギルドを出て、ギルドマスターの用意した馬車に乗り込み店に戻った。
店に戻った俺を迎えたのは、昼程ではないが大勢の客と、忙しそうな2人だった。
「「店長お帰りなさいませ!」」
「凄い人ネ……」
「ここが店主の店カ? 繁盛してるネ」
「ちょっと行ってきます。カルムさんカルラさん、手伝います。まずはお客様に応対を」
「店主、私も働くヨ。荷運びならできるネ」
「私も、洗濯物なら運べる」
「助かります! 無理はしないように、できる限りで良いですから」
自分から手伝いを申し出てくれたので、遠慮なく手伝って貰おう。フェイさんは受付専門の筈だったけど、多少は動けるみたいだからな。
こうして夕方のお客様ラッシュを乗り越え、なんとか無事に終業時間を迎えることができた。
閉店の札をかけて、扉を閉める。
「ふぅ……皆さん、お疲れ様でした!」
「「「「お疲れ様でした」」」」
「リョウマ様、彼らが本日雇い入れた新人ですね?」
「はい、男性がフェイさんで、女性がリーリンさんです」
「私、フェイと言います。よろしくお願いします」
「リーリンです、よろしくお願いします」
「私はカルム・ノーラッドと申します」
「私はカルラ・ノーラッドと申します。こちらこそよろしくお願いします」
「本当は2人とも明日から仕事を始めて貰う予定だったんですが、今日からになってしまいましたね」
「住み込みで働かせて貰うのだから、当然ヨ」
「忙しい時、手伝うは当たり前ネ。それより1つ聞いて良いカ?」
「何でしょうか? フェイさん」
「私達今日洗濯物運んだ。でも、何時洗濯した? お客から受け取った洗濯物、壁の向こうに入れて、スライムから受け取っただけ」
「そういえば具体的な洗濯方法は説明していませんでしたね」
クリーナースライムとゴブリンの腰布で、お馴染みの説明をすると2人も納得してくれた。更に、今日の忙しさを見てギルドマスターの将来性のある店という言葉を自分の目で見て理解したらしい。ついでに今日が開店初日だと教えると物凄く驚いていた。
開店初日であんなに人が来るのは……前世でもパチンコ屋位か? とにかくこの世界では初日から大繁盛なんて非常に珍しいらしい。来店したお客様から簡単な聞き取り調査をした限りでは、冒険者から噂が広まっていたようだ。
ゴブリン討伐に参加した冒険者から知人の冒険者、あるいは家族や一般市民へ。さらにポリーヌさんたちに挨拶をしたからか主婦層にも噂が広まっていて、色々な所で話を聞いたと言う方もいた。
「料金が安いので、一度試そうという方々が午前は多くいらっしゃいました」
「午後はお試しいただいた方から話を聞いて、と言う方々が増えましたね。少なくともあと数日はこの状態が続くと思われます」
携帯もつぶやくアレもない世界だからって、口コミの効果を舐めていたか。それとも手当たり次第に宣伝が悪かったのか……いや、店にとってはプラスだけど。
まぁそれは終わってしまった事は良いとして、仕事はひと段落したんだし、フェイさんの足を治すか。
「カルラさん、カルムさん、後の事をお願いできますか?」
「「承知いたしました」」
「ありがとうございます、それじゃお2人はついてきてください」
俺は奥の休憩室にフェイさんとリーリンさんを案内した。座って待っていてもらい、ヒールスライム2匹を連れて戻る。
この2匹が回復魔法のハイヒールを使える事を伝えるとまた驚かれたが、治療をして貰えるならありがたいと、2匹の治療を受け入れてくれた。
その結果ヒールスライムの頑張りによってフェイさんの足は完治する。骨折は程度によるが、1匹が3回ずつ、計6回のハイヒールで完治させられたようだ。
「助かたヨ。この足治て良かた、本当に感謝ネ」
「回復魔法使いに頼むととてもお金掛かるヨ、本当にタダで良いの?」
「従業員が働きやすい様にするのは店主である僕の仕事ですから。僕かスライムができる事ならお金もかかりませんし、この位ならタダで良いですよ」
街で中級の回復魔法を使って治療を行う回復魔法使いはいるが、技量や魔力の関係で1回1回がそれなりの額になる。それを複数回行わなければならない骨折の完治はさらに高額になるため、フェイさんはこれまで治療を頼めず、ギルド内の雑用をしながら時間をかけて治すつもりだったらしい。
「せめて国からもう少しお金持ち出せればすぐに魔法で治せたけどネ。国から逃げる時、国境を越える為の賄賂として使ってしまったヨ」
「それでお金が無かったんですか」
「私達の国の国境の番人、強欲ネ。お金払えば犯罪者でも国外逃亡でも当たり前のように見逃すけど、お金が無いと捕まえて国に突き出す事で賞金を得る連中ヨ。出し惜しみは出来なかたネ。下手に出し惜しみして賞金の方が高ければ私達、捕まっていたか逃げにくくなたから」
「私達、国での仕事が仕事だったから……そういう人の賞金、バレると普通の人より高くなるヨ。逆にそういう疑いをかけて普通の人を捕まえる奴も居るから、私達の国から逃げる人、殆ど全財産をそこで出すネ。命のためには出し惜しんでいられないヨ」
フェイさんとリーリンさんは静かに語る。
ジルマールってヤバそうな国だな……戦が多いって言ってたし、荒れてるのか?
話を少しした後、フェイさんとリーリンさんの2人には従業員用の部屋を割り当てて、各自部屋で荷物の整理をしてもらう。
その後俺は店へ戻り、今日の売上をカルラさんから聞いて驚いた。
「本日の売り上げは中銅貨791枚と小銅貨8枚の計7918スートです」
これがどれくらいの利益かとプロの2人に聞いてみると、貴族の顧客を持たない商会の中で、中規模な商会の1日の利益が4000スート程だと返事が返ってきた。今日の売り上げから経費を差し引いても、その額を開店初日で越したのは驚きである。
「この利益は凄い事ですよ!」
「この分であれば直ぐにでも貴族の顧客を持たない大商会の1店舗に匹敵する利益を出せます!」
「それは1日にどれくらいの利益を出すんですか?」
「20000スート程ですね。それ以上は一概には言えません。貴族の顧客が居ると収入額は跳ね上がります。経費はかかりますが高級品を売る事ができれば大きな利益が出せますから」
「過剰な贅沢にお金をつぎ込む方も大勢いらっしゃいますので」
「なるほど。まぁうちの場合は貴族でも関係無いですが、今日の収入の2.5倍程なら確かに大商会並の利益を出せる可能性はありますね」
「今日でこれですから、ひと月以内には到達できるかと。未だ冒険者ギルドからの分も来ていませんから、それも含めてさらに顧客は増えますよ」
「もしかしたら、1日の売上が中金貨になる日も来るかもしれませんね」
「ははは、それは流石にないでしょう」
中金貨と言ったら50000スートだからな。それは流石に無いだろう。
「「可能性はありますよ」」
え、ホントに?
「この街は鉱山の街。大勢の鉱夫や製鉄所の職員がおります。大きな鉱山が廃鉱になって数年前よりも人は減ったと聞いていますが、それでもまだ1万人はいるという話ですよ?」
「それにお客様が頼まれる荷物が1回に1袋とは限りません。常時中金貨を超える収入は難しいと思いますが、例えば冒険者ギルドで大きな依頼が出た後などは可能性があるかと」
「なるほど……」
一度位はあるかもしれないのか。
「それから、リョウマ様が別の街に支店を出されるならば1日の収入が中金貨になるのは難しくも無いでしょう」
「今から支店の話ですか? 気が早いですよ」
「そうかもしれませんが、考えておいて損はありません」
「信用出来る人手さえあれば、支店を増やすのも考慮に入れるべきです」
確かに、初日の今日だけで結構稼いだからな。頭の片隅には置いておこう。当分は様子を見るべきだと思うけど。
「あ、忘れてましたがこれ、今日僕が採用した2人の履歴書です」
「「拝見します」」
2人は俺が渡した履歴書を読み始める。
「2人とも生活出来るだけの安い給料で良いと言ってくれていますが、用心棒も頼む事にしましたから、日に150スートを払ってください」
「お2人とも兵役経験者でしたか、これは心強い」
「かしこまりました」
俺はその後、4人に挨拶をして宿に帰った。
宿に帰ってからは、ラインハルトさん達に初日の売上の報告をして驚かれる事になった。




